神戸地方裁判所 平成6年(ワ)2595号 判決 1998年6月05日
甲事件原告
全日本金属情報機器労働組合
右代表者中央執行委員長
石川武男
同
全日本金属情報機器労働組合兵庫地方本部
右代表者執行委員長
藤田和夫
甲事件原告・乙事件被告
全日本金属情報機器労働組合兵庫地方本部西神テトラパック支部
右代表者執行委員長
工藤雄二
乙事件被告
工藤雄二
同
中村伸治
右五名訴訟代理人弁護士
羽柴修
同
野田底吾
同
本上博丈
同
松本隆行
甲事件被告・乙事件原告
西神テトラパック株式会社
右代表者代表取締役
柚木善清
甲事件被告
秋山尚男
右両名訴訟代理人弁護士
八代徹也
以下、次の略称を用いる。
甲事件原告全日本金属情報機器労働組合
原告JMIU
甲事件原告全日本金属情報機器労働組合兵庫地方本部
原告兵庫地本
甲事件原告・乙事件被告全日本金属情報機器労働組合
原告組合
兵庫地方本部西神テトラパック支部
甲事件被告・乙事件原告西神テトラパック株式会社
被告会社
甲事件被告秋山尚男
被告秋山
乙事件被告工藤雄二
被告工藤
乙事件被告中村伸治
被告中村
主文
一 被告会社及び被告秋山は、原告組合に対し、連帯して、金八〇万円及びこれに対する被告会社につき平成七年一月二八日から、被告秋山につき同月二九日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告会社は、原告組合に対し、金二〇万円及びこれに対する平成七年一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告会社は、原告JMIUに対し、金五〇万円及びこれに対する平成七年一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 被告会社は、原告兵庫地本に対し、金二〇万円及びこれに対する平成七年一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 原告らのその余の甲事件請求を棄却する。
六 被告会社の乙事件請求をいずれも棄却する。
七 訴訟費用は、甲事件について生じた分を一〇分し、その二を原告組合に、その二を原告JMIUに、その三を原告兵庫地本に、その三を被告会社及び被告秋山の各負担とし、乙事件について生じた分は全部被告会社の負担とする。
八 この判決の一ないし四項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
(甲事件)
被告会社及び被告秋山は、原告らそれぞれに対し、連帯して、各金二〇〇万円及びこれらに対する被告会社については平成七年一月二八日から、被告秋山については同月二九日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(乙事件)
原告組合、被告工藤及び被告中村は、被告会社に対し、連帯して、金三〇五八万五八一三円及びこれに対する原告組合については平成八年二月九日から、被告中村については同月四日から、被告工藤については同月三日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
甲事件は、被告会社やその西神工場長の被告秋山が、同社の従業員によって組織される原告組合に対して組合を誹謗する文書配布、工場長の発言や組合脱退工作等を行ったとし、それらが原告組合、原告JMIU及び原告兵庫地本の団結権や名誉権等を侵害する不法行為であると主張して、原告らが被告会社及び被告秋山に対し損害賠償を請求した事案である。
乙事件は、被告会社が、平成四年六月に原告組合の行った争議行為が違法であるとし、それにより被告会社は業務上の損害を被ったとして、原告組合、当時の執行委員長被告中村及び副執行委員長被告工藤に対して、不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実等
1 当事者
(一) 原告JMIUは、金属、機械、情報機器関連産業に従事する労働者及び労働組合によって組織された全国組織の労働組合である(<証拠略>)。
(二) 原告兵庫地本は、兵庫県内の原告JMIUに加盟する労働組合で組織する労働組合である(<証拠略>)。
(三) 被告会社は、肩書住所地に本社を、神戸市西区高塚台に西神工場を置き、食品容器に供する紙加工(牛乳パックなど)等を業とする株式会社であり、被告秋山は被告会社西神工場の工場長である。
(四) 原告組合は、昭和五六年七月西神テトラパック労働組合として結成された被告会社の従業員で組織する労働組合であり、平成六年一月に、原告JMIU及び原告兵庫地本に加入したことに伴い、その名称を改めたものである(<証拠略>)。
被告工藤は、原告組合の執行委員長で、平成四年当時の副執行委員長であり、被告中村は、原告組合の副執行委員長で、平成四年当時の執行委員長であった。
2 原告組合と被告会社との労使紛争
(一) 被告会社は、合理化(コスト削減)計画の一環として、平成四年六月一〇日、女性パートタイマー四名に対し、うち三名を同月末日、一名を同年九月末日限りで雇止めする旨通告した。
(二) これに対し、原告組合は右雇止めに反対して、同月一一日、被告会社に対し、被告会社との三六協定を破棄する旨通告した(<証拠略>)。
さらに、原告組合は、同月二四日午後三時から無期限指名ストライキを、同月二六日午前七時から同月二九日午後三時まで全面ストライキを行った。
3 被告会社による文書の配布(原告らの主張する被告会社らの各行為のうち、被告会社による文書配布の点についてのみ争いがない。)
(一) 被告会社は、同月二五日、山本総務課長名で「常道を逸したストライキを行って良いものでしょうか。・・・製造活動は製造活動、交渉は交渉との行動がとれないものでしょうか。皆様、生活を守る為に、製造活動を続けようではありませんか。」などと記載した文書(以下「本件a文書」という。)を全従業員に配布した(<証拠略>)。
(二) 被告会社は、前同日、「最初から存在しない『解雇』を言いたて私達の工場を危機におとしいれようとしている今回の無期限ストは正気の沙汰ではありません。」などと記載した文書(以下「本件b文書」という。)を全従業員に配布した(<証拠略>)。
(三) 被告会社は、同月三〇日、「もともと存在しなかった『解雇』を意識的に取り上げ、残業拒否・無期限指名スト・無期限全面ストを打ち、会社を危機に追い込むと同時に従業員の皆さんの生活をおびやかした組合執行部の動きは一体何んだったのでしょうか。・・・闘争のための闘争、ストライキのためのストライキといった闘争至上主義のオモチャにされては絶対にいけないと考えます。」などと記載した文書(以下「本件c文書」という。)を全従業員に配布した(<証拠略>)。
(四) 被告会社は、同年七月一〇日、「従業員の皆様 今回の争議に関する会社側の総括」と題して、「今回の一連の行為は『パートの為』を名目にした、闘争のみが目的であったと会社は判断し、その確認を急いでおります。・・・組合執行部のこの二年間の行動は、世間離れした闘争主義で、会社を成功に導くものではない。」などと記載した文書(以下「本件d文書」という。)を全従業員に配布した(<証拠略>)。
(五) 被告会社は、同年一二月八日、「一部の組合幹部の当社業績や一般的不況を無視し些細なことにとらわれた闘争至上主義からは何も生まれてこないばかりか、会社を更なる困難と危機に導く結果となると思われます。」などと記載した文書(以下「本件e文書」という。)を全従業員に配布した(<証拠略>)。
(六) 被告会社は、同月二五日、「今年は組合員の皆様には例年より一五日遅れて賞与が支給されるわけですが、こうした事態は、皆様の日々の実生活の重要性を十分認識していない組合執行部の『会社を困難に陥れることをあえて行う』闘争至上主義によるものと考えます。今回の団交時に『会社はつぶれても西神労働組合は存続する。』と組合執行部が言明したことからも、今回の事態を招いた責任が賞与の協議をかくれみのに闘争自体を選択した組合執行部にあるといえます。」などと記載した文書(以下「本件f文書」という。)を全従業員に配布した(<証拠略>)。
