神戸地方裁判所 平成9年(行ウ)14号 判決 1998年11月11日
兵庫県芦屋市朝日ケ丘町六番二八号
原告
早田ミサ子
右訴訟代理人弁護士
尾埜善司
兵庫県芦屋市公光町六の二
被告
芦屋税務署長 瀬尾真澄
右指定代理人
種村好子
同
粟井英樹
同
忽那種治
同
松井芳雄
同
大串仁司
主文
一 本件訴えのうち、被告が平成六年七月二九日付けでした原告の納付すべき税額五九四六万九五〇〇円を超えない部分の取消しを求める部分を却下する。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の説求
被告が原告の平成二年分の所得税につき平成六年七月二九日付けでなした更正処分を取り消す。
第二事案の概要
本件は、原告が売却した建物は、長期譲渡に該当する昭和五四年中に取得したものであるから、居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例の適用を認めるべきであるとして、更正処分の取消しを求めた事案である。
一 争いのない事実
1 原告は、別紙目録記載一及び二の各土地及び同目録記載三の建物(以下、「本件建物」という。)を、平成二年、売却した。
2 原告は、平成二年分の所得税について、別表のとおり、平成三年三月一五日、被告に対し、分離長期譲渡所得金額を三億三九七九万四二〇〇円、納付すべき税額を八二八四万九五〇〇円とする旨の確定申告(以下、「本件確定申告」という。)をし、同年一〇月一五日、被告に対し、分離長期譲渡所得金額を三億四二八六万一五一二円、納付すべき税額を八三六一万六二〇〇円とする旨の修正申告をした。なお、原告は、本件確定申告にあたっては、租税特別措置法(平成三年三月三〇日法律第一六号による改正前のもの。以下「措置法」という。)三一条の四第三項所定の申告書への記載及び書類の添付をしなかった。
3 原告は、別表のとおり、同年一二月六日、被告に対し、措置法三一条の四(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例(以下「本件特例」という。))の特別控除がされていないこと等を理由に、総所得金額(一時所得)を一二二五万円、分離長期譲渡所得金額を三億四二四二万九一二四円、納付すべき税額を五九四六万九五〇〇円とする更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をした。
4 被告は、平成六年七月二九日付けで、本件特例が本件に適用されないことを理由に、別表のとおり、分離長期譲渡所得金額を三億四〇一七万三二二六円、納付すべき税額を八二九四万四二〇〇円とする更正処分(以下、「本件更正処分」という。)をした。
5 原告は、別表のとおり、平成六年九月二四日、被告に対し本件更正処分につき異議申立てをしたが、被告は同年一二月九日付けで異議申立棄却の決定をしたので、原告は平成七年一月九日、国税不服審判所長に審査請求したところ、同所長は平成九年一月二四日付けで審査請求棄却の裁決をした。
二 争点
1 更正の請求に係る金額を超えない部分について取消しを求める訴えの利益があるか否か。
(被告の主張)
(一) 確定申告により確定した納付すべき税額については、納税者自身が納税義務を確定させたものであって、処分によるものではないから、右確定額については、原則としてこれを争う訴えの利益がない。もっとも、確定申告による確定額についての不服申立方法である更正の請求を経た場合には、その申告額を下回る部分についても更正の請求に係る金額までは訴えの利益が認められ、更正の請求額を超える部分について、その取消しを請求することは許される。
(二) したがって、本件訴えのうち、更正の請求に係る納付すべき税額である五九四六万九五〇〇円を超えない部分の取消しを求める部分については訴えの利益がない。
2 原告が本件建物を昭和五四年一二月三一日までに取得したか否か(本件特例適用の有無)。
(原告の主張)
(一) 原告は、昭和五四年八月、株式会社南総建(以下「南総建」という。)との間で、本件建物の建築請負契約を結んだが、右契約においては、完成日は昭和五四年一二月二〇日、引渡日は完成から一〇日以内とされていた。完成日が一二月二〇日とされたのは、完成した本件建物において小料理店を開業する原告にとって、いわゆる水商売の吉例に従い年内転居、年頭開業を必須とし、易者にもその判断を受けていたからである。
右工事は約定より若干遅延したが、造園・外塀建築等いわゆる外回り工事を除き完工したので、昭和五四年一二月二五日、原告は南総建より本件建物の引渡しを受けた上、同月三〇日、本件建物への家財道具搬入を開始し、翌三一日、これを完了した。
(二) 以上の経過であるから、原告は、昭和五四年一二月二五日、建築請負人南総建から本件建物の引渡しを受けたことにより、同日(遅くとも同月三一日)には、これを取得したものである。
(被告の主張)
