神戸地方裁判所 平成9年(ワ)2128号 判決 1999年7月07日
大阪市東成区中本五丁目一四番二三号
原告
株式会社寺谷商店
右代表者代表取締役
寺谷敏一
右訴訟代理人弁護士
上田隆
同
下垣邦彦
右輔佐人弁理士
福島三雄
神戸市中央区海岸通八番
被告
株式会社ハセガワ
右代表者代表取締役
長谷川恭助
福島県会津若松市上町四番二四号
被告
株式会社お菓子のアトリエ
右代表者代表取締役
小林健蔵
右両名訴訟代理人弁護士
小越芳保
同
滝澤功治
同
友廣隆宣
同
津久井進
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
1 被告らは、別紙イ号目録及びロ号目録記載の標章を付した贈答用砂糖セットを製造、販売してはならない。
2 被告らは、別紙ハ号目録記載の標章を、被告ら作成にかかる贈答用砂糖セットの商品パンフレットに表示してはならない。
3 被告株式会社ハセガワは、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成九年一一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 被告株式会社お菓子のアトリエは、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成九年一一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告が、被告らに対し、商標権侵害行為の差止め並びに商標権侵害による損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 判断の前提となる事実
1 (当事者)
(一) 原告は、贈答用砂糖製品等の製造販売を業とする会社である(争いがない。)。
(二) 被告株式会社お菓子のアトリエ(以下「被告お菓子のアトリエ」という。)は、菓子の製造、販売等を業とする会社であり、被告株式会社ハセガワ(以下「被告ハセガワ」という。)は、砂糖類、小麦粉類の卸売、小売等を業とする会社である。(弁論の全趣旨)
2 (原告の商標権)
原告は、次の商標権(以下、「本件商標権」といい、その商標を「本件登録商標」という。)を有している。(甲一、二)
(一) 出願日 昭和六二年一一月二〇日
(二) 登録日 平成二年一月三〇日
(三) 登録番号 第二二〇二八三三号
(四) 指定商品 砂糖、氷砂糖、角砂糖(平成三年政令二九九号による商標法施行令改正前の第三一類)
(五) 商標の構成 別紙商標目録記載のとおり
3 (被告らの標章使用)
(一) 被告ハセガワは、別紙イ号目録記載の標章(以下「イ号標章」という。)を、被告お菓子のアトリエは、別紙ロ号目録記載の標章(以下「ロ号標章」という。)を、それぞれ付した贈答用砂糖セットを製造、販売している。
(二) 被告お菓子のアトリエは、別紙ハ号目録記載の標章(以下「ハ号標章」という。)を贈答用砂糖セットのパンフレットに表示している(以下、イ号ないしハ号標章を「被告標章」といい、被告標章ないしこれと類似する標章〔「HAPPY BABY」の英文字表示の標章〕を付した被告らの商品を「被告商品」という。また、以下の英文字表記のものはすべて横書きのものであるが、以下においては「HAPPY BABY」というように縦書きで表示する。)。
(争いがない。)
4 (被告標章の本件登録商標との類似性)
(一) 本件登録商標は、ゴシック体の英文字で「HAPPYBABY」と横書きした標章であって、英語の「HAPPY」と「BABY」の単語を結合連記したものである。そして、それは、「ハッピーベイビー」の称呼を生じるものである。また、一般には、「HAPPY」は「幸福な、うれしい、めでたい」、「BABY」は「あかちゃん(新生児)」を意味する単語として使用されるものである。したがって、本件登録商標の「HAPPYBABY」は、一般に誕生日を祝福する文言として使用される「HAPPYBIRTHDAY」や、結婚を祝福する文言として使用される「HAPPY WEDDING」等と同じように、新生児の誕生を祝福する意味のものと理解されるものである。
(二) 被告標章は、本件登録商標とは、書体(イ号標章、ロ号標章)や文字列の表記の仕方(イ号標章)が異なり、また、「HAPPY」と「BABY」の間に空白が置かれている(イ、ロ、ハ号標章)点で異なるところがあるが、いずれもその英文字の構成は同じであり、したがって、その外観は類似し、その称呼及び観念は同じのものといえる。