(七) 被告会社は、平成五年一月六日、「多方面に影響を与える大きな問題を組合員の意向/生活状況も確認せず執行部や委員長のみの判断で一方的に決めることを許していいのでしょうか!!・・・皆様方が力を合わせ一致団結し現在の執行部の方針を変えない限り本年度の三六協定は結べず残業手当も支給できません。今こそ皆様方の良識のある行動により西神工場の再建を労使一体となってやっていこうではありませんか。」などと記載した文書(以下「本件g文書」という。)を全従業員に配布した(<証拠略>)。
二 主要な争点
(乙事件関係)
1 原告組合が平成四年六月に行った争議行為(以下「本件争議行為」という。)が、違法なもので、原告組合及び右争議を指導した被告工藤及び被告中村に被告会社に対する不法行為責任があるか。
2 本件争議行為による被告会社の損害
3 被告会社の右損害賠償請求権の時効消滅の有無(原告組合、被告工藤、被告中村の仮定抗弁)
(甲事件関係)
4 被告会社及び被告秋山(以下「被告会社ら」という。)による原告組合に対する誹謗中傷発言の有無、並びに被告会社らによる原告組合の組合員に対する脱退工作等の有無
5 被告会社らによる本件aないしg文書の配布行為、原告組合に対する誹謗中傷発言及び組合員に対する脱退工作等が、原告らに対する団結権や名誉権等の侵害行為であり、被告会社らに原告らに対する不法行為責任があるか。
6 被告会社らの右各行為と原告組合の組合員の減少との因果関係
7 原告らの損害
三 争点に対する当事者の主張
1 争点1について
(被告会社の主張)
(一) 原告組合は、被告会社がパート従業員四名に対する雇止めを通告した平成四年六月一〇日の翌一一日に、団体交渉を経ず、要求書も出さずに解雇撤回闘争と称する争議行為(残業拒否闘争)を行った。
(二) 原告組合の規約では、争議行為の開始は組合大会付議事項であり、組合大会において組合員の直接無記名投票による過半数の支持を得なければならないとされているところ、右争議行為は、組合大会を開催しないで行われたものであり、同月二四日からのストライキも同様である。
原告組合規約に定められた組合大会決議を経ていない争議行為は、重大な手続違反であり、違法である。
(三) 争議権は、団体交渉における具体的な折衝を進展するために保障された権利であるから、争議行為の開始には、少なくとも団体交渉の申込を経ることが必要である。しかるに、六月一一日の残業拒否闘争は、団体交渉の申込すら経ておらず、違法な争議行為である。
(四) 原告組合が行った本件争議行為はいずれも違法であるから、原告組合及び本件争議行為を指導した被告工藤と同中村には、被告会社に対する不法行為責任がある。
(原告組合、被告工藤及び同中村の主張)
(一) 原告組合が六月一一日に行ったのは、被告会社に対する三六協定の破棄通告のみであり、組合員に対して残業拒否闘争を指令したことはない。原告組合は、翌一二日以降、パート従業員の雇止め撤回を要求して被告会社との団体交渉を行い(その席上で三六協定破棄通告を撤回した。)、それが平行線を辿ったことから、同月二四日からの指名ストを行ったものであり、争議行為の開始は同月二四日である。
(二) 仮に、六月一一日に残業拒否闘争に突入したと解されるとしても、右争議行為の開始に際して組合大会決議を経ていないとの点については、争議行為は団結活動の一態様であって、団結体の統一的な意思に支えられているかどうかを実質的に判断することが重要であり、正規の手続を経ないで開始された争議行為であっても、それが組合員の意思に基づく組合の統一行動であると認められる場合には、正当な争議行為となると解すべきである。
原告組合は、同月一一日の職場集会で、組合員の九〇%を超える圧倒的多数の賛成でスト権を確立しており、右争議行為は、組合員の意思に基づく原告組合の統一的な意思に支えられたものであり、違法ではない。
また、同月二四日からのストライキは、被告会社との団体交渉を経ており、同月二二日及び二三日に再度組合員にスト権投票を行い、組合員の意思を確認して行われたもので、何ら違法なものではない。
2 争点2について
(被告会社の主張)
(一) 被告会社では、原告組合による平成四年六月二四日午後三時からの無期限指名スト及び同月二六日午前七時から同月二九日午後三時までの全面ストにより、その製造工程中、製造・ラバーマウント部門で四日間(九六時間)稼働できなかった。また、同部門の後工程においても、同月二四日午後三時一五分から午後四時五五分まで、同月二五日午前六時から午後八時まで、必要のないインフォメーションミーティングを行わざるを得なかったことで、合計三時間一〇分稼働できなかった。さらに、同月二六日午前七時から同月二九日午後三時までの全面スト解除に至るまでの間、三二時間分稼働できなかった。その合計は三五時間一〇分となる。
(二) 被告会社は、右稼働できなかったことにより、製造数量にして二五二二万七一四〇パック(個)分の売上を失った。その損害は以下のとおりになる。
<1> 平成四年一月一日から同年一二月三一日の事業年度における被告会社の営業利益 三九億三九九二万五〇八七円
<2> 右事業年度の被告会社の売上数量 三二億四九六四万五一八〇個
(同期間の売上高 二一七億七六七九万六一二一円)
<3> 本件争議行為のために失われた売上数量 二五二二万七一四〇個
損害額 <1>×(<3>÷<2>) 三〇五八万五八一三円
(原告組合、被告工藤及び同中村の主張―損害との因果関係)
仮に、本件争議行為のうち六月一一日からの残業拒否闘争が団体交渉を経ないものであって違法との評価を受けるとしても、被告会社が主張する損害は同月二四日以降の分であり、右残業拒否闘争と右損害との間に因果関係はない。
3 争点3について
(原告組合、被告工藤及び同中村の主張)
乙事件訴訟提起時(平成八年一月二六日)には、既に本件争議行為の終了日である平成四年六月二九日から消滅時効期間の三年を経過しているところ、原告組合、被告工藤及び同中村は、平成九年三月四日の本訴第九回口頭弁論期日において右消滅時効の利益を援用した。
したがって、被告会社の原告組合らに対する損害賠償請求権は、時効により消滅した。
(被告会社の主張)
本件争議行為が違法なものであることを被告会社が知ったのは、兵庫県地労委平成五年不第一、三号事件(以下「地労委係争事件」ともいう。)の第一回審問期日(平成五年七月八日)における被告工藤のスト権確立を職場集会で行ったとの証言が端緒であって、消滅時効の起算点もこの時点であるから、乙事件訴訟提起(平成八年一月)により時効は中断されている。
4 争点4について
(原告らの主張)
(一) 被告秋山は、次のとおり、再三にわたり原告組合に対して次のような発言を繰り返した(以下、原告らが主張する被告秋山の発言を「秋山発言」という。)。
(1) 平成四年七月以降、再三、インフォメーションミーティング(職場会議)で「今の組合だったら西神の将来はない。」などと発言した。
(2) 平成四年七月上旬のインフォメーションミーティングにおいて、従業員からの「『組合執行部の処分を考えている』と言われましたが、どういう意味ですか。」との質問に対して、「それなりの処分を考えている。」と発言した。
(3) 平成五年一月中旬のインフォメーションミーティングにおいて、原告組合の地労委への救済申立てに関し、「組合が会社を訴えるのか。組合が訴えるということは、お前たち一人一人が会社を訴えることになるんだぞ。分かっておるのか。」と怒鳴った。
(4) 平成五年四月二三日及び二四日のインフォメーションミーティングにおいて、地労委係争事件について、「会社は最高裁まで行く。和解はしない。なぜなら和解をすると何千万という金が弁護士と共産党に流れるからだ。」と発言した。
(二) 被告会社は、次のとおり、職制(管理職)を用いて原告組合の組合員に対して脱退工作を行った。
(1) 平成五年四月一一日、大坪課長が、執行委員木野聡に対し、「元上司としていうけど、執行委員長についていってはいけない。組合はどうなるんや。」と原告組合からの脱退を促し、木野は同月二八日に脱退した。
(2) 組合員堀口正康は、同年四月ころから、再三蔦本課長に呼び出されて原告組合を脱退するように言われ、その後被告秋山にも呼び出され、同年五月八日に脱退した。
(3) 執行委員前田祥男は、同年四月一〇日ころから約二週間、被告秋山に呼び出されて、「会社に楯突く組合の執行部にいる人間を下級とはいえ、管理職においておくわけには行かない。不当労働行為なんかこわくない。」と言われ、同年五月八日に原告組合を脱退した。