本件建物は、南総建が原告から請け負って建築した建物であるところ、昭和五五年二月一四日に作成された原告と南総建間の念書は、本件建物の建築工事を昭和五五年二月一七日までに完成の上引き渡すこと、また、本件建物の保存登記に必要な手続を昭和五五年二月一四日中に了することなどを確認する内容のものであること、本件建物は、表示登記において、昭和五五年一月三一日新築とされていること、請負代金総額一三〇〇万円中四〇〇万円は昭和五五年以降に支払いがなされたことなどの事情にかんがみれば、本件建物は、昭和五五年一月一日の時点においては、いまだ原告の所有となっていなかったことは明らかである。
3 本件特例を適用せずにした確定申告につき、同特例を適用すべきとしてした本件更正の請求が、国税通則法(以下「通則法」という。)二三条一項一号により更正の請求ができる場合に当たるか。
(原告の主張)
(一) 本件特例のように、専ら税負担の軽減を目的とする特例の適用を選択せずに確定申告したために、税負担の点で不利な結果となる場合には、更正の請求を認めるべきである。
(二) 本件特例の要件である「取得」「建設」日の認定は、特に所定の所有期間を最小限度満たす期日前後の諸事実が対象となる場合には、しばしば困難となり錯誤による判断を伴う。原告は、本件建物の取得日が所定の所有期間を満たさない本件建物の保存登記日であると即断して本件特例の適用を受ける旨記載せずに本件確定申告をしたが、事実関係を調査した結果、本件建物の引渡しがそれ以前の右所有期間を満たす日になされていた事実が判明したのであるから、本件確定申告には、客観的に明白かつ重大な錯誤があり、その是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある。そして、右のような重大な錯誤がある場合には、法定の方法が存しなくても錯誤の主張が許されるのであるから、更正の請求は当然に認められる。
(三) 被告及び国税不服審判所長は、本訴に先立つ更正決定、異議申立て及び審査請求において、措置法三一条及び三一条の四の特例の選択につき更正請求を認めつつ、本件建物の取得日が所定期間内であると事実認定したのであるから、被告が本訴に至って処理の解釈基準を翻して更正請求権を否認することは許されない。
(被告の主張)
(一) 本件特例のように、一定事項の申告等を条件に税額の減免をする特例につき、その特例の適用を受ける旨の申告等をしなかった者が、後日その特例の適用を求めて通則法二三条一項の規定に基づき更正の請求をすることは許されない。
(二) また、措置法三一条の四第四項の「やむを得ない事情」とは、天災又は交通の途絶等の異常な災害に起因する場合のように、その者の責めに帰すことのできない相当の理由が存在する場合をいうものと解すべきところ、本件については右「やむを得ない事情」は存在しない。
(三) 居住用建物の所有期間の認定が、所有者にとって困難となることなどおよそ考えられないし、ましてその判断に錯誤が生じることなど到底考えられない。また、本件確定申告に当たって検討された資料の中には、本件建物への原告の転居年月日が昭和五四年末であったことを示すものも含まれており、原告は、自らの自由な意思により、本件特例の適用を選択せず、措置法三五条のみを適用して申告をなしたのであるから、原告の本件確定申告時における申告行為に錯誤の生ずる余地は全くない。
(四) 原処分又は審査決定では考慮されなかった事実を処分の正当化事由として主張することは可能であるから、異議決定時に容認していた事実を訴訟段階において否定することが禁反言ないし信義則違反に当たるか否かを問題とする余地はない。
第三当裁判所の判断
一 争点1について
納税義務者が、更正処分につき、更正の請求に係る申告額を超えない部分の取消しを訴えをもって求めることは、納税義務者の自認する金額の範囲を超えて更正処分の取消しを求めることとなるから、訴えの利益を欠き許されないというべきである。
したがって、本件訴えのうち、本件更正の請求に係る納付すべき税額である五九四六万九五〇〇円を超えない部分の取消しを求める部分については、訴えの利益を欠き、不適法である。
二 争点2について
1 証拠(乙一ないし六、九、一三、一五、証人早田千鶴子、同正亀和郎)によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告は、昭和三七、八年ころから約一〇年間大阪市南区において小料理屋を経営していたが、再び小料理屋を経営しようと考え、昭和五四年七月ころ別紙目録記載二の土地及び右土地上の建物を購入し、右建物を取り壊して、右土地上に本件建物を建築しようと計画した。
(二) そして同年八月ころ、原告は南総建との間で、左記の約定で本件建物を建築する請負契約を締結した。
1 請負代金 一二〇〇万円
2 支払方法 契約成立時 三〇〇万円
上棟時 四〇〇万円
引渡時 五〇〇万円
3 完成日 昭和五四年一二月二〇日
4 引渡日 完成から一〇日以内
(三) 原告は、南総建に対し、本件請負代金の内金として、同年八月一一日に三〇〇万円、同年一〇月三日に四〇〇万円、同年一二月二七日に二〇〇万円をそれぞれ支払ったが、右工事は遅延し、当初予定した日には完成しなかった。