(三) したがって、被告標章は、本件登録商標と類似している。また、被告商品は、本件登録商標に係る指定商品に含まれる。(甲一ないし四、六の一、二、乙六ないし八、一八、二三、三〇ないし三二、三六、三七の一、二)
二 争点及び当事者の主張
1 被告らの被告標章使用行為は、「商標の使用」に該当するか(争点1)。
(原告の主張)
(一) 被告らの被告標章使用行為は、商標法三七条一号の「商標の使用」行為に該当する。
(二) (被告らの主張に対し)
(1) 「HAPPY BABY」なる文言は、一般の英和辞典等に掲載されておらず、一般的にこのような文言を使用している事実はないから、この文言が慣用句であるということはできない。なお、赤ちゃんの誕生を祝う言葉としては、一般的には「CONGRATULATIONS」などが使用されている。
したがって、「HAPPY BABY」なる文言が、本件登録商標出願前に、指定商品について「誕生内祝い商品における子供が誕生した喜びを素直に表す意思を表示する文言」として一般に使用されていたとはいえない。
このことは、本件登録商標が商標法三条の各号に該当しないとして登録されていることからも明らかである。
(2) 「HAPPY BABY」が一般的に使用される慣用句でない以上、これを通常の英文表現と理解することもできない。
そもそも、被告らが商品の包装あるいはパンフレットに「HAPPY BABY」を使用しているのを見た需要者は、同じ「HAPPY BABY」が付された同種商品は同じ出所から製造販売されていると認識するはずであるから、「HAPPY BABY」なる文言が自他商品識別標識としての機能を果たしていることは明らかである。被告らが、「HAPPY BABY」なる文字を被告商品のパンフレットや外装箱等に付記して販売経路拡大に利用していることは、「HAPPY BABY」という文字標章を自他商品識別標識として使用していることを示すものである。
現在、被告お菓子のアトリエが使用しているパンフレット(甲四)には、各頁の最上段に、ゴシック体で「HAPPY BABY」と記載されており(ハ号標章)、これを取引者及び需要者が見れば、このパンフレットは「HAPPY BABY」シリーズの角砂糖詰め合わせの商品であると認識するはずであるから、この「HAPPY BABY」の文字標章は、商品のシリーズを識別するための商標として認識されるものであるといえる。
(被告らの主張)
(一) 被告商品は、子供が誕生した際の贈答用の商品であるところ、被告標章である「HAPPY BABY」との文言は、子供が誕生した喜びを表す慣用句として使用されているにすぎず、被告標章を被告商品に使用したとしても、何ら自他識別力を有しない。その理由は、以下のとおりである。
(1) 結婚を祝福する際には、慣用的に「HAPPY WEDDING」との文言が使用され、誕生日を祝う際には「HAPPY BIRTHDAY」との文言が使用されるが、「HAPPY BABY」も、これと同様に一定の事実に対する祝福の意思を表示する文言にすぎない。
実際にも、「HAPPY BABY」なる文字は各種カードに採用されており、「HAPPY WEDDING」、「HAPPY BIRTHDAY」などの文言と同様に、お祝い文言としてカード上に表示された状態で、市中の文具店等で広く販売されている。
(2) 原告の本件登録商標が「HAPPYBABY」と単語を連結した一体の新たな造語となっているのに対し、被告標章は「HAPPY」と「BABY」の間に間隔を設け、「HAPPY」という形容詞と「BABY」という名詞をそれぞれ独立の単語として使用しているのであって、これは通常の英文表現として理解されるものである。
(3) 被告らの各パンフレット等には、「HAPPY BABY」なる文字を付記した誕生内祝い用商品のみならず、「HAPPY WEDDING」なる文字を付記した結婚内祝い用商品等も併せて掲載されており、いずれも名前及び年月日等を固形砂糖の表面に印刷することで商品を需要者ごとに個別化できるお祝い用商品として、「ZOLLETTA」と総称される被告らの商品群を形成しているものである。
そして、結婚内祝い用商品も誕生内祝い用商品も外装箱が共通のものがあり、その場合、そのままでは外観上商品の見分けがつかないために、結婚内祝い用商品には「HAPPY WEDDING」のラベルを、誕生内祝い用商品には「HAPPY BABY」のラベルを、それぞれ外装箱に貼付して区別できるようにしている。