(三) 被告会社は、原告組合が原告JMIUに加入した平成六年二月以降、下級職制のプロダクションエンジニア(PE)を中心として、組合員に対し、警察が組合名(ママ)簿を欲しいと言ってきている、名簿を提出するとブラックリストに名前が載り不利益を受けるなどといって組織的な組合脱退工作を行った(以下、被告会社が、右の脱退工作を行ったとする件を「ブラックリスト問題」という。)。
すなわち、被告会社は、下級職制であるPEらを用いて、原告組合が原告JMIUに加入したことで、被告会社は警察から組合員名簿の提出を求められており、これを提出して組合員の氏名が警察のブラックリストに登載されると今後再就職の場合等に不利益を被るなどといって、組合員に対して原告組合からの脱退を勧奨した。
右ブラックリスト問題による脱退工作により、平成六年二月には組合員一三名が脱退した。
(被告会社及び同秋山の主張)
(一) 秋山発言は次の通りである。
(1) (1)について、被告秋山が述べたのは、西神テトラパックにおいてコスト低減ができないとなると、世界規模で展開するテトラパックグループ全体の中で有利なことはないということを述べたにすぎない。
(2) (2)については、組合員からの「違法行為があったらどうするか。」という質問に対して、就業規則に反する違法行為が行われたときはそれなりの処分を考える旨答えたものである。
(3) (3)については、被告秋山は、原告組合が会社を相手方として不当労働行為救済申立てを行ったという客観的事実を述べたものにすぎないし、怒鳴ったこともない。
(4) (4)については、和解はしないという被告会社の方針を述べた後、和解金が弁護士と支援組織に流れる例があるというのは経営者の中でも常識になっているという事実を述べたものである。
(二) 被告会社が、職制を用いて原告組合員に対し脱退工作を行った事実はない。
(三) 被告会社が、警察のブラックリスト登載を口実にして原告組合の組合員の脱退工作を行ったという事実はない。
原告組合が原告JMIUに加盟した旨被告会社に通知したのは平成六年三月二日のことであり、被告会社は、同年二月二一日の時点では右事実を認識しておらず、右のような脱退工作を被告会社が行うことはあり得ない。
また、そもそも原告組合は被告会社に対し組合員名簿を明らかにしていないのであるから、被告会社に存在しないものを警察に提出するという発言をすることはあり得ない。
5 争点5について
(原告らの主張)
(一) 不当労働行為の救済申立制度と不当労働行為が不法行為に該当することを理由とする私法上の救済(司法救済)とは、全く別の制度であり、一方が認められれば他方が成立しない関係ではない。
さらに、本件のように露骨な組織破壊攻撃を受けたような場合には、救済命令によっても原状回復に至らないのであり、このような組合の無形損害の賠償や慰藉料の請求は司法救済に独自のものである。
(二) 本件aないしgの文書は、原告組合が闘争至上主義であるという一方的な評価を押しつけている点、本件ストライキが違法である等虚偽の事実を含んでいる点、被告工藤を中心とする組合執行部に対する批判を行っている点及び報復、威嚇を含んでいる点等、その内容は事実を明らかにすることを目的としたものでなく、一貫して組合執行部に対する不信を煽り立てる内容の誹謗文書であり、使用者に許される正当な言論の範囲を大きくかつ明白に逸脱しており、原告組合の団結権を侵害する違法なものであり、被告会社らの不法行為責任は明らかである。
(三) 秋山発言は、いずれも原告組合や組合員に対する威嚇・報復を内容としており、使用者側の言動として明らかに行きすぎたもので、被告会社による支配介入行為と評価できるものであり、原告組合の団結権を侵害する違法なもので、被告会社らの不法行為責任は明らかである。
(四) 被告会社が平成五年四月に職制を通じて行った原告組合の組合員に対する組合脱退工作は、原告組合の団結権を侵害する違法なものであり、被告会社らの不法行為責任は明らかである。
(五) ブラックリスト問題での被告会社の組合脱退工作は、原告組合の団結権を侵害する違法なものであると同時に、原告JMIUや原告兵庫地本の社会的信用、評価を著しく毀損する違法なものであり、原告らに対する被告会社らの不法行為責任は明らかである。
(被告会社及び同秋山の主張)
(一) 不当労働行為の救済制度は、不当労働行為が存在した場合にそれを除去し(なかったものとし)、原状に回復させることを制度目的としており、不当労働行為救済命令が確定すれば原状回復がされるはずである。
他方、不法行為による損害賠償は、原状回復をしない、あるいはできないから金銭賠償を行うという考え方に立脚している。
したがって、原状回復を目的とする不当労働行為救済申立てと原状回復を前提としない損害賠償請求とは両立をし得ない。
(二) 本件aないしgの文書は、いずれも原告組合の違法な争議行為に対する被告会社の見解を述べたものであって、正当な言論活動に含まれるものである。
本件e及びfの文書は、いずれも平成四年の冬の賞与の支給に関してのものであり、ストライキを行った日(時間)分の賃金の賞与からのカットについて、原告組合と対立していた状況の下で、被告会社が合理化に伴って取締役、管理職の賞与を減額しており、組合員としてもノーワーク・ノーペイの原則に従って賞与分から控除すべきであると述べたにすぎないものであって、正当な言論活動である。
本件gの文書は、平成四年一二月に原告組合が三六協定を締結しないという方針を打ち出したことで、三六協定の不締結による残業手当の減収について従業員から不満が噴出し、それが会社総務担当に向けられたという状況下で、三六協定の不締結という方針等について論評したものであって、これも正当な言論活動である。
(三) 秋山発言のうち、(1)は組合問題に関しての発言でなく、(2)、(3)はいずれも何ら問題となり得ない正当な発言であり、(4)の趣旨は和解はしないという被告会社の当時の方針を述べた後、経営者の間では常識になっていることを述べたにすぎないもので、いずれも虚偽の事実を述べたとか原告組合を誹謗したというものでなく、原告組合の団結権を侵害するものではない。
(四) 原告らが被告会社に対して損害賠償を求める根拠は、被告会社が原告組合に対して支配介入等の不当労働行為を行ったことを前提とし、これが不法行為に該当するというものであるところ、不当労働行為の主体は使用者であり、不当労働行為の主体となり得ない被告秋山は、不当労働行為を前提とする不法行為責任を負うことはない。
6 争点6について
(原告らの主張)
(一) 原告組合の組合員数は、平成五年一月一日現在で二三一名であったが、同年二月一日には一八七名と四四名も減少し、同年六月一日現在の組合員数は六九名と激減し、さらに、平成六年二月には、前記のとおり一三名が脱退した。
(二) 原告組合の組合員数がこのように平成五年一月から激減した原因は、前記文書配付行為、秋山発言及び平成五年四月の脱退工作並びに平成六年二月のブラックリスト問題における脱退工作であり、被告会社による組織的脱退勧奨にあることは明らかである。
(三) 被告会社は、脱退者が相次いだのは被告工藤の独善的な組合運営に組合員がついていけなくなったことによると主張するが、右主張は争う。
(1) 本件パート問題における原告組合の争議行為が違法なものでないことは前記のとおりである。
(2) 被告工藤が、自らの配転に関して原告組合名義で不当労働行為の救済申立てを行い、その費用について組合員の了解を得ていなかったことが規約違反であるとして組合内部で問題にはなったが、平成五年一月一六日及び二三日の組合臨時大会において、被告工藤個人名義で救済申立てを行うことで了承され、同年三月六日の組合大会において、原告組合名義でも被告工藤の配転問題について救済申立てを行うことが確認了承されている。
(四) 平成四年一二月に原告組合が三六協定の締結を拒んだのは、被告会社の本件パート問題から始まった合理化計画に対抗するためであって、被告工藤が勝手に決めたものではない。すなわち、被告会社は、同年一一月二七日、マシン定員削減による人員削減、それによって生じた二〇名の余剰人員の転勤問題について原告組合に提案したが、原告組合は、反対の意思を表明し、執行委員会、代議員会、職場集会を経て、三六協定を締結しないという方針を打ち出したものである。
また、平成五年一月に、余剰人員の問題について配置先が決まるなど被告会社の態度に前進が見られたため、原告組合は、一か月単位で三六協定を締結する方針に転換し、さらに、同年四月、被告会社が春闘要求の回答を拒否したため、それを引き出すために三六協定を締結せざるを得なくなったものである。
