神戸地方裁判所 平成9年(ワ)2204号 判決 1999年9月22日
A事件原告・B事件被告 A野太郎
右訴訟代理人弁護士 茂木立仁
A事件原告補助参加人 神戸市
右代表者市長 笹山幸俊
右訴訟代理人弁護士 奥村孝
同 石丸鐵太郎
同 堺充廣
同 堀岩夫
A事件被告・B事件原告 E田貨物運輸株式会社
右代表者代表取締役 D原松夫
B事件原告 C川花子
<他1名>
右三名訴訟代理人弁護士 赤松和彦
主文
一 A事件被告E田貨物運輸株式会社は、A事件原告A野太郎に対し、金九二万六二九六円及びこれに対する平成八年四月二四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 B事件被告A野太郎は、
1 B事件原告C川花子に対して金三五〇〇万円とこれに対する平成八年四月二四日から支払済まで年五分の割合による金員を、
2 B事件原告安田火災海上保険株式会社に対して金三六五万七七五〇円及び、
うち金七万〇六九九円に対する平成八年九月二〇日から、
うち金七五万円に対する同年一〇月一七日から、
うち金八三万五六九六円に対する同年一一月二七日から、
うち金二〇〇万一三五五円に対する同年一一月二日から、
各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 A事件原告A野太郎及びB事件原告安田火災海上保険株式会社のその余の請求並びに同E田貨物運輸株式会社の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、これを五分し、その三をA事件原告・B事件被告A野太郎の、その余をA事件被告・B事件原告E田貨物運輸株式会社及びB事件原告安田火災海上保険株式会社の、各負担とする。
五 この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告らの求めた裁判
一 A事件
A事件被告E田貨物運輸株式会社は、A事件原告A野太郎に対し、金二二六九万二五四六円及びこれに対する平成八年四月二四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 B事件
B事件被告A野太郎は、
1 B事件原告C川花子に対し、金三五〇〇万円及びこれに対する平成八年四月二四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 B事件原告E田貨物運輸株式会社に対し、金三五〇万四五〇〇円及びこれに対する平成八年四月二四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
3 B事件原告安田火災海上保険株式会社に対し、金六〇九万六二五二円及び、
うち金一一万七八三二円に対する平成八年九月一九日から、
うち金一二五万円に対する同年一〇月一六日から、
うち金三三三万五五九三円に対する同年一一月一日から、
うち金一三九万二八二七円に対する同年一一月二六日から、
各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
(以下、便宜上、A事件原告・B事件被告A野太郎を単に「原告A野」と、A事件被告・B事件原告E田貨物運輸株式会社を「E田貨物」と、B事件原告C川花子を「原告花子」と、B事件原告安田火災海上保険株式会社を「原告安田火災」と、それぞれ呼称する。)
第二事案の概要
一 次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
1 発生日時 平成八年四月二四日午前一時二七分ころ
2 発生場所 神戸市北区山田町下谷上字池ノ内六番地の一新神戸トンネル北行き五・〇キロポスト付近
3 当事車両① 原告A野所有、同人運転の普通乗用自動車(神戸《番号省略》。以下「A野車両」という。)
当事車両② E田貨物所有、亡C川一郎(以下「亡C川」という。)運転の普通貨物自動車(香川《番号省略》。以下「C川車両」という。)
