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神戸地方裁判所 平成7年(行ウ)49号 判決 2000年3月03日

原告 竹本正子

被告 姫路労働基準監督署長

代理人 関述之 岡田淑子 杉田善紀 粟井英樹 西雅之 ほか三名

主文

一  原告の請求のうち葬祭料及び遺族特別支給金を支給しないとする処分の取消しを求める部分を却下する。

二  原告の請求のうち遺族補償年金を支給しないとする処分の取消しを求める部分を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が平成六年六月二一日付けで原告に対してなした労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく葬祭料、遺族特別支給金及び遺族補償年金を支給しないとする処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、下水処理場の運転管理員が夜勤勤務の休憩時の入浴中に脳溢血により死亡したことが労災保険法にいう業務上の死亡に当たるとして、同人の妻である原告が被告に対し、同法に基づき遺族補償給付及び葬祭料の請求をしたのに対し、被告が、業務に起因する死亡とは認められないとして不支給処分(以下「本件処分」という。)をしたため、原告が被告に対し、本件処分の取消しを求めた事案である。

一  前提となる事実

以下の事実は、当事者間に争いがないか、各項末尾掲記の証拠により容易に認めることができる。

1  当事者等

日本ヘルス工業株式会社(以下「日本ヘルス工業」という。)姫路支店東部事業所は、姫路市から委託を受けて姫路市営の下水処理施設である東部析水苑の維持管理業務を行うとともに、川崎重工株式会社から委託を受けて西播磨高原浄化センター(以下「浄化センター」という。)の維持管理業務を行っている。

竹本繁(昭和一四年九月一日生。死亡当時五一歳。以下「繁」という。)は、昭和六〇年二月四日に日本ヘルス工業に入社し、それ以来東部析水苑の維持管理業務に従事し、平成二年九月からは右業務に加えて浄化センターへの応援勤務に就いていた。

2  勤務状況

(一) 東部析水苑には、日勤者の外に、一班四人編成でA、B、Cの三班に分けられている当直勤務者がおり、繁は当直勤務のC班の班長であった。東部析水苑における所定労働時間は、日勤の場合が午前八時四五分から午後五時一五分までであり、当直勤務の場合が午前八時四五分から翌日の午前八時四五分までであった。当直勤務時は、一班が二人ずつに分かれて行動し、午後九時から翌日午前二時まで(早寝)と、午前二時から午前七時まで(遅寝)の二つの時間帯に分かれて仮眠をとっていた。

当直勤務者の勤務形態は、当直勤務、明け、日勤、公休を組み合わせて決定されていたが、おおよそ三日に一回当直勤務が入り、四週六休が原則であった。

(二) 繁は、平成二年九月から、当直勤務明けや公休日に不定期に浄化センターでの応援勤務を担当するようになった。これは、浄化センターの専従者が休む日に、日本ヘルス工業からの業務命令により専従者に代わって作業を行うものであった。浄化センターにおける所定労働時間は、午前八時三〇分から午前五時三〇分までであった。

3  業務内容

(一) 東部析水苑において、繁は以下のような業務に従事していた。

(1) 水処理業務

<1> 流水調整

エアレーションタンク内の微生物の状態や水の汚れの状態を見ながら、エアレーションタンクに流入させる水量を調節する。

<2> エアレーションタンクの管理

エアレーションタンク内の酸素量、生物化学的酸素要求量及びエアレーションタンクの入出水量などを中央監視室内の記録計で監視する。

<3> 最終沈殿池の管理

最終沈殿池の水の色、透明度などを観察し、水質を判断する。

<4> 酸素発生装置の調整

酸素発生装置からエアレーションタンク内に送り込む酸素量をコンプレッサーで調整することにより、エアレーションタンク内の微生物の活性状況を維持する。

(2) 保全業務

保全業務は、主として定期巡回点検と中央監視室での監視によって行われるものである。その他、週例点検作業、月例点検作業、機器の切替え作業、機器の取替え作業がある。

(3) 脱水業務

脱水業務は、汚泥を汚泥濃縮タンクから凝集混和槽に送り、塩化第二鉄をタンクから、消石灰をホッパーから凝集混和槽に投入し、汚泥と撹拌して加圧脱水機に送り、汚泥を脱水濃縮してケーキとし、ケーキホッパーから場外に排出する作業である。

(二) 浄化センターにおいて繁が従事していた業務には、水道メーターの確認、前日の放流量のチェック、日報に基づく点検作業のほか、水温、透視度、PHの測定等があった(<証拠略>)。

4  繁の健康状態、日常生活等

東部析水苑における繁の定期健康診断の結果は、別表1のとおりであり、入社直後の定期健康診断から血圧値に関して「要再検」を指示され、平成元年一二月の定期健康診断からは、「要精検」を指示されていた(<証拠略>)。繁は、約三〇年の喫煙歴を有しており、一日最高二〇本、平均七ないし八本を吸っていた。また、繁は、毎日自宅で夕食時に日本酒一ないし二合又はビール大瓶一本を飲んでいた。

5  繁の死亡

繁は、平成三年二月七日朝から翌八日朝までの当直勤務に従事した。繁は、七日の夜勤に入り、夕食、中央監視室における監視業務の後、午後九時ころから一人で夜間巡回点検作業に赴いたが、通常戻るべき時間になっても戻らなかったため、当直勤務のC班の班員で繁とともに遅寝の晩に就いていた河原俊介(以下「河原」という。)が施設内を探したところ、ポンプ棟にある風呂場の浴槽の中で死亡しているのを発見された。

繁の直接の死因は脳溢血であり、死亡推定時刻は同日午後一一時ころであった(<証拠略>。以下、繁がその死因となった脳溢血を発症したことを「本件発症」という。)。

6  本件処分等の経緯

原告は、平成四年六月九日、被告に対し、繁の死亡は業務上の死亡に該当するとして、労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の請求をしたが、被告は、平成六年六月二一日付けで右各給付を支給しない旨の本件処分をした(<証拠略>)。

原告は、平成六年七月一三日、兵庫労働者災害補償保険審査官(以下「兵庫労災保険審査官」という。)に対し、本件処分に関して、審査請求の趣旨として「姫路労働基準監督署長が再審査請求人に対してなした、遺族補償給付についての不支給処分を取り消す。」と記載した労働保険審査請求書を提出して審査請求をしたが、右審査請求は平成八年七月三一日付けで棄却された(<証拠略>)。

原告は、同年九月六日、労働保険審査会に対し、本件処分についての再審査請求を行ったが、平成一〇年五月二八日付けで葬祭料を支給しない旨の処分に係る再審査請求は却下され、その余の再審査請求は棄却された(<証拠略>)。

二  争点

1  葬祭料及び遺族特別支給金を支給しないとする処分の取消しを求める訴えの適否

2  繁が本件発症により死亡したことが業務上の死亡に当たるか否か

三  争点1に関する当事者の主張

(被告)

