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神戸地方裁判所 平成7年(ワ)730号 判決 1998年6月26日

原告

田畠耕一

右訴訟代理人弁護士

木村治子

野口善國

右訴訟復代理人弁護士

福田和美

被告

日産火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

近藤敬之介

被告

大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

小坂伊佐夫

右二名訴訟代理人弁護士

島林樹

工藤涼二

春名一典

野垣康之

主文

一  被告日産火災海上保険株式会社は、原告に対し、金一〇七一万四二八六円及びこれに対する平成七年七月七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告大東京火災海上保険株式会社は、原告に対し、金二四二八万五七一四円及びこれに対する平成七年七月四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを七分し、その四を原告の、その二を被告大東京火災海上保険株式会社の、その一を被告日産火災海上保険株式会社の各負担とする。

五  この判決は、主文第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告日産火災海上保険株式会社は、原告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する平成七年七月七日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告大東京火災海上保険株式会社は、原告に対し、金七〇〇〇万円及びこれに対する平成七年七月四日(前同)から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  仮執行宣言

第二  事案の概要

本件は、阪神淡路大震災発生の約二〜三時間後に発生した火災により自宅等を焼失した原告が、被告らそれぞれに対し、火災保険契約に基づく損害保険金の支払いを求めたのに対し、被告らが、火災保険約款の地震免責条項に該当する等と主張して争っている事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者等

原告は、平成五年四月に別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)及び地下ガレージを約一億円をかけて新築し、平成七年一月一七日当時、本件建物及び本件建物内の家財道具類を所有していた。

本件建物は、神戸市東灘区住吉山手二丁目に所在し、一階には玄関、食事室、居間などが、二階には子供部屋1、子供部屋2、寝室などがあり、二階天井裏の一画に納戸(物置。以下「本件納戸」ともいう。)があるという構造の居宅であった(別紙図面参照)。

被告らは、いずれも火災保険等の各種保険事業を営むことを目的とする株式会社である。

2  火災保険契約

(一) 原告は、被告日産火災海上保険株式会社(以下「被告日産火災」という。)との間で、平成五年一一月一五日、次のとおりの保険契約を締結した。

保険の種類 住宅総合保険

保険の目的 本件建物一棟

保険期間 平成五年一一月一五日から平成一〇年一一月一五日午後四時まで(五年間)

保険金額 三〇〇〇万円

保険料 一九万三八〇〇円

(二) 原告は、被告大東京火災海上保険株式会社(以下「被告大東京火災」という。)との間で、平成六年四月一日、次のとおりの保険契約を締結した。

保険の種類 住宅総合保険

保険の目的 家財(本件建物内)

保険期間 平成六年四月一日午後四時から平成七年四月一日午後四時まで(一年間)

保険金額 二〇〇〇万円

保険料 三万七四〇〇円

(三) 原告は、被告大東京火災との間で、平成六年八月一九日、次のとおりの保険契約を締結した。

保険の種類 住宅総合保険

保険の目的 本件建物一戸

保険期間 平成六年八月一九日午後四時から平成七年八月一九日午後四時まで(一年間)

保険金額 五〇〇〇万円

保険料 八万五〇〇〇円

(四) 右(一)ないし(三)の各保険契約(これらをまとめて、以下「本件火災保険契約」という。)締結に際し、原告と被告らは、住宅総合保険普通保険約款(以下「約款」という。)によることを約した。約款第一章第一条には、火災事故によって保険の目的について生じた損害に対し、損害保険金を支払う旨が規定されている。他方、本件火災保険契約には、いずれも地震保険は付帯されていなかった。

3  震災及び火災事故

(一) 平成七年一月一七日午前五時四六分に、淡路島の北淡町を震源とする直下型地震(阪神淡路大震災。以下「本件地震」という。)が発生した。地震の規模を示すマグニチュードは7.2で、神戸と洲本で震度六を観測したほか、神戸市須磨区鷹取、長田区大橋、兵庫区大開、中央区三宮、灘区六甲道、東灘区住吉、JR芦屋駅周辺、阪急夙川駅周辺などの地域では震度七であった。

神戸市内では、全壊建物約五万五〇〇〇棟、半壊建物約三万二〇〇〇棟で、うち東灘区では、全壊建物約一万一〇〇〇棟、半壊建物約三一〇〇棟であった。また、火災被害については、神戸市内では、全焼七一一九棟、半焼三三一棟で、うち東灘区では、全焼三二五棟であった。

(二) 同日午前八時ころに本件建物内で火災(以下「本件火災」という。)が発生し、原告は、本件建物一棟及び本件建物内の家財を焼失した。

4  免責条項

約款の第一章第二条第2項第2号には、

① 地震によって生じた火元の火災が保険の目的に与えた損害(以下「第一類型」という。)

② 地震によって発生した火災が延焼または拡大して保険の目的に与えた損害(以下「第二類型」という。)

③ 発生原因のいかんを問わず火災が地震によって延焼または拡大して保険の目的に与えた損害(以下「第三類型」という。)

については、保険金を支払わない旨が規定されている。

二  主要な争点

1  第一類型ないし第二類型に該当するか否か(本件火災の発生原因は何か)

2  第三類型に該当するか否か(本件地震による延焼拡大か)

3  争点1、2に関する免責条項の解釈

三  争点等に関する被告らの主張

1  質権設定(被告日産火災の主張)

原告は、被告日産火災との間の本件保険金三〇〇〇万円につき、平成五年一一月一九日、訴外第一勧銀信用保証株式会社(以下「訴外会社」という。)のために質権を設定し、被告日産火災はこれを承諾したのであるから、仮に、被告日産火災が保険金支払義務を負う場合であっても、その保険金は、右質権の被担保債権額の限度で質権者たる訴外会社に直接支払うべきことになる。したがって、そもそも原告は、右の限度で保険金請求権を有しない。

2  出火原因(争点1)

本件火災は、本件地震により、本件建物が強く揺さぶられ、二階天井裏の本件納戸内に設置された蛍光灯への配線が引っ張られ、右配線を固定していたステープル(釘)により配線の被膜が破れるか、或いはスイッチ器具類から配線が引き抜かれて芯線が露出していたところ、午前七時半ころから八時ころにあった短時間の通電により線間短絡(ショート)が発生し、その火花が付近の可燃物に移り、燻焼状態を経て燃え上がったものであり、本件地震に起因する通電火災である。以下詳述する。