三六協定締結に関する以上の経緯は、被告会社の合理化計画に対する対抗手段として原告組合内部で論議されたものであり、被告工藤が跳ね上がっていたとか、執行部の議論と異なった行動をとってきた事実はない。
(被告会社及び同秋山の主張)
原告組合の組合員数が減少したのは、原告らが主張する脱退工作によるものでなく、以下のとおり、被告工藤による独善的な組合運営に多くの組合員がついていけなくなり、脱退者が相次いだことが原因である。
(一) 前記のとおり、原告組合は、被告工藤らの指導により、本件パート問題において違法な争議行為を行った。
(二) 被告工藤は、自らがドクターマシン部門に配転されたことが不当労働行為にあたるとして、平成四年一二月に原告組合名義で不当労働行為の救済申立てを行った。ところが、右申立て及びその申立費用の流用について、原告組合の了解のないまま行われたことから組合員の批判を受け、平成五年一月一六日の組合大会において右申立てを取り下げ、被告工藤個人による申立てのみとした。
(三) 被告工藤は、本件パート問題の闘争を終結させた平成四年七月八日の団体交渉において、「今後三六協定を闘争の道具に使わない。」と明言したにもかかわらず、同年一二月には次年度の三六協定を締結しないと言明し、さらに、同年四月二七日に三六協定を突然締結するなど、前言を翻す行動を取った。
(四) 被告工藤のこのような独善的な組合運営に多くの組合員がついていけないとして、脱退者が相次いだにすぎない。
7 争点7について
(原告らの主張)
(一) 前記の被告会社らの各行為によって、原告組合では約二〇〇名の組合員が脱退し、団結権を侵害され甚大な被害を受けた。
また、被告会社らによるブラックリスト問題での脱退工作は、原告JMIUを名指しして行われたものであり、原告組合の団結権を侵害したばかりか、原告JMIU及び原告兵庫地本の社会的信用、名誉を毀損する攻撃であり、今後の同原告らの組織化に支障を生じさせたものである。
また、このような被告会社らによる攻撃を改めさせるために、原告らは、共闘会議の結成と運営、ビラの発行と配付、会議・集会の開催とオルグ、法廷闘争等の出費を余儀なくされ、組合としての本来の活動を著しく阻害されるという各自の損害も発生している。
(二) 被告らによる団結権侵害、社会的信用・評価毀損、組合活動阻害等の行為によって、原告らが被った損害はそれぞれ二〇〇万円を下らない。
(被告会社及び同秋山の主張)
(一) 労働組合において、組合員の脱退があることは当然のことであって、脱退者が出たことをもって、組織化に支障が生じること及びそれが法律上の損害となることはあり得ない。
仮に、組合員数の減少によって団結権侵害という無形の損害が生じることがあり得るとしても、その損害額算定の基礎となるべき原告組合の組合員数について、その把握は極めて杜撰なものであり、その確定すらできない状態であり、組合員数の減少があったとは認められない。
(二) 原告JMIUが、全国単一組織の組合であれば、原告兵庫地本及び原告組合は、いずれも原告JMIUという一つの組織に属するいわば原告JMIUの手足部分にすぎず、独立した権利主体といえない。他方、原告JMIUが連合体組織であって、原告らがそれぞれ独立した権利主体であるならば、各原告の損害は他の原告の損害と重複することはあり得ず、各原告ごとの損害を明らかにしなければならないが、そのような主張立証はない。
第三争点に対する判断
一 争点1について
1 前記争いのない事実等に証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 被告会社は、平成四年三月ころ合理化(コスト低減)計画を策定し、同年五月、全従業員にその内容を通知した。右合理化計画には<1>原材料費の低減<2>余剰設備の廃棄<3>人件費の削減(直接部門・間接部門の人員配置の見直し)、部課制の廃止による組織の簡素化、製造機械(マシン)の定員の見直し等が盛込まれていた。
(二) 被告会社と原告組合とは、平成二年九月一八日、パート従業員の雇用終了に関して左記の内容の覚書(以下「本件覚書」という。)を交わしていた。
記
被告会社は基本的にパートの雇用の終了に関しては、以下の事項に十分留意する。
<1> 当該パートの仕事の終了が、その仕事を取り巻く状況の変化、機械化、正社員化、装置の変更等により客観的に明らかになった場合。
<2> その場合において、被告会社は工場内において他にそのパートの方に適した仕事を見つける努力をする。
<3> 適した仕事が見出せない場合には、そのパートの雇用が停止あるいは延長されないことがある。
<4> 但し、期間の延長を伴わないパート雇用はこの限りではない。
(三) 平成四年六月一〇日、被告会社は、右合理化計画の一環として、女子パート従業員四名(一か月から三か月ごとに契約を更新されていた。以下「本件パート従業員」という。)のうち、三名を同月末で、一名を同年九月末で雇止めとすることを決定し、その旨を原告組合に通知した(以下、このパート雇止め問題を「本件パート問題」という。)。
これに対して、原告組合の当時の執行委員長であった被告中村と副委員長であった被告工藤は、同日、被告西神工場の工場長である被告秋山及び山本総務課長と面談し、パート従業員が行っていた仕事が存続しているにもかかわらず雇止めにすることは、本件覚書に反する上、期限付の雇用契約者であっても、契約が反復更新していれば雇止めには解雇と同様の手続が必要であり、右雇止めは不当解雇であると主張して、その撤回を求めたが、被告会社側が右雇止めを撤回しないことから、被告工藤及び同中村は、「大変なことになりますけど、わかっているんでしょうね。」と述べて、面談の場を立ち去った。
(四) 翌一一日、原告組合は、四回に分けて(三直の勤務終了時刻である午前七時、二直の出勤時刻である午後一時、一直の勤務終了時刻である午後三時及び日勤の勤務終了時刻である午後五時三〇分から)職場集会を行い、本件パート問題についてのストライキ権確立の賛否について組合員に対し挙手で決議を取ったところ、約九〇%の組合員がこれに賛成した。
(五) 被告会社と原告組合の間では、平成四年一月から同年一二月末日までの期間の三六協定が締結されていたが、前同日、原告組合は、右協定を破棄する旨被告会社に通告して、団体交渉申入れや要求書を提出することなく残業拒否闘争に入った。
(六) 同月一二日、本件パート問題に関する最初の団体交渉が行われ、その席で原告組合は本件パート問題は不当解雇であると主張してその撤回を求める要求書を提出した(この席上で、原告組合は前日にした三六協定破棄通告を撤回した。)。その後、数回にわたって団体交渉が行われたが、雇止めが不当解雇であるとしてその撤回を求める原告組合の主張と、仕事を取り巻く環境が変化したという被告会社の主張は平行線のまま推移した。
(七) 原告組合は、同月二三日に三六協定破棄通告をし、同月二四日から組合員二三名の指名ストライキに入り、同月二六日からは全面ストライキに突入した(その後、右ストライキは、同月二九日まで継続された。)。
(八) 同月二七日に開催された原告組合の臨時大会において、執行部の不信任決議案が提出されたが否決された。
なお、同年六月に開催された組合大会は、右の臨時大会のみである。
(九) 同年七月八日の団体交渉において、原告組合は、本件パート問題について、要求書自体の撤回はしないが以後要求はしないと言って、闘争を終了した。また、原告組合は、この団体交渉の席上で前記の三六協定の破棄通告についても撤回した。
(一〇) 本件パート従業員は、それぞれの雇止めの期限である同年六月三〇日(三名)と、同年九月三〇日(一名)をもって退職した。
2 以上の認定事実をもとに判断する。
(一) 本件争議行為に際して、組合大会に付議されていないという点について
前記認定事実のとおり、原告組合は、本件パート問題に関して平成四年六月一一日の職場集会における決議でストライキ権を確立したのみであり、ストライキ権確立について組合大会に付議していない。原告組合の組合規約(<証拠略>)では、争議行為の開始は組合大会の付議事項とされており、本件争議行為は組合大会の決議を経ていない点に組合規約違反の瑕疵が存する。
