神戸地方裁判所 平成7年(ワ)325号 判決 1996年10月03日
原告
豊田堅資
被告
梶原武彦
ほか一名
主文
一 被告梶原武彦は、原告に対し、金四六九万二一五八円及びこれに対する平成七年四月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告梶原武彦に対するその余の請求及び被告碓永康二に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告及び被告梶原武彦に生じた分はこれらを通じて三分し、その二を原告の負担とし、その余を同被告の負担とし、被告碓永康二に生じた分はすべて原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、連帯して金一五〇〇万円及びこれに対する平成七年四月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負つた原告が、被告梶原武彦(以下「被告梶原」という。)に対しては民法七〇九条に基づき、被告碓永康二(以下「被告碓永」という。)に対しては民法七一五条、自動車損害賠償保障法三条に基づき、損害賠償を求める事案である。
なお、付帯請求は、原告が本件訴状を裁判所に提出した日の翌日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。
また、原告の主張する被告らの債務は、不真正連帯債務である。
二 争いのない事実
次の交通事故が発生したことは当事者間に争いがない。
1 発生日時
平成三年八月二三日午前五時四三分ころ(発生時刻についても被告らは認めている。)
2 発生場所
神戸市西区岩岡町岩岡一五五六番地の一先交差点(以下「本件交差点」という。)
3 争いのない範囲の事故態様
原告は、普通貨物自動車(神戸四五に七七三二。以下「原告車両」という。)を運転して、本件交差点を北から南へ直進しようとしていた。
他方、被告梶原は、大型貨物自動車(神戸一一き六七二三。以下「被告車両」という。)を運転して、本件交差点を西から南へ右折しようとしていた。
そして、本件交差点内部で、原告車両の右側面前部に、被告車両の前面左部が衝突し、原告車両は、本件交差点の南側東にある信号柱に衝突して停止した。
三 争点
本件の主要な争点は次のとおりである。
1 被告碓永の責任原因
2 本件事故の態様及びこれを前提にした被告梶原の過失の有無、過失相殺の要否、程度
3 原告に生じた損害額
四 争点に関する当事者の主張
1 争点1(被告碓永の責任原因)
(一) 原告
被告梶原は、本件事故当時、被告碓永の事業に従事中であつた。また、被告碓永は、被告車両の運行供用者であつた。
したがつて、被告碓永は、民法七一五条及び自動車損害賠償保障法三条によつて、原告に生じた損害を賠償する責任がある。
(二) 被告碓永
否認する。
2 争点2(本件事故の態様等)
(一) 原告
本件交差点には信号機があり、本件事故当時、右信号は、東西方町が赤色の灯火の点滅、南北方向が黄色の灯火の点滅を表示していた。
にもかかわらず、被告梶原は、荷物が満載された被告車両を運転して、相当の速度で本件交差点に進入してきたものであり、一時停止義務及び本件交差点の左右の安全確認義務があつたにもかかわらず、右各義務を遵守しなかつた過失がある。
これに対し、原告車両はそれほどの速度を出しておらず、前夜の雨のために路面が濡れていたため、制動措置をとつたものの、及ばなかつたものである。
(2) 被告ら
被告梶原は、交差点手前における一時停止義務及び左右の安全確認義務を尽くした上で、被告車両を本件交差点で右折させる態勢に入つた。
そこに、原告車両が、時速七〇ないし八〇キロメートルの高速度で本件交差点に進入し、本件事故が発生したものである。
したがつて、本件事故に関し、被告梶原には過失はなく、仮にこれが認められるとしても、きわめて大幅な過失相殺がなされるべきである。
五 証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
第三争点に対する判断
一 争点1(被告碓永の責任原因)
被告碓永が被告梶原の使用者又は被告車両の運行供用者であつたことを認めるに足りる証拠はない。
かえつて、乙第五号証、第七号証の一ないし三、第八号証の二ないし七、被告梶原の本人尋問の結果によると、被告車両は、自動車登録フアイル上、訴外株式会社日本リースを所有者、訴外碓永自動車株式会社(以下「訴外会社」という。)を使用者として登録されていること、被告車両を被保険自動車とし、訴外会社を被保険者とする自動車保険契約が締結されていること、被告梶原は訴外会社の従業員であること、被告梶原は本件事故当時訴外会社の業務に従事中であつたこと、本件事故後、訴外会社の名で原告の農業協同組合の口座に対して損害賠償の内金が振込送金されていることが認められる。
