神戸地方裁判所 平成6年(ワ)68号 判決 1995年7月11日
原告
坊恵美子
被告
宗教法人創価学会
ほか一名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、各自金一〇〇〇万円及びこれに対する平成五年六月七日以降支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生(以下「本件事故」という。)
(一) 日時 平成五年六月七日午後一時五〇分ころ、
(二) 場所 神戸市中央区東雲通六丁目二番先交差点(以下「本件交差点」という。)
(三) 事故態様
被告千原が普通乗用自動車(以下「被告車」という。)を運転して南進し、信号機により交通整理の行われている本件交差点に進入し、原告が原動機付自転車(以下「原告車」という。)を運転して東進し、本件交差点に進入したところ、両車が出会い頭に衝突し、原告が傷害を受けた。
(四) 原告の受傷内容
第七、八胸髄損傷(下半身麻痺)、左下腿挫創、両肺血胸、肝破裂
2 被告らの責任
(一) 被告千原は、被告車を運転して本件交差点に差しかかり、進路前方の信号機が赤色を表示していたにもかかわらず停止することなく本件交差点に進入した過失があるから、民法七〇九条に基づき、原告が受けた損害を賠償すべき責任がある。
(二) 被告宗教法人創価学会(以下「被告学会」という。)は、被告車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたから、自賠法三条本文に基づき、原告が受けた損害を賠償すべき責任がある。
また、被告学会は、被告千原を自己の宗教新聞(聖教新聞)の配達その他の業務に使用するため関西広告局次長として雇用し、本件事故当時、被告千原は、右業務に従事していたから、民法七一五条一項に基づき、原告の受けた損害を賠償すべき責任がある。
3 原告の損害
(一) 治療費 合計金一七二万四一九二円
(1) 神鋼病院分 金一七〇万一五二〇円
(2) 東神戸診療所分 金一万〇九二二円
(3) リハビリテーシヨン中央病院分 金一万一七五〇円
(二) 入院雑費 金二八万九八〇〇円
入院日数二〇七日、一日あたり金一四〇〇円として算出。
(三) 付添費 金二一万四五〇〇円
付添日数三三日、一日当たり金六五〇〇円として算出。
(四) 通院交通費 金一二〇〇円
(五) 文書料 金四万一五〇〇円
(六) 装具代 金六万九四二〇円
(七) 休業損害 金二一万八四〇〇円
平成五年六月八日から同年八月三一日までの休業期間のうち、労働日を五六日とし、その間の平均日額賃金を金三九〇〇円として算出。
(八) 逸失利益 金一三八三万六四二〇円
年収金九四万九〇〇〇円(三九〇〇円×三六五×三分の二)、労働能力喪失率一〇〇パーセント、新ホフマン係数一四・五八〇として算出。
(九) 入院慰謝料 金二五二万円
入院期間は平成五年一二月末日まで二〇七日である。
(一〇) 後遺症慰謝料 金二七〇〇万円
(一一) 弁護士費用 金四五〇万円
原告と同訴訟代理人間で、着手金・報酬として四五〇万円を支払う旨の契約がなされた。
4 結論
よつて、原告は、被告らに対し、各自損害金五〇四一万五四三二円の内金一〇〇〇万円及びこれに対する本件事故発生日である平成五年六月七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の(一)及び(二)は認め、(三)の事故態様を争い、(四)は不知。
2 同2のうち、被告学会が被告車の運行供用者であること及び被告千原が本件事故当時被告学会の宗教新聞の業務に従事していたことは認めるが、その余は争う。
3 同3は争う。
三 被告らの抗弁
1 自賠法三条但書及び民法七一五条一項但書の免責の抗弁
(一) 本件事故は、被告千原が、本件交差点手前で、対面信号機の赤色表示に従い一旦停止し、同信号機の表示が青色に変わるのを待つて発進進行し、本件交差点に進入したところ、原告がその対面信号機の赤色表示を無視して進入したことにより発生したもので、被告としては同事故を回避することは不可能であり、何ら過失はない。
(二) 被告車には、構造上の欠陥又は機能上の傷害はなかつた。