しかしながら、争議行為は、団結活動の一態様であり、団結の統一的な意思に支えられているときに団結権の行使としての法的保護を受けることができ、したがって、使用者に対する関係での争議行為の正当性を判断するにあたっては、その行為が組合員の統一的な意思に基づく労働組合の統一的行為と認められることが重要なのであって、組合規約の定める手続きを経ないで開始された争議行為であっても、当該争議行為が事実上組合員の統一的な意思に支えられていると認められる場合には、組合規約違反として内部的に執行部等の責任問題が生じ得ることは格別、使用者に対する関係では正当性を失わないと解するのが相当である。
本件争議行為においては、六月一一日の職場集会において約九〇%の高率でストライキ権を確立しており、さらに、同月二七日の臨時大会において執行部不信任決議案が否決されていることから、本件争議行為は、組合員の意思に基づく原告組合の統一的行動であることが明らかであり、組合規約違反であることをもって違法な争議行為ということはできない。
(二) 団体交渉を経ていない争議行為であるという点について
前記認定のとおり、本件争議行為の開始時点は、原告組合が残業拒否闘争に入った平成四年六月一一日であり、本件パート問題について、被告会社と原告組合との間で最初の団体交渉がもたれたのは翌一二日である。
労働組合の争議権は、団体交渉における具体的な折衝を進展させるために保障された権利であり、団体交渉を経ない段階(団交拒否も含む)で行われた争議行為には正当性を認めることができないと解するのが相当であるところ、本件争議行為のうち六月一一日からの残業拒否闘争(六月一二日の団体交渉で三六協定破棄通告は撤回されている。)については、前記認定のとおり団体交渉を経ずに行われたものであるから、違法な争議行為であると認めざるを得ない。
しかし、六月二三日の三六協定破棄通告による残業拒否闘争及び六月二四日からのストライキについては、前記認定のとおり同月一二日からの団体交渉を経ていることから、違法な争議行為ということはできない。
(三) 以上により、本件争議行為のうち、被告会社との関係で違法な争議行為であると認められるのは、六月一一日の残業拒否闘争のみであり、同月二三日からの残業拒否闘争や同月二四日からのストライキについて、これが違法な争議行為であるとの被告会社の主張は理由がない。
二 争点2について
被告会社が、本件争議行為による損害として主張しているのは、平成四年六月二四日からの稼働できなかったことによる損害であるところ、右損害は、団体交渉を経ていないことで違法と認められる六月一一日の残業拒否闘争との間の因果関係は認められず、被告会社の右主張は理由がない。
三 争点4について
1 秋山発言について
(一) 「今の組合だったら西神の将来はない。」という発言について
被告秋山は本人尋問において、平成六年七月以降のインフォメーションミーティング(被告会社の情報を従業員に伝えるためのミーティング)で従業員に述べたことは、コストを削減しなければならない時期に、コストが上がるようなことをやっていたら西神工場の将来にとって有利なことではないという趣旨のことであると供述しているところであり、本件全証拠によっても、同被告がインフォメーションミーティングで「今の組合だったら西神の将来はない。」という発言をしたという事実は認められない。
(二) 組合執行部の処分に関する質問に対して、「それなりの処分を考えている。」との発言について
証拠(<証拠・人証略>)を総合すると、平成四年七月上旬のインフォメーションミーティングにおいて、従業員からの本件争議行為に関して組合執行部に対する処分を考えているかとの質問に対して被告秋山がした発言内容は、「就業規則に反することがあれば、それなりの処分を考える。」というものであったと認められる。
(三) 原告組合の地労委救済申立てに関して「組合が訴えるということは、お前たち一人一人が会社を訴えることになるんだぞ。」等と怒鳴ったとの点について
証拠(<証拠略>)によれば、平成五年一月一〇日ころのインフォメーションミーティングにおいて、被告秋山が、組合の地労委救済申立てについて、従業員に対し「組合員一人一人が会社を訴えることになるんや。分かっておるのか。」と言ったことが認められ、右認定に反する被告秋山の本人尋問における供述は信用できない。
(四) 地労委係争事件について、和解をすると和解金が弁護士と共産党に流れるなどと発言したとの点について
証拠(<証拠略>)によると、被告秋山は、平成五年四月二三、二四日のインフォメーションミーティングにおいて、従業員に対し「会社は、地労委あるいは中労委、最高裁まで戦うんだ。その中で和解はしない。和解すると、その和解金数千万が弁護士とある組織、共産党に流れる。」と発言したことが認められ、右認定に反する被告秋山の本人尋問における供述は信用できない。
2 被告会社の原告組合組合員に対する脱退工作の有無について
(一) 証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨を総合すれば、
(1) 平成五年四月二一日、原告組合の執行委員であった木野聡は、大坪課長から「元上司として言うけど、執行委員長について行ってはいけない。組合はどうなるんや。」と言われ、同年五月八日、原告組合を脱退したこと、
(2) 組合員堀口正康は、同年四月ころから、再三、蔦本課長に呼び出されて原告組合を脱退するように言われ、堀口が「それは命令ですか」と尋ねると、「個人的な命令だ」と言われ、その後被告秋山にも呼び出され、同年五月八日、原告組合を脱退したこと、
(3) 原告組合の執行委員であった前田祥男は、同年四月一〇日ころから再三、蔦本課長や被告秋山に呼び出され、「会社に楯突く組合の執行部にいる人間を、下級とはいえ、管理職においておくわけにはいかない。不当労働行為なんか怖くない。」などと言われ、同年五月八日、原告組合を脱退したこと、がそれぞれ認められる。
(二) 被告秋山は、本人尋問において、原告組合の主張するような職制による脱退工作はなかった旨供述しており、(証拠略)は、いずれも前記認定の発言等を否定する内容であるが、前掲証拠により平成五年五月一〇日の団体交渉の議事録と認められる(証拠略)によれば、右団体交渉において、組合側からの「組合員への脱退勧奨は直ちに止めるよう要請する。」との発言に対し、会社側が「職制として話しただけだ。」と述べていること、組合側からの「秋山工場長に呼ばれて、組合をやめろと言われたと聞いている。また、不当労働行為とわかっているとも聞いている」との発言に対し、会社側が「組合の執行委員が工場長と話しして止めるのは勝手」「会社側の人間に会社に反旗を翻す人間を置いておけないといっただけだ、不当労働行為ではない。」と発言していることが認められ、右団体交渉における会社側の発言に照らし、被告秋山の供述や前記の(証拠略)は信用できない。
(三) よって、原告組合の主張する職制による脱退工作の事実を認めることができる。
3 ブラックリスト問題について
(一) 前記認定事実及び証拠(<証拠・人証略>)によれば、以下の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(1) 原告組合は、平成六年一月二三日開催の臨時大会で、原告JMIUへの加入を決議し、同日、原告JMIUに加入申込書を提出し、同月三〇、三一日の原告JMIUの臨時大会で加入が承認された。さらに、同年二月五日の原告兵庫地本の臨時大会において、原告組合の原告兵庫地本への加入が承認された(平成六年一月末日時点の原告組合の組合員数は五八名であった。)。
(2) 同年二月一八日から同月二二日にかけて、被告会社の下級職制であるPE(プロダクション・エンジニアの略称で主任クラスの管理職)らの多数(少なくとも七名)が、原告組合の組合員十数名に対して、個別に「警察から会社に電話があってJMIUに入っている組合員のリストを提出してくれと言われている。会社としてはリストを提出するので組合を辞めた方がよい。」「上部に入っている組合にいると、警察のリストに載り、再就職できなくなるので組合を辞めた方がよい。」「警察に組合員リストが渡ることがどういうことかわかっているのか。」「警察の話は聞いているか。これは本当のことだから、名簿を提出したら再就職のときや子供の入学の時など、興信所が調べたらわかることだから一生影響するよ。来月初めには提出するから今週中に結論を出さないといけないよ。」などと申し向けて、原告組合からの脱退を勧奨した。
