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神戸地方裁判所 平成8年(ワ)1932号 判決 1998年7月17日

原告

降松由紀子

被告

小林美香

ほか二名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金八〇一九万一二二二円及び内金七六三五万二七八五円に対する平成九年五月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金八四三九万八九九九円及び内金七九九二万三二四七円に対する平成九年五月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、後記の交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負った原告が、被告小林美香(以下「被告小林」という。)に対しては民法七〇九条に基づき、被告藤本一二三(以下「被告一二三」という。)及び被告藤本智奈津(以下「被告智奈津」という。)に対しては自動車損害賠償保障法三条に基づき、それぞれ損害賠償を請求した事案である。

なお、主たる請求は、損害金元本と、本件事故の発生した翌日から一部弁済のあった平成九年五月一三日までの右元本に対する遅延損害金のうち右一部弁済を充当した後の残額との合計額であり、付帯請求は、右一部弁済のあった翌日から支払済みまでの右元本に対する遅延損害金である。

一  争いのない事実等

1  本件事故の発生

(一) 日時

平成五年一〇月一七日午前二時三〇分ころ

(二) 場所

神戸市北区山田町下谷上字西脇山二番地の六先路上(以下「本件現場」という。)

(三) 加害車両

被告一二三所有、被告小林運転の普通乗用自動車

(四) 被害車両

訴外高橋陸子運転の普通乗用自動車

(五) 被害者

訴外高橋陸子(被害車両運転者)、原告(同車同乗者)、訴外西中綾(同車同乗者)、被告智奈津(加害車両同乗者)、訴外坂本幸子(同車同乗者)

(六) 事故態様

被告小林は、加害車両を運転して県道三木・下谷上線を時速約九〇キロメートルで西進し、本件現場付近にさしかかった際、進路前方に設置された停止線の手前に自車進路と左側歩道とをまたいで駐車している車両を認めて、これを避けるため時速約八〇キロメートルに減速した上、右に進路変更し右折車両通行帯を進行した。ところが、本件現場付近は左方に大きく湾曲した道路であったため、被告小林は、左に曲がりきれず、加害車両を対向車線に向けて進行させることとなったところ、対向車線を東進してくる車両を認め、同車両との衝突の危険を感じて、急制動の措置を講じ、左に転把した。さらに、今度は、左側路外への逸脱の危険を感じたため、急制動の措置を講じ、右に転把した結果、加害車両を対向車線上に暴走させるにいたり、折から対向車線を東進していた被害車両の右前部に加害車両の左前部を衝突させ、その際の衝撃により、被害車両を右側歩道上に横転させ、よって、被害者らに傷害を負わせた。

2  被告小林及び被告一二三の責任

(一) 被告小林の責任

被告小林は、適宜減速した上進路変更して円滑に進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、十分に減速しないまま進路変更したため加害車両を対向車線に進行させ被害車両に衝突させた過失により、本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条により、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任を負う。

(二) 被告一二三の責任

被告一二三は、加害車両の所有者であり、加害車両の運行供用者であるから、自動車損害賠償保障法三条により、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任を負う。

3  原告の治療経過(甲四ないし五〇、五一の1、五二ないし五五、五六の3、4、五七、証人降松美代子の証言、原告本人尋問の結果)

原告は、本件事故により、脳挫傷、肺挫傷、両尺骨骨折、肋骨骨折等の傷害を負い、以下のような治療を受けた。

(一) 平成五年一〇月一七日ないし平成六年二月一七日神戸市立中央市民病院に一二四日間入院した。

(二) 平成六年二月一八日ないし同年六月三〇日

兵庫県立総合リハビリテーションセンターリハビリテーション中央病院(以下「リハビリテーション中央病院」という。)に一三三日間入院した。

(三) 平成六年七月一日ないし平成七年五月三一日

リハビリテーション中央病院に、実日数一六四日通院した。

なお、右平成七年五月三一日をもって、原告の症状は固定したと診断された。

(四) 平成七年六月一日ないし同年七月三一日

リハビリテーション中央病院に二二日間入院し、実日数八日通院した。

(五) 平成七年八月一日ないし平成八年四月八日

重度身体障害者更生援護施設(自立生活訓練センター)に入所し、なお、リハビリテーション中央病院での通院治療も継続した。

4  後遺障害(甲四、六〇、原告本人尋問の結果)