4 争いのない範囲の事故態様
事故現場のトンネル内の走行車線で停止していたA野車両との衝突を避けるために急停止した訴外有限会社D川流通サービス所有・訴外B山竹夫運転の普通貨物自動車(以下「B山車両」という。)に、C川車両が追突した。B山車両はA野車両に追突し、さらに追い越し車線に押し出され、同車線を走行中の訴外E原梅夫運転の普通乗用車に衝突した。
A野車両は追突された後、右現場からさらに進行して、同トンネル北行き六・四キロメートルポスト付近で、右事故に対処するためトンネルの出口方向から逆進してきた神戸市消防局の消防車(栗林消防士運転)に衝突した。
5 事故の結果
原告A野は負傷し、C川車両は大破して亡C川は死亡した。
二 原告A野は、C川車両の保有者にして運行供用者たるE田貨物に対して、自動車損害賠償保障法三条により、損害の賠償を求める。
原告花子は、亡C川の母親で唯一の相続人として、原告A野が飲酒運転のうえ、駐停車禁止場所であるトンネル内で停止したことが事故の原因であるとして、自動車損害賠償保障法三条及び民法七〇九条に基づき、亡C川の死亡により被った損害の賠償を求める。
E田貨物は、民法七〇九条に基づき、原告A野に対して、その被ったC川車両の損傷に伴う損害の賠償を求める。
原告安田火災は、E田貨物との自動車保険契約に基づき支払った保険金につき、商法六六二条に基づき、原告A野に求償する。
なお、原告A野、原告花子及びE田貨物の付帯請求は、本件事故の発生した日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金であり、原告安田火災の付帯請求は、代位弁済した日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。また、原告花子の請求は、内金請求である。
三 争点
1 事故の態様と、双方の過失の有無、割合
2 各原告の損害
四 争点1(事故態様と過失割合)に関する主張
1 原告A野の主張
(一) 原告A野は運転中にトンネル内で気分が悪くなり、気を失いそうになったため、A野車両を停止させたものである。停止してからしばらくして、後続のB山車両は追突することなく停止し、ハザードランプを点けたのに、数秒後、その後方から来たC川車両がまったくブレーキを踏むことなくB山車両に追突したものであり、本件事故は亡C川の一方的過失によるものであって、原告A野には過失はなく、A野車両には構造上の欠陥または機能の障害はなかった。
(二) また、A野車両は、B山車両に衝突されたあと、その反動により動きだし、クリーピングにより進行してしまったところ、逆走してきた消防車と接触したものであって、この間原告A野は全く意識がなく、消防車との接触の衝撃はその修理費が一〇万円ほどであったことからも判るとおり軽微なものであって、これによって原告A野が傷害を負うようなものではなかった。
2 E田貨物、原告花子、原告安田火災
(一) 原告A野は当日午後六時ころから勤務先の同僚らと勤務先の近所でビールを相当飲み、さらに三宮のスナックでウイスキー等を飲んだうえ、A野車両を運転して帰宅する途中であったのであり、飲酒のために気を失い、トンネル内で警告灯を点けることもなく、停止表示器を置くこともなく停止してしまったものである。
すぐ後ろのB山車両は辛うじて停止できたが、亡C川は停止できなかった。
原告A野の過失は八〇パーセントは下らない。
(二) また、A野車両は、B山車両に衝突されたのち、現場から離れて、消防車に衝突したもので、原告A野の傷害は亡C川による追突によってのみ発生したものではない。
五 争点2(各原告の損害)に関する主張
1 原告A野の主張
(一) 原告A野は、本件事故により、第二頸椎椎体骨折、左肩関節打撲、上顎歯脱落などの傷害を負い、事故当日の平成八年四月二四日から同月二六日まで神戸大学医学部附属病院に、同月二六日から同年六月二八日まで服部病院に入院した。その後同年一一月一五日まで同病院に通院(実日数二〇日)し、その間の同年六月六日と一一月一二日に市立小野市民病院に通院し、また同年五月二〇日から六月二八日まで土井歯科医院に通院(実日数一一日)した。