(三) 被告学会は、被告千原の選任及び監督に相当の注意を払つていた。
(四) よつて、被告学会は、本件事故につき、右各免責の抗弁を主張する。
2 過失相殺
仮に被告らに本件事故に関する何らかの過失が認められるとしても、同事故は、原告がその対面信号機の赤色表示を無視して本件交差点に進入したため発生したものであるから、原告には重過失がある。従つて、右の点を斟酌して、原告の損害は減額されるべきである。
四 抗弁に対する原告の認否及び主張
抗弁事実はすべて争う。
仮に、本件事故当時、本件交差点の被告千原の対面信号機が青色表示で、原告のそれが赤色表示であつたとしても、本件のような見通しの悪い交差点に進入しようとする運転者は、信号のみに頼るのではなくて、万一の危険に対応すべく相応に減速すべき義務がある。ところが、被告千原は、本件交差点に進入する際、全く減速しなかつたから、被告らには少なくとも五〇パーセントの過失割合が認められるべきである。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 本件事故の発生
請求原因1(事故の発生)のうち、(一)日時及び(二)場所については当事者間に争いがなく、成立に争いない甲第一号証、第二号証の1、2、乙第一、第二号証、原告及び被告千原章各本人尋問の結果によれば、被告千原が被告車を運転して南進し、信号機により交通整理の行われている本件交差点に進入し、原告が原告車を運転して東進し、同交差点に進入したところ、両車が出会頭に衝突したこと、原告は、右衝突により、第七、八胸髄損傷(下半身麻痺)、左下腿挫創、両肺血胸、肝破裂の傷害を受けたことが認められる。
二 被告らの責任(被告千原の過失及び被告学会の免責の抗弁)
1 被告学会が被告車の運行供用者であること、被告千原が本件事故当時被告学会の宗教新聞の業務に従事していたことは当事者間に争いがない。
2 成立に争いのない乙第一ないし第三号証、撮影対象は争いなく、その余は原告本人尋問の結果により原告主張のとおりの撮影日、撮影者であると認められる検甲第一号証、第二号証の1、2、被告ら主張の写真であることに争いない検乙第一ないし第六号証、証人重野正男、同藤岡均の証言、原告本人及び被告千原章の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。
(一) 本件交差点は、別紙交通事故現場見取図(以下「現場見取図」という。)記載の通り、JR及び阪急の高架鉄道(以下「高架鉄道」という。)の南側に沿つて東西に走る道路(以下「東西道路」という。)と高架鉄道の下を四角のトンネル状態で南北に横切る道路(以下「南北道路」という。)とがほぼ直角に十字に交差しており、南北道路を南進して本件交差点に進入する場合、トンネル状態の高架鉄道のため、東西道路の見通しは非常に悪い。
(二) 南北道路は、高架鉄道の北側に沿つて東西に走る道路とも直角に交差して交差点(以下「北側交差点」という。)になつている。
(三) 本件交差点及び北側交差点には、現場見取図記載の甲信号機(北側交差点における被告千原進行方向の南進の車両用対面信号機)及び乙信号機(本件交差点における南進の車両用対面信号機)ら合計一〇とおりの信号機が設置されていて、それら各信号機が連動して交通整理がなされており、本件事故発生当時における各信号機の表示の周期は、一四〇秒を一サイクルとして、甲信号機が赤色表示から青色表示に変わると八〇秒間青色表示が続き、次いで四秒間黄色表示が続くが、その間、乙信号機は、甲信号機が青色になつた後四〇秒して青色表示となり、三五秒間青色表示が続き、次いで黄色表示が四秒間続くのに対し、同図記載の丙信号機(本件交差点における原告進行方向の東進の車両用対面信号機)は、甲信号機が青色及び黄色を表示する八四秒間、赤色表示が続いている。他方、丙信号機が赤色表示から青色表示に変わると四六秒間青色表示が続き、次いで四秒間黄色表示が続くが、その間の五〇秒間、甲・乙信号機ともに、赤色表示が続いている(乙第三号証)。
なお、丙信号機が赤色表示から青色表示に変わる直前の三秒間、甲・乙信号機も赤色を示しており(全赤状態)、他方、甲信号機が赤色表示から青色表示に変わる直前の三秒間も、乙・丙信号機は赤色を表示している(全赤状態)。
