神戸地方裁判所 昭和23年(行)53号 判決
原告 松本清七
被告 兵庫県農地委員会
一、主 文
兵庫県武庫郡良元村農地委員会が昭和二三年八月二四日兵庫県武庫郡良元村小林字堀切四番二反三畝二二歩の農地について定めた売渡計画について原告がした訴願に対し、被告が昭和二三年一〇月一三日附兵農委裁第三四〇号を以てした裁決はこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告は、主文第一、二項と同じ判決を求め、その請求原因として次のように述べた。
「兵庫県武庫郡良元村農地委員会は昭和二三年八月二四日兵庫県武庫郡良元村小林字堀切四番二反三畝二二歩の農地を井上左宙に売渡す計画を定めたので、原告はこれは原告に売渡さるべきものとして、異議を申立てたが却下され、同年九月一八日被告に訴願したところ、被告は同年一〇月一三日附でこれを却下する旨裁決し(兵農委裁第三四〇号)、この裁決書は同年一二月三日原告に送達された。然しながら右の売渡計画従つてこれを容認した被告の右裁決は次に述べる理由により違法であるから、その取消を求める。
すなわち、昭和一八年四月川西航空機株式会社は、その工場敷地の一部とするため、右土地を当時の所有者井上左宙から買取り、同年六月頃からこれにかわら、小石まじりの土砂を入れて土盛をしたため右農地は一時耕作不能地と化していた。ところが当時戦時中で食糧増産の盛んにさけばれていた頃であつたので、良元村長は、右土地をはじめ同じく川西航空機株式会社が工場敷地として買取つたまま、空地となつていた土地につき、食糧増産のためこれを地元小林部落住民に耕作させることを、その所有者川西航空機株式会社に要望した結果、同会社はこれを耕作のため無償使用させることを承諾した。そこで良元村長は、小林部落の農事実行組合にその耕作使用方を一任したのであつたが、本件土地は右のように荒廃していたためこれの耕作を希望する者もなく、しばらく放置されていたが、たまたま昭和一九年九月静岡から現在地に帰農して来た原告がその開発耕作を志し、前記農事実行組合の者からの話もあつて、同年一一月からこれを耕作することになり、引続き耕作していたところ、昭和二二年一〇月二日を買収時期とする農地買収計画が右土地について定められ、これに対してはその所有者である川西航空機株式会社からも不服の申立なく買収は確定した。そこで原告は右農地の買収当時の耕作者として昭和二三年二月二〇日その買受申込をし、当然その売渡の相手方となるものと信じていたのに、意外にも前記のようにそのもとの所有者井上左宙を売渡の相手方とする本件売渡計画が定められたのである。然しながら、前記の経過から明かなように、原告は昭和一九年一一月以来本件農地を正当に耕作して来たのであつて、これは所有者川西航空機株式会社との間に使用貸借による小作関係があつたからに外ならず、現に同会社が原告に対しその明渡を求めたことはかつてないのであつて、この状態は本件土地の買収時期である昭和二二年一〇月二日の前後を通じて変りない。そうすれば、右買収当時本件農地は、原告を小作人とする小作地であつたわけであり、またその所有者川西航空機株式会社は右農地の所在村外に住所を持つていたものであるから、前記買収は当然自作農創設特別措置法第三条第一項第一号のいわゆる不在地主小作地としての買収であらねばならないわけである。そうすれば、その売渡における相手方は同法第一六条、同法施行令第一七条第一項第一号によりその買収時期において右農地につき耕作の業務を営んでいた小作農である原告であるべきであるのに、原告を売渡の相手方としなかつた本件売渡計画は違法であり、従つてその是正を求めた原告の訴願をしりぞけた被告の裁決もまた違法である。また仮に右買収が被告のいうように、自作農創設特別措置法第三条第五項第五号(当時の第五号、現行法では第六号にあたる)によつたものであるとしても、それはさきに述べた事情から明かなように、誤つた認定に基くものである。であるから、それが所有者である川西航空機株式会社から不服の申立なく確定したとしても(元来同会社としては右のいずれの理由によるも、さらには法人所有の小作地としても結局その買収を免れないのだから、買収につき不服の申立をするわけもない)それは単に本件農地を国の所有とする買収処分の効力が確定したというだけのことであつて、その買収理由までも争うことができないものとして確定したわけではない。また自作農創設特別措置法上買収について異議訴願を許されているのはその農地の所有権者だけであつて、原告のようなその小作農は誤つた理由による買収に対しても不服を申立てその是正を求める道はない(裁判所に対する取消訴訟もできないものと解される)関係上、被告のいうように買収の完了によりその理由まで確定し、その売渡処分に関しても争えないものとすれば、原告の如きものは、全く救済の機会が与えられないこととなる。しかも、本件買収計画はその計画の縦覧、買収令書の記載においても、何等自作農創設特別措置法第三条各項号中いずれによつて買収するべきものとしたのか、全く明かにしていないのであるから、原告としては事実上不服を申立てるに由もないわけである。