1 葬祭料について

本件で、原告は兵庫労災保険審査官に対し、遺族補償給付について審査請求を行っているのみで、葬祭料については審査請求を行っていないから、原告の本訴請求のうち、葬祭料の不支給決定処分の取消しを求める部分は不適法である。

2 遺族特別支給金について

遺族特別支給金の給付は、政府が保険者たる地位に基づいて行う非権力的なサービスであって、遺族特別支給金を支給しないとする処分は行政事件訴訟法三条にいう「公権力の行使」(処分)には含まれないから、これの取消しを求める請求は不適法である。

(原告)

1 葬祭料について

原告は、本件審査請求の際、労働保険審査請求書の「遺族補償給付」という表現において、当然に葬祭料に関する部分を含めて不服申立てを行っていた。また、右審査請求書の記載は記載漏れに過ぎず、兵庫労災保険審査官が追加訂正の指示を行うことなく右審査請求書の記載のみから葬祭料に対する不服申立てがなかったと取り扱ったことは不当である。

四  争点2に関する当事者の主張

(原告)

1 繁の勤務時間

(一) 東部析水苑における長時間、深夜、交代制勤務

繁は、三日に一回の割合で当直勤務に就いていた。繁の勤務形態は、原則として当直勤務、明け、公休の繰り返しであったが、当直勤務、明け、日勤という組合せや当直勤務、日勤、公休という組合せもあった。

当直勤務は、長時間拘束と深夜勤務を伴うという点で、繁に過重な負荷を与えるものであった。特に、夜間勤務が人間の生理的リズムに逆行する労働態様であるために、慢性疲労を起こしやすく、様々な健康障害の発症に関連することは良く知られている。

当直勤務の間に五時間の仮眠時間が与えられてはいたものの、仮眠室においては常に騒音があったし、班長であった繁は仮眠中に機器のトラブル等への対応のため起こされることがしばしばあった。被告は、当直勤務者について、午後六時から午後七時までの休憩後に断続的に二時間交代休憩が与えられると主張するが、実際に右のような休憩をとっている者は誰もいない。

(二) 浄化センターにおける休日勤務

繁は、本来公休に当たる日や当直勤務明けの日に浄化センターへの応援出勤を強いられることがあった。休日勤務及び当直勤務明けの日の勤務により、繁は必要な休養がとれず、疲労回復が妨げられた。

(三) 本件発症直前の勤務時間

繁の東部析水苑及び浄化センターにおける本件発症五週間前から本件発症までの週当たりの拘束時間は七〇時間前後、週当たりの実労働時間は五〇ないし六〇時間前後であり、本件発症前五週間の深夜労働時間の合計は少なくとも三四時間であって、繁にとって過重な勤務時間であったことは明白である。

被告は、繁と同様に東部析水苑における当直勤務のA班の班長である児島劭次(以下「児島」という。)との比較から繁の勤務時間がそれほど過重ではなかったと主張するが、児島は繁より年齢が五歳若かったこと、繁ほど真面目に仕事に取り組んでいなかったこと、繁と異なり他の者の代わりに夜勤に入ったことがあったか不明であることなどからすれば、児島との比較から繁の勤務状況が過重でなかったということはできない。

2 繁の業務内容

(一) 繁の東部析水苑における業務内容の過重性

(1) 肉体的負荷の大きい業務

繁の従事していた業務には、以下のように肉体的負荷の大きい業務が存在した。

<1> 流量調整池の深さ九メートルほどの底に設置された重さ約七〇〇キログラムの撹拌機をチェーンブロックで引き上げ、点検する作業

<2> 流量調整池、エアレーションタンク、最終沈殿池への各流入調整のためのバルブ開閉作業

<3> 定期巡回点検時に階段を急いで何回も昇降すること

<4> 脱水作業時、脱水機の調子がよくないときに脱水機の点検のため階段の昇降を繰り返すこと

(2) 精神的負荷の大きい業務

東部析水苑の施設に事故があれば都市機能に重大な影響を与えることになるため、繁が従事していた監視作業は、精神的に負荷の大きい業務であった。例えば、エアレーションタンクには微生物の活性を維持するために常に必要な酸素量を供給しなければならないから、その監視作業においては、絶えず注意を集中して計器を監視していなければならなかった。

また、脱水作業における薬品の投入量等の判断には経験を要し、しかもその薬品料を誤ると、後の脱水作業の効率に大きな影響を及ぼすため、脱水作業は神経を使い、精神的負荷のかかる作業であった。

(3) 寒冷暴露

繁の業務のうち、巡回点検業務、屋外での水質測定及び水道使用量のチェック等の作業は、寒冷にさらされるものであった。特に、夜間の定期巡回点検は、全行程で二時間を要し、冬季、夜間の定期巡回点検は過酷なものであったが、繁は、夜勤勤務中、所定の一回の定期巡回点検のほか、班長としての責任感から引継ぎ前の午前七時ころにももう一度巡回点検を行っていた。

(4) 有毒物質、騒音等への暴露

繁が従事する業務には、以下のような有害作業が伴っていた。

<1> 脱水作業時及び沈砂池など流調過程での硫化水素の発生による酸欠の危険のある作業、アンモニア、メルカブタン、メタンなど有害ガス及び悪臭への暴露

<2> 脱水、酸素発生装置における耳をつんざく騒音への暴露

<3> 高濃度の酸素による発火しやすい危険な環境

(5) 班長、熟練者としての責任

繁は、班長という職責上、新人の教育、班員間のトラブルの仲裁、愚痴を聞く、親睦のため飲みに行くなどのことをせねばならなかった。繁は、取得している資格、経験等からしても班の中で技術的に秀でており、専門的な対応はすべて繁が行っていた。

(二) 繁の浄化センターにおける業務の過重性

(1) 一人業務

浄化センターにおける業務は、長時間監視室において一人で監視業務を行うものであり、繁は、常時緊張状態に置かれて神経が休まることがなかった。浄化センターの開設は平成二年五月であり、繁が応援業務に従事するようになった平成二年九月当時はいわゆる「立ち上がり」の時期であったから、電気関係の故障が多かった。

(2) 肉体的負荷の大きい業務

繁の従事していた放流作業は、急な傾斜地を二〇〇メートルほど降りて開閉ゲートにまで行く必要があり、水を最終沈殿池に出すために重い開閉ゲートを開閉する必要がある。また、水質の計測作業の際には、低い山を一つ越えて歩く必要がある。

(3) 寒冷暴露

標高の高い浄化センターにおける気温は低く、繁は屋外作業において寒冷に暴露されていた。

(4) 浄化センターへの通勤

自動車による東部析水苑から浄化センターまでの所要時間は約一時間三〇分であり、当直勤務明けの繁にとってこのような長距離を運転して通勤することが過酷であったことは自明である。

