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神戸地方裁判所 平成5年(ワ)329号 判決 1996年4月18日

原告

浜田文子こと朴大順

被告

河野文

主文

一  被告は、原告に対し、金二五一万五六三一円及びこれに対する平成五年三月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金六六一万七三三五円及びこれに対する平成五年三月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負つた原告が、被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を求める事案である。

また、付帯請求は、訴状送達の日の翌日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

なお、原告が仮執行宣言を求めたのに対し、被告は仮執行免脱宣言を求めた。

二  争いのない事実

次の交通事故が発生したことは、当事者間に争いがない。

1  発生日時

平成四年二月三日午後五時四〇分ころ

2  発生場所

神戸市北区鈴蘭台北町一丁目九番一号先路上

3  争いのない範囲の事故態様

被告は、普通乗用自動車(神戸五三は七一三七。以下「被告車両」という。)を運転し、右発生場所を南から北へ直進しようとしていたところ、折から右発生場所にいた原告(歩行者)と被告車両とが接触した。

三  争点

本件の主要な争点は次のとおりである。

1  本件事故の態様並びに被告の過失及び過失相殺

2  原告に生じた損害額

四  争点1(本件事故の態様等)に関する当事者の主張

1  原告

(一) 原告は、本件事故の直前、本件事故の発生場所(ほぼ南北に走る道路)を西から東に横断しようとし、道路中央線付近まで出た。ところが、左右から自動車が向かつてきていたため、急いで後ろ向きのまま後退した時、原告の左足背部が被告車両の左前車輪に挟まれて轢かれ、また、右足脛が車体に当たつて、原告は後方に仰向けに転倒したものである。

(二) 本件事故の発生場所は、被告車両の進行方向に向かつて左に少し湾曲している上、道路の両側に駐車中の車があり、また、横断歩行者も多い場所である。

そして、原告は、道路中央部から後退していたのであるから、被告は、その動静を注視して徐行する義務があるのにこれを怠り、漫然と進行した過失がある。

(三) 被告は、原告が駐車車両の陰から飛び出してきた旨主張するが、これは否認する。

仮に被告に過失があるとしても、それは横断歩道外の場所で道路を横断しようとした点にとどまり、過失相殺される割合は、多くとも三割を超えることはない。

2  被告

(一) 本件事故の発生場所の南北道路には、両側に駐車車両があり、また、対向車両もあつたため、被告車両は徐行していた。

この時、原告が、駐車車両の陰から急に飛び出してきたため、本件事故が発生したものである。

(二) 被告の過失は争う。

(三) 仮に被告に過失があつたとしても、右事故態様から考えると、少なくとも五割を越える過失相殺がされるべきである。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件事故の態様等)

1  甲第六号証、乙第一号証、原告及び被告の各本人尋問の結果によると、本件事故の態様に関し、前記争いのない事実の他に、次の事実を認めることができる。

(一) 本件事故の発生場所は、片側一車線、両側合計二車線の、ほぼ南北に走る道路の北行き車線上である。そして、右道路の幅員は、合計約六・五メートルであり、東側には幅員約三・三メートルの、西側には幅員約二・〇メートルの歩道がある。

また、右道路の西側にはパチンコ店が、東側には電気製品の量販店である星電社があり、路側には違法駐車の車両が多くある場所であつて、本件事故当時も、本件事故の発生場所のすぐ南の道路西側には、歩道に車体の左半分を乗り上げ、車道に車体の右半分約〇・八五メートルをはみ出して駐車するワゴン車があつた。また、道路東側にも、車道にはみ出して駐車する車両があつた。

本件事故の発生当時の天候は雨で、路面は湿潤の状態であつた。また、付近は照明のため明るかつた。

(二) 右道路は、被告の当時の通勤経路であり、被告は、本件事故の発生場所付近の道路状況を熟知していた。

(三) 被告は、時速約二〇ないし三〇キロメートルで被告車両を運転して右発生場所手前にさしかかつた際、前方約一一・八メートルの道路左側に、前記のとおりの状態で駐車しているワゴン車を認めた(右距離は、被告車両の前面から右ワゴン車の前面まで。)。また、そのわずかに前方の道路右側にも、前記の状態で駐車している車両を認め、また、前方約二〇メートルの地点を対向して進行してくる車両を認めた。

そして、被告は、両側に駐車している車両の間で、自車と対向車両とがすれ違うのは困難だと判断し、減速して、道路左側に駐車しているワゴン車の脇を進行していつた。

(四) 被告車両の前面が、右ワゴン車の前面よりわずかに前に出たころ、被告は、左前方約〇・七メートルの地点に、右道路を覗きこむようにして立つている原告の、首から上の部分だけを認めた。

そして、そこから約三・一メートル進行した地点で、被告は、左側バツクミラーを通して、自車後方で東を向きながら後ろに手をついて尻餅をついている原告を認め、自車を停止させた。

なお、被告には、自車が原告と接触した旨の認識はなかつた。

(五) 本件事故直後、被告車両の左前輪には、払拭痕が認められた。

また、本件事故直後、原告が診断を受けた松森病院において、原告は、医師に対して、車の間より出たところ、車と衝突した旨、及び、右足を車に轢かれ、よろけて左手をついた旨を申告している。

なお、本件事故直後は、原告の痛みは左肩が中心であつたが、深夜になり、右足背部、右臀部の痛みが強くなり、本件事故当日の午後一一時四〇分ころ、原告は、再び松森病院を訪れた。