原告は、平成七年五月三一日、重度の体幹性小脳失調、失調性構音障害を残して症状固定と診断され、自動車損害賠償保障法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下「後遺障害別等級表」という。)併合四級(神経症状・五級二号と骨盤骨変形・一二級五号)に認定された。

5  既払額(甲六〇)

原告は、本件事故に関して、本訴提起前に自賠責保険等から合計九六一万三一九二円の支払を、平成九年五月一三日に自賠責保険から九七九万円の支払を、それぞれ受けた。

二  争点

1  被告智奈津の責任の有無

2  原告に生じた損害額

三  争点についての当事者の主張

1  争点1(被告智奈津の責任の有無)について

(一) 原告の主張

被告智奈津は、本件事故当日、加害車両を被告一二三の承諾に基づいて借り受け運転してきたところ、自身が酒を飲んだことから、被告小林に運転させたうえ、自らは助手席にて同乗していたのであるから、加害車両の運行利益及び運行支配は被告智奈津に帰属していた。したがって、被告智奈津は加害車両の運行供用者であり、自動車損害賠償保障法三条により、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任を負う。

(二) 被告智奈津の主張

被告智奈津は、加害車両を被告一二三から一時借用したにすぎないのであるから、加害車両の運行供用者ではなく、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任を負わない。

2  争点2(原告に生じた損害額)について

(一) 原告の主張

以下の損害額合計八九五三万六四三九円から、本訴提起前の既払額である九六一万三一九二円を控除した後の残額七九九二万三二四七円につき、その賠償を求める。

(1) 治療費 二二万九八九五円

平成七年六月から平成八年五月までのリハビリテーション中央病院での患者負担分としての治療費。

(2) 入院付添看護費 一一五万六五〇〇円

神戸市立中央市民病院での入院一二四日間とリハビリテーション中央病院での入院一三三日間との合計二五七日間につき、一日あたり四五〇〇円として計算。

(3) 入院雑費 三三万四一〇〇円

右二五七日間につき一日一三〇〇円として計算。

(4) 通院付添費 四八万五〇〇〇円

平成六年七月四日から平成七年七月末日までの一九四日間の通院について、家族が付き添った。一日単価二五〇〇円として計算。

(5) 通院交通費 一九万四〇〇〇円

自宅からリハビリテーション中央病院への通院につき、家族が自家用車により送迎した、そのガソリン代。満タンでガソリン代約三〇〇〇円を、三往復で消費したから、一往復当たり一〇〇〇円。

(6) 装具・器具購入費 二万七七四〇円

原告の上腕固定のための装具代。

(7) 手すり等の購入費 五万〇一五六円

自力生活のために入浴時や用便時に要するバスボード、グラスバー、バスマット、安全手すり等の購入費。

(8) 文書料 二万二五〇〇円

診断書、交通事故証明書その他必要文書の入手費

(9) 無駄な授業料支出 九四万八三二三円

(10) 逸失利益 六二五二万八二二五円

原告が受傷時短大生であり、症状固定時の原告の年齢が二一歳であったことから、以下の各要素を使って計算。

ア 基礎収入(年収) 二八八万八〇〇〇円

(平成六年度賃金センサス産業計・企業規模計・女子労働者・短大卒・二〇~二四歳の平均賃金

イ 労働能力喪失率 九二パーセント

(後遺障害別等級表四級相当)

ウ 就労可能年数 四六年

(六七歳―二一歳)

エ 中間利息控除係数 二三・五三三七四七五四

(四六年に対応する新ホフマン係数)

(11) 慰謝料 一八五六万〇〇〇〇円

(12) 弁護士費用 五〇〇万〇〇〇〇円

(二) 被告の主張

(1) 治療費の主張に対して

右治療費は、症状固定後の治療費であり、本件事故と相当因果関係はない。

(2) 入院付添看護費の主張に対して

神戸市立中央市民病院は基準看護の病院であり、また、リハビリテーション中央病院での治療は生活機能訓練でありなおかつ医師の付添指示もなかったのであるから、いずれの病院においても、付添看護の必要性・相当性はない。

