大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 平成6年(ワ)856号 判決 1999年1月28日

原告

株式会社上崎綜合事務所

右代表者代表取締役

上崎秀夫

右訴訟代理人弁護士

上田日出子

原田紀敏

被告

神戸市

右代表者市長

笹山幸俊

右訴訟代理人弁護士

奥村孝

石丸鐵太郎

堀岩夫

右訴訟復代理人弁護士

堺充廣

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金六七八二万五三四〇円及びこれに対する平成六年七月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、マンションの造成工事に伴う給水申込みに際し、被告に水道工事負担金を納付した原告が、被告職員は、右負担金の納付を強制する法的権限がないにもかかわらず、原告に対して違法に納付を強制したとして、国家賠償法一条第一項に基づき、納付した水道工事負担金相当額等の損害賠償を求めている事案である。

一  争いのない事実及び証拠によって容易に認められる事実

1  原告は、建築又は建築に関する設計、施工、工事監理及びその請負等を主たる業務とする株式会社である。

2  被告の水道事業について

神戸市は、水道事業を行うにあたり、地方公営企業法四条によって、神戸市水道事業の設置等に関する条例(以下「設置条例」という。)を制定し、水道事業を地方公営企業法の地方公営企業として設置している。

水道事業の運営に当たっては、地方公営企業法、設置条例により水道局を設置し、神戸市長が水道事業管理者を任命しており、水道事業管理者は、水道局職員を任用・配置して、その職務を指揮監督している。また、被告の経理上、地方公営企業法一七条により水道局の経営は特別会計とされ、一般の会計とは区別されている。

3  水道工事負担金について

被告は、開発業者等が住宅団地の造成等を行う場合、分担金及び水道工事負担金を徴収することとし、以下の規定を定めている。

(一) 神戸市水道条例(昭和三九年三月一九日条例第四六号、以下「水道条例」という。)

三〇条の二第一項には、「管理者は、住宅団地の造成その他による新たな給水の申込みがある場合には、給水に応ずるために必要な水道施設の建設費、増強費、電力料その他の経費の全部又は一部を工事負担金として、その原因者から徴収することができる。」と定められ、その具体的内容について、同条第三項には、「前二項の工事負担金の算定方法、適用対象等については、管理者が別に定めるところによる。」と定められている。

また、同条第四項には、「工事負担金は、前納しなければならない。ただし、管理者がその必要がないと認めたときは、この限りでない。」と定められている。

(二) 神戸市水道条例施行規程(以下「施行規程」という。)

施行規程二一条の二第三項には、水道条例三〇条の二第一項に規定する工事負担金のうちの「増強費」には「将来の増強費」を含み、電力料は五年間分とし、「その他の経費」は「新たな開発に伴い通常の維持管理の範囲を超えて必要な放水費、弁操作費等臨時的経費、水道料金の水準を引き上げる原因となる経費」を指すと定められている。

同規程二一条の二第二項には、工事負担金の徴収について、管理者は、「内容を審査し、事業運営に支障がないと認めるときは、工事負担金の額を決定し、申込者と協議の上工事負担金に関する協定を締結する。」と定められている。

同規程二一条の二第五項には、工事負担金の具体的算定方法については、「工事負担金の徴収等については、前各項に定めるもののほか、別に定める水道工事負担金要綱による。」と定められている。

(三) 神戸市水道工事負担金要綱

施行規程二一条の二第五項で「別に定める」とした工事負担金の算定方法、適用対象者等について、昭和四七年一一月一日、要綱が定められた。

要綱には、神戸市北神地区水道工事負担金要綱、神戸市垂水地区等水道工事負担金要綱、神戸市市街地水道工事負担金要綱の三種類があり、平成元年四月一日改正の各要綱には、0.5ヘクタール以上の開発をする者、三〇戸(但し、北神地区は一五戸)以上の住宅建設をする者又は一日五〇立方メートル(但し、北神地区は二〇立方メートル)以上の水を使用する者を工事負担金の徴収対象とし、それぞれの地区に応じた水道工事負担金は、一定の算式で計算すると定められている(甲二、乙四)。