2  右認定事実によると、本件事故直前、原告は、駐車している車両の陰から道路側へ横断を開始しようとし、この際、被告車両の左前輪に右足背部を轢かれ、その衝撃で後方に転倒したと認めることができる(左足背部が被告車両の車輪に轢かれ、右足脛が車体に当たつた旨の被告の主張は、甲第六号証から、左足が逆であることが明らかである。)。

これに対し、原告は、原告が道路中央線付近から後ろ向きのまま後退した時、被告車両に轢かれた旨主張する。

しかし、両側合計二車線の道路で横断を開始した歩行者が道路中央線付近まで行き、その場で立ち止まるのであればともかく、後ろ向きのまま後退して、進行してくる車両の左側車輪に足を轢かれる位置まで戻るという行動をとることは、きわめて不合理な行動であつて、およそ信用することができない(のみならず、周囲の安全を充分に確認することなく、右のような行動をとることは、自動車運転手にとつては予測することがきわめて困難であるから、原告の過失割合としては、右認定の事故態様における場合とほぼ同じであるか、むしろ大きいと考えられる。)。

3  右認定の本件事故発生場所付近の道路状況によると、自動車の運転手としては、歩行者が駐車車両の陰から横断を開始することは十分に予測することができたものというべきであるから、被告には過失が認められる。

しかも、他方、原告も、道路を横断するに当たつては、左右の安全を充分に確認した上で横断を開始すべき義務があることは言うまでもない。

そして、右認定事実の下では、本件事故に対する過失の割合を、原告が五〇パーセント、被告が五〇パーセントとするのが相当であるから、原告の損害から、過失相殺として五〇パーセントを控除することとする。

二  争点2(原告の損害額)

争点2に関し、原告は、別表の請求額欄記載のとおり主張する。

これに対し、当裁判所は、以下述べるとおり、同表の認容額欄記載の金額を、原告の損害として認める。

1  損害

(一) 治療費

甲第四号証の二によると、治療費金九八万二八四三円を認めることができる。

なお、被告は、平成四年一〇月以降の治療費は本件事故と相当因果関係がない旨、及び、右治療費は一点単価二五円の割合によるものであり、一点単価一〇円五〇銭を超える部分は本件事故と相当因果関係がない旨主張する。

しかし、甲第六号証、原告本人尋問の結果により認められる治療経過によると、治療費に関し、原告がことさら損害を拡大させたり、損害が拡大するのを防止する義務に違反したとは認められず、右治療費と本件事故との間の相当因果関係を優に認めることができる。

(二) 調剤費

甲第四号証の三によると、調剤費金五三万〇四六〇円を認めることができる。なお、右調剤費と本件事故との間の相当因果関係を認めることができるのは、治療費に関して判示したのと同様である。

(三) 通院交通費

原告本人尋問の結果の中には、原告は事故後しばらくは歩けず、通院にはタクシーを使うしかなかつた旨の部分がある。

しかし、甲第六号証からは、通院にタクシーの使用が必要不可欠であつたとまでは認められず、乙第五号証、弁論の全趣旨により認められる原告の自宅と松森病院との距離から考えて、原告主張の通院交通費(警察署への出頭費用を含む。)を本件事故と相当因果関係のあるものと認めることはできない。

(四) 付添看護費

甲第三号証の二、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、原告は大韓民国の国籍を有すること、日本語がやや不自由であること、医師との意思の疎通を図るため、原告の通院には、夫である浜田健治が六回付き添つたことが認められる。

そして、これらによると、仮に原告の夫に減給があつたとしても(右減給を認めるに足りる証拠はない。)、これを直ちに本件事故と相当因果関係のあるものとすることはできず、通院付添一回あたり金二五〇〇円、合計金一万五〇〇〇円の限度において、本件事故と相当因果関係のあるものとするのが相当である。

(五) 休業損害

甲第四号証の一、原告本人尋問の結果によると、原告は、本件事故当時、クラブサランの厨房で働いていたこと、本件事故直前の平成三年一二月一日から平成四年二月二日までの六四日間に金四七万円の収入があつたこと、本件事故後はまつたく就労していないことが認められる。

ところで、本件においては、休業損害の期間についても争いがあるところ、甲第六号証、乙第二号証の一及び二、原告本人尋問の結果により認められる本件事故後の原告の治療経過に鑑みると、平成四年一〇月末まで(乙第二号証の二)の二七二日間を、本件事故と相当因果関係のある休業とするのが相当である。

したがつて、休業損害は、次の計算式により、金一九九万七五〇〇円となる。

計算式 470,000÷64×272=1,997,500

(六) 逸失利益

原告に、逸失利益の生じるような後遺障害の発生したことを認めるに足りる証拠はない。

(七) 慰謝料

前記認定の本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療経過等によると、原告が本件事故によつて受けた精神的損害を慰謝するには、金一三〇万円をもつてするのが相当である。

(八) 小計

(一)ないし(七)の合計は、金四八二万五八〇三円である。

2  過失相殺

争点1に対する判断で判示したとおり、過失相殺として、原告に生じた損害から五〇パーセントを控除するのが相当である。

したがつて、過失相殺による控除後の金額は、金二四一万二九〇一円(円未満切捨て。)である。

3  損害の填補

原告のうち、金一四万七二七〇円が既に填補されていることは当事者間に争いがない。

したがつて、これを過失相殺による控除後の金額から控除すると、金二二六万五六三一円となる。

4  弁護士費用

原告が本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告が負担すべき弁護費用を金二五万円とするのが相当である。

第四結論

よつて、原告の請求は、主文第一項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して(仮執行免脱宣言については、相当でないからこれを付さないこととする。)、主文のとおり判決する。

(裁判官 永吉孝夫)

別表

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