神戸地方裁判所 昭和22年(ワ)357号 判決
原告 武森幸
被告 辻山信
一、主 文
原告が別紙第一目録<省略>記載の土地につき所有権を有することを確認する。
被告は原告に対し右土地について昭和二十二年七月四日神戸司法事務局受付第八七八一号を以てなした昭和二十二年六月十日判決による所有権取得登記の抹消登記手続をしなければならない。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、「被告は原告所有の別紙第一目録記載の土地について、取得時効に因りその所有権を取得したと称し、昭和二十一年九月二十一日頃原告の先代武森武市を被告として、神戸簡易裁判所に所有権確認等の訴を提起し、昭和二十二年六月十日次のような判決主文の言渡を得た。
神戸市生田区相生町二丁目六番地の一宅地十一坪二合五勺が原告の所有であることを確認する。
被告は原告に対し右不動産につき時効取得に因る所有権移転登記手続を為さなければならない。
そして、被告は右判決に基き本件土地について、昭和二十二年七月四日神戸司法事務局受付第八七八一号を以て所有権取得の登記をなした。しかしながら、この判決の被告武森武市は、その訴の提起される約八年も前である昭和十三年七月十一日に死亡して居り、被告は原告の住所が明らかであるにも拘らず、その不知の間に、右死者を当事者として訴訟を提起し、所謂欠席判決を得たものである。従つて右判決には法律上の効力がなく、これに基く本件土地所有権の取得登記も無効であるから、原告が現在もなお本件土地について所有権を有することの確認と、無効な右取得登記の抹消登記手続を求めるため本訴に及んだ。」と述べ、
被告の抗弁事実に対する答弁として、
「別紙第一目録記載の土地が、被告の主張するように順次の分割を経て現在十一坪二合五勺となつたこと、その主張する建物につき、その主張の日時神戸区裁判所の競落許可決定のあつたこと及び右決定記載の競落人の名義がその主張するように被告、荒木作七、荒木力蔵の三名であることは認めるが、その他の被告主張事実はすべて争う。本件土地は原告の先代武森武市の時から引続き原告に於て所有し、且直接又はその管理人地家管理株式会社を介して占有しているものであつて、これは原告が年々公租公課は勿論附加費用をも納付して居ること、或は昭和十二年七月神戸市湊東区役所より、土地賃貸価格調査委員の選挙に関する公文書が原告宛に送付されたことなどの事例に徴しても明かである。被告は、大平洋戦争の開始により阪神地方が絶えず空襲に遭い、人心が動揺して何人も他を顧る余裕のない時、偶々原告及び前記管理株式会社が罹災して居る事情を奇貨として、何等の事実又は証拠によらないで取得時効により本件土地を取得したと称しているものであり、その抗弁は失当である。」と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、との判決を求め、答弁として、
「原告主張事実の中、被告が別紙第一目録記載の土地につき、原告の先代武森武市が既に昭和十三年七月に死亡したにも拘らず、これを被告として、その主張の日時主張のような訴訟を提起し、その主張の日時主張のような判決を得たこと、及び右判決に因り、その主張の通り所有権取得登記をしたことは認めるが、その余はこれを争う。
抗弁として、仮に右判決が無効であるとしても、本件土地は、当初明治三十九年四月頃は宅地二百五十三坪八合七勺であつたが、分割に因り、昭和二年七月二十六日宅地百十五坪三合となり、更に昭和九年九月十三日現在の通り宅地十一坪二合五勺となつた。ところが、被告は本件土地上に在る別紙第二目録<省略>記載の建物につき、大正十五年十一月二十五日、神戸区裁判所の競落許可決定により所有権を取得し、同年十二月八日その取得登記をした。もつとも、右決定記載の競落人は被告、荒木作七、荒木力蔵の三名であり、登記も亦三名の共有名義ではあるが、事実上競落代金を出捐したのは被告独りであるから、前記建物も実際において被告の単独所有である。被告は右建物を競落すると直に、その敷地の登記簿上の所有名義人である坂田貢一、乾繁夫、奥村敏雄三名に対し、郵便を以て右建物の敷地賃借の申入れをしたところ、この郵便は何れも受取人が所在不明として差戻された。そこで被告は大正十五年十二月一日から、右建物を当時の居住者訴外小原政次朗に対し賃料一ケ月金三十三円の約にて期間の定なく賃貸し、その余の本件土地は便所(約半坪)及び物置場として、原告又は前記小原が使用した。その後、昭和二十年三月防空上の必要から右建物は強制疎開を命ぜられたので、被告はこれを本件土地より取除き、その跡に小原をして畑を作らしめて占有を続け、戦争終了後の昭和二十一年六月末日になつて、右小原が本件土地上に家屋の建築を希望したので、被告はこれを承諾して本件土地を小原に賃貸した。従つて、被告は本件土地全部を、大正十五年十二月一日以後所有の意思を以て占有を開始し、爾来昭和二十一年十二月三十一日まで、満二十年一ケ月間地代を支払つたことも亦請求を受けたこともないのみならず、所有者から何等の交渉も受けずして平穏且公然と占有してきたものである。すなわち、被告は取得時効により昭和二十一年十二月一日、本件土地の所有権を取得したのである。」と述べた。<立証省略>