4  当初の本件建物についての工事負担金納付に至る経緯

(一)原告は、昭和六二年二月一六日付けで、神戸市長に対し、原告の所有する神戸市鈴蘭台北町<番地略>外の開発面積4914.64平方メートルの土地(以下「本件土地」という。)上に、戸数六〇戸、三棟三階一部二階とする建物(以下「本件建物」という。)の建築工事についての開発行為事前審査願を提出した。

被告水道局技術部計画課課長は、同年八月三一日、原告に対し、右審査願について、「神戸市北神地区水道工事負担金要綱(以下「本件要綱」という。)に定める工事負担金を負担する必要があり、給水装置工事の施工に当たっては事前に水道局北営業所と協議しその指示に従うこと」との意見を付して回答した。

原告は、昭和六二年一一月二〇日付けで、神戸市長に対し、本件建物工事についての開発行為の変更事前審査願書(三棟三階に変更、開発面積及び戸数は変更なし)を提出したところ(甲四)、被告水道技術部計画課課長は、同年一二月一一日付けで、原告に対し、給水は可能であるが、給水について、本件要綱に定める一戸当たり約六五万円の工事負担金を負担する必要があり、給水装置工事の施工に当たっては事前に水道局北営業所と協議し、その指示に従うよう要請する旨の意見を付した回答書(甲五)を交付した。

原告は、工事負担金を納付しないまま、昭和六二年一二月二四日付けで、神戸市長に対し開発許可申請をし、神戸市長は、昭和六三年八月二日付けで開発許可をした(甲六)

原告は、平成元年一月二三日付けで、本件建物工事についての開発行為の変更事前審査願書(開発面積4930.88平方メートル、七四戸、一棟六階、ただし、一、二、三階は住居として使用しないというもの)の提出をし(甲七)、同年四月一一日付けで、神戸市長に対し、開発変更許可申請をし、神戸市長は、同年五月一七日、右開発変更許可をし(甲八)、原告は、平成元年六月二九日付けで前記開発行為にかかる建物の建築確認を受けた(甲九)。

(二) 他方、原告代表者である上崎秀夫は、昭和六三年六月八日、工事業者を有限会社扇設備工業として、上崎秀夫名義の木造一戸建住宅の建築工事のための臨時の工事用水の給水を申し込んだが、実際には、右木造住宅の建築は行わず、右の工事用水を用いて本件建物の建築工事を行った。

(三) 原告は、平成三年一〇月三日、神戸市水道事業管理者に、開発面積4930.88平方メートル、総戸数七四戸で給水の申請をし、平成四年二月二六日、神戸市水道事業管理者(以下「管理者」という。)との間で水道工事負担金協定(乙三の1)を締結し、同年三月二日に前記七四戸に関する工事負担金として四七三九万八五四〇円を納付して(甲一五)、同年三月九日付けで給水工事許可を得て(甲一六)、同月二〇日に本件建物を完成させた。

5  本件建物の増築部分についての工事負担金納入に至る経緯

(一) 原告は、平成四年一一月一八日付けで、神戸市長に対し、既に本件土地上に建築済みの本件建物の一、二、三階に二五戸の共同住宅の増築を計画し、その工事についての開発行為事前審査願(開発面積6615.78平方メートル、総戸数は、従前の七四戸に今回の二五戸を加えた九九戸)を提出した(甲一七、甲二八)。

被告水道局技術部計画課課長は、平成四年一二月一一日付けで、原告に対し、右審査願について、給水は可能であるが、本件要綱に定める工事負担金を負担する必要があり、給水装置工事の施工に当たっては事前に被告水道局北センター(以下「被告北センター」という。)と協議し、その指示に従うよう要請する旨の意見を付して回答した(甲一八)。

その後、原告は、平成五年二月一六日付けで、神戸市長に、開発行為許可申請をし、神戸市長は、同年三月三一日付けで、開発許可をし(甲一九)、原告は、同年五月一一日付けで前記開発行為にかかる建物の建築確認を受けた(甲二〇)。