(3) 逸失利益の主張に対して

自賠責保険が認定した原告の後遺障害は、神経症状(後遺障害別等級表五級二号)と骨盤骨変形(同一二級五号)との併合四級であるところ、まず、骨盤骨変形は労働能力に全く影響がないので、逸失利益算定に際し、考慮すべきではない。

また、右認定は症状固定時の原告の症状を基準になされたものであるが、原告の症状は、症状固定後も改善し、現在では単身で生活できるまでに回復している。現在までの症状の回復状況や原告の年齢を考えると、今後もさらなる回復が期待できる。

そして、後遺障害の程度を考える場合、症状固定後の症状の改善による労働能力の回復をも考慮に入れるのが公平である。

したがって、原告の労働能力喪失率としては、後遺障害別等級表五級相当の七九パーセントを順次逓減させたものか、あるいは、その五割である四〇パーセントとするのが相当である。

(4) その他の主張に対して

入院雑費の主張は認め、その余の主張は否認する。

第三争点に対する判断

一  争点1(被告智奈津の責任の有無)について

1  加害車両は被告智奈津の父である被告一二三の所有であること、被告智奈津は加害車両を被告一二三から明示または黙示の承諾を得て借り受けていたこと、本件事故当時被告小林が加害車両を運転し被告智奈津は加害車両に同乗していたこと、以上の事実は前述のとおり当事者間に争いがない。

2  右事実を前提に検討するに、まず、そもそも、自動車損害賠償保障法三条所定の運行供用者(「自己のために自動車を運行の用に供する者」)とは、自動車の運行に対して事実上支配を及ぼすことができ、社会通念上自動車の運行が社会に害悪をもたらさないように監視・監督すべき立場にある者をいうと解すべきである(最判昭和五〇年一一月二八日参照)。

そして、本件において、被告智奈津は、本件事故当時加害車両に同乗しており、すぐ横で運転している被告小林に対しスピードの出し過ぎを諌めたり、場合によっては運転を中止させることもできたのであるから、自動車の運行に対して事実上支配を及ぼすことができたといえる。また、被告智奈津は、父である被告一二三から加害車両を借り受け使用したうえ、一時的に被告小林に運転を代わったにすぎないのであるから、社会通念上自動車の運行が社会に害悪をもたらさないように監視・監督すべき立場にあるといえる。

そうであれば、被告智奈津は、自動車損害賠償保障法三条所定の運行供用者にあたるから、同条により、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任を負うと言うべきである。

二  争点2(原告に生じた損害額)について

1  治療費(認容額 二二万九八九五円)

(一) 平成七年六月から平成八年五月まで、原告の本件事故による傷害について、リハビリテーション中央病院においてリハビリが行われ、その治療費として原告が合計二二万九八九五円を支出した事実は、当事者間に争いがない。

(二) また、証拠によれば、以下の事実が認められる。

(1) 症状が固定したとされた、平成七年五月三一日の時点での原告の症状は、重度の体幹性小脳失調や失調性構音障害を残しており(甲四)、松葉杖を使わなければ一〇歩程度しか歩けず、手芸をしても手が震えて針が思ったところに通せないうえ、長い文章は言えず、「ラ行」の発音もしにくいといった状態であった(原告本人尋問の結果)。

(2) 平成七年六月から平成八年五月まで、原告の本件事故による受傷について、リハビリテーション中央病院においてリハビリを主な内容として、実日数一五三日治療が行われた(甲四八ないし五〇、五一の1、五二ないし五五、五六の3、4、五七、五八)。

(3) 右(2)の治療後の原告の症状は、松葉杖を使わなくともT字杖を使えば歩くことができ、調子がよければ三〇分ほど歩けるようになった点、手芸の針を通せるようになった点、日常会話はできるようになった点等において、改善が見られた(甲五、原告本人尋問の結果)。

