神戸地方裁判所 昭和20年(ワ)67号 判決
原告 藤本源馬
被告 堀江晴治
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対して、金二万二千円及び之に対する昭和二〇年六月一日以降右完済まで年五分の割合に依る金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宜言を求め、その請求原因として「原告は多数の労務者を使用し、貨物の荷揚運搬業を営んでいたものであるが、昭和一七年七月頃訴外奥田直之助からその所有に係る尼崎市中在家町二丁目四八五番地の一、二一坪九合七勺、同番地の二、二四坪一合五勺、四八六番地の一、六坪二合、同番地の二、八坪五合、四八七番地の一、五八坪三合六勺、同番地の二、二五坪六合六勺、四八八番地三四坪五合五勺合計一七九坪余のうち、同訴外人所有の家屋四戸が建つていた敷地の部分と、その裏の川岸との間の空地の部分合せて一二〇坪を賃借し、右家屋も買受けて之を除去し、ここに荷揚場を作ろうとした。ところで右賃借した土地のうち、川岸の空地の部分は、従来被告が賃借していたのであるが、被告はその頃之を訴外奥田に返還する旨約したので、原告が右の如く賃借するに至つたのである。そして原告は右土地の引渡しを受け、地上げもし、右家屋も除去して荷揚場を拵え、本件土地を占有使用し始めたのである。しかるに被告はその後右返還した土地につき、なお、賃借権を有していると虚偽の事実を申述し、神戸地方裁判所昭和一七年(ヨ)第一二九号を以つて仮処分申請をなし、その旨同裁判所を欺罔して仮処分命令を得、昭和一七年七月二六日右土地に対する原告の占有を奪い、その使用を差止めてしまつた。原告は後右奥田と被告との間の訴訟に於て、右事実を知つたので右仮処分命令に対し異議の申立をしたところ、被告は昭和一九年七月一三日右仮処分の執行を取消した。しかしながら右土地は荷揚用として好適の場所で、之を荷揚に使用すれば、原告は一ケ月少くも金一千円以上の利益を得ることができたのに、被告の右仮処分によつて、その執行中、右利益を得ることができなかつた。よつて被告は之が損害を賠償する義務があるのであるが、原告はそのうち昭和一七年八月一日より昭和一九年六月末迄二二ケ月に対する分金二万二千円の支払いを求める。なお本件訴状は遅くも昭和二〇年五月中に被告に送達されているので、原告は同年六月一日以降右完済に至る迄民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いも併せて求める。と述べ、被告の主張に対して、被告の得た仮処分命令は「原告は被告の四八七番地の一及び四八五番地の一に対する占有使用を妨害すべからず」というのであるが、右土地は原告が占有中であつたのを、被告は執行吏に対し、右土地は被告が占有中である旨偽り告げ、よつて執行吏をして、原告の占有を取上げさせてしまつたもので、右仮処分命令は不作為を内容としているけれども、被告は之を右の如く利用して所謂断行の仮処分と同様の効果を得、原告の占有を奪つたのである。原告が訴外近畿石炭配給統制株式会社から被告主張の調停に基き金五百円の交付を受けたことは認めるが、この調停は訴外奥田と被告間、訴外奥田と原告間の紛争を解決したもので、原被告間の紛争は之によつて解決されていない。と述べた。
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「原告が荷揚運搬業をしていたこと、原告がその主張の頃本件土地の使用を始めたこと、被告が原告主張の頃その主張のような仮処分申請をし、それが執行をなしたこと、原告が之に対し異議の申立をしたこと、被告が原告主張の日その執行を取消したこと、(但し執行を取消したのは、後調停の際、裁判所より調停成立の都合上、右仮処分命令に対する本訴を取下げるようすすめられ、之を取下げたためである。)本件訴状が昭和二〇年五月中に送達されたことは認めるが、原告がその主張の土地を訴外奥田から賃借したことは不知、原告主張の如き、損害の発生及びその額は争う。その他の事実は全て否認する。被告は訴外奥田から尼崎市中在家町二丁目四八五番地の一、二一坪九合七勺、四八七番地の一、一三坪三合六勺、四八九番地の一、四五坪、四八九番地三四坪五合五勺、四八九番地の二、三六坪九合八勺を一ケ月金三五円毎月末持参払いの約で賃借し、石炭等の荷揚運搬用に使用していたところ、原告は何等の権限もなく、四八七番地の一と四八九番地の一との境界線上に、丸太杭を打ち横木等を取付け、以つて四八七番地の一及び四八五番地の一の土地への通行を遮断し、これに対する被告の使用を不可能にし自ら之を使用し始め、被告の取除き要求に対し、暴力で阻止する旨通告して来た。このため被告は莫大な損害をうけたので、右土地につき、訴外奥田と原告に対し賃借権確認の訴を提起し、併せて右訴訟確定まで、原被告双方が右土地を使用できるよう「原告は被告の右土地使用を妨害すべからず」との仮処分命令を得たのであり、右は被告の使用を妨害しない限り、原告も自由に使用できる趣旨であり、原告の使用を差止めたものではない。