(一) 出火時刻

本件建物の近隣住民らの供述は、出火時刻は午前八時ころでほぼ一致している。

(二) 出火場所

まず、本件建物二階北側屋根下から白煙が、続いて二階南側中央付近の屋根下から煙が、やがて東西屋根下中央付近の通風口から白煙が出始め、次第に白煙から黒煙へと変化した。しかし、一階の換気窓口等からの発煙の目撃はなかった。このようなくすぶった状態が二時間程続いた後、二階屋根付近から出火した。

また、天井裏の本件納戸内を見た近隣の住民は、炎は見えなかったものの、強い刺激臭のある煙が充満していたこと、その際一階や二階の各部屋からは全く煙が出ていなかったことを目撃している。

したがって、出火場所は、天井裏の本件納戸とほぼ断定できる。

(三) 出火原因

(1) 一般に地震による火災の出火原因には、電気関係のもの、特に電気復旧に関連したものが多い。屋内配線の損傷や半断線状態で通電されると、漏電したり短絡(ショート)したりして出火にいたる報告が数多くされているし、また、短絡火花による出火危険は、ブレーカーでは完全には防止しえないことも報告されている。

他方、本件建物の外壁は不燃材であり、漏電による出火は考え難い。

そして、本件では、出火原因にもっとも近接していた原告自身が、被告大東京火災が依頼した調査員に対し、電気が原因であると思う旨述べていたのである。

(2) 本件納戸には、石油ストーブや電気ストーブ、その他出火原因となり得るようなものは置かれていなかった。しかし、照明器具として二〇ワットの蛍光灯が中央部に一器あり、電線(VV―Fケーブル)は、ステープルで固定され、コーナーでは直角に固定されるなど、弛みがない状態で蛍光灯へ配線されていた。

本件ケーブルは、出火危険性の実験材料にも使われるものであり、たとえ強度基準を十分満たすものであったとしても、なおケーブルの被膜が破れる可能性があるし、また、大きな外圧が加われば、スイッチ器具類からケーブルが引き抜かれて芯線が露出することもある。

(3) 本件建物は、活断層に近く震度七を記録した東灘区内にあり、本件建物にも非常に大きな外圧が加わったことは明らかである。付近一帯には建物の亀裂や破損、道路のひび割れ、門塀や石垣のひびなど様々な地震被害があり、本件建物にも門塀にひび割れ、亀裂が生じていた。

(4) 本件建物付近住民の多くが、地震直後に停電したが午前八時前後に一時的な通電があった旨を供述しており、原告の妻と思われる女性もそのころ掃除機を使いパチパチという音を聞いた旨話していた。また、関西電力には時限順送式自動開閉システム(自動供給回復システム)もあるのであり、午前八時四六分とされる正式通電再開時刻以前の午前八時ころに短時間の通電があったことは間違いない。

(5) 以上からすると、前記のような通電火災としか考えられない。

(四) 火災調査報告書等

(1) 東灘消防署の火災調査報告書は、本件建物は地下ガレージ部分を一階とした三階建てであることを前提として、出火場所は、焼損状況から三階天井裏と推定している。作成担当者である小橋義幸に二階と三階の混同があったが、出火場所は当初から三階天井裏と認識していたものである。

(2) また、右火災調査報告書は、出火原因についても、地震の衝撃で屋内配線に何らかの異常をきたしていたところ、一時的な送電開始により天井裏の屋内配線から出火したものと推定し、放火やその他の火源については明確に否定している。

(3) 建設省建築研究所や消防庁消防研究所及び警察庁科学警察研究所の独自の調査結果に基づく見解でも、出火原因は、屋内配線の短絡で一致している。

(五) 立証責任

本件建物火災は、本件地震後短時間で発生したものであり、「地震による損害」であるとの強い事実上の推定を受けることに加えて、被告らは出火原因につき十分な主張立証を行ったのであるから、原告において右推定及び立証を破る事実の立証を要する。

3  地震による延焼拡大(争点2)

(一) 第三類型の解釈

(1) 免責条項として第三類型が規定されたのは、大地震が発生すれば、地震による道路の亀裂・家屋の倒壊・水道施設の被害・建物倒壊による道路の不通・火災の同時多発や人命優先による消防力の著しい低下による燃焼危険の増加など、地震に基づく様々な延焼又は拡大要因が存在するからに他ならない。

したがって、第三類型に該当するか否かは、「地震」と「延焼拡大」との相当因果関係によるのであって、その際に地震による様々な社会的混乱や消防機能の低下などの要因を除外する理由はないし、また、地震前に発生していた火災に限定する理由もない。

(2) 右地震と延焼拡大との相当因果関係の判断においては、火元となった火災損害部分と地震による延焼損害部分とを厳格に峻別することは不可能であるから、全体の被害の要因のうちで、火元の火災と地震とのいずれかが優勢であるのかによって決すべきであり、地震が優勢であれば地震による火災被害ということになる。

(二) 神戸市内の消火活動

神戸市内では、本件地震後、午前六時までに約六〇件の火災が発生したが、消火活動は、交通機関の途絶等により非常招集参集者が揃わなかったことに加え、市内全域にわたって同時多発火災が発生したことと併せて、家屋倒壊等による人命救助事案も多数発生したこと、水道管が被害を受け水道消火栓が使用不能になったこと、建物等の倒壊や道路自体の破損亀裂による通行障害により消防車等の走行に障害があったこと、防火木造建築物の瓦やモルタル壁等が脱落して火災に跪弱になったこと、木造建築物の道路への倒壊により街区から街区への延焼媒介要因となったこと、火災エリヤにケミカルシューズ関連工場が密集し引火性の危険物が散在していたことなど火災荷重が極めて大きかったこと、当日は乾燥注意報が発令されており可燃物が着火しやすい状況にあったことなどから、消防活動は困難を極め、延焼拡大の要因となった。