(二) このため、原告A野は次の損害を被った。
(1) 治療費 三七万二〇五五円
(2) 付添看護費 七万円
妻が付添看護した。一日五〇〇〇円として一四日分。
(3) 入院雑費 八万五八〇〇円
一日につき一三〇〇円の割合で六六日間
(4) 休業損害 四〇九万一五六二円
基礎収入は、七二一万四六〇〇円(賃金センサス)によるべきである。
休業期間 平成八年一一月一五日の症状固定までの入通院期間中二〇七日間
(5) 傷害慰謝料 一七〇万円
入院日数六六日、通院日数二〇七日(実日数三三日)のほか、事故後一〇か月以上も被告側から連絡がなかったことなどの事情による。
(6) 逸失利益 一五〇一万九三五四円
平成八年一一月一五日症状固定と診断され、頸椎変形等の障害が残存した。自動車損害賠償責任保険に被害者請求をして、後遺障害等級併合一〇級との認定を受けた(一一級七号と一一級四号)。
労働能力喪失割合は二〇パーセント相当である。
症状固定時、原告A野は満五三歳であったから、就労可能年数は一四年とするのが相当である。
現価額は、新ホフマン方式(係数一〇・四〇九)による。
7,214,600×0.2×10.409=15,019,354
(7) 後遺障害慰謝料 四二〇万円
(8) 損害填補 ▲四八四万六二二五円
自動車損害賠償責任保険から受領した。
(9) 残額 二〇六九万二五四六円
(10) 弁護士費用 二〇〇万円
(11) 合計 二二六九万二五四六円
2 B事件原告らの主張
(一) 原告花子
(1) 遺体処置費、文書料等 一万五八〇〇円
(2) 葬儀費 九四万〇四三八円
(3) 逸失利益 六五四六万三七八九円
亡C川は本件事故当時、満二六歳の健康な男子でE田貨物に運転手として働いていた。
基礎収入 四二五万六七〇〇円(賃金センサス平成八年度男子学歴計)
生活費控除率 三割
新ホフマン係数 四一年=二一・九七〇
4,256,700×0.7×21.970=65,463,789
(4) 慰謝料 三〇〇〇万円
平成七年に夫を亡くした原告花子にとって、亡C川は、こころの支えであった。
(5) 弁護士費用 九〇〇万円
(6) 合計 一億〇五四二万〇〇二七円
右のうち、三五〇〇万円の支払を求める。
(二) E田貨物
(1) 車両修理費 二五〇万円
(2) レッカー代 一五万四五〇〇円
(3) 休車損害 一八〇万円
(4) 保険填補 ▲一二五万円
(5) 残金 三二〇万四五〇〇円
(6) 弁護士費用 三〇万円
(7) 合計 三五〇万四五〇〇円
(三) 原告安田火災
(1) 原告安田火災は、E田貨物との間に、同社所有のC川車両について次の自動車保険契約を締結していた。
保険の種類 自動車総合保険
契約日 平成八年三月二九日
保険期間 平成八年三月三〇日から平成九年三月三〇日まで一年間
保険金額 対物 一〇〇〇万円 車両一二五万円
(2) 原告安田火災は、E田貨物との右契約に基づき、次のとおり保険金を支払った。
ア 訴外E原梅夫に対して、
一回目 支払日時 平成八年九月一九日
物的損害賠償 金一一万七八三二円
二回目 支払日時 平成八年一一月二六日
物的損害賠償 金一三九万二八二七円
イ E田貨物に対して、
支払日時 平成八年一〇月一六日
物的損害賠償 金一二五万円
ウ 訴外有限会社D川流通サービスに対して、
支払日時 平成八年一一月一日
物的損害賠償 金三三三万五五九三円
(3) 以上の結果、原告安田火災は商法六六二条に基づき、計六〇九万六二五二円の求償権を取得した。
第三判断
一 事故の態様と過失割合
1 《証拠省略》によると、次のとおり認められる。
(一) 原告A野は、事故当夜、午後六時過ぎから勤務先の同僚らと勤務先近くのスナックで飲酒し、さらにA野車両を運転して三宮のスナックに行って飲酒し、途中で同僚が帰ったのちも、上司を呼び出して飲酒したあとの帰宅途中であった(原告A野は、一〇時半ころからは、記憶がないので、スナックの中で寝ていたと思う、午前〇時半ころスナックを出て、ウドンを食べたあとサウナに入り、午前一時すぎにサウナを出て、A野車両を運転して帰宅する途中であったと述べる。)。