(二) 原告は、工事負担金の納付を拒否して、既設の散水用のメーターの下流の配管に給水装置の増設工事をして、増築する二五戸の住宅部分に供給した。被告北センターは、同年一〇月ころから数回にわたり、増築する二五戸への配管は無届け工事であるから、これを是正するとともに、給水を受ける意思であれば給水を申し込むよう要請し、右の措置がとられなければ、給水を停止せざるを得ない旨通知するとともに、増築部分の入居者に対しても、是正措置について原告と協議するよう通知した。

(三) その結果原告は、同年一二月八日、管理者との間で増築部分についての水道工事負担金協定を締結し(乙三の2、以下、前記4(三)の水道工事負担金協定と合わせ「本件協定」という。)、同月一〇日、増築部分の工事負担金として一六〇二万六八〇〇円を被告に納付して(甲二五)給水装置の増設申請を行い、同月一四日に給水の申し込みをし、同月二四日、給水装置工事が完了し、増築部分に対して給水が開始された。

二  争点

被告職員が原告に対し、本件建物の給水の申請に当たり工事負担金を納付させたことは違法な公権力の行使に該当するか。

第三  争点に対する当事者の主張

一  原告の主張

1  本件要綱は、水道法一四条第一項で定める「供給規程」に当たらない。

(一) 水道法一四条第一項は、水道の料金、給水工事の費用の負担区分その他の供給条件について供給規程を定めなければならない旨規定しているところ、その趣旨は、水道事業が地域的独占事業であって、水道の需要者は水道事業者の定める供給条件に事実上従わざるを得ないところから、法的拘束力を持つ供給条件をすべて規程の形で成文化することによって需要者の利益を保護しようとしたものである。

右の趣旨から、地方公共団体の行う水道事業において工事負担金の納付を強制する場合、その内容は、供給規程に明確に規定しなければならず、供給条件を定める供給規程は、条例で制定することを要すると解すべきである。

(二) しかし、以下のとおり、本件要綱は供給規程には当たらず、他に本件工事負担金を徴収する根拠となる供給規程はない。

工事負担金について定める水道条例三〇条の二は、これを「徴収することができる。」と規定しているが、これは、同条例において料金及び分担金については、いずれも「徴収する」と規定され、その支払義務者及び算出方法が明確に定められている(同条例一二条第一項、一九条の二第一項)のと全く異なっており、文言上、工事負担金を支払う義務を定めたものでないことは明らかである。このような文言から、水道事業管理者に賦課徴収権限が与えられているとすると、工事負担金の納付義務の存否を水道事業管理者の判断に委ね、管理者が立法作用をすることを容認し、法治主義を潜脱する結果となるので、そのような解釈は採り得ない。

工事負担金の納付が条例上の義務として規定されていない以上、施行規程や工事負担金要綱によって工事負担金の対象、算定方法等を定めたとしても、その法的性質まで変えることはできず、また、要綱は実質的意義の訓令であり、その法律上の拘束力は、直接住民に及ぶことはないのであるから、本件要綱が供給規程に含まれるはずがない。

(三) 施行規程二一条の二第二項は、「管理者は……申込者と協議の上工事負担金に関する協定を締結する。」と規定しているが、被告が主張するように工事負担金が水道法一四条第一項の供給条件であるとすれば、申込者と協議したり、工事負担金協定を締結する必要はなく、個別に算定根拠及び金額を通知すれば足りるはずである。

(四) 被告は、本件要綱を、行政指導の指針として運用している。

(1) 原告代表者が昭和六二年二月ころ、被告北センターへ工事負担金について確認に赴いたところ、同センター職員は、工事負担金は条例ではなく本件要綱に基づいて徴収する旨説明したため、原告代表者は、工事負担金の法的性質は寄附であると受け取った。

その後、原告代表者が、工事負担金を支払わない旨言明したうえ、前記第二の一の4の(二)のとおり、本件建物を建設する予定の敷地に、原告代表者個人名義の木造一戸建て住宅を建築するとして臨時工事用水の供給を受け、それを利用して本件建物の建築工事に着手し、被告北センターの職員はしばしば現場を訪れてこれを認識していたはずであるのに、本件建物の竣工直前まで約四年間にわたり、右臨時工事用水の供給を継続した。