(三) 本件火災の消火活動

本件火災に気付いた近隣住民の一人が、煙の充満していた本件納戸内に消火器を噴出させたが効果がなく、また煙の刺激臭のためそれ以上納戸には居られなかった。そして、その住民は、近くの公衆電話から一一九番通報しようとしたが電話が通じなかったので、本件建物西約三〇〇メートルにある東灘消防署深田池出張所に駆け込んだが、消防車と署員らは御影町郡家で発生していた火災現場へ出動しており不在であった。そこで、右住民は自ら道路上の消火栓を開栓しようとしたが器具のサイズが合わず開栓できなかった(なお、その後消防署員が本件建物近くの二基を開栓したが断水していた。)。

本件建物は二時間近く燻焼した後、午前一〇時過ぎころには屋根から炎が出てきたので、近隣住民二〜三〇〇人が近くの側溝を土のうで堰止めてバケツで水を汲み、バケツリレーで本件建物北側のマンションから水をかけたが、効果はほとんどなく火は広がっていった。

正午ころに消防車一台と消防署員三人が到着し、右側溝から水を吸い上げて放水したが、既に本件建物の二階は完全に焼失して一階へ焼け落ちており、なお燃焼中であったため、右放水は隣家への延焼防止のために行われた程度で、結局本件建物は完全に焼失した。

(四) 第三類型に該当

本件建物は東灘消防署管内にあり、その本署は本件建物の南約一キロメートルの距離にあった。東灘消防署の消防体制は、地震当日は、八個小隊(二九名)・ポンプ車二台・ポンプ付救助車一台・化学車一台・はしご車一台・救急車三台の編成であり、うち深田池出張所には、二個小隊・ポンプ車一台・救急車一台が配置されていた。

仮に、煙が出始めた初期段階での近隣住民の通報により消防車が出動していれば、本来の右消防体制下では、ボヤ程度で済んだことは確実であり、また、二基ある消火栓からの放水が早期に開始されていれば確実に消火できたものである。

したがって、本件火災による損害は、本件地震が原因で早期に十分な消火活動が行えなかったために延焼拡大したことによる損害であり、本来はボヤ程度で済んだはずの火元の火災よりも地震による延焼拡大が優勢であったことは明らかであるから、第三類型に該当する。

四  争点等に関する原告の主張

1  免責条項の解釈について

免責条項は、一般人の合理的意思に基づいて解釈すべきであり、「地震による火災」の「地震」とは、文字通り地震という大地の揺れを意味すると読むべきである。被告らは、時間的場所的限定なく、地震発生後の様々な社会生活上の地震による影響が何らかの形で残っているような状況下での火災を、こぞって「地震による火災」と解釈するが、それらは「地震」ではなく「震災」によるものなのである。

そうすると、「地震による火災」(第一、第二類型)とは、地盤の揺れによってストーブが倒れたりガスの火が燃え広がったりして生じた火災をいうのであり、地震の揺れによって電線が切断されたのみで火災は生じていなかったのに、電力会社が通電を行ったためにショートして火災になったというような人為的要素が介在する場合は含まれないと解すべきである。

また、「地震による延焼拡大」(第三類型)にも、地盤の揺れ以外の、不十分な消防体制や不適切な消防活動などの人為的要素は含まれないと解すべきである。

したがって、被告らの主張事実を前提としても、本件火災は、そもそも免責条項には該当しない。

2  出火原因について(争点1)

以下のとおり、被告らの二階天井裏からの通電火災との主張は、単なる推測にすぎないのであり、本件出火原因は不明である。

(一) 出火場所

本件火災について被告大東京火災から出火原因の鑑定を依頼されて調査鑑定書を作成した中原輝史は、出火場所は二階子供部屋1の可能性が極めて高いと述べている。

他方、本件火災について被告大東京火災から出火原因調査を依頼されて意見書を作成し野々村眞一は、出火場所は二階天井裏である旨述べているが、同人は火災現場を見ておらず信用性がない。また、当初、本件建物が地下ガレージ部分を一階とした三階建てであることを前提に、出火場所を二階天井裏としていた東灘消防署の火災調査報告書につき、その作成を担当した消防署員の小橋は、二階と三階との思い違いがあったので訂正したと述べているが、これは焼損状況には変更訂正がないことと整合せず信用性がない。さらに、被告らは、二階の各部屋からは全く煙が出ていなかったとするが、その供述を根拠としている岡本大器は、子供部屋2以外の部屋は見ていない。

一般に、煙があってもそこが火元とは限らないところ、本件でも煙の充満していた本件納戸で消火器を使用しても効果がなかったのは、そこが、火元ではなかったからである。

これからすると、そもそも本件出火場所は、本件納戸ではない。

(二) 配線の損傷等

(1) 一般に、電気配線は、たるみのないように固定されるが、十分なゆとりをもたせている。本件配線にも、十分なゆとりがあり、角部分も直角に固定されてはいなかった。また、一般に、ステープルは、強く引っ張られれば抜けるのであり、十分な強度を有していた本件配線の被膜がステープルによって破れるとは考えられない。

しかも、本件建物付近の本件地震による揺れはさほど大きくなく、本件火災までに近隣で発生した火災は一件もなく、近隣建物の被害も軽微で、道路には細かいひび割れすらなかった。平成五年に強固に新築された本件建物も、内部のガラス容器が壊れた程度で、その他の家財道具類及び本件建物に損傷はなかった。

したがって、本件地震の揺れにより、配線の被膜が破れる程度に強く引っ張られたとも、それによって、被膜が破れたとも考えられない。

(2) また、被告らの主張するスイッチは、納戸へ上がる階段横に設置されていたのであり、そもそも本件納戸内にはなかった。

(三) 通電時刻

関西電力は、本件地域へ通電したのは午前八時四六分としている。

被告らは、何人かの付近住民の証言をもとに午前七時半から八時すぎころまでの間に短時間の通電があったと主張するが、地震後の混乱期に正確な時間を記憶しているか疑わしい。原告の妻が、火災前に掃除機を使った事実もない。被告らは、具体的に午前八時一〇分ころに通電があったとも言うが、通電後五分程度で煙が屋根裏から外へ漏れるはずもない。

したがって、本件火災発生前に通電があったとは考えられない。

(四) 短絡火災

本件天井裏の配線近くには、壁や梁に使用された木材以外に可燃物はなかったのであり、短時間の線間短絡の火花で木材が引火点に達することはありえない。しかも、線間短絡が生じれば直ぐにブレーカーがとぶのであり、長時間火花が続くことはない。