3 繁の基礎疾病

繁の健康診断においては、境界域高血圧、高脂血症を示す結果が出ていたが、いずれも直ちに生命に危険がある状態にはなかった。

4 家庭内における精神的負荷がなかったこと

被告は、繁が家庭内の出来事により他の事情にも増して精神的負荷を受けていたと主張するが、繁の家族関係が通常よりも悪いということはできない。

5 本件発症の時期

脳出血においては、血液が血管を破って出血を始めてから死亡に至るまでに数時間、場合によっては数日かかるのであり、繁の脳出血の開始は入浴以前の可能性が高く、繁の構内巡回中であった可能性が極めて高い。

6 以上によれば、繁が従事していた業務の過重性は明らかであり、これが基礎疾病の自然的経過を超えて憎悪させて本件発症に至らせたことは明らかである。よって、繁が本件発症により死亡したことは業務上の死亡に当たる。

(被告)

1 繁の勤務時間について

(一) 東部析水苑における長時間、深夜、交代制勤務について

東部析水苑における勤務体制は、当直勤務、明け、公休又は日勤の繰り返しであった。

現時点における医学的、疫学的知見によっても、夜勤勤務自体が過重性を有しているとは認めがたい。また、深夜勤務に関する各種の調査結果をみると、深夜交代制勤務が内臓諸器官への悪影響を及ぼすか否か並びに消化性潰瘍及び高血圧症と因果関係を有するか否かについて、肯定方向、否定方向の双方の見解があり、明確な結論は得られていない。

東部析水苑においては、当直勤務者に五時間の連続した仮眠時間が与えられているが、これは仮眠時間としては十分であったし、繁が勤務していた当時、東部析水苑で事故が発生したことはなく、繁を仮眠中に起こさなければ対処できないようなトラブルが起こったことは年に数回程度しかなく、本件発症直前にはなかった。また、当直勤務者には、午後六時から午後七時までの休憩後に断続的に二時間交代休憩が与えられていた。

(二) 浄化センターにおける勤務について

繁が当直勤務明けの日に浄化センターにおいて応援業務を行ったのは、平成二年九月に二回、同年一〇月に一回、平成三年一月に二回の合計五回であって、発症前一週間の間には行っていないのであり、繁の応援業務は同僚である児島と比較して過重とはいえない。

(三) 本件発症直前の勤務時間

繁の本件発症前一週間ないし五週間の勤務時間も通常どおりであり、同僚である児島と比較しても繁の方が上回っていたとはいえないから、過重とはいえない。

2 繁の業務内容について

(一) 繁の東部析水苑における業務内容の過重性について

(1) 肉体的負荷の大きい業務の有無について

以下のとおり、繁の従事していた作業には、肉体的に負荷の大きい作業は特に認められない。

<1> 流量調整値の撹拌機の点検作業は、年に一回、日中に三、四名でチェーンブロックを使用して行うもので、身体に負荷がある作業とはいえない。しかも、繁が本件発症直前にこの作業に従事したという証拠はない。

<2> 流量調整池、エアレーションタンク、最終沈殿池への各流入調整のためのバルブ開閉作業は、主に日曜日に三人ほどで行うものであって、特に身体に負荷がある作業とはいえない。しかも、繁が本件発症直前にこの作業に従事したという証拠はない。

<3> 定期巡回点検時に階段を昇降することはあるが、急ぐ必要はない。

<4> 本件発症当日に行った脱水作業において、繁が階段の昇降を繰り返した事実はなく、本件発症当日以外に繁が二月中に脱水作業に従事したことはない。

(2) 精神的負荷の大きい業務の有無について

繁の従事していた監視作業は常に精神を集中していなければならない性質のものではないし、脱水作業においても精神的負荷はほとんどない。

(3) 寒冷暴露

寒冷な気候の下での作業はあったが、作業員は貸与された防寒着を着用しているから、巡回点検その他屋外での作業が特に厳しい作業環境下で行われるものであったとまではいえない。

夜間の定期巡回点検は、全工程で二時間も要しない。また、繁が夜勤勤務中、所定の定期巡回点検に加えて引継ぎ前にもう一度巡回点検を行っていたことを示す証拠はない。

(4) 有毒物質、騒音等への暴露について

<1> アンモニア、硫化水素の発生するような場所には、脱臭排気装置が設置されているし、東部析水苑では、労働省の酸素欠乏症等防止規則により定められた酸素及び硫化水素の測定を定期的に行っているところ、繁の在籍当時なんら異常は認められていない。

<2> 脱水、酸素発生装置において騒音があったことは認めるが、耳をつんざくというほどではない。

<3> 過去に高濃度の酸素により発火事故が起こったようなことはない。

(5) 班長、熟練者としての責任について

繁の年齢、知識、経験年数等からして、それに相応した職責を負うのは当然であり、これをもって過重負荷があったといえないのは明らかである。

(二) 繁の浄化センターにおける業務の過重性

(1) 一人業務

浄化センターにおける作業内容は、水道メーターの確認、前日の放流量のチェック、日報に基づく点検作業、水温透視度、PHの測定等比較的軽作業であり、一人で行っても過重なものではない。電気関係の故障があったとしても、その修理は繁が行うものではないし、そもそも右のような故障があったという証拠はない。

(2) 肉体的負荷の大きい業務

原告は、放流作業の際に急な傾斜地を二〇〇メートルほど降りて開閉ゲートにまで行く必要があると主張するが、開閉ゲートまでの間に傾斜地などはない。また、開閉ゲートを開閉する作業は、一日二回くらい、一回の作業は五分ないし一〇分であって、一人で補助具を使用しないでできる程度のものである。

さらに、水質計測作業には、一日に一回斜面を降りていく必要はあるが、原告の主張するように山を超える必要はない。

(3) 寒冷暴露

浄化センターでの作業は、日中の作業であり、防寒着が支給されていたし、繁が同センターで勤務した平成三年一月二七日及び同年二月三日に同センターにおける気温が摂氏零度未満になったことはないから、繁が同センターにおいて寒冷に暴露されたとはいえない。

(4) 浄化センターへの通勤

自動車による東部析水苑から浄化センターまでの所要時間は、一時間三〇分もかからず、一時間弱である。

(三) 繁の本件発症当日の業務内容

繁の本件発症当日の業務は通常どおりのものであり、午前九時から午後五時までに行った脱水作業については脱水機に異常はなく、夜勤に入ってからも全く通常どおりの勤務であった。本件発症当日の気温は低かったが、作業員は貸与された防寒着を着用しているから、特に厳しい作業環境であったとまでは認められない。その他、本件発症当日に繁が業務に関し異常な出来事に遭遇した事実はない。

3 繁の基礎疾病等

繁は、本件発症前高血圧症の基礎疾病を有していたが、高血圧症は、脳出血では決定的な危険因子とされている。また、繁は健康診断の結果、「要再検」、「要精検」等の指摘を受けているが、繁が高血圧症の治療を受けた形跡はなく、飲酒、喫煙等を控えることもしていなかった。これは、適切な自己管理の怠慢といわざるを得ない。