平成六年二月には原告組合の組合員数が一三名減少したが、このうちの少なくとも一〇名は、被告会社のPEらによる前記の脱退勧奨により脱退したものと推認できる。
(3) 被告中村(当時書記長)は、同月二三日、西警察署への名簿提出についての真否を確かめるため、原告組合労金係の藤田とともに被告会社の林総務マネージャーに説明を求めたところ、林は、「西警察署公安課から電話で原告組合が原告JMIUに加入したことについて確認を受けたが、わからないと答えた」「共産党系の上部団体なので名簿が欲しいといわれたので、現在名簿はないと断ったが、わかり次第提出して欲しいといわれた。」と説明した。
(二) 被告会社は、この点について、原告組合が原告JMIUに加入したことを被告会社に通知したのは平成六年三月二日であり、それより前に原告組合の主張する脱退工作を行うことはあり得ないと主張しているが、原告組合が原告JMIUに加入する際に臨時大会を開催していることなどから、被告会社が右通知以前に原告組合の原告JMIUへの加入を知ることは十分考えられるところであり、被告会社の右主張は採用できない。
また、被告会社は、原告組合自身が被告会社に対して組合員名簿を明らかにしていなかったのであるから、被告会社に存在しないものを警察に提出するという発言をすることはあり得ないと主張しているが、被告会社は平成五年一二月まで原告組合の組合費のチェックオフを行っており(<証拠略>)、それとの関係で誰が組合員であるかを把握していたと推認でき、被告会社の右主張も採用できない。
(三) そして、右認定の脱退勧奨は、ほぼ同時期に多数のPEらによって行われたことから、被告会社がその職制を用いて組織的に行ったものであると推認できる。
四 本件パート問題後の原告組合と被告会社との労使紛争の経緯
前記争いのない事実に証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件パート問題後の原告組合と被告会社との労使紛争の経緯について、次の各事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
1 前記のとおり、本件パート問題についての労使紛争は、平成四年六月二九日にストライキが終了し、同年七月八日の団体交渉において、原告組合側が闘争終了を言明したことにより終了したが、その間の同年六月二五日に本件a及びb文書が、同月三〇日に本件c文書がそれぞれ全従業員に配付された。
また、同年七月一〇日に本件d文書が配付された。
2 同年八月二九日、原告組合の組合大会が開催され、被告工藤が執行委員長に(対立候補は高島庄一郎)、高橋博行(同人は、六月二七日の臨時大会における前記執行部不信任案の提案者である。)が副委員長に、被告中村が書記長にそれぞれ当選し、同年九月一日からそれぞれ就任した。
3 被告会社は、同年一一月一七日、前記合理化計画の一貫(ママ)として、マシン定員(工場にある機械ごとの定員)を全体で二〇名削減すること等の合理化案を原告組合に提示した。
そして、被告会社は、原告組合との協議を行うことなく、組織変更に伴う平成五年一月一日付の人事異動を発表し、その中に、被告工藤(当時、品質向上推進グループ、工程改善プロジェクトチーム所属)を制動管理部ドクターマシン部門へ異動する旨の配転命令(以下、この配転命令を「本件配転」という。)が含まれていた。
4 原告組合は、同年一一月二七日の団体交渉において、被告会社が提示した定員削減に反対である旨を表明した。また、この団体交渉において、被告会社は、本件パート問題でストライキを行った原告組合に対し、各組合員のストライキの時間を勘案して冬期の賞与をカットすることを提案した。
この提案に対して、原告組合は、同月二八日の拡大委員会(執行委員会と代議員会を併せたもの)において、就業規則にはストライキ分を賞与からカットするとの規定がないとして、右提案に反対する方針を取ることを決め、その内容を組合ニュースで周知した。
本件e文書は、その後の同年一二月八日に従業員に配付されたものである。
5 原告組合は、被告工藤の本件配転について地労委へ救済命令申立てをすることが同年一一月二八日の代議員会で承認されたことを受けて、同年一二月二五日、右申立てを行った(兵庫地労委平成四年不第一一号事件)。
被告秋山の「組合員一人一人が会社を訴えることになるんや。分かっておるのか。」との前記認定の発言は、正月明けである平成五年一月一〇日にされたものである。
6 また、原告組合は、被告会社の合理化案に対抗するため、執行委員会や代議員会で平成五年の三六協定を結ばないとの方針を固め、同年一二月八日の被告会社との労使協議会の席上で、被告会社が翌年の三六協定の締結を求めた際、被告工藤は平成五年一月一日からの三六協定は締結しないと述べた。
7 被告会社の賞与カットの提案は、平成四年一二月一七日に原告組合と妥結し、被告会社は、同月二五日(例年は一二月一〇日支給)、前記ストライキ実施を理由に一部カットして賞与を支払った。
本件f文書は、賞与が支給された一二月二五日に従業員に配付されたものである。
8 平成五年一月一日から三六協定不締結の状態に入ったところ、同月六日に本件g文書が従業員に配付された。
9 原告組合がした前記救済命令申立てについては、同月九日の代議員会で、その費用について組合大会の決議が必要であることが確認されたため、同月一六日の臨時大会を経て、同月二一日右申立ては取り下げられ、同日、被告工藤個人が兵庫県地労委に対し、「会社は、申立人工藤雄二に対する平成四年一二月二八日付け配転命令を撤回し、同人を現職に復帰させなければならない。」との救済を求める申立てを行った(兵庫地労委平成五年不第一号)。
また、原告組合は、同年三月六日の臨時大会において、原告組合としても救済命令申立てをすることを可決し、同年四月九日、前記救済内容に加え、謝罪文の掲示を求めた救済命令申立てを行った(兵庫地労委平成五年不第三号)。なお、組合執行部の方針に反対し、組合執行部の罷免を求める組合員の要求により一月二三日に臨時大会が開催され、右大会において、執行部の不信任決議案が提出されたが、八一票対五八票で否決された。
10 原告組合の副委員長であった高橋は、原告組合の地労委への救済申立てをめぐる動きに嫌気がさしたことなどから同年一月三〇日、原告組合を脱退した。また、高橋や同じく原告組合を脱退した高島庄一郎らは、同年四月五日、被告会社の掲示板に「せいしんくらぶ設立のご案内」を掲示し、同月九日、被告会社の大会議室で「せいしんくらぶ」の設立総会が行われ、右総会には被告秋山も出席した。
原告組合の組合員に対する前記認定の脱退工作は、この時期に行われたものであり、また、被告秋山の「和解すると、その和解金数千万が弁護士とある組織、共産党に流れる。」との発言も、この時期(四月二二、二三日)にされたものである。
11 三六協定不締結の状態はその後も続いていたところ、平成五年の春闘において、原告組合の賃上げと夏季一時金に関する要求に対し、被告会社は、同年四月七日、三六協定が締結されるまで回答を保留すると述べた。
原告組合は、三六協定不締結の状態で残業手当分の収入がなくなることの不安などから、組合員の脱退が相次ぎ、組合員が従業員の過半数を割るとの危機感を持ち、同月二五日、臨時大会を開催して三六協定を締結することを決定した。
その結果、同月二六、二七日の労使協議会において、被告会社と原告組合との間で「三六協定に関する協定」が締結された。
結局、原告組合は、被告会社の合理化案に対抗するために取った三六協定締結拒否により、被告会社から何らの譲歩も引き出すことなく終わった。
12 原告組合の組合員数は、平成五年一月一日時点で二三一名であったが、同年二月一日時点では一八七名に(四四名減)、同年三月一日時点では一七四名に(一三名減)、同年四月一日時点では一六九名に(五名減)、同年五月一日時点では一一三名に(五六名減)、同年六月一日時点では六九名に(四四名減)減じた。
なお、平成四年一月からの組合員数の推移は別表のとおりである。
五 争点5について
前記認定の本件パート問題及びその後の被告会社と原告組合の労使紛争の経緯を下に、本件文書配付行為等による被告会社らの原告らに対する不法行為責任について判断する。
1 不当労働行為救済申立てと不法行為の関係について