(四) 被告千原は、本件事故直前、被告車を運転して南北道路を南進し、北側交差点に差しかかつたところ、同交差点の対面信号である甲信号機が赤色を表示していたので、同交差点手前の停止線で停止した後、同信号機が青色表示に変わつてから発進進行し、高架鉄道下を制限速度の時速四〇キロメートル内である時速約三〇キロメートルないし三五キロメートルの速度で進行し、本件交差点の対面信号機である乙信号機の青色表示を確認して同交差点に進入直後、東西道路を東進してきた原告運転の原告車の前側部と被告車の右前側部とが衝突した(乙一、被告千原)。
(五) 藤岡均証人は、本件事故直前、普通乗用車を運転し、被告車のすぐ後を南進していたが、北側交差点手前で、甲信号機が赤色を表示していたため、被告車に続いて停止し、同信号機が青色表示に変わつてから、被告車に続いて発進進行し、北側交差点に進入する直前の現場見取図の<目>2付近で隣車線のトンネル越しに同図<ア>付近の原告車を発見し、減速したが、被告車はそのまま進行し、その直後、原告車と被告車が衝突した(乙二、証人藤岡均)。
3 ところで、原告は、丙信号機の青色表示に従つて本件交差点に進入したものであり、被告千原が乙信号機の赤色表示を無視して、本件交差点に進入した旨主張し、原告作成の甲二二の記載及び原告本人尋問の結果中には右主張に沿う供述部分がある。
しかしながら、被告車の運転者である被告千原とその後続車の運転者である藤岡の両名が、本件交差点の手前の北側交差点において、対面信号機が赤色を表示していたため、停止し、同信号機が青色表示に変わつたのを確認してから発進進行したとの各供述及び前記の信号機のサイクルに照らすと、原告の右記載及び供述部分を採用することはできない。なお、藤岡均証人と被告千原は面識があり、一脈を通じた可能性があるとの原告主張事実を認めるに足りる証拠はないうえ、同証人が本件事故直後、本件事故現場を立ち去つたものの、その翌日に警察に本件を目撃した状況を電話で連絡した経緯や本件事故及びその前後の状況等の証言内容は自然で説得力があり、同証言は十分に信用できるものである。
4 右認定によれば、被告千原は、対面信号機が青色表示になつてしばらくしてから本件交差点に進入しており、他方原告は、対面信号機が赤色表示になつているのを見過ごして本件交差点に進入したといわざるをえない。
5 ところで、原告は、見通しの悪い本件交差点に進入する際、減速義務があるのに、被告千原はこれを怠つたから過失がある旨主張する。
しかし、信号機の表示する信号により交通整理が行われている交差点を進行する車両の運転者は、特別の事情のない限り、信号を無視して交差点に進入してくる車両のあり得ることまでも予想して、交差点の手前で停止できるように減速し、左右の安全を確認すべき注意義務を負うものではない。
右認定によれば、被告車の後続車の運転者である藤岡は、本件事故直前、たまたま原告車を発見して減速したが、被告千原は、原告車に気付かなかつたこともあつて、対面信号機の表示を信頼して制限速度内の時速三〇ないし三五キロメートルの速度で進行を続けて本件交差点に進入したものであり、同被告に右速度以上の減速義務があるとはいえないから、原告の減速義務違反との主張は採用できない。
以上のとおり、被告千原は、対面信号機の青色表示を信頼し、制限速度内で本件交差点に進入したのであるから過失はなく、本件は原告の一方的過失により発生したものというべきである。
6 被告千原本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、被告車には構造上の欠陥はなかつたこと、被告学会は、被告千原の選任及び監督に相当の注意を払つていたことが認められる。
7 以上によると、被告千原には何らの過失はなく、被告学会の民法七一五条一項但書及び自賠法三条但書の各免責の抗弁はいずれも理由がある。
三 以上の次第で、原告の本訴請求は、その余の判断をするまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 横田勝年)
交通事故現場見取図
<省略>