すなわち、本件買収処分は、その確定の如何にかかわらず、本訴において、その当然あるべき買収として判定し得るのであり、しなければならないわけである。そうすれば、前記買収が、当然小作地としての買収であるべきである以上、その売渡の相手方は原告をおいて外にないことは明かなのであるのに、そうしなかつた本件売渡計画訴願裁決は違法で取消されるべきである。」
被告は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のように述べた。
「兵庫県武庫郡良元村農地委員会が昭和二三年八月二四日原告主張の農地につき井上左宙を売渡相手方とした売渡計画を定め、原告がこれにつき訴願を提起したので、被告は昭和二三年一〇月一三日附裁決書により、原告の訴願を棄却する旨の裁決をし、この裁決書が同年一二月三日原告に送達されたことは認めるが、これ等売渡計画ならびに裁決はすべて適法なものである。
すなわち、右農地はもと川西航空機株式会社の所有であつたが、昭和二二年八月五日良元村農地委員会はこれにつき買収時期を同年一〇月二日とする自作農創設特別措置法による買収計画を定め、これに対しては異議訴願等不服の申立もなく買収処分は終了し確定した。そのことは原告主張の通りであるが、その買収は自作農創設特別措置法第三条第五項第五号(当時の第五号現行法では第六号にあたるが、以下単に第五号という。)によつて、すなわちいわゆる不耕作農地としてなされたものであり、原告のいうように小作地として買収されたのではない。当時原告は右農地を耕作していたようであるが、それは何等正当な権原に基かず、所有者川西航空機株式会社にも無断でなされた耕作なのであつたから、右農地は小作地とはいえず、原告はその小作人ではなかつたわけである。すなわち、右農地はまさに前記第五号の不耕作農地というべきものであつたのであり、従つてその買収も同号によつてなされたわけであり、これは正当な買収であつた。しかもこの買収処分はそれについて不服の申立もなく確定したこと前述の通りである。従つて、この買収処分は自作農創設特別措置法第三条第五項第五号に基く買収として爾後何人も争えないものとして確定したのであつて、その売渡処分もこの前提の上に立つてのみ定められるべき筋合なのである。そうすれば、この売渡計画における売渡相手方の決定は自作農創設特別措置法第一六条第一項、同法施行令第一七条第一項第七号によつて行われるべきものであり、良元村農地委員会は同規定に基き井上左宙をその適格者と認定し、これを売渡の相手方として本件売渡計画を定めたのであるから、その計画は正当であり適法なものであり、これを認容した被告の本裁決もまた適法なものである。従つて原告にして、本件売渡計画ならびに裁決の違法を攻撃しようとするならば、それが右施行令第一七条第一項第七号の規定に反していることを主張しなければならないわけであるが、原告はこの点について何の主張もなく、被告としても、本件裁決において右規定の適用を誤つてはいないのである。
なおまた、本件農地の買収計画の公告縦覧、買収令書中にその買収が自作農創設特別措置法第三条のいずれの項号によつて買収すべきものとの表示がなされていないことは認めるが、それは同法第六条、第九条の規定により明かなように、公告、縦覧、令書の記載事項として法の要求している事項に属しないからなのであり、その明示がないからといつて買収の事実のみが確定し右買収が同法第三条第五項第五号によるものであることまでは確定されないということにはならない。」(証拠省略)
三、理 由
兵庫県武庫郡良元村農地委員会が昭和二三年八月二四日自作農創設特別措置法第三条の規定によつて買収された同村小林字堀切四番二反三畝二二歩の農地を井上左宙に売渡す計画を定め、原告がこれに異議訴願を申立て、被告が右原告の訴願について同年一〇月一三日附で棄却の裁決をし、この裁決書が同年一二月三日原告に送達されたことは当事者間に争がない。