4 家庭内における精神的負荷

繁の妻である原告は以前から鬱病に罹患しており、繁の長女である千穂は若くして結婚して夫とのいさかいが絶えず、二女である飛鳥は繁夫婦の反対する結婚をしたため繁夫婦とのトラブルが絶えず、三女である皇子は反抗期であったところ、繁は、このような家庭内の出来事により、他の事情にも増して精神的負荷を受けていた。

5 本件発症の時期

入浴による血圧の上昇及び下降は、脳出血などの発作を引き起こす危険があるといわれており、本件発症にも入浴による血圧の上昇が寄与していることが強く推認され、本件発症は入浴開始後のことであると推認される。

6 以上のとおり、繁の業務が過重であるということはできないから、繁の高血圧症が業務によって自然的経過を超え、著しく増悪して本件発症に至ったものと認めることはできず、むしろ、繁の長期間にわたる高血圧症という基礎疾患に飲酒、喫煙、家庭内における精神的負荷及び本件発症直前の入浴という業務以外の因子が加わって自然的経過により増悪し、たまたま業務の休憩中に本件発症に至ったものというべきである。

よって、繁が本件発症により死亡したことが業務上の死亡に当たるということはできない。

第三当裁判所の判断

一  葬祭料を支給しないとする処分の取消しの訴えについて

1  労災保険法三七条は、保険給付に関する処分の取消しの訴えは、当該処分についての再審査請求に対する労働保険審査会の裁決を経た後でなければ提起することができない旨規定しており、同法三五条一項は、保険給付に関する決定に不服のある者は、兵庫労災保険審査官に対して審査請求をし、その決定に不服のある者は、労働保険審査会に対して再審査請求をすることができる旨規定している。

2  本件では、前記「前提となる事実」記載のとおり、原告は、審査請求の趣旨を「姫路労働基準監督署長が再審査請求人に対してなした、遺族補償給付についての不支給処分を取り消す。」とする労働保険審査請求書を提出して審査請求を行ったことが認められ、右請求書の記載からすると、原告は本件処分のうち葬祭料を支給しないとする処分については審査請求を行っておらず、したがって、兵庫労災保険審査官は葬祭料を支給しないとする処分について審査及び決定を行っていないと解される。

そして、前記「前提となる事実」及び証拠(<略>)によれば、労働保険審査会は、原告の本件処分についての再審査請求のうち、葬祭料を支給しないとする処分の再審査請求は、労災保険審査官の決定を受けていないことを理由に却下しており、実質的な審理及び裁決を行っていないことが認められるところ、右却下の裁定が不当であるということはできず、右のような却下の裁決を受けたことによっては、労災保険法三七条が定める裁決前置の要件を充たすことにはならない(最高裁判所昭和三〇年一月二八日第二小法廷判決参照)。

3  もっとも、原告は、本件審査請求の際、労働保険審査請求書(<証拠略>)の「審査請求の趣旨」の「遺族補償給付」という表現において、当然に葬祭料に関する部分を含めて不服申立てを行っていたと主張し、また、兵庫労災保険審査官が右審査請求の趣旨について追加訂正の指示を行うことなく葬祭料に対する不服申立てがなかったと取り扱ったことが不当であると主張する。

しかしながら、右審査請求書の「審査請求の趣旨」における「遺族補償給付」の記載が当然に葬祭料を含む趣旨であったと解することはできないし、兵庫労災保険審査官がこれについて追加訂正の指示を行わなかったことが不当であるということもできないから、原告の右主張は採用することができない。

4  以上によれば、原告の本件請求のうち葬祭料を支給しないとする処分の取消しを求める部分は、労災保険法三七条、三五条一項、行政事件訴訟法八条一項ただし書に反し、不適法というべきである。

二  遺族特別支給金を支給しないとする処分の取消しの訴えについて

労災保険法二三条一項は、「政府は、この保険の適用事業に係る労働者及びその遺族の福祉の増進を図るため、労働福祉事業として、次の事業を行うことができる。」、同条二項は、「前項各号に掲げる事業の実施に関して必要な基準は、労働省令で定める。」と規定している。また、労働者災害補償保険特別支給金支給規則(労働省令)は、労災保険法二三条一項の労働福祉事業として特別支給金の支給を行う旨を定める(同規則一条)とともに、その請求手続、支給内容及び要件を定めている。

右各規定によれば、遺族特別支給金は、労災保険法による保険給付そのものではなく、その請求手続、支給内容及び要件は労災保険法自体では規定されることなく労働省令である労働者災害補償保険特別支給金支給規則の規定に委ねられていることが認められる。また、労災保険法及び労働者災害補償保険特別支給金支給規則のいずれにおいても、遺族特別支給金について、行政庁が行う決定の形式、申請者に対する通知、行政不服申立てや訴訟との関係についてなんらの規定も置かれていない。これらの事実を考慮すると、遺族特別支給金の支給は、被告の裁量による行政上の措置の性質を有するものと解するのが相当であるから、労働基準監督署長による遺族特別支給金の支給に関する決定を行政処分とみることはできない。

そうすると、原告の本件請求のうち遺族特別支給金を支給しないとする処分の取消しを求める部分は、行政事件訴訟法三条二項の定める「処分の取消しの訴え」に該当せず、違法というべきである。

三  遺族補償年金の不支給処分の取消しの訴えについて

1  「業務上の死亡」の意義について

労災保険法一二条の八第二項が引用する労働基準法七九条及び八〇条にいう「労働者が業務上死亡した場合」とは、労働者の死亡が業務に起因するものであることをいい、これに該当するといえるためには、業務と死亡との間に相当因果関係が存在することを要すると解すべきである。

そして、労働者の死亡につき基礎疾患等の他の原因が認められる場合に業務と死亡との間に相当因果関係があるといえるためには、死亡の原因となった傷病等の発生につき、業務が他の原因と比較して相対的に有力な原因となっていると認められること、すなわち、業務の遂行が労働者にとって精神的、肉体的に過重負荷となり、それが労働者の有していた基礎疾患を自然的経過を超えて著しく増悪させて当該傷病等を発生させ死亡に至ったと認められることを要すると解すべきである。

2  脳溢血及び高血圧に関する医学的知見について

証拠(<略>)によれば、脳溢血及び高血圧に関する医学的知見として、次のとおりの事実を認めることができる。

(一) 脳血管の破綻によって脳実質内に出血が起こった場合を脳出血という。脳出血の原因は様々であるが、最も頻度が高く、臨床時に重要なものは高血圧性脳出血であり、単に脳出血といえば、通常高血圧性脳出血を意味している。高血圧性脳出血は、長期間高い血圧にさらされたことによる脳内小動脈の血管壊死が原因と考えられている。そして、いわゆる脳溢血は、高血圧性脳内出血と同義である。好発年齢は、六〇歳代である。