また、本件建物の増築部分について、原告は工事負担金を納付せず、既設散水用メーターの下流の配管に給水装置の増設工事をして入居者に使用させており、被告北センターは立入り検査によりこのことを知ったにもかかわらず、条例違反行為であるとしながら直ちに右散水用メーターを撤去していない。

(2) これらのことから、被告北センターの職員は、工事負担金は任意の納付を促すことができるにすぎないものであると認識していたことは明らかである。

2  本件要綱の有効性について

(一) 仮に、工事負担金要綱が水道法上の供給規程に含まれるとしても、本件要綱は、以下のとおり、水道法に違反する無効なものである。

(二) 内容が周知されていない

本件要綱は、一般に周知させるに足りる措置はとられず、適用対象となる開発者等が給水申込みをしようとしたときに初めてその内容が告知されるものであるから、供給規程の周知義務を定めた水道法一四条五項に違反する。

(三) 不当な差別的取扱である

本件工事負担金は、特定の開発業者等のみに巨額の負担を課すうえに、神戸市内の区域によって納入対象及び開発区域面積一平方メートル当たりの単価等算定基準が異なっていたのであり、右負担金は、水道法一四条第四項第四号にいう不当な差別的取扱に当たるといわざるを得ず(被告は地方公共団体であるから、形式的には同条項は適用されないが、地方公共団体であれば差別的取扱が許されるわけではない。)、また、住宅建設に伴う生活用水に対して極めて高額な負担を強いるものであるから、同法二条第一項の趣旨にももとるものである。

(四) 不公正な運用が行われるおそれが大きい

原告は、平成五年一二月一〇日、増築部分二五戸につき工事負担金を納付し、同月一四日ころ給水装置の増設工事許可申請をしたのであるが、その直後の平成六年一月一日以降本件要綱が変更され、工事負担金の徴収対象は、従前の一五戸以上から三〇戸以上に引き上げられた。

原告は、工事負担金を納付する際、本件要綱がまもなく改正されることを全く知らされておらず、被告は、原告に右要綱の変更を秘して工事負担金を納付させたのである。

(五) このように、本件要綱は、水道法一四条第一項にいう「供給条件」として許容することができない違法、無効なものであるから、結局のところ、原告に対して工事負担金の納付を強制する法的根拠は存しない。

3(一)  以上のとおり、被告職員が原告に工事負担金の納付を求める行為は、開発行為者に任意の協力を求める行政指導であると解するほかはなく、これによって開発業者を法的に拘束したり、支払義務を課し、義務を履行しない限り水道の供給を拒否し得るというものではない(水道法一五条第一項は、正当な理由のない限り、給水契約の申込みを拒むことはできないと定めており、本件のような場合はこれに当たらないことは明らかである。)。したがって、工事負担金の納付を求めるに当たっては、相手方の任意の協力と同意を求めることができるにとどまり、その権利、自由を害したり、事実上これに服従させる方法による指導を行うことは許されない。

(二)  被告の水道局職員は、原告が工事負担金の納付に応じられない旨明確に意思表示していたにもかかわらず、水道の給水拒否や供給停止などの制裁措置を露骨に明示しながら、義務のない工事負担金の納付を強要したのであり、右行為は、明らかに許容される行政指導の範囲を超え、違法な公権力の行使に該当する。

よって、被告は、国家賠償法一条第一項に基づき、原告の被った損害を賠償する責任を負う。

4  損害

原告は、被告職員の違法な公権力の行使により、次のとおりの損害を被った。

① 原告が、平成四年三月二日に被告に対して工事負担金名下に納付した四七三九万八五四〇円

② 原告が、平成五年一二月一〇日に工事負担金名下に納付した一六〇二万六八〇〇円

③ 弁護士費用

原告は、本訴の着手金として、原告代理人に一〇〇万円を支払い、報酬として三四〇万円の支払を約した。

二  被告の主張

1  工事負担金の法的性質について

(一) 水道事業は、厚生大臣の許可を受ければ地方公共団体以外の者も経営できること、地方公営企業法一七条の二によれば、地方公営企業はその経営に当たって経営に伴う収入を持って充てるべきとされていること及び水道法一五条第一項は水道事業者と需要者の関係が契約関係であることを明示していることから、地方公共団体の給水業務は、私法上のものであると解される。