(三) 以上の事実によると、(3)のような症状固定後の原告の症状改善が、(2)のリハビリを主とする治療に帰因することは優に認められる(甲六一、証人降松美代子の証言、原告本人尋問の結果)から、右治療費は、本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

この点、被告らは、右治療費は、症状固定後の治療費であるので、本件事故と相当因果関係はない旨主張する。

たしかに、右治療費は症状固定後の治療費である。

しかし、そもそも、症状固定とは、一般に治療を続けてもそれ以上症状の改善が望めない時をいうにすぎず、以後の治療が全く不要であることまでは意味しないのであるから、症状固定後の治療費について、一律に相当因果関係がないとするのは妥当ではなく、個々の事案において、症状の内容、程度、治療の内容、効果等を具体的に検討して相当因果関係を判断するのが相当である。

そして、本件の症状固定時における原告の症状は、重い障害が残り、以後の治療により大幅に症状が改善することはもはや期待できないが、長期にわたって地道なリハビリを続ければ場合によっては若干改善が期待できるというものであり、このような場合、リハビリの性質上、症状固定後であってもリハビリを続けるのが通常ともいえ、まして、本件では、右リハビリにより若干ながらも症状が改善したと認められるのであるから、右治療費は、本件事故と相当因果関係があるというべきである。

2  入院付添看護費(認容額 八九万〇五〇〇円)

(一) 原告の入院した病院が、いわゆる基準看護の病院であった事実は、当事者間に争いがない。

(二) また、証拠によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、本件事故から約一ヶ月間は昏睡状態にあり、最初の二週間は集中治療室で治療を受けていた(甲六、証人降松美代子の証言)。

(2) 原告が、神戸市立中央市民病院に入院している間、足首のマッサージ、床ずれ防止、おむつの交換、尿排出のための管の掃除、痰の除去等の世話は、全般的に原告の家族が行っていた(証人降松美代子の証言)。

(3) 原告の母降松美代子は、平成五年の年末まではほぼ毎日病院に泊まり込んで原告の世話をし、平成六年になっても毎日病院に行き原告の世話をしていた(証人降松美代子の証言)。

(4) 神戸市立中央市民病院からリハビリテーション中央病院に転院する時点では、原告は、右動眼神経麻痺、左方麻痺、構音障害、小脳症状の症状を有しており(甲六)、一人ではベッドから起き上がったり車椅子に移ることもできない状態であった(証人降松美代子の証言)。

(5) リハビリテーション中央病院において、原告は、当初の約一ヶ月間は母と共に手すり等で立つ練習を行うという形でリハビリを行い、それ以降の期間は、理学療法士の指導を一〇分ほど受け、残りの時間はその指導内容を母と共に反復するという形でリハビリを行っていた(証人降松美代子の証言)。

(三) 以上の事実を前提に、まず、原告が神戸市立中央市民病院に入院していた期間について検討するに、入院当初約一ヶ月間は昏睡状態であったことからも分かるように、原告が本件事故により負った傷害は極めて重いものであったから、右入院期間については、全般的に付添看護の必要性を認めることができる。

その費用は、一日四五〇〇円として、入院期間一二四日間で五五万八〇〇〇円とするのが相当である。

なお、被告らは、神戸市立中央市民病院が基準看護の病院であることから付添看護の必要性を否定するが、本件の具体的状況、特に原告の負った傷害の内容、程度に照らし、右主張は採用できない。

次に、原告がリハビリテーション中央病院に入院していた期間について検討するに、原告の実効的なリハビリのためには母親である降松美代子の付添が不可欠であったと認められるが、一方、退院間近の時期では原告の症状も相当改善し付添看護の必要性も限定的なものになっていたと考えられることからすれば、右入院の全期間について、その費用を一日二五〇〇円の限度で認めるのが相当である。

そうすると、入院付添看護費は、合計八九万〇五〇〇円となる。

3  入院雑費(認容額 三三万四一〇〇円)

当事者間に争いがない。

4  通院付添費(認容額 四三万円)