被告会社らは、原状回復を目的とする不当労働行為救済申立てと原状回復を前提としない不法行為による損害賠償請求とは両立し得ない旨主張しているが、不当労働行為救済命令制度は、使用者の組合結成・運営に対する妨害・干渉や団交拒否について、従来の司法体系のなかでは行い得ないような救済を専門的行政機関である労働委員会による是正措置によって実現し、これによって労使関係の正常化を図ろうとするもので、権利の確定や義務の強制、損害の填補などを目的とした司法上の制度とは別個の制度であり、他方、不法行為による損害賠償請求は、違法な行為により権利を侵害されたものが、その行為によって被った損害の賠償を求めるものであり、不法行為としての一般的成立要件を備えることにより損害賠償請求権が発生するのであるから(ただし、損害については、救済命令との関係で、それによっても回復できないものに限るとするのが相当である。)被告会社らの右主張は失当である。
2 本件文書配付行為の違法性について
(本件文書配付行為)
(一) 使用者の言論が組合に対する団結権侵害となるかについては、当該言論の内容、態様のみならず、それが行われた時期、場所、それが組合の運営や活動に与えた影響、使用者側の意図等を総合して判断すべきであり、右諸状況に照らして、表現内容、態様が組合員の団結に影響を与える効果を有する場合には、使用者側の言論の自由という域を超えて、組合の団結権に対する侵害行為であるとして違法という評価を受けるというべきである。
(二) この観点から、まず、本件aないしdの文書配付行為が団結権侵害行為にあたるか否かを判断するに、右各文書は、本件争議行為について原告組合の執行部を批判する論調で一貫しており、その内容も、本件争議行為が、被告会社を危機に陥れ、従業員の生活を脅かすものであるとか(本件aないし文書c(ママ))、組合が闘争至上主義であるとか(本件c文書)、本件争議行為において原告組合はパート従業員の為を叫びながら、何一つ為になることをしなかった(本件d文書)といったかなり激しい内容を含んだもので、原告組合の執行部の指導のあり方を非難することによって、組合員の執行部に対する信頼感を動揺させることを意図したものと認められること、及び、原告組合や執行部に対してではなく、全従業員に対して右各文書を配布したことに鑑みれば、被告会社が本件aないしd文書を配布した行為は、原告組合の団結に非常に大きな影響を与えたものであると考えられ、右各文書が配布されたのが本件争議行為中ないしその影響が残っていた時期であったことを勘案しても、その行為は原告組合の団結権を侵害する違法な行為であると認められる。
(三) 次に、本件e及びfの文書の配付が団結権侵害行為にあたるかについて判断する。
前記認定のとおり、本件e及びf文書は、いずれも被告会社と原告組合との間で、平成四年冬季の賞与から本件争議行為によって就労しなかった部分を差し引くとの被告会社の提案をめぐって対立していた時期に従業員に配付されたものであるところ、本件e文書の「一部の組合幹部の当社実績や一般的不況を無視し些細なことにとらわれた闘争至上主義からは何も生まれてこないばかりか、会社を更なる困難と危機に導く結果となると思われます。」との記述、本件f文書の「今年は組合員の皆様には例年より一五日遅れて賞与が支給されるわけですが、こうした事態は、皆様の日々の実生活の重要性を十分認識していない組合執行部の『会社を困難に陥れることをあえて行う』闘争至上主義によるものと考えます。今回の団交時に『会社はつぶれても西神労働組合は存続する。』と組合執行部が言明したことからも、今回の事態を招いた責任が賞与の協議をかくれみのに闘争自体を選択した組合執行部にあるといえます。」との記述は、賞与カットについての交渉と直接関係のない「闘争至上主義」という言葉を用いたり、労使交渉が難航して生じた賞与の支給の遅れの責任が原告組合の執行部にのみあるかのような印象を組合員に与えるものであり、組合員の執行部に対する信頼を動揺させることを意図したものと認められること、及び、右各文書が全従業員に配布されたことに鑑みれば、本件e及びf文書の配布行為も原告組合の団結権を侵害する違法な行為であると認められる。
(四) 本件g文書の配付が団結権侵害行為にあたるかについて判断する。
前記認定のとおり、本件g文書は、平成四年一二月、原告組合が三六協定締結拒否方針を表明し、三六協定不締結の状態となった平成五年一月六日に全従業員に配布されたものであるところ、右文書の「このような大事な時期に三六協定が結べなければ会社運営に重大な影響を与えるのはもちろん、本年度のベースアップさらには夏の賞与の支給もむずかしい状況に追い込まれることもあります。このような多方面に影響を与える大きな問題を組合員の意向/生活状況も確認せず執行部や委員長のみの判断で一方的に決めることを許していいのでしょうか!!・・・皆様方が力を合わせ一致団結し現在の執行部の方針を変えない限り本年度の三六協定は結べず残業手当も支給できません。今こそ皆様方の良識ある行動により西神工場の再建を労使一体となってやっていこうではありませんか。」との記述は、被告会社が、原告組合の執行部の方針を変更させることを積極的に呼びかけるものであり、右文書も全従業員に配布されたことに鑑みれば、本件g文書の配布行為も原告組合の団結権を侵害する違法な行為であると認められる。
(秋山発言関係)
(一) 原告組合が主張する秋山発言のうち、「今の組合だったら西神の将来はない」との発言については、前記のとおり右発言を被告秋山がしたことを認めるに足りる証拠はなく、組合執行部の処分に関して「それなりの処分を考えている」との発言については、前記のとおり「就業規則に反することがあれば、それなりの処分を考える」というものであり、右発言内容はいわば当然のことを述べたものと考えられ、原告組合の団結権を侵害するものとは認められない。
(二) 被告秋山の平成五年一月一〇日の「組合員一人一人が会社を訴えることになるんや。分かっておるのか。」との発言は、インフォメーションミーティングで従業員に対してされたものであるところ、右発言内容は、原告組合に対する誹謗中傷目的から出たもので、組合員を威嚇してその組合活動を萎縮させる効果を持つものと推認でき、原告組合に対する団結権侵害行為であると認められる。
(三) 被告秋山の同年四月二二、二三日の「和解すると、その和解金数千万が弁護士とある組織、共産党に流れる。」との発言も、インフォメーションミーティングで従業員に対してされたものであるところ、右発言内容も、原告組合に対する誹謗中傷目的から出たもので、組合員を動揺させ、その活動を抑制するものと推認でき、原告組合に対する団結権侵害行為であると認められる。
(脱退工作関係)
(一) 前記認定の被告会社の職制による原告組合の組合員に対する脱退勧奨は、それが行われた時期(平成五年四月)及び前記認定のそのころの労使紛争の状況に照らすならば、被告会社の意を受けてされたものと推認できる。
(二) 前記認定の平成六年二月一八日から同月二二日にかけてのブラックリスト問題での脱退勧奨は、原告JMIUに加入した原告組合の組合員は警察のブラックリストに掲載されて不利益を被るなどと言って原告組合からの脱退を勧奨したもので、被告会社のPEら多数が中心となっていることから、被告会社の意を受けてされたものと推認でき、脱退勧奨の内容からも原告組合の団結権を侵害する違法な行為であると認められる。
また、被告会社のPEらによる前記認定の脱退勧奨の前記内容は、原告JMIUを名指ししたもので、原告JMIUが警察にマークされる反社会的団体であるかのような印象を相手に与えるものであり、原告JMIU及び原告兵庫地本の社会的信用や名誉を毀損する違法なものと認められる(右脱退勧奨行為によって原告JMIU及び原告兵庫地本の団結権を侵害したとまでは認めるに足りる証拠はない。)。
3 被告会社らの原告らに対する不法行為責任について
(一) 被告会社の責任
(1) 本件文書配付行為、秋山発言及び平成五年四月の脱退工作は、いずれも平成四年六月から同年七月にかけての本件パート問題における労使紛争及び同年一一月から平成五年四月にかけての被告会社の合理化案をめぐる労使紛争におけるものであり、被告会社の方針を受けた西神工場の工場長である被告秋山や職制によってされたものと認められるから、被告会社には、原告組合が右一連の行為によって被った損害について、民法七一五条、七〇九条の不法行為責任があると認められる。