(二) 高血圧性脳出血の発作は、突然起こるが、症状が完成するまでには数分から数時間かかる。ときには数時間かかることもあるが、平均一ないし六時間といわれる。

(三) 脳出血の最大の危険因子は高血圧であることには疑いがないとされ、脳出血の発症例のうち、九〇パーセント以上が高血圧者及び境界域高血圧者から発症していたとの調査結果があり、特に拡張期高血圧者の脳出血発症率が高かったとの調査結果もある。

そのほかに、脳出血の危険因子として、過重な労働による負荷や精神的ストレスによる負荷を挙げる見解もある。

(四) 世界保健機構(WHO)の基準によれば、収縮期血圧一六〇以上、拡張期血圧九五以上の双方あるいはいずれか一方を充たす場合を高血圧、収縮期血圧一四〇以下かつ拡張期血圧九〇以下の双方を充たす場合を正常血圧、高血圧と正常血圧の間の血圧値である場合を境界域血圧という。

(五) 高血圧症の成因としては、遺伝因子のほか、食塩の過剰摂取、肥満、運動不足、飲酒及び喫煙の環境因子が挙げられている。その他、精神的ストレスが血圧を上昇させるとの見解もある。

3  繁の健康状態及び生活状況

(一) 前記「前提となる事実」、前項で認定した事実及び証拠(<略>)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 繁は、身長一六七・二センチメートル、体重六九・〇キログラム(平成二年一二月七日に日本ヘルス工業で行われた健康診断の記録)で、約三〇年の喫煙歴を有しており、一日最高二〇本、平均七ないし八本を吸っていた。また、繁は、自宅で毎日夕食時に日本酒一ないし二合又はビール大瓶一本を飲んでいた。

(2) 繁の日本ヘルス工業で行われていた定期健康診断の結果は、別表1のとおりであった。これによれば、繁の血圧値は入社以降一貫してほぼ境界域にあって特に拡張期血圧が高い傾向にあり、「要再検」を指示されていたが、さらに、平成元年一二月以降の三回の定期健康診断においては、いずれも拡張期血圧が一〇〇を超えており、「要精検」を指示されていた。しかし、繁がこれに従って医師の診察を受けていた形跡はない。

(二) 被告は、繁の手帳の記載(<証拠略>)から、原告の病気の状態、長女千穂の夫婦関係、二女飛鳥との関係及び三女皇子の反抗期などの家庭内の事情によって、繁が精神的負荷を受けていたと主張するが、右手帳の記載によれば、本件発症直前ころには原告の病気は快方に向かっていたこと、長女千穂及び二女飛鳥は結婚して独立しており、繁と同居していなかったことが認められ、その他本件発症に近い時期に繁の精神的負荷につながるような特段の出来事が同人の家庭内であったことを具体的に認めるに足りる証拠はないことに照らすと、繁が家庭内の事情により特段の精神的負荷を受けていたと認めることはできない。

4  繁の勤務時間等について

(一) 前記「前提となる事実」、<証拠略>によれば、繁の勤務時間について、以下の事実が認められる。

(1) 繁の東部析水苑における所定労働時間、所定休憩時間、実労働時間、所定仮眠時間及び所定休日は別表2のとおりであり、日勤の際の拘束時間は午前八時四五分から午後五時一五分までの八時間三〇分(休憩時間一時間)、当直勤務の際の拘束時間は午前八時四五分から翌日午前八時四五分までの二四時間(仮眠時間五時間、休憩時間四時間)とされており、所定休日は年間九二日とされていた。勤務形態は基本的に四週六休であり、当直勤務、明け、公休の繰り返しであるが、月二回程度は当直勤務、明け、日勤となるときがあった。

(2) 繁は、平成二年九月から、当直勤務明けや公休日に不定期に浄化センターでの応援業務を担当するようになった。浄化センターにおける拘束時間は午前八時三〇分から午後五時三〇分までの九時間(休憩一時間)であった。

(3) 繁の平成三年一月一日以降の勤務状況は、別表3のとおりであり、本件発症前一週間(平成三年一月三一日から同年二月六日まで)の繁の拘束時間は五七時間、実労働時間は三八時間(このうち浄化センターでの時間外労働時間は八時間)であり、この間に公休を二回取得していた。本件発症前一か月間(平成三年一月七日から同年二月六日まで)については、当直勤務は九日、明けは八日、日勤は一日、浄化センターでの勤務は四回、公休取得は六日、有給休暇取得は三日であった。

(4) 繁の平成二年七月以降の勤務形態は、別表4のとおりであり、一か月当たりの当直勤務は九ないし一〇日、明けは七ないし一一日、日勤は一ないし三回、浄化センターでの勤務は二ないし五回(ただし、浄化センターでの勤務は平成二年九月以降)、公休取得は五ないし七回、有給休暇取得は一ないし三回であった。繁は、与えられた有給休暇は概ねすべて消化していた。右期間における当直勤務のA班の班長であった児島の勤務形態は、別表4のとおりであり、ほぼ繁と同様であった。

(二) 以上によれば、当直勤務の間には五時間の仮眠時間及び四時間の休憩時間が与えられていたこと、当直勤務明けの日には浄化センター勤務が入る日(本件発症前一週間では零回、本件発症前一か月間では二回)を除き原則として勤務はなかったこと、繁は公休及び有給休暇をきちんと取得していたことが認められ、これらの事実に照らすと労働時間がそれ自体過重であったということはできないし、平成二年七月以降の労働時間と比べて、本件発症前一か月及び本件発症前一週間の労働時間が特に過重であったということはできず、このことは、同僚であった児島の労働時間との対比においても裏付けられる。

(三)(1) 原告は、夜間勤務自体が人間の生理的リズムに逆行する労働態様であり、過重性を有するものであると主張する。

しかし、文献の中には右主張に沿う見解が記述されているもの(<証拠略>)もあるものの、一方において、交代制勤務作業者群と常日勤作業者群の間で血圧並びに尿検査、末梢血液検査及び肝機能検査の結果が明らかに異なることはなかったとの調査結果(<証拠略>)、深夜勤務に伴う労働の生理的負担の程度の相対的な高まりが直ちに身体に悪影響を及ぼすものではなく、深夜交代制勤務の内臓諸器官への影響及び深夜交代制勤務と高血圧症との関係については、いずれもありとするもの、ないとするものの両方のデータがあり、明確な結論が得られていないとの調査結果(<証拠略>)及び交代勤務による重篤な健康影響は認められないとの研究結果(<証拠略>)も存在し、これらの証拠に照らすと、夜勤勤務の身体への影響は必ずしも明らかではないといわざるを得ず、夜勤勤務自体が過重性を有するものであるとの原告の主張は採用することができない。

(2) また、原告は、当直勤務中に五時間の仮眠時間が与えられていたものの、仮眠室は騒音があり、また、班長であった繁は仮眠中に機器のトラブル等への対応のため起こされることが一回の当直勤務当たり二、三回はあり、繁は十分な仮眠をとることはできなかったと主張し、これに沿う供述がある(<証拠略>)。