したがって、仮に、被告らの言うような短時間の線間短絡があったとしても、火災に至るとは考えられない。

(五) 消防署の報告書等

そもそも本件火災に関する東灘消防署の報告は杜選なものであり、他の機関の見解も、元になる資料はほとんど消防署から収集したもので、消防署の見解と同じになるのは当然なのであって、何ら出火原因推定の根拠にはならない。

3  地震による延焼拡大について(争点2)

(一) 第三類型の解釈

第三類型は、「①発生原因のいかんを問わず火災が、②地震(地盤の揺れ)によって、③延焼または拡大」との規定であるから、文理解釈上、地震の発生以前に火災が生じていたことが前提となる。

したがって、地震後に火災が発生した本件は、第三類型に該当しない。

(二) 消防機能等

(1) 前述のとおり、「地震による延焼拡大」には、地盤の揺れ以外の不適切な消防活動等の人為的要素は含まれないのであり、被告ら主張の消防機能低下等の要因による延焼拡大は、第三類型に該当しない。

(2) 仮に、被告ら主張のように「地震による」を「震災による」のように広く解したとしても、被告ら主張の消防機能の低下等は、地震のために生じたというよりも、日頃からの神戸市の消防体制の不備、消防訓練の不足・懈怠等が招いた結果というべきであり、本件火災は、まさに人為的要因のために拡大したものである。

すなわち、神戸市は、周辺地域に活断層が複雑に走っており大地震がいつ発生してもおかしくない旨警告されていたのに、想定震度を六にすると多額の予算を要することから想定震度を五として「地域防災計画」を策定し、震度五以下の地震なら地中の水道管に大きな被害は発生せず地震後も消火栓は使える、また消火栓が使えるから耐震防火水槽の整備を遅らせてもかまわないという前提の低水準の消防体制であった上、国の消防力の基準では、神戸市には消防ポンプ車は八八台以上必要なのに実際には消防ポンプ車は四七台しかなかったなど、もともと消防力が不十分だったのである。

したがって、本件火災は、地震によって消防力が低下したために拡大したのではなく、もともと消防力が低かったから拡大したのであり、第三類型には該当しない。

(三) 免責範囲

(1) 被告らの主張事実を前提にしても、本件は、原因不明の火元の火災が地震によって拡大して全焼に至ったものである。すなわち、本件火災は、既存の火元火災部分、火元火災が地震と無関係に自然に拡大した部分、地震によって拡大した部分とからなる。

被告らが免責を主張するのであるから、被告らにおいて免責対象である地震によって拡大した部分についての主張立証をすべきところ、被告らはいかなる範囲で免責されるのかにつき、何ら主張立証をしていない。

(2) 一般に、平常時の火災でも、火元となった建物が全焼又は半焼に至るものが少なくないし、国の消防力の基準も類焼防止目的であり火元建物の焼損はやむを得ないとされている。

本件火災も、被告ら主張のように、二時間近くもくすぶっていたものではない。まず、煙が出始めたのが午前八時ころ、近隣住民が側溝からバケツリレーを始めたのは、消火器による初期消火を諦め、原告の妻が家財を運び出し始めて間もなくの頃であり、炎が出始めたのは遅くとも午前八時三〇分から五〇分ころであった。消防団のポンプ車が現場へ到着したのも、遅くとも午前一〇時ころであり、本件火災は、午前一二時ころには鎮圧されたのである。

(3) したがって、本件火災は、確実にボヤ程度で済んだとも言えず、結局、免責範囲が不明である以上、被告らが免責されることはない。

(4) 被告らは、火元火災と地震といずれが優勢かにより相当因果関係を決すべきと主張するが、もともと火災保険は、全焼、半焼、一部焼損でもその割合に応じて保険金を支払う契約であり、地震によらない焼損部分があるのに一銭も保険金を支払わないというのは、そもそも保険契約違反であり、極めて不当な考え方である。

4  原告は、本件火災により、本件建物につき八〇〇〇万円、本件建物内の家財につき二〇〇〇万円の損害を被ったのであり、かつ、地震免責されるものでもないから、被告らは、原告に対し、それぞれ本件火災保険契約に基づく本件損害保険金として各保険金額を支払う義務がある。

第三  争点に対する判断

一  出火原因(争点1)について

1  被告らは、本件火災は本件地震後短時間で発生したものであるから、地震による損害であるとの強い事実上の推定を受ける旨主張するが、地震による大きな揺れの直後に火災が発生し、他に出火原因が想定し得ないような場合であれば、地震による火災であるとの事実上の推定を受け、原告側に右推定を覆す立証負担があるとすることが妥当な場合もあり得ようが、本件火災のように、本件地震発生の二〜三時間後に発生した火災では、様々な発生原因が想定し得るのであり、右のような事実上の推定を受けるとは解し難い。

2  被告らは、本件火災は、本件地震により本件建物が強く揺さぶられ、二階天井裏の本件納戸内に設置された蛍光灯への配線が引っ張られ、右配線を固定していたステープルにより配線の被膜が破れて芯線が露出していたところ、午前七時半ころから八時すぎころにあった短時間の通電により線間短絡(ショート)が発生し、その火花が付近の可燃物に移り、燻焼状態を経て燃え上がったものである旨主張するので、以下検討する。

(一) 想定される火元及び原因等

弁論の全趣旨及び本件全証拠から、出火場所は、二階の子供部屋1又はその上の二階天井裏のいずれかとしか想定しえないところ、証拠(甲二三、乙一七、証人中原、同田畠和子、原告本人)によれば、子供部屋1を自室として使用していた原告の長男が日頃隠れてタバコを吸っていたこと、二階天井裏には屋内配線があったこと、その他に子供部屋1や本件納戸や二階天井裏に出火原因となるような物はなかったことが認められることからすると、火元が子供部屋1なら長男のタバコの不始末が、また火元が二階天井裏なら屋内配線のショートや漏電が出火原因となった可能性を想定することができる。