よつて原告が之により右土地を使用しなかつたとしてもそれは原告自身の責任であり、右は何等原告の権利を侵害するものでもなく、また損害の発生する事由でもない。仮りにそうでないとしても、右仮処分命令は原告の不法行為に対し、自己の賃借権を防衛するため止むを得ずしたもので、正当防衛であるから被告に責任はない。仮りに右主張が容れられないとしても原告が本件土地について訴外奥田と契約をした当時は、被告が之を賃借使用中であつたのであり、原告は被告が之を返還しない限り、その使用はできないことを知りながら右契約をしたものであるから、その賃借契約は被告の返還を停止条件としてなされた筈であるが被告は之が返還をしていないから原告の賃借権は未だ効力を生じていないのである。仮りに右事実が認められないとしても、債権は対世的効力がないから、その侵害があつても、第三者たる被告に対して損害の賠償を求めることはできない。仮りにできるとしても債権の全部又は一部を喪失させたときに限るべきであるが、被告は何等原告の賃借権を喪失させたことはないから賠償の義務はない。仮りにその義務があるとしても、訴外奥田から被告及び訴外近畿石炭配給統制株式会社に対する土地明渡の訴が調停に付され、昭和一九年六月三〇日原告訴外奥田、同近畿石炭配給統制株式会社及び被告の間で、被告は右二筆の土地に対する賃借権の消滅を確認し、訴外奥田は之を訴外近畿石炭配給統制株式会社に賃貸する。原告は右賃貸を承認し、右会社は原告に金五百円を地上料として支払う旨の調停が成立したもので、右金五百円は名義は地上料となつているが右当事者間の本件土地に対する一切の紛争を解決する趣旨の金であるから、今更被告に対し本訴を起すことは失当である。と述べた。
<立証省略>
三、理 由
原告が貨物の荷揚運搬業を営んでいたこと、昭和一七年七月その主張土地の使用を始めたこと、被告が右土地のうち四八五番地の一及び四八七番地の一(内一部)に付賃借権があるとて、神戸地方裁判所昭和一七年(ヨ)第一二九号を以つて仮処分申請をなし、原告は被告が右土地を占有使用することを妨害してはならない旨の仮処分命令を得、昭和一七年七月二六日之が執行をなしたこと、右執行は昭和一九年七月一三日被告の申出により取消されたことは当事者間に争いがない。
成立に争いのない乙第一号証と証人奥田直之助、田中正平の証言並びに原告本人尋問の結果によると、昭和一七年五、六月頃原告は貨物の荷揚や、それらを置くための場所が必要だつたので、船の着く適当な土地を探していたが、訴外奥田直之助所有の尼崎市中在家町二丁目四八五番地の一及び四八七番地の一(一部)が川岸で、巾約二間半広さ三〇坪余りの空地だつたので、同訴外人に之が賃借方を頼んだところ、同訴外人は右土地の表側にある四戸の空家を買つてくれればその敷地も裏の右空地も貸すと答えた。そこで原告は右家屋を除去してその敷地と裏の空地を合せて荷揚場を作ろうと思い両訴外人の申出に応じ、右家屋を買受け、その敷地と裏の空地合せて一二〇坪を賃借する旨約した。ところで右空地は被告が同訴外人の父の代から賃借していたもので、被告は之とその西隣りの約一九〇坪の土地とを貯炭場に使用していたが、右空地は特に必要な部分でもなかつたので、同訴外人からの要求に応じて之を返還する旨承諾した。しかし当時そこには石炭が置いてあつたので一ケ月程後に明渡すと約した。原告はこのことを被告から聞いたので右家屋を収去し、その敷地を地均しして被告の履行を待つていたところ、被告は右土地を訴外近畿石炭配給統制株式会社に転貸してしまい、返還契約を否定し、約束の日が来ても明渡さなかつた。よつて原告は右四八五番地の一及び四八七番地の一(一部)とその西どなりの被告使用地との境界線上に杭を打つて被告が右土地に立入り出来ないようにした。そして前記の通り原告は之が使用を始めたところ被告は前記仮処分決定を得たが、その仮処分決定は妨害禁止の公示を執行吏に命じていたので(その適否は別として)その執行を執行吏に委任した。執行吏は現場に赴いたが原告はいなかつたので、被告の指示によつて右土地上に右仮処分をなした旨の公示書を掲示した。原告は之を見て原告の使用が禁止されたものと解し、本件土地の使用を中止した。この仮処分は昭和一九年六月三〇日原被告等間に調停が成立し(このことは当事者間に争いがない)その中で被告は本件土地に対する賃借権が消滅したことを認め、且その頃この仮処分手続きに対する本訴である訴外奥田及び原告を被告とする賃借権確認の訴を取下げたので、前認定の通り昭和一九年七月一三日この仮処分の執行を取消した。しかしその間原告は本件土地の使用ができないので、止むなく附近の魚市場の棧橋等を借りて荷揚していたがそのため、本件土地の使用ができれば払わなくてもすむ筈の棧橋の使用料等を支払わねばならなかつたので、それだけ経費が多く掛り、得べかりし利益を失つた事実が認められる。証人奥田直之助、田中正平の証言及び原告本人の供述中右認定に反する部分は真実を伝えるものと思われない。