(二) 本件事故直前、原告A野は、新神戸トンネルの北行きトンネル(全長六・九三五キロメートル)内の、五・〇キロポスト付近の走行車線で、A野車両を、前部が追い越し車線との車線区分線に少しかかった辺りに、やや右を向いて停止し、もしくは停止寸前の状態にあった。ハザードランプはもとより、ブレーキランプも点いておらず、ただテールランプが点いていただけであった。
(三) 訴外B山は、時速六〇キロメートルほどの速度でB山車両を運転して進行していた。かなり遠くからA野車両のテールランプに気づいて、遅い車だと思い、徐々に速度を落としながら近づいたところで、A野車両が停止し、または停止寸前の極めて遅い速度であるのに気づき、クラクションを鳴らしつつ、急ブレーキをかけ、A野車両の直前で五メートルも間がないほどの位置に辛うじて停止した。ハザードランプを点けようとしたとき、停止後三秒程で、C川車両(車両重量四・一八トン)に追突された。追突されたB山車両(車両重量四・九六トン)はA野車両に追突したうえ追い越し車線に押し出されて、折から同車線を通行していた訴外E原梅夫運転の普通乗用車の左側面に衝突した。
(四) A野車両は、追突されたあと、しばらくしてからその場を離れてのろのろと北へ走行して行った。折から事故発生の通報で、閉鎖された南側入口ではなく北出口から逆行して進入した神戸市消防局の消防車がサイレンを鳴らし、赤色灯・前照灯を点けて、追い越し車線を現場に向かっていたが、その運転をしていた栗林消防士らは、走行車線を、停止しているかと見紛うほどのゆっくりした速度でA野車両が近づいて来るのを認めて、減速しつつ進行したところ、かなり近寄ったところで、A野車両が追い越し車線に進入してきたため、これを避けようと道路の左端(A野車両から見て右端)の監視道路の側面をこすりながら、消防車がほとんど停止したときに、A野車両が消防車の右側面に斜めに衝突して停止した。消防隊員が衝突停止したA野車両から原告A野を救出しようとしたとき、原告A野が発進しようとしてアクセルを踏んだので、急いでA野車両のキーを抜いて発進を阻止するという一幕もあった。最初の衝突現場から北に約一・四キロメートル付近(トンネル出口から約〇・五キロメートル付近)であった。A野車両には、消防車に衝突する前に既にフロントガラスにクモの巣状のひび割れが発生しており、消防隊員らが原告A野を救出しようとしたとき既に同人は血だらけであった。
(五) C川車両は、運転者のC川が死亡したうえ、衝突の衝撃で積載物であるペイントが路面に漏れだしたこともあって、ブレーキをかけた痕跡は不明である。B山車両に食い込んで運転席(ボンネットのない型である。)が大きく潰れており、ブレーキをかけたとしても殆ど効果を上げないうちに衝突したものと認められる。
(六) A野車両は、後部が大きく破損しトランクが跳ね上がっていたほか、前部右側が凹み、前輪タイヤが歪み、運転席前のフロントガラスにクモの巣状のひび割れが発生していた。消防車は右側中央部のステップが折れ曲がったが、その修理費は一二万円足らずであった。
2 右事実によると、B山車両はA野車両に衝突せずに停止できたのであるから、亡C川に、前方を行くB山車両との車間距離を十分取らず、または前方を十分注視せずに進行し、もしくは制動が遅れた過失のいずれかがあることは否定できない。
3 しかし、一連の事故の原因が、A野車両がトンネル内で停止したことにあったことは明らかである。
原告A野は、その原因として、急に血の気が引いて息苦しくなって、とても駄目だと思い停止した、ハザードランプを点け、サイドブレーキ(足で押し込む方式)をかけ、ギアはパーキングに入れた、停止後は、B山車両に衝突されたことも、衝突後前進して消防車と衝突したことも記憶がない、と供述する。