(二) 本件建物の揺れと屋内配線の損傷等

(1) 前記争いのない事実等に証拠(甲一一、一二、二三、検甲一、二の1ないし14、四の1ないし14、五の1ないし7、八、九の1、2、一〇、一一の1ないし3、一二、乙三の1ないし3、五、八、一四、二〇、二三、二五、二八、三七の2、証人小山、同中原、同小橋、同田畠和子、原告本人)を総合すれば、本件地震により、東灘区内では、震度七を記録した地域もあり、多数の建物倒壊、火災発生がみられたが、それらは主として阪急神戸線よりも南側のJR東海道線周辺以南の東西方向の帯状の地域(例えば住吉本町・住吉宮町・住吉東町・田中町・魚崎北町・魚崎南町など)に集中しており、阪急よりも北側では、比較的地震被害は軽微であったこと、本件建物(住吉山手二丁目)は阪急よりも北側にあったこと、本件建物付近半径約一〇〇メートルの範囲内では倒壊建物は皆無であり、築数十年と思われる古い木造建物に損傷のみられるものがある他は、せいぜい擁壁や道路等にヒビが入った程度であったこと、本件建物は平成五年春に約一億円をかけ、主として新建材を用いて新築されたこと、本件地震直後、本件建物の外観には一見してわかるような被害はなく、本件建物内でも若干のガラス食器が落ちて割れた程度で壁にヒビが入ったりたんすや調度品が倒れたり等の被害はなかったことが認められる。

また、証拠(甲九、一〇、一八、検甲三の1ないし4、六、七、乙二一、証人林、同小山、同中原)によれば、本件地震で損傷したのか否かが問題とされている電線(以下「本件電線」という。)は、それぞれビニール絶縁体で覆われた二本の銅導体(芯線直径約1.6mm)をさらにビニールシースで覆ったVVFケーブルであり、相当強い強度を有すること、本件電線は、五〜六〇cm間隔で柱や壁等に二本足のコの字型の釘様のステープルで固定され、コーナーでは直角に固定するのではなく角から少し離れた所に固定される等、標準的方法でゆとりを持って固定されていたこと、ステープルの電線との接触面にはビニール様のものが取り付けられており、その打込部分は一センチメートル強であったことが認められる。

(2) 以上の事実に加え、柱や壁等にステープルで固定された電線は、地震により柱や壁が揺れるのと同調して揺れると想定されるところ、前記のとおり本件地震による本件建物の外観に一見してわかるような被害がなかったことから、そもそも本件電線が強く引っ張られたのか疑問があること、本件電線が家具や機器類の移動転倒等によって押さえられたり引っ張られたりしたとは考えられないこと、本件電線は相当の強度を有し、ステープルとの接触面もビニール様のものであったこと、本件電線が強く引っ張られれば前記の打込部分の深さからステープルが抜けることが考えられること等を考慮すると、本件地震により本件電線が損傷して裸線が露出していたものと推測するには疑問がある。

確かに、証拠(甲一八、乙六、八、九、一五、一六、三〇、三五、三六、三七の1、三八ないし四一、証人林、同小山、同野々村、同小橋)によれば、本件地震により電線が損傷し、そこへ通電があったために火災になった例が他地域で相当数あったことは認められるが、他方、証拠(甲一八、乙六、一五、四〇、証人林、同小山、同小橋)によれば、専門家らの調査研究等でも、家屋が崩れた状態で電気が復旧したため等のコメントや通電火災をみると壊れた家からの出火が多い等の報告がされていることなど、本件地震で報告された通電火災は、主として倒壊建物であったり、建物被害が大きかったり、重量物が移動したりした地域に多かったものであり、本件建物の周辺地域で他に屋内配線が損傷した建物があった旨の報告等はなく、さしたる建物被害のなかった本件建物についても右の報告と同様に電線が損傷していたと考えるのは早計と言わざるを得ない。

(三) 出火場所

(1) 証拠(甲一五、一七、乙二八、四二、四三、四四の1ないし7、証人野々村、同中原、同小橋)によれば、本件建物の焼損状況について、柱の焼け状況や倒れ方等からすると、最も焼損の甚だしいのは一階居間の上にあった二階子供部屋1であり、出火場所を二階子供部屋1か更にその上の二階天井裏かそのいずれとしても(すなわち、二階子供部屋1付近から一階居間へ燃え下がったとしても、二階天井裏から二階子供部屋1へ燃え下がり更に一階居間へ燃え下がったとしても)、焼損状況と合致することが認められ、焼損状況からは、そのいずれが出火場所かまでは特定できない。

(2) また、証拠(甲二三、乙一七、一八、証人林、同岡本、同田畠和子)によれば、本件建物付近の複数の住民や原告の妻及び長男が、午前八時前後から八時一五分ころの間に本件建物北側二階屋根軒下の通風口付近から白っぽい煙が出ているのを目撃したこと、原告の妻は直ちに本件建物の二階天井裏の本件納戸へ入り、納戸内西側の換気口から天井裏内を見ると白っぽい煙が一面に漂っているのが見えたこと、この時納戸内には煙がなかったこと、その後間もなく岡本ら近隣の住民が駆けつけ、そのときには既に煙が充満していた本件納戸内へ消火器四、五本を噴射したが効果がなかったこと、この間子供部屋1の状況を確認した者はいなかったこと、その頃には多くの付近住民が二階屋根下付近から黒っぽい煙がもくもくと出ているのを目撃したことが認められる。

さらに、初めて火を見た場所等について、証拠(甲二三、乙一八、二八、証人岡本、同小橋、同田畠和子)によれば、複数の近隣住民は、一時間から二時間程黒っぽい煙がもくもくと出ていたところ、二階屋根西側付近から一気に火の手が上がり二階全体に炎が拡大したのを目撃したこと、原告の妻は火が外に出る以前のバケツリレー中に二階西側子供部屋1の南窓内に炎が出ているのを目撃したこと、消防署員小橋もバケツリレー中に、二階西側窓から黒煙と炎が出てきたのを目撃したこと、煙が出始めた当初に火点の確認をした者はいなかったことが認められる。

(3) これらの炎の目撃状況からすると、少なくとも火が外に出る以前に本件建物内で燃えていたことが推認できるのみで、出火場所については、二階天井裏から出火して屋根から火が出るとともに二階全体に燃え下がったとも、子供部屋1から出火して二階室内及び二階天井裏をある程度焼いてから屋根から火が出たとも、いずれとも考え得る。