また、結婚内祝い用商品と誕生内祝い用商品とで、外装箱は違うものの商品自体の内容が同じ場合、外装箱の内部に「HAPPY WEDDING」ないし「HAPPY BABY」のラベルを入れることにより区別できるようにしている。
したがって、被告らのお祝い用商品群は「ZOLLETTA」と総称されるものであって、右商品群において、外装箱の外観が共通な場合と、外装箱が違うものの商品の中身が共通である場合があり、右各ラベルは単に外観上の区別を可能にするために使用されているにすぎないことから、右ラベルにおける「HAPPY BABY」なる文言は、「ZOLLETTA」と総称される右お祝い用商品群のうちの誕生内祝い用商品に添えられたお祝い文言であるといえる。
また、被告らの各パンフレット等には、「HAPPY BABY」との文字のほかに、中央部分に「かわいい赤ちゃん」と日本語で大書されて出産内祝の一ロメモが記載されているものもあり(甲四)、このことを考慮すれば、「HAPPY BABY」なる文言が誕生内祝い用商品に添えられたお祝い文言であることは明らかである
(二) したがって、被告らによる被告標章使用行為は、商標法三七条一号に規定する「商標の使用」には当たらない。
2 被告らの被告標章使用行為について、先使用権が認められるか(争点2)。
(被告らの主張)
(一) 被告らの被告標章使用の経緯、事情は、以下のとおりである。
(1) 被告お菓子のアトリエの代表者である小林健蔵(以下「小林」という。)は、昭和五七年ころ、シルクスクリーン印刷により固形砂糖の表面に模様を形成するために使用される食用塗料を発明した。
小林は、右発明を利用した砂糖商品として、「Happy Baby」なるお祝い文言を使用した文字標章、子供の名前及び生年月日を固形砂糖の表面に印刷した商品を独自に創案し、昭和五九年九月、東京銀座の百貨店松屋でその販売を開始した。
子供の名前及び生年月日を固形の砂糖の表面に印刷することで商品を需要者ごとに個別化することを可能にした小林の手法は、被告商品を商品化した後も評判がよく、大きな反響を呼び、被告お菓子のアトリエの商品は種々のマスメディアに大きく取り上げられることになった。
(2) 被告お菓子のアトリエは、東京原宿の「お菓子のアトリエ」という店に自己の製造した商品を出荷していたが、同店においても右商品の販売が開始され、昭和六〇年六月からは、誕生内祝い用商品の外装箱の表面に「HAPPY BABY」なる文字を印刷したシールを貼付して販売されるようになった。
さらに、被告お菓子のアトリエは、店舗用に「HAPPY BABY」なる文字を記載したパンフレットを作成するとともに、同文字を記載したパンフレット兼注文書を作成して、右店舗及び右百貨店に頒布した。
なお、被告お菓子のアトリエは、昭和六一年には札幌及び福岡にも出店した。
(3) 被告ハセガワの代表者である長谷川恭助(以下「長谷川」という。)は、被告お菓子のアトリエとの間で、昭和六〇年六月ころ、被告お菓子のアトリエが製造する被告商品について、これを共同企画商品として種々の販売経路を介して販売することを合意した。
長谷川は、通信販売業界の大手であるシャディ株式会社(以下「シャディ」という。)に被告商品の企画を持ち込んだところ、シャディは被告商品を高く評価し、昭和六一年版の総合版パンフレット及び愛蔵版パンフレットに被告商品を採用することにした。
(4) 被告商品は、昭和六〇年一一月以降、横浜高島屋、高崎高島屋、日本橋三越本店、銀座三越、新宿伊勢丹、千葉そごう、舟橋そごう、池袋西武等の関東方面の二〇店あまりの百貨店においても販売されることとなった。
(5) 被告商品を掲載したシャディの右各パンフレットは、昭和六一年一月、総合版が約二〇万部、愛蔵版が約五〇万部発行され、各家庭及び全国二〇〇〇店のシャディショップに頒布された。
(6) 長谷川は、昭和六一年四月九日、被告ハセガワを設立し、被告ハセガワは、シャディからの注文を一手に引き受けるとともに、被告お菓子のアトリエと同仕様のパンフレット兼注文書(乙八)を作成して顧客に頒布するとともに、シャデイショップにも備え付けてもらった。
(7) 被告お菓子のアトリエ及び被告ハセガワの頒布したパンフレットの印刷枚数は、昭和六〇年一〇月二一日から平成元年一月二四日までの間だけで、合計九万〇八〇〇枚に達した。
また、昭和六一年一一月から昭和六二年一〇月までの一年間で、被告お菓子のアトリエが被告商品を納品する百貨店は四六店舗に達し、それらに対する販売個数は一万一六九八個に達した。
さらに、右百貨店への納品分を含む同期間の被告商品の販売個数は合計一五万〇〇〇八個で、売上額は二億五六二四万九九〇〇円に達した。