(二) そして、水道事業を営むためには、料金、給水装置工事の費用の負担区分その他の供給条件について供給規程を定めなければならないところ(水道法一四条)、この供給規程とは、水道事業者と需要者との給水契約の内容を示すものであって、給水契約は、多数の取引を迅速かつ公平に処理するためその内容を定型的に定めた、いわゆる附合契約である。

(三) 水道法は、供給規程について条例で定めることを義務付けておらず、被告においては、水道事業の供給規程として、水道条例、施行規程、神戸市水道工事負担金要綱等を定めている。

すなわち、水道条例三〇条の二によって一定の新規給水申込者に工事負担金を負担させることができる旨定められ、その算定方法、適用対象等の細目は施行規程に委任され、施行規程二一条の二によって、さらにその詳細は工事負担金要綱に委任されており、被告の水道事業においては、これらの水道に関する一連の規定が一体となって水道法一四条にいう供給規程となっているのである。

(四) したがって、工事負担金は、供給規程で定められた「その他の供給条件」であるから、その法的性質は、給水契約における附款である。

2  被告職員の行為が違法な公権力の行使に当たらないことについて

(一) 工事負担金の負担をしない条件での給水の申込みは、附合契約においてその契約の内容である附款に従わないことを前提とした申込みであって、附合契約における契約の申込みに該当しない。

したがって、原告が工事負担金の納付を前提とする給水契約の有効な申込みをしない限り、被告は給水契約の承諾ができず、その結果給水契約が成立せず、被告に給水義務が発生しないのは当然であって、被告職員が、原告に対し、工事負担金の支払意思がない以上給水を拒否せざるを得ないと指導した行為は違法ではない。

(二) 不当な差別的取扱の主張について

工事負担金制度は、住宅団地の造成等による新たな給水申込みがある場合、その給水申込みに応じるのに必要な水道施設の建設費・増強費等の経費の全部又は一部に充てるために、その原因者から支払を受けるものであり、新旧の水道利用者間の実質的公平を図るための制度であって、十分に合理性を有しており、特定の者に対する不当な差別的取扱をするものではない。

(三) 本件要綱の周知方法について

本件要綱は、議会に報告され、マスコミへの情報提供を行い、要綱の内容は印刷され、関係諸機関に広く配布されて備え置かれ、関係者は自由に当該印刷物を入手することができ、広く一般に周知される措置がとられており、開発業者等に事前に広く周知されており、水道法一四条第五項に違反するところはない。

(四) 以上のとおり、被告職員が、原告に対し、給水を申し込む意思があれば工事負担金を納付するよう指導した行為は、違法な「公権力の行使」に当たらない。

第四  当裁判所の判断

一  工事負担金の支払義務の根拠について

原告は、被告職員の行為が違法な公権力の行使に当たる理由として、申込者に対して工事負担金の支払義務を課すためには、その算出方法や対象が条例で明確に定められなければならないのに、本件では、そのような具体的内容は、本件要綱に定められているだけで、水道条例にはこれにあたる規定がなく、工事負担金は、行政指導として任意に請求できるにとどまるのに、被告職員がその支払を強制したことが違法である旨主張する。

そこで、工事負担金の支払義務の根拠について検討する。

1  地方公共団体の水道事業の経営は、独立採算制でその運営経費は事業収入に依存するものとし(地方公営企業法三条、一七条、一七条の二第一項参照)、また水道法一五条第一項は、「水道事業者は需要者から給水契約の申込みを受けたときは……」と規定していることなどからすると、水道事業者と需要者は私法上の契約関係に立つと解するのが相当である。

水道事業者が水道事業を営むためには、料金、給水装置工事の費用の負担区分その他の供給条件について供給規程を定めなければならないと定められているところ(水道法一四条第一項)、この供給規程とは、水道事業者と需要者との給水契約の内容を示すものであり、給水契約は、多数の取引を迅速かつ公平に処理するためにその内容を定型的に定めた、いわゆる附合契約である。

そして、地方公団体以外の者が水道事業者となる場合にも供給規程を定めなければならないこと、水道法上、供給規程を条例で定めなければならない旨の規程はないことに照らすと、供給規程は条例の形式で定めなければならないものではないと解するのが相当である。