また、証拠(甲二二、証人野々村、同中原、同小橋)によれば、煙のあるところが火点とは限らず、二階に煙があっても火点は一階ということもあることが認められるところ、仮に火元が子供部屋1でも当然煙はその上にある二階天井裏にも充満すると考えられるのであるから、前記煙の目撃状況から火元を二階屋根裏と特定することはできない。

(4) そうすると、焼損状況や煙等の目撃状況から出火場所が二階天井裏であったと積極的に認定することができないのみならず、出火場所が子供部屋1であった可能性を排斥することもできない。

(四) 通電関係

(1) 証拠(甲一三の1、2、乙一七、一八、三四、証人林)によれば、本件地震発生直後に本件建物付近一帯が停電したこと、その後の本件建物付近への送電再開時刻について、関西電力は、当初は午後三時一〇分と回答していたがその後午前八時四六分であったと正式回答したこと、電力供給には自動回復システムがある(ただし、本件全証拠によっても、それは停電後いつ作動するのか、その作動は記録に残らないものなのか等その詳細は明らかでない。)ことが認められる。

また、証拠(乙一七、一八、二八、四四の9ないし11、証人林)によれば、被告らから火災原因等の調査を依頼された調査員林又は消防署員小橋の聴取に対し、本件建物付近の複数の住民が、地震後の混乱の中で正確な時刻は分からないが、午前八時前後に一、二分から一〇分程度の一時的な送電があり、その後に本件建物屋根下から煙が出ているのを見た旨、継続的な送電がされたのは午後三時ころであった旨を述べていたことが認められ、証人岡本も、一時的な送電がありテレビを見ると午前八時一〇分でその後に煙を見たという順序は間違いない旨証言している。

(2) そうすると、関西電力の午前八時四六分送電再開との正式回答を、継続的送電再開とみても自動回復システムによる一時的送電再開とみても、付近住民らの供述と食違うことになるが、このうち一方を排斥して一方を信用すべき他の証拠はない。

仮に、一時的送電再開が午前八時四六分であった場合は、午前八時前後から同一五分ころに煙が出始め、消防署においても同八時四〇分覚知、同九時現場到着としている(乙六、二八、四四の1)本件火災の原因が、通電による線間短絡であったとは考えられないことになる。

また仮に、午前八時四六分は継続的送電再開時刻であり、それ以前の午前八時前後に五分程度の一時的送電があった場合は、右一時的送電のころに本件火災が発生したことは認められるが、証人野々村及び弁論の全趣旨によれば、建物内で燻焼火災等が発生し煙が建物外へ出るまでに、またその煙が発見されるまでにはいくらかの時間を要すると考えられることからすると、右程度の事実のみから、右一時的送電と本件火災発生の先後関係を特定することはできない。

(五) 着火経過

証拠(乙三〇、三三の1、証人小山)によれば、本件建物のブレーカーは、一般的な熱動式と短絡電流に対する高速遮断性を有する高速高限流型とが併用されていたこと、電線が線間短絡し過大な電流が流れた場合、高速高限流型ブレーカーはほぼ間違いなく瞬時に作動する仕組みになっていることが認められる。

そうであるところ、本件建物のブレーカーが作動していたとも作動していなかったとも認定するに足りる証拠はない。

また、前記のとおり、本件納戸内に煙がない段階で本件納戸外の天井裏には煙があり、また本件納戸内に消火器を噴射しても効果がなかったことなどから、出火場所として本件納戸内を想定することはできず、せいぜい本件納戸外の二階天井裏が出火場所であった可能性を想定できるのみであるところ、弁論の全趣旨から、天井裏には柱等にステープルで固定された本件電線があったのみで、電線被膜の他は柱や壁の木材以外に可燃物はなかったと認められる。

証拠(甲一四、一七、二〇、乙三〇、三六、証人野々村、同中原)によれば、可燃物への着火燃焼作用が生じるには、可燃物を加熱燃焼させるに足る十分なエネルギー(熱量)が必要であること、警察庁化学警察研究所における線間短絡の際の出火危険性についての布団用木綿わたや木綿ガーゼ、新聞紙を用いた実験で、高速高限流型ブレーカーが作動するまでの一〇ミリセカンド(一〇〇〇分の一秒)足らずの瞬時の火花により布団用木綿わたには着火したが木綿ガーゼや新聞紙には着火しなかったこと、VVFケーブルの絶縁被膜が燃え出すのは例えば四〇〇度で二分加熱された場合等であること、木材の引火点は約二六〇度で発火点は四〇〇度以上であること等が認められ、これらの事実からすると、ミリセカンド単位の瞬時の火花によって、可燃物の種類如何によっては着火しうるとしても、電線被膜や引火点等の高い木材に火がつくとは考え難い。したがって、仮に、天井裏の本件電線が本件地震により損傷して裸線が露出していたとしても、前記のとおり、線間短絡すればほぼ間違いなく高速高限流型ブレーカーが瞬時に作動したはずであって、継続的に通電されることはなく、引火に必要な熱量が供給されたとは考えられないのであるから、そこから出火するに至ったと考えるのは困難である。

(六) その他

被告らの依頼により本件火災原因等の調査をした株式会社大阪査定サービスの調査員林、被告らの依頼により本件火災原因等につき意見書を作成した野々村鑑定事務所の野々村、東灘消防署員の小橋は、出火場所は二階天井裏で原因は電線短絡である旨推測しているが、これらは、主として岡本ら近隣住民の煙の目撃状況等から出火元を二階天井裏と推測し、原告や原告の妻からの過去に漏電があり、出火原因は電気関係と思う旨の聴取内容等から電線短絡と推測したというにすぎず、前記で検討した諸事情についての検討を経たものでも確たる裏付けに基づくものでもなく(乙一七、一八、二二、二八、四四の1、2、証人林、同野々村、同小橋)、また、建設省建築研究所や科学技術庁研究開発局の報告書では、本件火災原因を屋内配線の短絡と推定しているが、その十分な根拠は何ら示されておらず(乙二九、三〇)、いずれも採用することはできない。

前述のとおり、本件地震により本件電線が損傷していたとも、二階天井裏から出火したとも、通電のため線間短絡が生じたとも、その火花により出火したとも認定できないのであるから、結局、本件出火原因は不明と言わざるを得ないのであり、被告らの前記主張は理由がない。