(8) 被告らは、「HAPPY BABY」なる文字標章をパンフレットや外装箱のみならず、百貨店及び店舗の店頭に設置した広告宣伝版(乙三一)や顧客向けダイレクトメールに利用して、その販売促進を図った。
(9) 被告お菓子のアトリエは、昭和六二年五月ころ、「HAPPY BABY」なる文字標章を使用した総合パンフレットを発行した。
(10) 被告らは、被告ハセガワがユナイテッド・メディア株式会社との間で「SNOOPY」の商標使用許諾を含む契約を締結したことから、平成五年から、従来の商品に加えて、イ号標章と、「SNOOPY」の図柄と文字とが組み合わされて記載された外装箱に包装した商品を販売し、また、被告ハセガワの右商品に係る専用パンフレットには、イ号標章と「SNOOPY」の図柄と文字とが別々に記載されている。
(二) 以上のとおりであるから、被告らは、本件登録商標の登録出願(昭和六二年一一月二〇日)前から、不正競争の目的なく、被告商品及び各種パンフレットに被告標章と同一性のある標章を継続して使用しており、本件登録商標の登録出願時には、右の被告らの標章が、被告らの業務に係る商品を表示するものとして、広く取引者及び需要者の間で認識されるに至っていたものである。
したがって、被告らは、商標法三二条一項に基づき、被告標章を適法に使用する先使用権を有する。
(原告の主張)
右被告ら主張事実のうち、被告お菓子のアトリエが昭和五九年九月に被告商品の販売を開始したこと、被告らが昭和六〇年には各パンフレットに「HAPPY BABY」なる文言を使用していたこと及び本件登録商標の登録出願時には被告標章ないしこれと同一性のある標章が被告らの業務に係る商品を表示するものとして需要者の間で広く認識されるに至っていたことは否認し、その余の被告ら主張事実は知らず、被告らが被告標章について先使用権を有するとの主張は争う。
また、被告らが主張する広告宣伝版(乙三一)における「HAPPY BABY」の表示は、商品名として使用されているという印象は薄く、商品の出所識別機能を有するような表示ではない。
3 原告の損害額(争点3)
(原告の主張)
被告らは、被告商品のうち、<1> 外装箱にイ号標章を付した砂糖菓子商品を単価一〇〇〇円で、<2> 商品ケースにロ号標章を表記したシールを貼付した砂糖菓子の商品を単価二〇〇〇円で、年間少なくともそれぞれ五〇〇〇個を二年間にわたり製造販売しており、被告らは、これによって、右<1>の商品については一個当たりそれぞれ二〇〇円の、右<2>の商品については一個当たりそれぞれ三〇〇円の利益を取得した。
したがって、被告らが右各商品の製造販売によって取得した利益の額は、それぞれ五〇〇万円を下らない。
計算式 (二〇〇円+三〇〇円)×五〇〇〇個×二年間=五〇〇万円
(被告らの主張)
被告らが、右原告主張の二種類の商品を製造販売していること、右原告主張<1>の上代単価が一〇〇〇円であること、被告らが右二種類の商品を平成八年以降、二年間以上製造販売していることは認め、その余は否認する。
なお、原告主張<2>の上代単価は三〇〇〇円である。
第三 当裁判所の判断
一 争点1(被告らの被告標章使用行為は、「商標の使用」に該当するか)について
1 商標は、商品又は役務の自他を識別する機能を有することが前提とされているものであるから(商標法一条、三条の規定の趣旨から明らかである。)、登録商標と同一若しくは類似の標章が、その同一若しくは類似の標章を使用する者の商品又は役務の出所を表示する機能を有しない場合には、その標章の使用は、右登録商標に係る商標権の侵害には当たらない。
2 被告らは、被告標章の「HAPPY BABY」の文言は、子供が誕生した喜びを表す慣用句として使用されているにすぎないものであるから、これを被告商品に使用したとしても、何ら自他識別力を有しないので、被告らの被告標章使用行為は原告の本件商標権を侵害するものではない旨主張するので、これにつき検討する。
(一) 「HAPPY BABY」という文言が、一般にお祝い文言として使用されている「HAPPY BIRTHDAY」や「HAPPY WEDDING」等同じように、新生児の誕生を祝福する意味のものと理解されるものであることは前述のとおりである。