しかしながら、仮眠室の騒音については、証人高井英之自身「通常、何のトラブルもなくて、特に身体がしんどくないとか、そういった場合だったら、別に気にはならないです。聞こえるは聞こえるけど気にはならない。」と供述していること及び証人三木正利が「機械の騒音や振動よりは空調設備の音の方が大きい。」と供述していることなどに照らすと、仮眠を妨げる程の騒音であったとは認められない。また、班長が一回の当直勤務における仮眠中に二、三回は起こされたという証人高井英之の供述については、証人三木正利が「班長が仮眠中に機械のトラブル等により二、三回起こされたということがあったという記憶はない。」と供述していること並びに労働事務官からの事情聴取に対し、児島は当直勤務時の仮眠中に起こされることがあったと供述していないこと(<証拠略>)及び河原は「平成二年一〇月以降、竹本さんが仮眠中起こされたのは一~二回ありました。一回の夜勤で二回以上起こされることはありませんでした。」と供述していること(<証拠略>)に照らし、直ちに採用することができない。また、証拠(<証拠略>)によっても、本件発症前一週間の当直勤務において、仮眠中の繁を起こさなければならないようなトラブルが起こった形跡はない。

よって、繁が十分に仮眠をとることはできなかったとの原告の主張は採用することができない。

(3) 原告は、夜勤者が夕食休憩以後、断続的に二時間の休憩をとることができると定められているものの、現実に右のような休憩をとっている者はいなかったと主張し、証人高井英之もこれに沿う供述をする。

しかし、これに反する証人三木正利の供述、労働事務官による事情聴取に対する児島の供述(<証拠略>)及び本件発症当日繁が入浴していた時間は仮眠時間ではなく右の断続的な休憩時間であること(<証拠略>)などに照らし、証人高井英之の供述を直ちに採用することはできず、他に原告の右主張を裏付ける証拠はない。

5  繁の業務内容について

(一) 前記「前提となる事実」、<証拠略>によれば、繁の業務内容について、以下の事実が認められる。

(1) 東部析水苑における当直勤務の内容を時間の流れでみると以下のとおりであった。

当直勤務に当たる班員四人は、朝のミーティングで前日の班と引継ぎをした後、日勤者と共に、中央監視室での監視業務並びに日常点検表及び月例点検表で決められた作業を行い、午後五時までにはほぼ終了する。

午後五時一五分から午後九時までの間、当直勤務に当たる班員四人のうち早寝の二人は、風呂、仮眠室及び事務室の清掃を行い、夕食をとる。遅寝の二名は、交代で夕食をとるほか、中央監視室において監視業務を行う。

午後九時から午前二時までの間、早寝の二人は仮眠をとり、遅寝の二人のうち一人が日常点検表に基づいて定期巡回点検を行い、もう一人は中央監視室における監視業務を続ける。

午前二時から午前七時までの間、遅寝の二人は仮眠をとり、早寝の二人は中央監視室における監視業務を行う。

そして、午前八時四五分に業務終了し、朝礼、体操、引継ぎをして帰宅する。

(2) 繁の東部析水苑及び浄化センターにおける業務の内容を種類別にみると前記「前提となる事実」3記載のとおりであった。

このうち水処理業務は、中央監視室と連絡をとり、各機器の数値の確認をしながら各部の調整を行うものであり、流量調整池、エアレーションタンク、最終沈殿池へのバルブ開閉作業を行うこともあったが、通常の点検時におけるバルブの操作は微調整が主であった。

保全業務は、監視業務及び点検業務が主なものであった。監視業務は、中央監視室においてモニター及び監視板の監視並びに計器類の数値の集計等を行うものであった。点検業務としては、午前中に数人で手分けをして行う定期巡回点検と当直勤務の遅番のうちの一人で行う夜間の定期巡回点検があった。当直勤務のC班においては、午前中の点検業務は繁以外の三人が行い、繁は午前中は中央監視室で監視業務を行っていた。同班においては、繁と河原がほとんど遅寝の番に就いており、繁と河原は、夜間の定期巡回点検の番を一か月交代としていたが、本件発症が発生した月は繁が定期巡回点検を行っていた。夜間の定期巡回点検は、管理棟中央監視室を出て、管理棟電気室、最終沈殿池、流量調節池、酸素エアレーション設備、最初沈殿池、機械棟設備、管理棟設備、液化酸素設備、脱水機脱臭設備、塩素滅菌設備、ポンプ棟等を巡回して点検を行い、管理棟に戻ってくるものであり、全部の点検を終えるのに一時間三〇分ないし二時間を要した。この間、階段の昇り降りを繰り返さなければならなかった(階段の段数を合計すると約五八〇段となる。)が、特に急ぐ必要はなかった。また、棟と棟との間の移動等のため屋外に出ることもあったが、地下通路を通ることもできたし、冬季に定期巡回点検する際には、作業員は貸与されている防寒服を着ていた。夜間の定期巡回点検の後は、管理棟中央監視室に戻る前にポンプ棟の一階にある浴室において入浴をするのが慣行となっていた。夜間に故障が認められた場合には、予備機への切替え作業をし、翌日故障個所の報告をして引継ぎを行うことになっていた。

脱水業務は、本来日勤者が行うことになっていたが、しばしば当直勤務者が手伝うことがあった。平成三年二月中に繁が脱水業務に従事したのは、本件発症当日のみであった。この業務の際、投入する薬品の分量が適当でない場合には加圧脱水機の布袋が目詰まりを起こし、作業者は地下から三階まで階段を昇り降りして脱水機の点検をする必要がある。

繁の東部析水苑における当直勤務のC班の班長としての業務には、夜勤の際の早寝、遅寝の割振り、分担の指示、異常時の対処指示、予備機等への切替え、緊急連絡体制での責任、翌朝の作業の引継ぎがあった。

(3) 浄化センターにおいて繁が従事していた業務の内容は、前記「前提となる事実」3記載のとおりであった。放流作業においては、サンプリングのため一日一回管理棟から傾斜地を二〇〇メートルほど降りていく必要があり、また、水を最終沈殿池に出すために朝管理棟近くの開閉ゲートを開け、夕方閉めるという作業をする必要があった。浄化センターは標高が高く、気温が低かったが、作業員は冬季に外で作業する際には、貸与されている防寒服を着用していた。

繁は、夜勤明けに浄化センターへ出勤するときは、自動車を利用していた。東部析水苑から浄化センターまでは、三〇ないし四〇キロメートルあり、一時間余りを要した。

(4) 本件発症当日の業務内容

本件発症当日、繁は、午前八時二〇分ころ東部析水苑に出勤した。そして、午前八時四五分に始業し、前日の班からの引継ぎの後、午後五時までは日勤者三名とともに脱水作業に従事した。当日の脱水作業においては、特にトラブルはなかった。その後、午後五時一五分から午後九時までの間に繁と同様に遅寝の番であった河原と交代で夕食をとったほか、中央監視室において監視業務を行っていた。そして、午後九時ころ、夜間の定期巡回点検のために一人で中央監視室から出ていった。繁が午前一時になっても戻ってこないため、河原が探したところ、ポンプ棟一階の浴室の浴槽の中で死亡しているところを発見された。