3  被告らは、スイッチ器具類から配線が引き抜かれて芯線が露出していたところへ通電があったため線間短絡したとも主張するが、証拠(証人小山、同田畠和子)によれば、本件納戸内の蛍光灯のスイッチは引き下ろし階段南側の二階廊下にあったのであって、出火場所と想定しうる二階天井裏にはスイッチなどなかったのであるから、被告らの右主張も理由がない。

二  地震による延焼拡大(争点2)について

1  第三類型への該当性

(一) 前記一2(三)で認定した事実に加え、証拠(甲二三、乙一七ないし一九、二三、二五、二六、二八、四四の8ないし11、証人林、同岡本、同小橋、同田畠和子)によれば、午前八時前後から同一五分ころに本件建物二階屋根軒下の通風口付近から白っぽい煙が出始めたこと、当初は二階天井裏の本件納戸外にあった煙が五分程度の短時間で本件納戸内へも広がったこと、岡本ら近隣住民が本件納戸内に消火器を噴射したが効果がなかったこと、屋根下付近からの煙は次第に黒っぽくなりもくもくと出るようになったこと、岡本が一一九番通報しようとしたが電話が通じず、本件建物から西方約三〇〇メートルの距離にある東灘消防署深田池出張所へ行ったが消防車や署員らは他の火災現場に出動しており不在で、本件建物付近の消火栓を開けようとしたができなかったこと、別の住民の深田池出張所への駆けつけ通報により、消防署員小橋が午前八時四〇分ころに本件火災発生を確知したこと、小橋が同九時ころに火災現場へ行った際には、まだ煙が出ているのみの状況で少なくとも建物外には炎は出ていなかったこと、小橋が消防車を要請したがなかなか来なかったこと、一〇〇人から二〇〇人程の近隣住民らが近くの側溝を堰き止めてバケツリレーで本件建物北隣のマンションから本件建物に水をかけたがほとんど効果がなかったこと、既に煙が一時間から二時間程出ていたところ、二階屋根付近から一気に火の手が上がり、短時間で二階全体が炎に包まれたこと、同一〇時ころに東灘消防団の消防車(小型ポンプ車)一台が来たが消火栓は断水していたこと、消防車で側溝から吸水して放水したが、結局本件建物は全焼し、火を消し止めたのは正午ころ、完全鎮火は午後四時ころであったことが認められる。

また、証拠(甲一七、証人中原、同野々村)によれば、通常の木造建物における火災の一般的経過について、大略、出火から火勢最盛期まで四分から一四分、最盛期から焼け落ちまで六分から一九分、出火から焼け落ちまでは一三分から二四分程度であることが認められる。

他方、証拠(乙一八、二五)によれば、本件建物で平常時に火災が発生した場合の通常の消防経過として、一一九番通報により火災発生を確知後一分程度で消防車二台が出動し、約一〇分後には現場へ到着し、その後消火栓から吸水して放水できたことが推認できるのであり、またその場合に深田池出張所の消防車が出動中で東灘消防署の消防車が出動することになったとしても、本件建物から南東約一キロメートル(乙五、一四)という位置関係からすれば、遅くとも二〇分程度もあれば現場に到着したものと推認できる。

そうすると、前記認定の本件火災の発生経過等に鑑みれば、本件火災は、ある程度の時間の燻焼状態を経た後、建物内で出火し(ただし、出火時刻は特定しえない。)、午前九時三〇分ころから同一〇時ころまでに建物外にも一気に火が出て短時間で建物全体に延焼拡大したものと推認できるところ、仮に、平常時で地震による消火活動への影響のなかった場合、すなわち、一一九番通報等が通じ、直ちに消防車が出動し、消火栓からの放水を行い得た場合であれば、遅くとも八時三〇分までには消防署に通報され、同五〇分ころまでに消防車が現場に到着し、消火栓からの消火活動を開始していた蓋然性が高かったと考えられる。そして、午前九時ころ以前の段階では、本件火災は燻焼状態又は建物内での小火であり、それが一気に拡大するまでになお三〇分程度の時間があったものと推認されること、また、火元が二階天井裏かその下の子供部屋1か特定できていなくとも、二階天井裏付近への放水がその階下の子供部屋1での火災に対しても効果があったと考えられること等を考慮すると、本件火災の火が一気に拡大する以前のボヤ程度の段階で鎮火できた蓋然性が高い。

したがって、本件建物の出火が延焼拡大して本件建物が全焼するに至ったのは、消防署への通報の遅れ(電話不通等)、消火栓断水、消防車の不足、人員の不足等により平常時の消防活動ができなかったことによると認められ、平常時の消防活動ができなかったのは、前記認定の一連の経過から、本件地震による消防力の低下が原因であったと認めるのが相当である。

(二)  原告の主張

原告は、第三類型は、地震前に発生していた火災が、地震によって延焼拡大した場合であると解釈すべきである旨、また、「地震によって」とは地盤の揺れそのものによってと解釈すべきである旨主張するが、免責条項の文言(「次に掲げる事由(地震)「によって」生じた損害」)上は、地震と火災ないし火災損害との因果関係が要求されるにすぎず、また、免責条項の趣旨は、地震の際における社会的混乱や同時火災多発による消防力の不足低下、交通事情の悪化等の事情をも考慮したものであると考えられることからすれば、第三類型を、地震前の火災の場合に限定したり、「地震」を地盤の揺れ自体に限定したりする理由はないのであり、結局、地震と火災ないし火災損害との相当因果関係の有無如何によって第三類型の該当性を決するのが相当である。

また、原告は、元来の消防力の不足・低水準といった人為的理由による火災の場合は、地震との因果関係がないとも主張するが、そもそも平常時でも消防力の不足等のため消火が困難であったという場合であれば格別、神戸市や東灘区の消防ポンプ車の配置等が国(消防庁告示)の基準に満たないとはいえ一定数の消防車や消火栓があり(甲二八、乙二三)、平常時であれば本件火災が本件建物を全焼する以前に消火できたものと考えられる以上、仮に、十分な消防体制でなかったと評価されるとしても、それが本件火災が延焼拡大して本件建物を全焼したことについて、本件地震よりも有力な要因であったとは到底認められないのであるから、本件地震との相当因果関係を否定することはできない。