そして、証拠(甲四、乙六ないし一二、被告お菓子のアトリエ代表者)及び弁論の全趣旨によれば、被告らが作成した被告商品の宣伝用パンフレット(甲四、乙六ないし八等)やカタログ(乙一一)、被告ハセガワが通信販売会社のシャディと契約し、その通信販売商品としてそのカタログ(乙一二)に掲載された被告商品に関する箇所には、「HAPPY WEDDING ご結婚の二人に幸せを贈ります」との文言で宣伝する結婚内祝い商品と並べて、「HAPPY BABY かわいい赤ちゃんおめでとう」と記載して、「HAPPY WEDDING」を結婚に対する祝福文言として用いるのと同じように、「HAPPY BABY」を新生児誕生に対する祝福文言的に使用している部分があることが認められる。
(二) しかしながら、「HAPPY BABY」の文言は、一般の英和辞典にも掲載されていない造語であり、「HAPPY BIRTHDAY」等の文言と異なり、新生児の誕生を祝福する文言として一般的、慣用句的に使用されているとまで認め得る証拠はない。甲一四の一・三によれば、「HAPPY BABY」の文言が使用されている絵本カードや、「HAPPY NEW BABY」の文言が使用されているカードが市販されていることが認められるが、その販売数や販売地域等を確認できる証拠はなく、右のような事実だけで、「HAPPY BABY」の文言が新生児誕生に対する祝福文言として慣用句的に使用されるに至っているとまで認めることはできない。
のみならず、証拠(甲三、五、六の一・二、三六、三七の一・二、被告お菓子のアトリエ代表者)及び弁論の全趣旨によれば、後記のとおり、被告商品は、被告お菓子のアトリエが製造し、被告お菓子のアトリエと被告ハセガワとが業務提携契約に基づいて共同企画商品として製造、販売しているものであるところ、被告らは、被告商品の外装箱や商品ケースに「HAPPY BABY」の文言(ロ号標章と同一のものあるいはハ号標章と類似のもの)を印刷したシールを貼って製造、販売し、また、商品の外装箱にイ号商標を印刷して販売していること、前記シャディのカタログの被告商品の写真掲載箇所には、被告商品について、その各商品の番号、販売価格、箱の寸法、収納固形砂糖等の個数等とともに、「ゾレッタシュガー ハッピー・ベビー」と記載され、それが商品名として宣伝広告されてきたこと、被告お菓子のアトリエは、同社製造の砂糖商品を「ZOLLETTA」(「ゾレッタ」・イタリア語で角砂糖の意味)と総称し、これを結婚内祝い用、新生児の誕生内祝い用、その他の祝い用等の用途の違いに応じて「ゾレッタシュガー ハッピーウェディング」、「ゾレッタシュガー ハッピー・ベビー」、「ゾレッタシュガー ひなまつり」などのシリーズ商品として販売してきたこと、以上の事実が認められる。
(三) 右(二)の「HAPPY BABY」の文言の一般的使用状況や被告らの被告標章の使用の態様に照らせば、被告らは、被告商品が被告らの製造販売に係る固形砂糖商品の総称である「ZOLLETTA」のシリーズ商品の一つである新生児誕生内祝い用商品であることを表示するものとして、「HAPPY BABY」の被告標章を使用しているものと認められ、右(一)の事情を考慮しても、被告らの被告標章の使用態様は、取引者や一般需要者から見て、被告商品の出所を識別する機能を有する態様のものと認めるのが相当である。
したがって、被告らの右被告標章使用行為は、商標法三七条の「商標の使用」に該当する。
二 争点2(被告らの被告標章使用行為について、先使用権が認められるか)について
1 証拠(甲八、九、乙一八、一九、二二ないし二四、二五の一ないし四六、二六、二七、二八の一ないし九一、二九の一ないし一〇五、三三、三四、三六、三七の一、二、被告お菓子のアトリエ代表者)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告お菓子のアトリエは、昭和五四年八月一三日に設立されたが、昭和五五年には、被告お菓子のアトリエ製造の、キューリやトマトの形をしたケーキ等を販売する店舗が東京都渋谷区神宮前六-四-一(いわゆる原宿)に開設され、雑誌等でその店舗を紹介する記事が掲載された。また、小林は、昭和五六年から、ギャラリー銀座や池袋西武百貨店において「おかしなお菓子のアトリエ展」と称する展覧会を年に一度の割合で開催し、昭和五七年二月ころには、女性の乳房や臀部等の形をしたチョコレートを製造してこれを右店舗で販売するなどし、それらはその都度各種雑誌等で大きく取り上げられた。
小林は、昭和五七年ころ、シルクスクリーン印刷により固形砂糖の表面に模様を形成するために使用される食用塗料を発明した(小林は、右発明につき、昭和五八年一二月九日に特許出願し、これが昭和六〇年七月五日に出願公開され、昭和六二年二月一三日に出願公告された。)。