なお、平成五年四月の脱退工作までの被告会社らの行為は、原告組合が原告JMIUや原告兵庫地本に加入する前のことであるから、この関係で、被告会社らに原告JMIUや原告兵庫地本に対する不法行為責任が生じないことはいうまでもない。
(2) 被告会社のPEらによるブラックリスト問題での脱退勧奨も、被告会社の意を受けたものであることから、被告会社には、原告組合が右脱退勧奨によって被った損害及び原告JMIU、原告兵庫地本が右脱退勧奨によって被った損害について、民法七一五条、七〇九条の不法行為責任があると認められる。
(二) 被告秋山の責任
(1) 証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨により、被告秋山は、被告会社西神工場の工場長(ファクトリーマネージャー)であり、本件労使紛争では、被告会社の使用者側の中心になって行動していたと認められることから、被告秋山は、秋山発言はもとより、本件文書配付行為や平成五年四月の脱退工作についても、少なくとも実行行為者に指示を出していたと推認でき、被告秋山には、原告組合が右各行為によって被った損害について民法七〇九条の不法行為責任があると認められる。
(2) しかしながら、被告会社のPEらによるブラックリスト問題での脱退勧奨については、本件全証拠によっても、被告秋山がPEらに指示を出したものと認めることは困難である。
(3) 被告らは、被告秋山は不当労働行為の主体となり得ないことをもって不当労働行為を前提とする不法行為責任を負うことはない旨主張しているが、前記のとおり、不法行為と不当労働行為とは別個のもので両立し得るものであり、また、不法行為の成立要件を満たすが故に被告秋山に不法行為責任があると認められることから、被告らの右主張は失当である。
六 争点6について
1 前記認定のとおり、原告組合の組合員の減少数は、平成四年一二月までは一か月に数名(最大五名)であったの対し(これらは退職によるものが大部分と推認される。)、平成五年一月には四四名、同年二月には一三名、同年三月には五名、同年四月には五六名、同年五月には四四名減少した(計一六二名減少)。
2 このように原告組合の組合員が平成五年一月から同年五月にかけて毎月大量に減少した原因について判断するに、前記認定の平成四年一二月から平成五年四月の労使紛争の経緯に照らすならば、被告会社による本件eないしg文書配付行為、平成五年一月六日と同年四月二三日の前記秋山発言及び同年四月の脱退勧奨といった原告組合に対する団結権侵害行為により、組合員に多大な動揺を与えたことが原因の一つとなっていることは明らかである。
3 確かに、平成四年一二月から平成五年四月までの前記認定の労使紛争の経緯から、平成四年冬季の賞与の支給が半月遅れたり(被告会社の提案どおり賞与カットがされた。)、平成五年一月からの三六協定締結を拒否したため組合員の残業手当がなくなったことで、組合執行部の方針に対する不満が組合員の間にあったと推認できること、組合執行部の方針に反対する組合員からの要求で臨時大会が開催され、その大会で執行部不信任案が提案されて五八名が執行部の罷免に賛成していること、原告組合の三六協定締結拒否の方針は、結果的に組合員の残業手当分の減収を招いただけで、被告会社から何らの譲歩も引き出せずに終わり、このことが組合員に執行部に対する失望を招いたと推認できること、さらに、平成五年四月二八日に被告会社から希望退職制度が示されたこと(<証拠略>)は、いずれも組合員減少の原因になったものと考えられるものであり、これらのことと前記の被告会社による脱退勧奨等の団結権侵害行為のいずれが脱退した組合員の意思により大きな影響を与えたかについては不明であると言わざるを得ない。
4 しかしながら、被告会社による原告組合に対する前記団結権侵害行為により、組合員に多大の動揺を与えたことが組合脱退の原因の一つとなっていることが明らかである以上、同時に他の原因による組合脱退が考えられ、どちらがより大きな影響を与えたか不明であるからといって、団結権侵害行為と組合脱退との間の因果関係を否定することはできないと解するのが相当である。その理由は、組合からの脱退は各組合員の自由意思によるものであることはいうまでもないところ、その動機形成に様々な要因があり、その中に会社側からの組合に対する誹謗中傷行為や組合脱退工作といった団結権侵害の違法行為がある場合、会社側が違法行為によって組合員の動機形成に影響を及ぼし、それが組合脱退の原因となった可能性がある場合には、会社側の団結権侵害行為が組合員の動機形成に最も影響を与えたと認められない場合でも、会社の行為と組合員の組合脱退との間の因果関係を認めることが、組合の団結権保護に資することになると考えられるからである。
5 本件の場合、前記のとおり、被告会社の脱退勧奨等の違法行為とそれ以外の要因のいずれが脱退した組合員の意思により大きな影響を与えたか不明であるが、このような場合でも、右に述べた理由から、被告会社の前記団結権侵害行為と平成五年一月から同年五月にかけての組合員数の減少との間の因果関係はあると認めるのが相当である(ただし、どちらがより大きな影響を与えたか不明であるから、原告組合の損害との関係で、団結権侵害行為による減少組合員数は一六二名の約半数の八〇名とするのが相当である。)。
七 争点7について
1 原告組合の損害
(一) 本件文書配付行為から平成五年四月の脱退工作までの被告らの前記違法行為により、原告組合は、前記のとおり、団結権を侵害され、具体的に八〇名の組合員が減少し、組合の組織力の低下を招くという損害を被ったものと認められ、右損害は、金銭評価して八〇万円とするのが相当と認める。
(二) ブラックリスト問題による脱退勧奨によっても、原告組合は、前記のとおり、団結権を侵害され、具体的には、平成六年二月に減少した組合員一三名のうちの一〇名は、右脱退勧奨により脱退したものと推認できるから、原告組合が右脱退勧奨により被った損害は、金銭に評価して二〇万円とするのが相当と認める。
2 原告JMIU及び原告兵庫地本の損害
(一) 原告兵庫地本代表者藤田和夫の供述により、原告JMIUの組合概要は、約三〇〇支部、その組合員数約一万四〇〇〇名であり、原告兵庫地本の組織概要は、八支部で、その組合員数約五〇〇名であると認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) ブラックリスト問題による脱退勧奨は、前記のとおり、原告JMIUを名指しして警察にマークされる反社会的団体であるかのような印象を相手に与えたもので、原告JMIU及び原告兵庫地本の社会的信用や名誉を毀損したものと認められる。
(三) 原告JMIU及び原告兵庫地本が右脱退勧奨により被った損害は、右各原告の組織規模に、右脱退勧奨の態様、違法性の程度等を総合考慮すれば、原告JMIUが五〇万円、原告兵庫地本が二〇万円とするのが相当と認める。
第四まとめ
一 甲事件請求
1 原告組合の被告会社に対する請求は、金一〇〇万円(うち八〇万円は被告秋山と連帯して)及び甲事件訴状送達の日の翌日である平成七年一月二八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当である。
原告組合の被告秋山に対する請求は、八〇万円(被告会社と連帯して)及び甲事件訴状送達の日の翌日である平成七年一月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当である。
2 原告JMIUの被告会社に対する請求は、金五〇万円及び前同平成七年一月二八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当である。
原告兵庫地本の被告会社に対する請求は、金二〇万円及び前同平成七年一月二八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当である。
3 原告JMIU及び原告兵庫地本の被告秋山に対する請求はいずれも理由がない。
二 乙事件請求
被告会社の乙事件請求はいずれも理由がない。
(口頭弁論の終結の日 平成九年一〇月二一日)
(裁判長裁判官 森本翅充 裁判官太田晃詳及び裁判官西村康一郎は、転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 森本翅充)
別表 原告組合の組合員数
<省略>