被告は本件仮処分命令は原告も被告の占有使用を妨害しない限り、本件土地を自由に使用できる趣旨のものであつたから、右は何等原告の権利を侵害したり、損害を蒙らせたりするものではなく、原告が之を使用しなかつたのは原告自身の責任であると抗弁するが、前記の通りこの仮処分命令は、原告は被告が右土地を占有使用することを妨害してはならない。というのであるところ、前認定の通り本件土地は当時原告が之を使用していたものであるのに、右仮処分には原告の占有を被告に移す旨の記載はないから、或は原告は被告の妨害にならない限り本件土地を使用することができた筈であると解する余地がないでもないが、しかし訴訟手続きの詳細な実務面に通じていない一般人としては、右の主文は被告にのみ本件土地の占有使用を許したもので、原告は之が占有使用はできない趣旨だと解するのが普通であるのみならず、主文の文言を通常の取扱例に照すと右仮処分命令は被告が本件土地を使用占有しているとの前提のもとになされたものと推認されるから、原告が右のように解して本件土地の占有使用をしなかつたことは原告の責任ではないといわねばならない。よつて右抗弁は採用できない。
次に被告は右仮処分命令は被告の賃借権を守るため止むなくなしたもので、右は正当防衛であるから責任はないというが、前認定の通り被告は本件土地については、先に之を訴外奥田に返還する旨約束していたもので、当時既に賃借権は持つていなかつたのであるから、占有権なら免に角、賃借権の存在を前提とする本主張の理由のないこと明らかである。
更に被告は原告の賃借権は停止条件附でまだその条件が成就していないからその効力は生じていないというが、前認定の通り原告の賃借権は何等条件附ではないから、その採用できないこと前同様である。
被告は第三者に対しては債権侵害による損害賠償は請求できないと主張するけれども、第三者と雖も他人の債権の行使を不可能ならしめよつてその者に損害を与えたときには、その債権者に対しその損害を賠償しなければならないこと勿論であり、しかして被告は前記の通り本件仮処分命令によつて昭和一七年七月二六日より昭和一九年七月一三日までの間、原告の本件土地に対する賃借権の行使を不可能ならしめ、以つてその使用によつて得らるべき利益を失わしめたのであるから、この損害を賠償する義務あるこというまでもないから、被告の主張は理由がない。
最後に被告は、本件損害賠償請求については既に調停が成立し一切の解決がなされているから、本訴請求は失当であると抗弁するのでこの点について判断するに、昭和一九年六月三〇日神戸地方裁判所昭和一九年(ノ)第五八号土地明渡調停事件に於て、原告、被告、訴外近畿石炭配給統制株式会社並びに訴外奥田直之助を当事者として、訴外奥田直之助は、その所有に係る中在家町二丁目の土地一七九坪余りを、その東側半分は訴外近畿石炭配給統制株式会社に、西側半分は原告に対し賃貸する、訴外会社は原告に対し地上料として金五百円を支払う、被告は四八五番地の一、四八七番地の一(内一三坪三合六勺)、四八六番地の一地上の賃借権が消滅していることを確認する旨の調停が成立したことは当事者間に争いのないところであり、しかして成立に争いのない乙第二号証によると、原告は元来右調停事件の当事者ではなかつたのに、わざわざ利害関係人として右調停に参加するに至つていること、右調停条項中には被告に対する本件損害賠償請求を留保したとみるべき記載は全くないことが認められるし、また訴外近畿石炭配給統制株式会社から地上料名義で原告に支払つた金五百円は、訴外会社が右調停によつて原告が借りていた土地の一部を賃借することになつたので、その対価としての意味も勿論あつたであろうが、その土地は前認定の通り同会社が被告から転借して実際上右仮処分期間中使用収益をしてきたのであるから、その間の原告の使用収益に対する妨害による損害につき、当然考慮されねばならぬのに、別にこれに関する取りきめがないのは、それをわざわざ利害関係人として調停に参加していた原告と被告との後日の問題として未解決のまま残したと見るよりは、むしろ右地上料名義により、転借人として現に使用する右訴外会社から原告へ金五百円を支払わしめることにより、その使用関係一切に関する調停関係者間の紛争を解決したと見るのが相当であつて、右調停は右四者間の本件土地に関する一切の紛争を一挙に解決すべくなされたものでこれにより原告と被告との間の紛争も解決されたと解すべきである。してみると原告は被告に対し、最早や本件損害賠償請求をすることは許されないといわねばならない。
右認定の通り原告の本訴請求は理由がないから之を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 石井末一 西川正世 村上幸太郎)