そして、右認定事実によると、被告梶原の使用者及び被告車両の運行供用者は、いずれも被告碓永ではなく、訴外会社であるというべきである。
したがつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告碓永に対する請求は失当である。
二 争点2(本件事故の態様等)
1 甲第四号証の一ないし三、乙第一号証の一ないし一二、原告及び被告梶原の各本人尋問の結果によると、本件事故の態様に関し、前記争いのない事実の他に、次の事実を認めることができる。
(一) 本件交差点から北へ向かう道路は、片側一車線、両側合計二車線、幅員合計約七・五メートルであり、これと別に東側に幅約二・三メートルの歩道がある。また、南へ向かう道路は、片側一車線、両側合計二車線、幅員合計約七・〇メートルであり、これと別に東側に幅約二・五メートルの歩道がある。
本件交差点から西へ向かう道路は、幅員合計約一二・〇メートル(ただし、これは、本件交差点の角の切れ込みを含む直近のものであり、西へ行くほどその幅員は小さくなつている。)の車線の区別のない道路であり、本件交差点から見て、真西よりもやや北に向かつている。また、東へ向かう道路は、片側一車線、両側合計二車線、幅員合計約六・〇メートルであり、真東よりもやや南に向かつている。
そして、本件交差点には信号機が設置されているが、午後一〇時から翌日午前六時までの間(前記のとおり、本件事故もこの時間帯に発生した。)は、右信号は、東西方向が赤色の灯火の点滅、南北方向が黄色の灯火の点滅を表示する。さらに、本件交差点で交わる南北道路、東西道路の最高速度は、いずれも五〇キロメートル毎時である。
なお、本件交差点の北西角には民家があり、原告車両の進行してきた本件交差点の北側と被告車両の進行してきた本件交差点の西側とは、相互の見通しが悪い。さらに、前記の本件交差点から西へ向かう道路と南北道路との角度のため、西から南へ右折する車両は、左側である北側を真横よりやや後方に見ることとなる。
(二) 被告梶原は、被告車両を運転し、本件交差点手前の停止線で一時停止した後、本件交差点の直近で改めて被告車両を停止した。そして、左右の安全を確認した後に本件交差点内に進入し、右折態勢に入つたところ、本件交差点の中央部で、北から本件交差点内に進入してきた原告車両の右側面前部に、自車の前面左部を衝突させた。
なお、被告梶原は、右衝突まで、まつたく原告車両の存在を認識していない。
また、被告梶原は、右衝突後直ちに自車に制動措置を講じ、被告車両は、右衝突後、約六・五メートル南へ進行した地点(本件交差点の南側の横断歩道にかかつた付近)で停止した。
(三) 原告は、本件交差点に進入する直前に、自車の前方の本件交差点に、西側から、時速一五キロメートル(原告の記憶によると自転車の進行速度程度)で進行右折してくる被告車両に気づいた。
そこで、原告は、直ちに自車に急制動の措置を講じたが及ばず、前記のとおり、自車と被告車両とが衝突した。
また、右衝突後、原告車両はそのまま南に進行し、右衝突地点から約一八・〇メートル南側にある本件交差点南の東側歩道上にある信号柱に、原告車両の後部が東側歩道に乗り上げて、南南西を向く形で衝突し、右側面荷台、前部車体凹損の損傷を受けた。
なお、本件事故により、原告車両の停止位置にいたるまで、右前輪一一・五メートル、左前輪一三・〇メートル、右後輪二九・五メートル、左後輪三〇・〇メートルの長さの原告車両によるスリツプ痕が印された(したがつて、両後輪によるスリツプ痕は被告車両との衝突前から印され、両前輪によるスリツプ痕は右衝突後から印されたこととなる。)。
2 右認定事実によると、被告梶原は、本件交差点を右折するにあたり、一時停止及びある時点におけるまでの左右の安全確認を一応尽くしたことが認められる。
ところで、乙第一号証の三(実況見分調書添付の交通事故現場見取図)には、被告車両が最後に停止した地点から北へ見通せる距離は約三〇・〇メートルである旨の記載があるが、被告梶原の本人尋問の結果によると、これは同被告が被告車両に乗車した状態で計測されたものではなく、道路上に同被告が立つた状態で計測されたものであること、被告車両は大型車両で、窓の構造上、側面及びやや後方の見通しが必ずしも良くないことが認められるから、被告車両の運転席からの実際の可視距離は、三〇メートルよりも相当程度少なかつたことが推認される。
そして、前記認定の道路の位置関係にある本件交差点で、赤色の灯火の点滅する信号にしたがつて、右の程度の可視距離しか確保することのできない自動車で右折する自動車の運転手としては、特に後方である左側の安全に十分注意を払つて自車を運転する注意義務があるというべきところ、被告梶原は、本件交差点直近で左方の安全を確認したものの、それ以降はまつたく左側には注意を払わず、原告車両と衝突するまでその存在に気づかなかつたのであるから、被告梶原に安全確認義務違反の過失があることは明らかである。