2  本件の場合、被告においては、前記第一の一の3のとおり、工事負担金を徴収する根拠として、水道条例、施行規程、本件要綱を定めており、工事負担金の対象者、算定方法等の細目は、本件要綱に規定されている。

被告の水道事業においては、これらの一連の規定が水道法一四条第一項所定の供給規程を構成するものであり、工事負担金は、供給規程に定められたその他の供給条件に当たるということができる。

3  この点、原告は、①本件要綱が私法上の契約内容を定めたものであれば、別個に協定を締結する必要はないはずであること、②水道条例上、工事負担金については「徴収することができる」と規定されており、徴収するか否かの判断が水道事業者に委ねられているが、右の文言から管理者に賦課徴収権限が与られているとすると、工事負担金の納付義務の存否を管理者の判断に委ね、管理者が立法作用をすることを容認し、法治主義を潜脱する結果となること、③被告は、本件要綱を行政指導の指針として運用していることを根拠に、本件要綱は、供給規程には当たらない旨主張するが、以下のとおり、右の主張はいずれも採用できない。

(一) ①について

証拠(乙三の1、2)によれば、本件協定には、送水施設負担金等、個別に計算する費用も含まれている事実が認められ、このような個別に要する費用を明確にする方法として、被告からの通知によるのではなく需要者との間の協定の形式を採ったからといって、それが不合理であるとはいえず、このことをもって、本件要綱が給水契約の内容を定めたものに当たらないと解することはできない。

(二) ②について

水道条例三〇条の二第一項の「管理者は……工事負担金として、その原因者から徴収することができる。」との規定は、原因者に工事負担金を徴収することを管理者の判断に委ねているものであるが、前記のとおり、給水契約は私法上の契約であり、その内容である「その他の供給条件」について水道法一四条第一項で「供給規程を定めなければならない」と定めているだけで、右供給規程を条例の形式で定める必要はないところ、本件の場合のように、「その他の供給条件」を定めた「供給規程」の基本部分を条例の形式で定めた場合、管理者に工事負担金の徴収等についていかなる権限を付与するかは、条例を定めるに際しての立法裁量であると解されるから、水道条例三〇条の二第一項の規定が、管理者が立法作用をすることを容認し、法治主義を潜脱する結果を招くものであるということはできない。

(三) ③について

原告の主張する前記第三の一の1の(四)記載の事実を前提としても、これをもって本件要綱が、被告において、法的根拠のない行政指導の指針として認識され、運用されていると推認することはできない。

二  本件要綱の有効性について

原告は、条例以外の方法で供給規程を定めることができるとしても、本件要綱は、①水道法一四条第四項第四号の規定を潜脱する不当な差別的取扱であること、②一般に周知する措置がとられていないことから、同法一四条第五項に違反すること、③不公正な運用のおそれが大きいことから、違法、無効であると主張する。

1  ①について

(一) 証拠(乙一七、一八、証人髙橋)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 神戸市は、水源の約四分の三を、市内から約三〇キロメートル離れた琵琶湖・淀川水系に依存し、六甲山中を通る二本のトンネルで東灘から西神まで送水しており、海山の接近する東西に細長い、六甲山の傾斜地に発達した起伏の多い都市である。本件建物のある北神地区の水源は、主に千苅貯水池等の自己水源であるものの、これらの水源はいずれも給水地区の端にあり、山間部に散在する開発団地及び農村地帯をぬって給水しており、このためポンプ、配水池等の施設が多い。

(2) 神戸市の水道事業のうち、市街地について昭和五〇年度から平成七年度にかけて行われた第六回拡張工事の事業費が約六〇〇億円で、計画給水人口が一四〇万人であるのに対し、北神地区について昭和四七年度から平成七年度にかけて行われた第二回拡張工事は、事業費が約二八四億円で、計画給水人口は二四万人である。

(3) 工事負担金は、水道施設の新設・増強の費用として使用され、またその一部は、将来の水道施設の新設・増強に備え、水道基金として積み立てられている。

平成六年度の工事負担金収入は約六七億円、水道料金収入は約三一五億円、水道施設の建設改良費は約二〇四億円で、水道事業の会計には、通常国からの補助はなく、また、市の一般財源から水道事業の赤字補填をすることも、消防費用等一定の例外を除き認められていない(地方公営企業法一七条の二参照)。