しかし、原告A野がその述べるような、運転中の突然の症状を招きかねない既往症を有していたことあるいはそのような症状があったことを窺わせる客観的証拠は全くない(調査嘱託の結果には、原告A野は心臓発作に襲われたとする自動車損害賠償責任保険の回答があるが、それを裏付ける資料はない。)。しかも、仮に原告A野が供述する如く、サイドブレーキをかけてギアチェンジをし、ハザードランプを点ける余裕があったのであれば、停止前にハザードランプを点けてから減速して後続車の注意を喚起するとか、現場のすぐ前方右側にある退避所まで走行するとか、道路左端ぎりぎりに車両を停めるなどの方法を取るのが通常である。
後続車両の運転者である証人B山竹夫は、A野車両はハザードランプはもとより、ブレーキランプも点けないまま、車線区分線をまたぐようにして停車していたと証言しており、この証言に照らしても、原告A野の停止原因や停止方法に関する供述は信用できない。
むしろ、原告A野は、同夜少なくとも四時間ほども飲酒し、スナックで眠り込むほどであったのであり、そのあとサウナに入ったとはいうものの、さほど時間も置かずに運転を始めており、長い単調なトンネルを約五キロメートルほども走った辺りで停止していることからすると、酒酔いから来る眠気に襲われて、道路中央でアクセルも踏めずに停止してしまったと見るのが自然である。
被告は、原告A野は、消防車との衝突により、頭部がフロントガラスに衝突して、ひび割れを生じさせ、自らは頸部の傷を負ったと主張する。たしかに後方から追突されただけで、ガラスのひび割れや頸部の傷を生じたかは、いささか疑問ではある。
けれども、消防車との衝突状況や消防車に残る衝突の痕跡や程度からして、A野車両や原告A野本人が、右損傷や傷を生ずるほどに強い衝撃を生じたとも見えない。原告A野はシートベルトをしていなかったものであり、最初の衝突時に、何らかの力学的作用から、フロントガラスにぶつかったものと推定するのが自然であり、酒酔い、眠気と、右衝撃から生じた、朦朧とした意識状態のまま、現場から逃走しようとしていたものと見るのが自然である(もっとも、消防車との衝突まで約一・四キロメートルあり、その間に道路側面にぶつかるなどした疑いもある。また、仮に頸部の傷が消防車との衝突によって生じたものとしても、前記認定に照らして消防隊員には過失は認められないから、神戸市が損害賠償義務を負担することにはならない。)。
トンネル内は駐停車禁止場所であって、通常の運転者は、トンネル内に停車しているような車両はないものと考えて運転走行しているのであるから、原告A野が、飲酒のうえの眠気のためにトンネル内で停止した(または停止せんばかりの速度になった)過失は極めて大きいというべきである。
4 亡C川は、前車であるB山車両との適当な車間距離を保持し、B山車両を注視しているべき義務を怠った過失があるものというべきであるが、B山においては、A野車両のテールランプがどんどん近づくことで、その速度が遅いことに不審を抱き、これを注視しつつ進行するという心構えができていたのに対して、亡C川は、B山車両のテールランプを見ることができるだけの状態で進行していたのであって、B山車両の急停止は、そのブレーキランプを見ることで知ることができたとはいえ、反応時間からすると、急停止することは、より難しい状況であったといえる。
5 右の、原告A野及び亡C川双方の過失を対比すると、各自自身の損害を含む本件事故による一連の損害に対して、原告A野の過失が六〇パーセント、亡C川の過失が四〇パーセント、それぞれ寄与したものと見るのが相当である。
二 原告A野の損害
1 原告A野は、本件事故により、第二頸椎椎体骨折、左肩関節打撲、上顎歯二本脱落、下顎歯四本亜脱臼などの傷害を負い、事故当日の平成八年四月二四日から同月二六日まで神戸大学医学部附属病院に、同月二六日から同年六月二八日まで服部病院に入院した。そしてその後同年一一月一五日まで同病院に通院(実日数二〇日)して、症状固定の診断がされた。なおこの間、同年六月六日と一一月一二日の二日、市立小野市民病院にもMRI検査のため通院し、土井歯科医院にも、五月二〇日から六月二八日までの間通院して、一〇歯に補綴を得た(実日数一一日)。