前記認定の原告の症状からすれば、原告が三木市口吉川町にある実家から神戸市西区曙町にあるリハビリテーション中央病院まで一人で通院することは不可能であったと言うことができるから、通院付添の必要性が認められる。なお、症状固定後の通院付添も、同様に必要性が認められる。

その費用は、一日二五〇〇円として、平成六年七月一日から平成七年七月三一日までの通院実日数一七二日(この点、原告は、一九四日としているが、抜釘手術のために二二日間入院しており、通院実日数は一七二日に止まる。)で四三万円とするのが相当である。

5  通院交通費(認容額 一七万二〇〇〇円)

証人降松美代子の証言によると、原告が実家からリハビリテーション中央病院に通院する際、家族が自動車で送迎することが必要であったこと、そのガソリン代として一往復につき一〇〇〇円程度はかかったことが認められ、右ガソリン代は本件事故と相当因果関係があるといえる。

その代金は、平成六年七月一日から平成七年七月三一日までの通院実日数一七二日で一七万二〇〇〇円となる。

6  装具・器具購入費(認容額 二万七七四〇円)

証人降松美代子の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は、上腕固定用の装具を購入するために二万七七四〇円を支出したことが認められ、右支出は全額が本件事故と相当因果関係があるというべきである。

7  手すり等の購入費(認容額 五万〇一五六円)

証人降松美代子の証言及び弁論の全趣旨によれば、自宅での日常生活の自立のために、入浴や用便用の手すり等を購入して五万〇一五六円を支出したことが認められ、右支出は全額が本件事故と相当因果関係があるというべきである。

8  文書料(認容額 二万二五〇〇円)

証人降松美代子の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は、交通事故証明書等の文書を入手するために二万二五〇〇円を支出したことが認められ、右支出は全額が本件事故と相当因果関係があるというべきである。

9  不要な授業料支出(認容額 六七万五〇〇〇円)

甲六四、証人降松美代子の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時通学していた大手前女子短期大学に対し、平成五年度後期分及び平成六年度前期分の授業料として合計六七万五〇〇〇円納入したにもかかわらず、本件事故により平成五年一〇月一七日以降一度も出席することなく右短期大学を退学せざるを得なかったことが認められるから、右支出は、本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

10  逸失利益(認容額 六一一三万四〇八六円)

(一) 甲五、原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、前記のとおり「症状固定」後さらに続けたリハビリによって、T字杖を使って一〇〇メートルくらいは歩けるようになり、学校での教室の移動は杖なしでもできるまで改善したが、動的立位バランスは不安定であり、長時間での立位作業は不可能であり、荷物の運搬などの作業にも限界が認められる。また、座った状態でも常に足は震えている。さらに、バスや電車には一人で乗ることができない。

(2) 原告の上肢は、運動失調症状が強く残存しており、実用性に欠け、例えば、コンピューターのマウスの操作では右足の震えもあるせいでポインターが上手く合わず、また、学校では板書をノートに写そうとしても追いつかないといった状態である。

(3) 会話能力は、日常会話ができるまで改善したが、息継ぎの息が足りなくなって言葉全部が言えなかったり、音の調整もできないといった状態である。

(4) 注意力、判断力、計算能力等知的機能全般において軽度の低下が認められる。

(5) 原告は、現在単身で生活し、掃除、洗濯、入浴等は、ゆっくりとではあるが一人でできる。

(6) 原告は、平成八年四月から兵庫県立障害者高等技術専門学院に入学し、情報処理系の職業訓練を受け、就職を希望しているが、現在のところ、職業安定所から一切仕事の斡旋が回ってこない状態である。

(二) 以上の事実を前提に、逸失利益を認定すべき各要素を検討する。

(1) 基礎年収

原告は、本件事故当時短期大学に通学する学生であり、また、症状固定時である平成七年五月三一日当時には二一歳であったから、基礎収入としては、平成七年度賃金センサス産業計・企業規模計・女子労働者・短大卒・二〇~二四歳の平均賃金である二九〇万四三〇〇円に拠るべきである。