(二) 以上によれば、東部析水苑において繁の従事していた業務内容は、主として監視業務及び点検業務であり、肉体的、精神的に特段の過重な負荷がかかるものであったとは認められない。また、浄化センターにおいて繁が従事していた業務内容も監視業務が中心であり、そして、本件発症当日に繁が従事した業務も通常と異なるものではなく、一人で右業務に従事していたことを考慮しても、特に肉体的、精神的に過重な負荷がかかるものであったと認めることはできない。

(三)(1) 原告は、繁が当直勤務の際、遅番の行う定期巡回点検のほか、引継ぎ前に班長としてさらに一回巡回点検を行っていたと主張し、これに沿う高井英之及び河原の供述(<証拠略>)がある。

しかしながら、高井英之は、平成二年五、六月ころには東部析水苑から転勤しており、繁が実際に巡回点検をしているところを確認していないこと(<証拠略>)及び河原が労働補償訟務官からの事情聴取に対しては「竹本さんは引継ぎ前に巡回には行っていませんでした。」と供述を変遷させていること(<証拠略>)に照らすと、右各供述を直ちに採用することはできず、他に繁が引継ぎ前に巡回点検を行っていたことを裏付ける証拠はない。

(2) 原告は、東部析水苑において、<1>流量調整池の撹拌機を引き上げ、点検する作業、<2>バルブの開閉作業、<3>階段の昇降という肉体的に過重な負荷のかかる作業があったと主張する。

しかしながら、<1>の作業については、年に一回行うものであり、昼間に四、五人の作業員で行うことが認められ(<証拠略>)、本件発症直前に繁がこの作業に従事したことを示す証拠はない。また、<2>の作業については、通常の点検時の微調整を除いて日曜日に三人ほどで行うものであることが認められ(<証拠略>)、本件発症前に繁がこの作業に従事したことを示す証拠はない。<3>については、前記のとおり、定期巡回点検の際に昇降する階段の段数を合計すると約五八〇段になるが、特に急ぐ必要があるわけではないことを考慮すると、右階段の昇降を捉えて、東部析水苑における業務が肉体的に過重な負荷のかかるものであったということはできない。

(3) また、原告は、浄化センターにおいて、<1>放流作業の際の急な傾斜地の昇降、<2>水を最終沈殿池に出すための開閉ゲートの開閉、<3>水質計測作業の際に山を一つ超えて歩くことという各作業が肉体的に過重な負荷のかかるものであったと主張する。

しかしながら、<2>の作業については、朝ゲートを開き、夕方閉めるもので、補助具を使用せずに片手で数分もあればできる作業であることが認められる(<証拠略>)。

<3>については、繁が水質計測作業に従事していたとの高井英之の供述(<証拠略>)が存在するが、他方、繁は右作業に従事していなかったとする三木正利の供述(<証拠略>)もあるので、高井英之の右供述をそのまま採用することはできないし、他に、<3>の作業に関する原告の主張を認めるに足りる証拠はない。

<1>については、前記のとおり傾斜地を二〇〇メートルほど昇降する必要があることが認められるものの、右事実のみから浄化センターにおける業務が肉体的に過重な負荷のかかるものであったということはできない。

(4) 原告は、監視作業は、常にモニター等を注視していなければならず、精神的に負荷のかかる作業であったと主張し、証人高井英之はこれに沿う供述をする。

しかしながら、労働事務官又は労災補償訟務官からの事情聴取に対し、児島は「夜勤業務中のことでは特につらいとかはないです。班の若い人から苦情を聞く事はない。」(<証拠略>)、河原は、「夜勤について特に辛いとか、しんどいといった事はなく」(<証拠略>)、「監視作業もなれてくれば大変な作業とは思いません。」(<証拠略>)などと供述していることが認められ、これによれば、監視作業が作業員に一様に特段の精神的ストレスを負荷させる業務であるということもできないから、原告の右主張は採用できない。

また、原告は、繁は班長の職責として、新人の教育、班員間のトラブルの仲裁等をせねばならず、精神的に負荷がかかっていたと主張するが、前記「前提となる事実」記載のとおりの繁の年齢、班の中での相対的な勤続年数及び知識経験に照らして繁がこれに相応した職責を負うのは当然であって、班長という職責が前示の経験や勤続年数等からみて精神的に特段の過重負荷を伴うものであったとは考えられない。

(5) 原告は、東部析水苑における夜間の定期巡回点検及び浄化センターにおける屋外での業務の際に、繁が寒冷な環境下での作業を強いられており、繁にとって過重な負荷がかかっていたと主張する。

確かに、証拠(<略>)によれば、一月末ないし二月初めの午後九時ないし午前零時における姫路測候所における気温は、摂氏零度ないし二、三度程度であり、本件発症当日の気温は、午後九時が摂氏三・四度、午後一〇時が摂氏二・四度、午後一一時が摂氏一・七度と低温であったことが認められ、また、児島は、浄化センターにおいては、東部析水苑よりも寒かったと感じていたことが認められる。

しかしながら、前記のとおり、東部析水苑、浄化センターのいずれにおいても作業員に防寒服が貸与されていたこと、東部析水苑における定期巡回点検においては棟と棟との間の移動の際に地下通路を通ることができたこと、浄化センターにおける業務は監視業務が中心であり、屋外の作業の頻度はそれほど多くはなかったことが窺えることなどの各事情も認められたというのであり、右事情に照らすと、繁に過重な負荷がかかるほどの寒冷下の作業が強いられていたとまでは認められない。

また、原告は、定期巡回点検及び脱水作業において、<1>有害ガス及び悪臭への暴露、<2>騒音への暴露、<3>危険な環境下での作業を強いられており、負荷がかかっていたと主張する。

しかしながら、<1>の有毒ガス等の暴露については、アンモニア、硫化水素等の発生するような場所には脱臭排気装置が設置されていたこと、東部析水苑では労働省の酸素欠乏症等防止規則により定められた酸素及び硫化水素の測定を定期的に行っているところ、繁の在籍当時なんら異常はなかったこと及び労働事務官による事情聴取に対し、河原は「臭気が最初はひどく気になったものの、慣れて来てあまり気になる事はなくなりました。」と供述していることが認められる(<証拠略>)。

<3>の作業環境の点については、東部析水苑において過去に重大な事故が発生した事実は認められず、また、同所における原告主張の作業が、特段危険な環境下での作業であったことを認めるに足りる証拠はない。

<2>の騒音の暴露の点について、証拠(<略>)によれば、定期巡回点検中に作業員がある程度の騒音にさらされていたことが認められるものの、右騒音が身体に及ぼす影響については本件証拠上明らかではないのみならず、右騒音により繁に過重な負荷がかかったことについては、これを認めるに足りる証拠はない。