2(一) 治療費(自己負担分) 三七万二〇五五円
右による治療費の自己負担分として、原告A野が支払った総額は、三七万二〇五五円であった。
(二) 付添看護費 七万円
弁論の全趣旨によると、原告A野の入院期間の初め、妻が付添看護したことが認められる。その症状からして、当初家族の付添いが必要であったと認められるから、一四日分につき一日五〇〇〇円の割合で相当因果関係があるものと認める。
(三) 入院雑費 八万五八〇〇円
一日につき一三〇〇円として、合計六六日分八万五八〇〇円を認めるのが相当である。
(四) 休業損害 一七九万五六六〇円
原告A野は、事故当時、A田警備保障株式会社に勤務して、月額約二六万一五〇四円の収入を得ていた。
原告A野は、右勤務の傍ら人材派遣業を経営する予定であって、本件事故に遭わずに開業しておれば、年齢相応の平均賃金七二一万四六〇〇円程度の収入を得ることができたはずであると主張する。しかし、その開業準備を裏付ける資料はない(なお、仮処分決定では、原告A野が人材派遣業の失敗で負債を負って、前年まで勤務していたB野物流株式会社を退職し、その退職金で負債を任意整理しているほどであると指摘されており、そうだとすると、A田警備保障株式会社の出資によって新たに人材派遣業を営んで平均賃金程度の年収を得ることができた筈であるとは言えない。右指摘に対する反論はない。)。
そうすると、月額二六万一五〇四円をもって、原告A野の損害を算定する基礎収入とするのが相当である。
原告A野(事故当時五三歳)は、四月二四日に受傷後、五月一四日から歩行を開始し、六月五日からポリネックカラーを装着していた。頸椎椎体骨折は、さいわい癒合により神経症状も殆ど残さず、退院が近づいたころにはすでにカラーを自らの判断で外すこともあるほどであった。通院頻度も多くない(服部病院二〇日と、検査のため小野市民病院に一回のみ)が、癒合を見るまではごく注意を払う必要があった。そうすると平成八年一一月一五日症状固定と診断されるまでの二〇六日間は、休業をよぎなくされたと認めるのが相当である。
そうすると、休業損害は、次のとおりとなる。
261,504÷30×206=1,795,660
(五) 傷害慰謝料 一四〇万円
入院日数六六日、通院日数二〇六日(実日数三三日)を考慮するが、右入院状況や、通院頻度をも考慮すると、右程度が相当である。
(六) 後遺障害逸失利益 六五三万二七八八円
症状固定時において残存していた症状は、左頸部~肩~肘の痛み、左上肢挙上で前腕部に痛みがあるというもので、自動車損害賠償責任保険の事前認定により、頸椎変形が一一級七号に、一〇歯以上に補綴を加えたことが一一級四号に該当するとして、併合一〇級の認定を受けた。もっとも、歯の補綴は労働能力の喪失には影響がないというべきであるから、原告A野の後遺障害による労働能力喪失の割合は、二〇パーセントと見るのが相当である。症状固定時、原告A野は満五三歳で、その稼動年数は一四年と見るのが相当であるから、新ホフマン方式(係数一〇・四〇九)により現価を算出すると、次のとおりとなる。
261,504×12×0.2×10.409=6,532,788
(七) 後遺障害慰謝料 三八〇万円
右残存した後遺障害の程度からして、右金額が相当である。
(八) 過失相殺
以上による原告A野の損害は一四〇五万六三〇三円となるところ、前記のとおり原告A野は本件事故について六〇パーセントの過失相殺を受けるべきであるから、相殺後の損害額は五六二万二五二一円となる。
(九) 損害填補
原告A野が自動車損害賠償責任保険から損害填補として四八四万六二二五円を受領したことは原告A野の自認するところであるから、原告A野が、E田貨物に対して請求しうる賠償額は、七七万六二九六円となる。
(一〇) 弁護士費用
原告A野が本件訴訟の提起遂行を原告訴訟代理人に委任したことは当裁判所に顕著であるところ、右認容額のほか、本件訴訟の経緯等を考慮すると、金一五万円の限度で、本件事故と相当因果関係があるというのが相当である。