(四) 原告は、南総建との間で、昭和五五年二月一四日、左記の内容の念書を作成し、本件請負代金の内金三〇〇万円を南総建に支払った。
1 南総建は原告に対し、本件建物の建築工事を同月一七日までに完成の上、原告に引き渡す。
2 原告及び南総建は、本件請負代金総額が一三〇〇万円であること、原告は南総建に対し一二〇〇万円を支払い済みであることをそれぞれ確認する。
3 原告は、残代金一〇〇万円を同月末日限り支払う。但し、1の建築工事を完了したことを条件とする。
4 南総建は、所有者を原告とする本件建物の保存登記手続を本日(昭和五五年二月一四日)中に行う。
(五) 本件建物について、昭和五五年一月三一日新築を原因として、同年二月一六日に表示登記が、同月二六日に原告名義に所有権保存登記がなされた。
(六) 原告から平成二年分の所得税の申告手続を依頼された正亀和郎税理士(以下「正亀」という。)は、本件確定申告にあたり、本件建物の登記簿謄本、原告の住民票除票、本件建物の取得時の資料等を検討し、原告に対し、本件建物の譲渡に本件特例の適用はないと説明して、本件建物の新築の日付である昭和五五年一月三一日を本件建物の取得日として、本件確定申告をした。なお原告の住民票除票には、原告が本件建物に住所を移転したのは昭和五四年一二月二五日である旨の記載がある。
2 原告は、本件建物の取得時期を昭和五四年一二月二五日(遅くとも同月三一日)であると主張するので、以下これにつき検討する。
(一) 原告は、昭和五五年二月一四日に南総建との間で交わされた念書は、建物本体ではなく、外回り工事部分の引渡しに関する契約である旨主張し、早田千鶴子(以下「千鶴子」という。)も昭和五四年一二月二五日当時外回り工事が未了であった旨の供述をしている。
しかしながら、右念書には、本件建物の建築工事を昭和五五年二月一七日までに完成して引き渡す旨記載してあり、原告の主張する外回り工事と記載していないこと、本件建物の見積金額一二〇〇万円には、造園工事、通路外塀等の別途工事は含まれていない(甲一)ことからすると、原告の主張するように外回り工事の引渡しについての念書であるとは考えられないこと、しかも原告は念書作成の日に本件請負代金の内金三〇〇万円を支払っていること、本件建物の状況(乙一一)からすると、造園工事等外回り工事の規模はさほど大きいとは認められないのにもかかわらず、原告主張のように昭和五四年末に外回り工事を残して後は完成していたとすれば、造園工事等外回り工事に約二か月もかかったことになり不自然であること、原告が本件建物で小料理屋を開業したのは昭和五五年三月初めころである(千鶴子の供述)ことからすると、同年初めころには本件建物本件工事は継続していたと推認できるのであり、かかる事実を併せ考えると、千鶴子の前記供述は信用できず、原告の右主張は理由がない。
(二) また、千鶴子は、原告主張の日に本件建物に引越し、本件建物の引渡しをうけた旨供述する。しかしながら、原告が原告主張のころに入居したとしても、右は易者の助言を実行するためであった(千鶴子)というのであるから、建物が完成し引渡しがなされたことを意味する事情とは解されず、昭和五五年に至っても建物本体が工事中であったとの前記認定を左右しない。
(三) また、住民票除票に原告が本件建物に昭和五四年一二月二五日転居した旨の届け出がなされているが、住民票除票記載の転居をした日は、あくまで転居をした者が住民基本台帳法二三条に基づいて届け出た事項を記載したものにすぎず、市長村長が右記載内容が真実であることを確認しているわけではないから、右記載をもって本件建物の引渡しを受けた証左となしえない。
(四) 以上の事実及び本件建物が昭和五五年一月三一日新築を原因として登記がされていることを考慮すると、本件建物の工事は、念書作成の日である昭和五五年二月一四日以降に完成したと認めるのが相当であり、原告は右完成により本件建物を取得したものと認められる。
3 以上述べたとおり、原告は本件建物を昭和五四年一二月三一日までに取得したとは認められないから、本件特例の適用がないというべきである。
三 よって、その余の点につき判断するまでもなく、本件特例の適用がないとしてなされた本件更正処分のうち、納付すべき税額五九四六万九五〇〇円を超える部分の取消しを求める請求については理由がない。
四 結論
以上のとおりであり、本件訴えのうち、本件更正処分中納付すべき税額五九四六万九五〇〇円を超えない部分の取消しを求める部分については訴えの利益を欠くからこれを却下し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 將積良子 裁判官 田口直樹 裁判官 大竹貴)
(別紙)
目録
一 大阪市中央区博労町四丁目四三番九
宅地 一六・五六平方メートル
二 同所四九番三
宅地 五七・一二平方メートル
三 同所四九番地三
家屋番号 四九番三
鉄骨造陸屋根二階建店舗・居宅
床面積 一階 三五・一二平方メートル
二階 三五・九二平方メートル
(別表)
平成2年分の所得税の課税の経緯及びその内容
<省略>