(二) 被告お菓子のアトリエは、右発明を利用した砂糖商品の開発を計画し、子供の誕生内祝い商品として、男の子ないし女の子の顔、「Happy Baby」なる文字を使用した標章(乙四に表記された字体と同様のもの)、子供の名前及び生年月日を固形砂糖の表面に印刷した商品を創案し、昭和五九年九月、東京銀座の松屋でその販売を開始した。
また、原宿の右店舗においても、同時期から、右と同様の「Happy Baby」なる文字を表面に型どった被告お菓子のアトリエの商品が販売された。
「Happy Baby」なる文言及びその文字標章は、小林が、子供の誕生内祝い商品に付けるのに適当なものとして独自に考案したものであり、その当時、そのような文字標章を使用していた業者は、他には存在しなかった。
また、被告お菓子のアトリエは、昭和六〇年六月ころから、商品自体には「Happy Baby」ないし「HAPPY BABY」なる文字標章は使用せず、外装箱に「HAPPY BABY」という文字を記載したシールを貼った誕生内祝い用商品を販売するようになった。右シールの「HAPPY BABY」は、被告標章とは、赤い文字で記載されている点や、やや丸みを帯びた文字となっているといった点が異なるものの、被告標章と類似するものであり、また、シール自体、かなり大きく目立つものであった。そして、右商品の外装箱には、製造元として被告お菓子のアトリエの商号が表示されていた。
被告お菓子のアトリエは、右商品について、「HAPPY BABY」なる文字を中央部に記載したパンフレット兼注文書を作成して、右店舗及び右百貨店に頒布するようになった。
右パンフレット兼注文書に使用されていた「HAPPY BABY」なる文字標章は、「BABY」のBの字のみが筆記体で大きく強調されていることや、「HAPPY」と「BABY」の各文字列が上下にずらされているといった点において被告標章とは異なるが、それ以外は同一で、両者は類似するものであった。
被告お菓子のアトリエは、昭和六一年には、札幌及び福岡等にも同様の店舗を開設し、それら店舗でも右の商品を販売した。
(三) 長谷川は、昭和六〇年六月ころ、被告お菓子のアトリエとの間で、被告商品について、これを共同企画商品として種々の販売経路を介して提携販売していくことを合意し、この被告お菓子のアトリエとの関係は、昭和六一年四月九日に長谷川が被告ハセガワを設立した後は、同被告に引き継がれた。
(四) 被告ハセガワは、通信販売会社のシャディに被告商品を持ち込み、シャディは、昭和六一年版の総合版パンフレット及び愛蔵版カタログにおいて、被告商品を販売商品として掲載した。
当時、シャディは、既に全国的に通信販売業を展開しており、資本金四億五三〇〇万円、年商五一〇億円で、全国に約二〇〇〇店のチェーン店を有する大企業であった。
被告商品は、シャディのいずれのカタログにおいても、商品名を「ゾレッタシュガーハッピー・ベビー」とされて販売された。
シャディのこれらのカタログにおいては、この商品が被告お菓子のアトリエの製造に係る商品であることは明示されていなかったが、シャディの取り扱う被告商品においても、その外装箱には、製造元の被告お菓子のアトリエの商号が表示されていた。
(五) 他方、被告ハセガワは、シャディからの注文を一手に引き受け、右被告お菓子のアトリエのものと同仕様のパンフレット兼注文書を作成して顧客に頒布するとともに、全国のシャディショップにも備え付けてもらった。
(六) 被告らが頒布した各パンフレット等は、昭和六〇年一〇月二一日から昭和六二年四月八日までの約一年半の間だけで、四万一六〇〇枚に達した。
(七) 被告商品は、昭和六〇年一一月以降、横浜高島屋、高崎高島屋、日本橋三越本店、銀座三越、新宿伊勢丹、千葉そごう、舟橋そごう、池袋西武等の関東方面の二〇店余りの百貨店においても販売されることとなり、昭和六二年一〇月までの間に、関東一円(東京都、千葉県、神奈川県、埼玉県)、静岡県、長野県、青森県、岩手県所在の各百貨店、合計四六店舗で販売され、昭和六一年一一月から昭和六二年一〇月までの百貨店のみに対する被告商品の販売個数の合計は、一万一六九八個に達した(なお、百貨店においては、被告商品は、被告お菓子のアトリエの製造した商品として販売されていた。)。
さらに、右各百貨店への納品分を含む、同期間の被告商品の全体の販売個数は、合計一五万〇〇〇八個で、売上額は二億五六二四万九九〇〇円に達した。