また、前記認定のとおり、被告梶原は、原告車両との衝突後自車に制動措置を講じたところ、被告車両は、右衝突後、約六・五メートル南へ進行した時点で停止したのであるから、本件事故の発生する直前において、被告梶原に、右折の際の徐行義務(道路交通法三四条二項。なお、同法二条一項二十号により、徐行とは、車両等が直ちに停止することができるような速度で、進行することをいう。)に違反した過失があることも明らかである。
したがつて、被告梶原には、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。
3 他方、右認定事実によると、原告にも交差点を直進する際の安全運転義務(道路交通法三六条四項)に違反した過失があることは明らかである。
さらに、原告車両の速度は、原告自身の体感によつても時速約六〇キロメートルというのであつて最高速度を超過しており、前記認定のスリツプ痕の長さ、信号柱との衝突により生じた原告車両の破損の程度をも総合すると、右速度を超えていたことを優に推認することができるから、原告にはこの点についての過失も認められる。
4 そして、右認定の原告の過失と被告梶原の過失とを対比すると、本件事故に対する過失の割合を、原告が二五パーセント、被告梶原が七五パーセントとするのが相当である。
三 争点3(原告に生じた損害額)
争点3に関し、原告は、別表の請求欄記載のとおり主張する。
なお、原告は、本件で求める損害賠償は、後遺障害を含む全損害である旨を主張するものの、後遺障害に関する損害額のうち逸失利益については具体的な金額を主張しない。
しかし、別表記載のとおり、請求欄の合計金額は原告が本訴において請求する金額を下回つているところ、同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする損害は、後遺障害にかかるものもそれ以外のものも、請求権及び訴訟物は一個であると解すべきであつて(最高裁昭和四三年(オ)第九四三号同四八年四月五日第一小法廷判決・民集二七巻三号四一九頁参照)、本件において、原告が相当金額の逸失利益を求めていることも明らかであるから、後遺障害による逸失利益についても判断することとする。
そして、原告の右主張に対し、当裁判所は、以下述べるとおり、同表の認容欄記載の金額を、原告の損害として認める。
1 原告の傷害等
まず、原告に生じた損害額を算定する基礎となるべき原告の傷害の部位、程度、入通院期間、後遺障害の内容等について判断する。
甲第一、第二号証、乙第二号証の一、二、第三号証の一、二、第四号証の一ないし二〇七、第一〇号証の一ないし三、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、この点につき、次の事実を認めることができる。
(一) 原告は、本件事故後、救急車により、医療法人社団せいゆう会神明病院(以下「神明病院」という。)に搬入され、頭部外傷2型、頸椎捻挫、軸椎骨折と診断された。
(二) 原告は、神明病院から三木市立三木市民病院(以下「三木市民病院」という。)に搬送され、同病院に、平成三年八月二三日から平成四年四月一四日まで入院した(入院日数二三五日間)。
なお、同病院における初診時の診断は、軸椎骨折、頸髄損傷、第一腰椎圧迫骨折であり、右退院時に症状固定との診断がされている。
(三) 原告は、自動車損害賠償責任保険手続において、本件事故による後遺障害が、自動車損害賠償保障法施行令別表一一級七号(脊柱に奇形を残すもの)に該当する旨の認定を受けた。
2 損害
(一) 治療費・装具代
治療費・装具代のうち金一二二万七九五八円(神明病院及び三木市民病院の治療費並びに装具費)は当事者間に争いがない。
原告は、この他の病院に約金二六万円の治療費が生じた旨主張するがこれを認めるに足りる証拠はまつたくない。
(二) 入院雑費
前記認定の入院日数二三五日につき、一日あたり金一三〇〇円の割合による合計金三〇万五五〇〇円を認めるのが相当である。
(三) 付添看護費
乙第四号証の八二ないし一九八(三木市民病院における原告が入院中の看護記録)、原告本人尋問の結果によると、原告は、平成三年一〇月三日に車椅子を使用して病院内を散歩したこと、同月七日に歩行器による歩行訓練を開始したこと、このころから、ほぼ毎日リハビリテーシヨンのための措置がとられていること、入院初期の段階では原告の妻が一日中病院で付き添つていたこと、それ以降も原告の妻は定期的に来院していることが認められる。