よって、原告の右主張は採用することができない。

(6) 原告は、脳出血を発症してから死亡するまで平均数時間かかることから、本件発症は定期巡回点検中に発生していたものであると主張する。

しかしながら、前記「前提となる事実」及び証拠<略>によれば、数分で脳出血の症状が完成することもあること、本件発症直前に繁は入浴しているところ、入浴により血圧が急激に上昇し、脳出血などの発作を起こすことがあるとの見解があることが認められることにかんがみると、本件発症に直前の入浴が寄与していた可能性も考えられないではなく、必ずしも本件発症が入浴前の定期巡回点検中に発生していたと認めることはできない。

6  本件発症の業務起因性に関する医師の見解

(一) 医師山口三千夫の見解

兵庫労働基準局地方労災医員である山口三千夫医師は、意見書(<証拠略>)において、繁は拡張期血圧が昭和六〇年ころより既に高かったことが認められ、治療を受けて血圧のコントロールをすることが望ましい状態であったことを認定した上で、本件において繁に対して急激で過重な負荷が業務により加わったとすることはできず、業務上の死亡とはいえないとの見解を示している。

(二) 医師梶山方忠の見解

神戸健康共和会労働医学研究所の梶山方忠医師は、「竹本繁氏の「脳溢血」発症の業務起因性についての医学的検討」と題する書面(<証拠略>)において、繁の血圧、肥満、飲酒習慣などから判断して繁の本件発症前の健康状態から脳出血を発症することを予測することは困難であると認定した上で、繁が二四時間連続拘束の交代制勤務、酸欠の危険があり有毒ガスにさらされる作業、重量物を取り扱う作業、精神的緊張を伴う監視作業及び冬季に寒冷暴露のある作業などに従事し、本来公休である日に日勤をしたこと等により疲労困憊していたところに本件発症直前の臨時の脱水作業に従事したことにより生じた血圧変動が発症の引金となった可能性が強く、業務上の死亡に当たるとの見解を示している。

7  業務起因性の有無

以上のとおり、繁の本件発症前の勤務時間及び業務内容はいずれも過重なものと認めることはできないし、本件発症当日に通常と異なる業務や特に負荷のかかる業務に従事したと認めることもできない。

他方、繁の血圧値は、長年境界域にあって特に拡張期血圧が高い傾向にあり、平成元年一二月以降は、拡張期血圧が一〇〇を超えて「要精検」を指示されていたこと、それにもかかわらず繁は医師の診察を受けることなく高血圧の成因とされている飲酒及び喫煙を継続していたこと、本件発症に直前の入浴が寄与した可能性もないとはいえないことなどの事情が認められる。

本件において、業務起因性に関する医学的知見は、前示のとおり肯定、否定の双方がみられ、当裁判所は山口医師の見解を採用するもので、梶山医師の見解は、繁の従事していた業務のうち、作業環境、肉体的負荷のある作業の有無等事実関係の多くの点について、前示のとおり当裁判所の前示認定、判断と異なる前提に立つものであるから、採用の限りではない。

以上によれば、本件発症につき業務が他の原因と比べて相対的に有力な原因となっていたと認めることはできず、本件発症が業務に起因するものであるということはできない。

したがって、本件発症について業務起因性は認められないとした本件処分になんら違法はない。

第四結論

よって、原告の本訴請求中、葬祭料及び遺族特別支給金を支給しないとする処分の取消しを求める部分は不適法であるからこれを却下し、遺族補償年金を支給しないとする処分の取消しを求める部分は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法六一条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 松村雅司 徳田園恵 宮崎朋紀)

表1 繁の日本ヘルス入社以降の定期健康診断結果

健康診断年月日

最高血圧値

(mmHg)

最低血圧値

(mmHg)

指摘事項

S60.6.28

140

94

再点検

60.12.12

144

94

同上

61.6.27

148

94

同上

61.12.11

142

92

同上

62.6.25

142

90

同上

62.12.10

146

94

同上

63.6.23

132

94

同上

63.12.7

134

92

同上

H1.6.13

138

98

同上

1.12.8

138

102

要精検

2.6.12

144

100

同上

2.12.7

144

100

同上

表2 東部析水苑における所定労働時間

所定労働時間

日勤者 午前8時45分から午後5時15分まで

夜勤者 午前8時45分から翌午前8時45分まで

実労働時間

日勤者 7時間30分

夜勤者 15時間

所定休憩時間

日勤者 午前0時から午後1時

(午前11時30分から午後0時30分と午後0時30分から午後1時30分の交代あり)

夜勤者 午後0時から午後1時

(同上)

午後6時から午後7時

(午後5時30分から午後6時30分と午後6時30分から午後7時30分の交代あり)以後断続的に2時間交代休憩

実休憩時間

日勤者 1時間

夜勤者 4時間

所定仮眠時間

夜勤者 午後9時から午前2時と午前2時から午前7時の交代

実仮眠時間

夜勤者 5時間

所定休日

年間92日(年間公休配分表に基づく)

表3 繁の平成3年1月1日から本件発症直までの勤務状況

年月日

勤務状況

拘束時間

実労働時間

H3.1.1

公休

2

当直勤務

24

15

3

浄化センター勤務

9

8

4

浄化センター勤務

9

8

5

当直勤務

24

15

6

明け

7

有給休暇

8

当直勤務

24

15

9

明け

10

公休

11

有給休暇

12

浄化センター勤務

9

8

13

浄化センター勤務

9

8

14

当直勤務

24

15

15

明け

16

公休

17

当直勤務

24

15

18

明け

19

公休

20

当直勤務

24

15

21

明け

22

日勤

8.5

7.5

23

当直勤務

24

15

24

明け

25

公休

26

当直勤務

24

15

27

浄化センター勤務

9

8

28

有給休暇

29

当直勤務

24

15

30

明け

31

公休

2.1

当直勤務

24

15

2

明け

3

浄化センター勤務

9

8

4

当直勤務

24

15

5

明け

6

公休

7

当直勤務

(発症)

表4 繁及び児島の平成2年7月以降の勤務状況

東部析水苑勤務日数

浄化センター

勤務日数

休暇日数

当直回数

明け回数

日勤回数

公休

有給

夏休

H2.7

10

11

2

-

7

1

児島

10

10

2

-

7

2

8

10

10

2

-

6

1

2

児島

11

10

3

-

6

0

1

9

10

8

1

5

5

1

児島

10

8

1

4

6

1

10

10

8

3

4

5

1

児島

10

8

2

4

7

0

11

9

9

2

2

7

1

児島

10

8

1

3

8

0

12

9

10

1

2

6

3

児島

9

8

2

4

5

3

H3.1

9

7

1

5

6

3

児島

11

7

1

4

8

0

2

3

2

0

1

1

0

児島

2

3

0

0

2

0

合計

70

65

12

19

43

11

2

児島

73

62

12

19

49

6

1

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