(八) シャディは、昭和六二年一月に、昭和六二年総合版のカタログを発行したが、それにも被告商品を紹介する頁があり、その頁の最上部には「HAPPY WEDDING&HAPPY BABY」というやや大きめの文字が赤く筆記体で記載されていた。右カタログは、同年一月から三月までの間に、約三三万冊発行され、全国に頒布された。
(九) 被告お菓子のアトリエは、昭和六二年五月ころ、総合パンフレットを発行したが、その誕生内祝い用の商品を紹介する頁には、最上段に、赤色文字でループ上に「HAPPY BABY」なる文言を記載した砂糖菓子商品の写真が掲載されていた。被告お菓子のアトリエは、右総合パンフレットを、各販売先等に頒布した。
(一〇) その後も、被告らは、前記「HAPPY BABY」なる文字を使用した各標章を外装箱のシールやパンフレット等に使用した被告商品の販売を継続しており、シャディによる被告商品の通信販売も継続されていた。
なお、昭和六三年以降に販売された被告商品及び同時期に使用されたパンフレット兼注文書には、ロ号標章及びハ号標章を使用したものも含まれている(内部にロ号標章を使用したラベルを入れた被告商品は、平成元年ころから発売されたものであり、ハ号標章を使用したパンフレットは昭和六三年ころから使用されたものである。)。
被告ハセガワは、ユナイテッド・メディア株式会社との間で、平成四年九月二九日、「SNOOPY」の商標使用許諾を含む契約を締結したことから、平成五年から、従来の商品に加えて、イ号標章と「SNOOPY」の図柄と文字とが組み合わされて記載された外装箱に包装した商品を販売しており(なお、その外装箱やパンフレットのデザインは小林によるものである。)、また、被告ハセガワの右商品に係る専用パンフレットには、イ号標章と「SNOOPY」の図柄と文字とが別々に記載されている。
(二) 原告は、大阪市東成区を本店所在地とする、資本金一〇〇〇万円の株式会社であり、本件登録商標を用いて誕生内祝い商品のパンフレットを製作・頒布しているが、そのパンフレットが製作されるようになった時期や数量及びその頒布先等については不明である。
2 以上の認定事実に基づいて、被告らの被告標章の使用につき先使用権が認められるか否かについて検討する。
(一) 被告お菓子のアトリエはもともと自社製造の商品に被告標章(これと類似のものを含む)を使用していたものであるが、昭和六〇年以降は右商品を被告ハセガワと共同企画商品として提携販売することになったものであるから、被告標章の先使用権の成否の判断においては、被告らそれぞれについて生じた事情は両者に共通のものとして考慮し得るものと解するのが相当である。
(二) 本件においては、商標法三二条一項が定める先使用権の要件のうち、<1> 原告の本件登録商標の登録出願前から、被告らが、日本国内において、その登録商標の指定商品と同一の商品について、その登録商標と類似する商標を使用していること、<2> 被告らが、原告の右登録出願前から現在まで、継続してその商品について使用していることは明らかである。
(三) 次に、「HAPPY BABY」なる文字を使用した標章は、小林が子供の誕生内祝い商品用として独自に考案したものであり、当時、そのような文字標章を使用していた業者は他には存在せず、それ以降も、原告以外に、そのような文字標章を使用して、本件登録商標の指定商品を製造販売していた業者が存在したことを窺わせる証拠は存在しない。
他方、原告が、いつから、どの地域で、どの程度の量の指定商品を、本件登録商標を用いて製造、販売していたのかについては、証拠上全く不明である。
したがって、被告らは、何ら不正競争の目的でなく、被告標章を使用していたものと認められる。
(四) そこで、被告らが本件登録商標出願前に使用していた「HAPPY BABY」の文字構成の標章が、右出願(昭和六二年一一月二〇日)当時、被告らの業務に係る商品を表示するものとして周知になっていたといえるかについて検討する。
(1) 前記認定事実によれば、本件登録商標出願当時までに、被告お菓子のアトリエの店舗等については、各種雑誌にたびたび記事が掲載され、その店舗はもちろん、その製造元である被告お菓子のアトリエ自体、相当広く取引者及び需要者に認識されていたものと推認される。