2 免責範囲

前記認定のとおり、本件建物から出火しそれが延焼拡大して全焼するに至ったことと本件地震との相当因果関係は認めることができるが、他方、本件地震がなくても、本件火災ではボヤ程度の火災損害(この限りでは本件地震との因果関係は全くない。)が生じていたことも明らかなのであるから、被告らがいかなる範囲で免責されるのかについて、更なる検討を要する。

(一)  本件では、本件地震がなくてもボヤ程度の火災は生じていたものであり、「地震による延焼拡大」部分、すなわち地震と因果関係のある火災損害は、ボヤ程度の火災によって被る損害を超える部分ということになる。そして、火災保険契約では、火災事故による損害には保険金を支払うのが原則なのであるから、被保険者(原告)側は、現に生じた結果である全焼による火災損害を主張立証しその全額を請求すれば足り、地震免責を主張する保険者(被告ら)側において、免責事由のみならず、どの範囲で免責されるのか、すなわちどの範囲が地震との因果関係のある火災損害なのかについても主張立証する責任があるというべきである。

(1)  証拠(乙二八、四四の13ないし15)及び弁論の全趣旨によれば、本件建物が全焼したことにより原告が被った全損害(保険価格)は、本件建物につき五〇〇〇万円、本件家財につき二〇〇〇万円と認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(2)  他方、被告らは、本件火災は本件地震がなければボヤ程度で済んだと主張するのみで、ボヤ程度の火災自体やその消火のための放水等による損害がどの程度であり、それを超える損害部分がどの程度であるのか、すなわち免責される範囲について、具体的な主張立証をしない。

しかしながら、本件火災は本件地震がなければ二階天井裏又は子供部屋1付近のボヤ程度で鎮火できたこと及び本件建物の構造規模等からすると、ボヤ程度の火災による損害部分は多くとも全損害の半分を超えることはあり得ないと考えられるのであるから、結局、本件地震と相当因果関係のある火災損害部分として被告らが免責されるのは、全損害の半分の限度であると認めるのが相当である。

(二)  被告らの主張

被告らは、地震と延焼拡大との相当因果関係は、延焼拡大して全焼したという結果に対して火元火災と地震とのいずれが優勢であったかによって全て決すべきである旨主張するが、以下のとおり、到底採り得ない見解である。

火災保険契約では、一部損焼、半焼、全焼等火災損害に応じた損害保険金を支払うことになっているところ、通常の消防体制や消火活動経過、当該火災の延焼拡大経緯、風向風速等の気象状況その他の事情等を検討することにより、原因不明の火元火災及びその地震によらない延焼拡大部分の火災損害と、地震による消防力の低下等による延焼拡大部分の火災損害とを蓋然性をもって区別し、蓋然性のある損害額を推認することは十分可能なのであるから、現に生じた結果(本件では全焼損害)について全て免責されるのか、全て免責されないのかのみを考えなければならない必然性・合理性は全く見い出し難い。

そもそも、原因不明の火元火災及びその地震によらない延焼拡大部分の損害は、地震との間に条件的な因果関係すらないのであって、そのような損害について、建物全体の損害の原因の中で地震が優勢であるからといって、地震との相当因果関係が発生する理由はないのであり、被告らの右主張は、延焼拡大部分の判断に際し、火災の延焼拡大に地震とその他の事情とが影響しあっている場合にそのいずれが優勢かによって、「地震による」延焼拡大部分であるのか、「地震によらない」延焼拡大部分であるのかを決するという限度で合理性を有するにすぎない。地震との間に条件的な因果関係すらない損害部分についてまで免責される結果となり得る被告らの前記主張は、地震との相当因果関係のある損害についての免責を定めた地震免責条項の文言やその趣旨を拡張する解釈であり、到底採り得ない見解である。

よって、被告らの右主張は理由がない。

3  損害保険金の額

以上のとおり、保険価額は、本件建物につき五〇〇〇万円、本件家財につき二〇〇〇万円であり、被告らが免責されない本件火災による損害の額は、本件建物につき二五〇〇万円、本件家財につき一〇〇〇万円であるところ、本件火災保険契約による各保険金額のうち被告らがそれぞれ支払義務を負う損害保険金の額を約款第四条1項、3項、4項及び第一三条1項に基づいて算定すると、被告日産火災は、本件建物につき一〇七一万四二八六円の支払義務を、被告大東京火災は、本件建物につき一四二八万五七一四円、本件家財につき一〇〇〇万円の支払義務をそれぞれ負うことになる。

三  質権について

被告日産火災は、本件火災保険金に設定されている質権の被担保債権額の限度で、原告は給付請求権を有しない旨主張する。

右主張の主眼は、債権質の設定者(原告)、第三債務者(被告日産火災)には質権者(訴外会社)のために債権を保存する義務があり、特に第三債務者は二重払いの危険を負いかねないので、設定者への支払を拒否せねばならないという点にあると解される。しかし、本件保険金請求権(質入れされている債権)の存否自体に争いがある場合、直接の紛争当事者は原告(被保険者かつ質権設定者)と被告日産火災(保険者かつ第三債務者)であり、訴外会社(質権者)が給付訴訟を提起し遂行するのを期待するには限界があること、原告には時効中断の効果を得る独自の利益があるのみならず、ひいては質権者に対する債務を免れることに繋がるという実際上の利益もあるのに、確認訴訟しかし得ないというのは迂遠であること、訴外会社としても原告の得た給付判決を利用するのが簡便であること、被告日産火災は訴訟告知する等して質権者を当該訴訟に引き込むことにより民法四八一条一項類推適用による二重弁済の危険を回避することができると考えられることや、供託(民法四九四条)によって債務を免れることができると考えられないこともないこと等に鑑みると、原告は、質権を設定した本件火災保険金請求権の給付訴訟について、勝訴判決を得ることができると解するのが相当である。

なお、質入されている(原告において積極的に争っていない。)被告日産火災に対する本件損害保険金一〇七一万四二八六円の支払請求権については、仮執行宣言を付すのは相当でないから、これを付さないこととする。

四  結語

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告日産火災に対し金一〇七一万四二八六円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年七月七日から支払済みまで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金、被告大東京火災に対し金二四二八万五七一四円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年七月四日から支払済みまで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官森本翅充 裁判官田中俊行 裁判官太田晃詳は、転補につき、署名捺印することができない。 裁判官森本翅充)

別紙<省略>

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