(2) 労働能力喪失率

右のような原告の後遺障害の内容、程度、及び原告の性別、年齢からすれば、原告の労働能力喪失率は、就労可能年数全期間につき九二パーセントとするのが相当である。

この点、被告らは、骨盤骨変形は労働能力に影響しないから労働能力喪失率は七九パーセントを上回らない旨主張するが、(一)で認定した原告の現実の症状に鑑みるとき、被告らが主張するように骨盤骨変形であるという形式的理由だけで労働能力喪失率を通常よりも引き下げるのは相当ではない。

また、被告らは、原告は単身で生活できること、ワープロ入力において一〇分に二〇〇字から二五〇字程度入力できること、情報処理検定に合格したこと等を指摘し、症状固定後もリハビリのため原告の症状は改善し、労働能力も改善しているのだから、逸失利益の算定も右のような回復をふまえてなすべき旨主張する。

たしかに、被告らが指摘する右事実は原告本人尋問の結果から認められ、他に、(一)で認定したような改善点も認められる。

しかし、このような原告の症状の改善は、いわば日常生活能力の改善とは評価できても、未だ労働能力という面での改善には至っていないというべきである。例えば、一人で掃除や洗濯ができるとはいえ、それらには長い時間がかかるし、また中腰の掃除もできないこと(原告本人尋問の結果)等から考えれば、社会での労働という場面において、はたしていかほど労働能力が改善したと言えるのか、はなはだ疑問である。他の改善点も同様であり、原告の重い症状に照らし、労働能力喪失率を引き下げるべき特段の事由はないと言うべきである。

さらに、被告らは、原告の症状は、「症状固定」後の改善から見て、将来も改善することが推認できると主張するが、何ら具体的根拠はなく、むしろ、原告の右手の震えは大きくなっていること(原告本人尋問の結果)などに鑑み、右主張は推測の域を出ていないと言わざるをえず(甲六一)、採用できない。

(3) 就労可能年数

原告は、症状固定時である平成七年五月三一日(満二一歳)から満六七歳まで、四六年間就労可能であったと認められる。

(4) 中間利息の控除

事故発生時点における現在価を求めるために、四七年に対応する新ホフマン係数である二三・八三二二から、一年に対応する新ホフマン係数である〇・九五二三を引いた、二二・八七九九を用いるのが相当である。

(三) 以上の各要素に基づき、逸失利益を計算すると、六一一三万四〇八六円(円未満切り捨て。)となる。

11  慰謝料(認容額 一七〇〇万円)

前記認定の原告の傷害の内容、程度、治療経過、後遺障害の内容、程度等諸般の事情を勘案すると、本件事故によって原告が受けた肉体的、精神的苦痛に対する慰謝料としては、入通院及び後遺障害を合わせて一七〇〇万円とするのが相当である。

12  小計

右1ないし11の小計は、八〇九六万五九七七円となる。

13  損害の填補

原告が本訴提起前に自賠責保険等から受け取った九六一万三一九二円については、既に損害の填補があったと言うことができるから、これを控除すると、その残額は七一三五万二七八五円となる。

14  弁護士費用(認容額五〇〇万円)

原告が本件訴訟の提起追行を原告訴訟代理人に委任したことは当裁判所に顕著であり、諸般の事情を考慮し、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は五〇〇万円とするのが相当である。

15  遅延損害金への充当

以上のとおり、原告の総損害額は七六三五万二七八五円となる。

そして、原告は平成九年五月一三日に自賠責保険から受け取った九七九万円を、同日までの右総損害額に対する遅延損害金に充当するので(民法四九一条一項)、原告が当初請求していた平成五年一〇月一八日から平成九年五月一三日までの民法所定年五分の割合による遅延損害金を計算すると、一三六二万八四三七円となり、右受領金充当後の残遅延損害金は三八三万八四三七円となる。

16  まとめ

よって、原告は、被告らに対し、総損害額七六三五万二七八五円と平成九年五月一三日までの残遅延損害金三八三万八四三七円との合計八〇一九万一二二二円と、内金七六三五万二七八五円に対する平成九年五月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

(裁判官 下司正明)

(別紙) 損害計算表

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