そして、被告商品は、被告お菓子のアトリエによって昭和五九年に東京銀座の百貨店松屋で販売が開始されて以後、販売百貨店数や百貨店における販売量が飛躍的に増大しており、被告お菓子のアトリエの商品として、昭和六二年一〇月までの間に、関東一円、静岡県、長野県、青森県、岩手県所在の各百貨店、合計四六店舗で販売され、昭和六一年一一月から昭和六二年一〇月までの各百貨店のみに対する被告商品の販売個数の合計は、約一万一七〇〇個に達していたところ、被告商品が子供の誕生内祝い商品という極めて需要の限定された商品であること、需要者が子供の誕生内祝い商品を選択する場合、百貨店のギフトコーナー等にある商品をまず念頭に置くであろうと推認されるところ(被告お菓子のアトリエ代表者本人尋問によれば、小林もその点を考慮して百貨店での販売を重視したことが認められる。)、右ギフトコーナー等には多種多様な誕生内祝い商品が置かれているのが一般であること等の点を考慮すると、被告商品の販売経路及び販売量の拡大は極めて大きく、被告商品の需要者に対するアピール度は極めて高いものであったことを推認させるものといえる。
さらに、被告商品は、シャディによる通信販売やシャディショップにおける販売等を通じて全国的に販売され、昭和六一年一一月から昭和六二年一〇月までの一年間における被告商品全体の販売量は、合計一五万個余りで、売上額は二億五万円を超える額に達しているところ、これも被告商品の需要が極めて限定されたものであることを考えればかなり大規模なものと認められ、シャディのカタログにおいても子供の誕生内祝い商品について多種多様なものが掲載されていると推認されることを考慮すれば、この販売経路においても被告商品の需要者に対するアピールの程度は極めて高いものと評価できる。
これらの事情に、シャディが、当時、全国的に通信販売業を展開し、そのカタログの発行部数も昭和六二年一月から三月までの間だけで三三万部と極めて多く、チェーン店であるシャディショップも全国に約二〇〇〇店が開設されているという業界の大手企業であり、そのような全国のシャディショップに被告商品のパンフレット兼注文書が置かれていたこと、被告らの頒布した被告商品を掲載した各パンフレット等は、昭和六〇年一〇月二一日から昭和六二年四月八日までの約一年半の間だけで四万一六〇〇枚に達していたこと等の事情を合わせ考慮すれば、被告商品に付された「HAPPY BABY」なる文言を使用した標章は、本件登録商標の出願当時、全国的にも、取引者や需要者にとって周知となるに至っていたものと認めるのが相当である。
(2) ところで、シャディのカタログ上は、被告商品が被告らの取り扱う商品であることが明示されていない。この点からすれば、シャディの通信販売によって販売された被告商品については、右被告標章(これと類似の標章)の「被告らの業務」との関連性が必ずしも明らかとはいえないのではないかとの疑問もないではない。
しかしながら、シャディのような通信販売業者の場合、自ら商品を製造販売することは少なく、他の卸売業者から商品を購入してそれを通信販売するという形態を採っていることは周知の事実であること、他方、シャディのカタログに掲載された被告商品の外装箱にはその製造元業者として被告お菓子のアトリエの商号が明示されていること等の点を考慮すれば、シャディのカタログによる通信販売に係る被告商品の標章についても、被告らの業務に係る標章の使用と認めるのが相当である。
(3) 以上のとおりであるから、本件登録商標出願当時、被告らが使用していた「HAPPY BABY」なる文字を使用した標章については、被告らに先使用権が認められるというべきである。
(五) そして、商標の先使用権を認める商標法三二条一項は、先使用者の企業努力によって蓄積された信用を既得権として保護し、商標権の効力との調整を図ろうとする趣旨の規定であり、この趣旨からすれば、右先使用権の効力は、これを取得した商標だけでなく、取引の実情にかんがみて社会通念上右先使用権取得商標と同一のものと認識される商標にも認められるものと解するのが相当である。
しかるところ、本件登録商標の出願前に被告らが使用していた標章(「Happy Baby」等)と被告標章とは、大文字か小文字かの相異や字体の相異等はあるものの、いずれも同一の英文字から構成される、同一の称呼、観念のものである上、右相異部分も宣伝効果や取引動向等を考慮して通常加えられる変更の範囲に属するものと認められ、社会通念上、被告標章は被告らが先使用権を取得した右商標と同一のものと認識されるものといえるから、被告標章にも先使用権の効力が認められるというべきである。
二 よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹中省吾 裁判官 永田眞理 裁判官 鳥飼晃嗣)
(別紙)イ号目録
<省略>
(別紙)商標目録(甲一参照)
<省略>
(別紙)ハ号目録
<省略>
(別紙)ロ号目録
<省略>