3 してみると、原告A野の本訴請求は、金九二万六二九六円の限度で理由があるが、その余は失当である。
三 原告花子の損害
1 遺体処置費、文書料等 一万五八〇〇円
亡C川は現場から救急車で病院に搬送されたが既に死亡しており、その遺体処置費、文書料として、原告花子は病院に金一万五八〇〇円を支払った。
2 葬儀費 九四万〇四三八円
亡C川の葬儀費用として原告花子は右金額を支出した。
3 逸失利益 四二九〇万一四二七円
亡C川は本件事故当時、満二六歳でE田貨物に運転手として働き、平成七年度の給与収入は二七八万九六一一円であった。
その年齢や母親たる原告花子との二人の生活であった(父は前年死亡した。弁論の全趣旨)ことからして、生活費控除率は三割とし、生存していれば稼動しえたであろう六七歳までの四一年間に得るべき収入を、新ホフマン係数二一・九七〇により求める。
2,789,611×0.7×21.970=42,901,427
4 慰謝料 二五〇〇万円
弁論の全趣旨によると、原告花子は本件事故の前年に夫を亡くして、亡C川が一家の支柱という立場であったと認められ、原告花子にとって心の支えを失ったというべき心境と思われることなど本件に現れた諸般の事情を考慮すると、右金額が相当である。
5 過失相殺
以上によると、亡C川及び原告花子が被った損害は合計六八八五万七六六五円となるところ、前記認定により、四割の過失相殺を行うと、原告花子が請求できる損害賠償額は四一三一万四五九九円となる。
6 弁護士費用 三〇〇万円
原告花子がその代理人たる弁護士に本件訴訟の提起遂行を委任したことは当裁判所に顕著であるところ、本件訴訟の経緯、右認容額等、諸般の事情を考慮すると、金三〇〇万円の限度で、本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を請求できるものというべきである。
7 以上の合計は四四三一万四五九九円となるから、原告花子の本訴請求三五〇〇万円ですべて認容することとする。
四 E田貨物の損害
《証拠省略》によると、E田貨物が、本件事故の損害填補金として原告安田火災から保険金一二五万円を受領したことは認められるが、その他に、どれほどの損害を被ったかを認めるに足りる証拠はないから、E田貨物の請求は失当である。
五 原告安田火災の損害
1 原告安田火災は、E田貨物との間に、同社所有のC川車両について自動車保険契約を締結しており、その契約は、次の内容であった(弁論の全趣旨)。
保険の種類 自動車総合保険
契約日 平成八年三月二九日
保険期間 平成八年三月三〇日から平成九年三月三〇日まで一年間
保険金額 対物 一〇〇〇万円 車両一二五万円
2 そして原告安田火災は、E田貨物との右契約に基づき、次のとおり保険金を支払った。
(一) 訴外E原梅夫に対して、
(1) 支払日時 平成八年九月一九日
物的損害賠償 金一一万七八三二円
(2) 支払日時 平成八年一一月二六日
物的損害賠償 金一三九万二八二七円
(二) E田貨物に対して、
支払日時 平成八年一〇月一六日
物的損害賠償 金一二五万円
(三) 訴外有限会社D川流通サービスに対して、
支払日時 平成八年一一月一日
物的損害賠償 金三三三万五五九三円
3 以上の結果、原告安田火災は、右支払にかかる保険金六〇九万六二五二円について、商法六六二条に基づく求償権を取得したところ、事故の相手方である原告A野に対して、その責任割合六〇パーセントの限度で求償を求めることができる。その金額は、(一)(1)については、七万〇六九九円、(一)(2)については八三万五六九六円、(二)については七五万円、(三)については二〇〇万一三五五円となり、右金額と各支払日の翌日以降、民法所定の遅延損害金を求める限度で、理由がある。
六 よって、民事訴訟法六一条、六四条、六五条一項、二五九条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 下司正明)