三、理 由
別紙第一目録記載の土地が、明治三十九年四月頃宅地二百五十三坪八合七勺であつたが、分割に因り、昭和二年七月二十六日宅地百十五坪三合に、更に同九年九月十三日宅地十一坪二合五勺となつたこと、本件土地上の別紙第二目録記載の建物につき、大正十五年十一月二十五日神戸区裁判所の競落許可決定があり、右許可決定があり右許可決定記載の競落人が被告、荒木作七、荒木力蔵の三名であること、被告が前記土地について、昭和二十一年九月二十一日頃、既に同十三年七月十一日に死亡した原告の先代武森武市を相手方として、神戸簡易裁判所に所有権確認等の訴を提起し、原告不知の間に、同二十三年六月十日同裁判所に於て、
神戸市生田区相生町二丁目六番地の一宅地十一坪二合五勺が原告の所有であることを確認する。
被告は原告に対し右不動産につき時効取得に因る所有権移転登記手続を為さなければならない。
との判決主文の言渡を受けたこと、被告が右判決に因り本件土地につき、昭和二十二年七月四日神戸司法事務局受付第八七八一号を以て、所有権取得の登記をなしたことは夫々当事者間に争がない。
そこで先づ、前示判決の効果について考えて見る。
「凡そ訴の提起当時において、訴状に表示された被告が既に死亡して居り、死者を当事者とする時は、右訴は補正の余地なく終に当事者の実在を欠いて、不適法として却下されるべきであるが、裁判所がこれを看過して本案の判決をなし、右判決が確定したとしても、その効力を受けるべき名宛人は存在しないから、当事者に対し、その内容上の効力である既判力等を発現する途はなく、かゝる意味でこの判決は無効と解される。従つて前示武森武市を当事者とする判決も、実際上無効であり、右判決に基いてなされた前示所有権取得登記も亦原因を欠く無効のものといわねばならない。」
次に被告は、本件土地を大正十五年十二月一日以降昭和二十一年十一月三十日まで満二十年間、所有の意思を以て平穏且公然に占有し、従つて取得時効に因りその所有権を得たと主張する。証人小原政次朗、荒木敏三、荒木種治、小原俊夫の各証言並に検証の結果を綜合すれば、被告は前認定の如く大正十五年十一月二十五日、競落許可決定を受けた本件土地上の第二目録記載の建物が、荒木作七、荒木力蔵との三名の共有とはなつたが、その管理については被告が当ることゝし、当時既に居住していた訴外小原政次朗に引続き賃貸したこと、小原は右建物で食堂を経営すると共に、その敷地以外の本件土地は便所、物置或は物干場として使用していたこと及び本件土地の使用については、被告等に対し土地所有者其の他から賃料の請求がないばかりか、何の交渉もなかつたことが認められる。しかし、右事実のみを以てしては、固より地上建物の競買人の一人である被告が、その敷地を所有の意思をもつて占有したことを認めるに足らず、却て成立に争なき甲第一、二号証、第三、五号証の一、二、第四号証の一乃至十、第六号証の一、その作成方式に照し真正に成立したものと推定せられる第六号証の二及び郵便官署作成の部分の成立につき争がなく、従つてその余の部分の成立を推認できる第七号証前顕各証人の証言並に検証の結果によれば、原告の先代武森武市は、昭和九年九月十一日訴外坂田貢一、奥村敏雄、乾繁夫、乾寿栄子から本件土地を代金一千五百円で買受け、同年九月十三日所有権取得の登記をなしたが、翌昭和十年初頃から、本件土地に隣接して在る地家管理株式会社が武市の委任を受けてこれを管理するようになり、右会社はその権限において、従前武市が直接納めていた公租公課を代理して神戸市金庫に納入し、時には空地の貸借申し入れを取次ぎ、また一時空地の使用を許してその賃料を預つたりしたこと、この状態は武市が前示のように昭和十三年七月十一日に死亡し原告が相続してから後も、少くとも昭和十九年十月頃まで続いたこと、他方、被告等建物の共有者は、少くとも昭和七、八年頃までは絶えず土地所有者の所在を求めていたこと、戦争中、右建物は強制疎開により除去され、終戦後になつて本件土地は、暫く町内の者が畑として使つてから、再び前記小原政次朗が自身でバラツク建築をなし、その敷地として使用しているが、右建築の際にもその家人訴外小原俊夫が所有者を探して見当らず、結局市役所の整地課に相談したところ、従前に家屋が存在し、そこに住んで居たものなら建てゝも良いと言われたことが夫々認められる。これら認定事実から推せば、被告は大正十五年十二月一日以後、本件土地の占有に当つては終始賃借人の立場においてこれをなしたに止まり、所有の意思を以て占有してきたとは到底考えられないのに反し、所有者である原告先代及び原告においてこそ、少くとも昭和十九年十月頃まで、引続き直接又は間接に自主占有を続けたと解せられるのである。以上の判断により、被告の抗弁が理由のないことは明らかである。
よつて、本件土地の所有権の帰属を争う原被告間において、これが原告に属することの確認を求め、且実体権の伴わない前示登記の抹消登記手続を求める本訴請求は、いづれも正当として認容すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 石井末一 大野千里 中田四郎)