(二) 右事実によれば、神戸市、特に北神地区において水道施設を整備するには多額の費用を要し、新規の需要者から工事負担金を徴収しないこととすると、新たな施設の整備に要する費用は、通常、水道料金を増額することにより従来の加入者を含めた利用者全体に負担させるほかはないことになるが、このような方法は、新たな施設の整備により何ら利益を受けず、しかもこれまでの施設についての費用を負担してきた従来の利用者に、新たに多額の整備費用を負担させる点で不合理な面があり、かかる整備費用を、使用量に応じて支払われる建前の水道料金によって回収することは実際上困難である。このため、住宅団地の造成等による新たな給水申込みがある場合、その給水申込みに応じるために必要な水道施設の建設費・増強費等の経費の全部又は一部に充てる費用を、新規の需要者、ことに水道の使用量が大きい大口の需要者から撤収することには、新旧の水道利用者間の公平を図る方法として合理性があり、これをもって、水道法一四条第四項第四号を潜脱する不当な差別的取扱であるとすることはできない。

2  ②について

(一) 証拠(甲二、三、証人髙橋信雄、原告代表者本人)によれば、本件要綱については、その内容を記載した「神戸市水道工事負担金要綱の手引」と題する書面が水道局の営業所窓口に備え置かれ、関係者は自由に同書面を入手することができ、原告代表者も、遅くとも本件建物の開発工事事前審査願書を提出した昭和六二年二月一九日ころには、本件建物を設計した梶川貴之を通じて本件建物の建築工事にかかる開発行為が工事負担金納付の対象となることを知り、その後被告北センターを訪れた際、神戸市水道工事負担金要綱の手引きを受け取ったことが認められる。

(二) また、前記第二の一の3の(一)のとおり、水道条例三〇条の二第一項に、住宅団地を造成する者等が給水の申込みをする際、工事負担金を徴収される場合がある旨定められていることから、工事負担金の存在については一般に周知されていると認めることができる。

(三) よって、開発業者等は、水道条例により工事負担金の存在を知り、神戸市水道工事負担金要綱の手引を入手すること等により容易に本件要綱の内容を知ることができるのであるから、本件要綱の内容は、広く一般に対して周知させる措置がとられているということができるのであり、水道法一四条第五項に違反しているとは認められない。

3  ③について

証拠(甲一、乙四、証人髙橋)によれば、平成六年一月一日付けで、神戸市北神地区における工事負担金の徴収対象について、本件要綱では一五戸以上の住宅建設をする者と定められていたのを、三〇戸以上の住宅建設をする者と変更されたこと、被告においては、神戸市水道工事負担金要綱が改正された場合、給水申込みの時点で施行中の要綱を適用するとの扱いをしていることが認められる。

原告は、被告北センター職員が、原告が平成五年一二月一四日に給水申込みをした際に、工事負担金の徴収対象が変更されることを知らせなかったことをもって、本件要綱が不公正に運用されている旨主張するが、右事実をもってそのように解することはできず、他に証拠上、本件要綱について不公正な運用が行われていることを窺わせる事情は存しない。

4  よって、原告の主張はいずれも採用することができず、本件要綱は、需要者と水道事業者との間の、附合契約たる給水契約の内容を定めたものであると解することができるから、工事負担金を負担しない条件での給水の申込みは、附合契約においてその契約の内容である附款に従わないことを前提とした申込みに当たり、被告にはこれを受託すべき義務が生じないのであるから、被告職員が、工事負担金の支払意思がない以上給水を拒否せざるを得ない旨述べ、工事負担金の納付を求めたことには何ら違法なところはなく、国家賠償法一条第一項の違法な公権力の行使には該当しない。

第五  結論

以上のとおり、本件建物についての工事負担金の徴収に際し、被告職員に原告の主張する違法はないから、原告の請求には理由がない。

(裁判長裁判官・森本翅充、裁判官・徳田園恵、裁判官・坂本好司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例