そして、前記認定の原告の傷害の部位、程度等をも併せ考えると、本件事故と相当因果関係のある付添看護費としては、平成三年八月二三日から同年一〇月七日までの四六日間、一日あたり金四五〇〇円の割合による合計金二〇万七〇〇〇円を認めるのが相当であつて、これ以後の原告の妻の付添は、慰謝料算定の一事由として考慮することとする。
(四) 休業損害
甲第七号証、原告本人尋問の結果によると、原告は農業に従事していたこと、本件事故の発生した年の平成三年一月一日から本件事故の前日である同年八月二二日まで(二三四日間)の収入金額の申告額が金二二八万六八六三円であつたことが認められ、弁論の全趣旨によると、必要経費等を除いた原告の実収入はこれを上回ることが認められる。
そして、右金額を基礎として、前記入院期間の二三五日間に相当する休業損害を求めると、次の計算式により、金二二九万六六三五円である(円未満切捨て。以下同様。)。
計算式 2,286,863÷234×235=2,296,635
(五) 後遺障害による逸失利益
原告本人尋問の結果によると、原告は、平成元年に交通事故にあい、むち打ちで後遺障害一四級の認定を受けたこと、三木市民病院退院後は、営利を目的とする農業を営むことができず、自家消費の野菜等を栽培するにとどまることが認められる。
そして、これらの事実と前記認定の後遺障害の部位、程度によると、後遺障害による逸失利益算定の基礎となるべき収入を、前記の二三四日間で金二二八万六八六三円とし、このうち一五パーセントを、今後一四年間にわたつて得ることができなくなつたものとして(症状固定時には原告は満五三歳)、後遺障害による逸失利益を算定するのが相当である。
そして、中間利息の控除については新ホフマン方式によるのが相当であるから(一四年間に相当する新ホフマン係数は一〇・四〇九四)、後遺障害による逸失利益は、次の計算式により、金五五六万九七二九円である。
計算式 2,286,863÷234×365×0.15×10.4094=5,569,729
(六) 物損
前記のとおり、本件事故により原告車両が損傷したことは認められるが、その金額を認めるに足りる証拠はない(なお、原告の主張によると、本件事故当時、原告車両は車検切れのものであり、甲第四号証の一、乙第一号証の一一、一二、弁論の全趣旨によると、原告車両は、時価を上回る修理費を要するいわゆる全損状態になつたことが認められるが、前記のとおり原告車両は車検切れのもので、適切な時価を認定することができない。)。
(七) 慰謝料
前記認定の原告の傷害の部位、程度、入通院期間、後遺障害の内容、程度、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件事故により原告が受けた精神的苦痛を慰謝するには、金四三〇万円をもつてするのが相当である(うち後遺障害に対応する金額は金三三〇万円。)。
なお、原告の請求する慰謝料のうち、原告の妻の慰謝料は、仮にそれが発生するとしても、原告の妻が請求すべきであつて、当然に原告が請求することはできないが、本判決においては、原告の妻の受けた精神的損害も慰謝料算定の一事由として考慮した。
(八) 小計
(一)ないし(七)の合計は、金一三九〇万六八二二円である。
3 過失相殺
争点2に対する判断で判示したとおり、本件事故に対する原告の過失の割合を二五パーセントとするのが相当であるから、過失相殺として、原告の損害から右割合を控除する。
したがつて、右控除後の金額は、次の計算式により、金一〇四三万〇一一六円となる。
計算式 13,906,822×(1-0.25)=10,430,116
4 損害の填補
原告が、被告梶原から金四五一万円の金員を受領したことは当事者間に争いがなく、乙第七号証の一ないし三によると、原告の右損害のうち、神明病院の治療費金一五万九四四〇円、三木市民病院の治療費金九五万五二三〇円、装具代金一一万三二八八円、以上合計金一二二万七九五八円を訴外会社が保険加入する安田火災海上保険株式会社が負担したことが認められる。
したがつて、右合計金五七三万七九五八円は、すでに損害の填補があつたものとして、原告の損害から控除すべきである(なお、原告は、右金一二二万七九五八円を三木市民病院代として被告側が負担した旨主張するので、念のため、証拠により認定した。)。
したがつて、右金額を原告の損害から控除すると、金四六九万二一五八円となる。
第四結論
よつて、原告の被告梶原に対する請求は、主文第一項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し(遅延損害金の始期は原告の主張による。)、同被告に対するその余の請求及び被告碓永に対する請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 永吉孝夫)
別表