被告は、「右農地は自作農創設特別措置法第三条第五項第五号の規定により買収されたのであるから、その売渡の相手方を定めるについては、同法施行令第一七条第一項第七号によるべく、本件売渡計画は右法条により井上左宙を売渡相手方として定められたものであるから適法なものである。しかも前記買収に対しては不服の申立なく確定したのであるから、右買収が同法第三条第五項第五号によるものであることが、本件売渡の前提として争うべからず、動かすべからざるものとなつて確定している」と主張する。
然しながら、被告の右主張は農地買収処分の効力、その性質について誤解をしていると思われる。すなわち、行政処分の確定とは、その処分の効力が争い得ぬ状態となつたことをいうのであつて、その処分が適法な処分として確定し、元来適法な処分が適法なものに化するわけではない。争えなくなるのは、単にその行政処分の効力のみである。ただその効力が争えないものとなる結果、その効果においては、あたかも適法な行政処分がなされたと同一の効力を有するものとして確定することになるのである。
そして、農地買収処分の効力とは自作農創設特別措置法第一二条第一三条等所定の効果を発生すること、すなわち、買収の時期においてその所有権を政府が取得し、その農地に関し従来存した権利が消滅すること、旧所有者に対する対価支払義務が発生すること等がその主なものである。同法第三条の各号に定められているところはその買収処分自体を適法ならしめる根拠であり、買収処分の効果となり得べき性質のものではない。これは、同法第六条の規定を見てもわかる。同条は買収計画で定めるべきものとしては買収すべき農地、買収時期、対価だけをあげていて、買収計画が同法第三条の何号によるべきかを定めるべきものとはしていないが、それは元来、買収計画庁たる農地委員会の定め得べきところではないからである。農地委員会は特定農地を買収する計画をたてるに当つてそれが同法第三条何号による買収適地であるかを審議しなければならないが、それはあくまでも計画自体の適法性を判断する客観的基準なのであるから、委員会がこれを定めるということはあり得ず、その適用条文を表明したとしてもそれは当該買収処分の効力とかかわりない。すなわち、買収計画、買収処分においてそれが同法第三条何号によるものであることは、買収処分の内容ではないのであるから、それが確定した処分の効力として争えなくなるということはない。
そうすれば、買収農地の売渡をするに際しても、その買収の効力自体を否定してこれを売渡すべからざるものとすることはできないが、それ以上に買収の際の行政庁の認定等に拘束されるべきではない。しかも、さきにふれたように、買収が自作農創設特別措置法第三条の何項何号によつてなされたかということは買収計画において定められず、その他買収のいずれの段階においてもその表明は必要とされず、表明されないのだから、買収庁が特定の買収を何号の規定によつてしたものであるかということは判らないわけであり、ただ客観的にその買収は何号該当地の買収として適法であるとだけしかいえないわけである。それであるから、自作農創設特別措置法施行令第一七条第一項の各号において「自作農創設特別措置法第三条某項某号の規定により買収した農地」とあるのは「買収した農地で(その買収当時)同法第三条某項某号の規定に該当するものは……」の意味を現したものとして読まれなければならない。
そこで以上の解釈に従つて本件売渡計画の適否を判断するためには、まず本件農地はその買収当時自作農創設特別措置法第三条のいずれの条項に当る土地であつたか、すなわち原告のいうように小作地であつたか、被告のいうように不耕作農地であつたかを決定することが必要となるから、この点について判断する。
証人藪内惣兵衛、友金公太郎、山野文次郎、瀬崎利雄の各証言、原告本人尋問の結果に証人平塚喜一郎の証言の一部を総合すると次の事実が認められる。すなわち、原告主張の農地はもと井上左宙の所有であり、昭和一八年三月頃川西航空機株式会社がその工場敷地とするため、他の約五〇、〇〇〇坪の土地と共に買取つたが、一部埋立をしたまま工場建設にも至らず放置されていたので、地元小林部落の農民等は、この買収になつた土地を耕作のため使用することを居村良元村長を通じて川西航空機株式会社に交渉し、その無償使用の承諾を得、その使用者は地元小林部落の農事実行組合において適宜選定することになつた。その際本件農地は正式には右使用許可区域には含まれていなかつたが、この土地とても川西航空機株式会社においては使用せず放置してあつたので、その後一部は地元民が耕作のため使用し始めたが、川西航空機株式会社は他の土地に対すると同様その使用に対しては何等異議も称えず、これを黙認していた。他方原告は昭和一九年静岡から帰郷し同年一一月頃から、荒地として放置されていた本件土地の一部を開き、これを耕作のため使用し始めたが、昭和二〇年に入ると、本件土地を含めさきに川西航空機株式会社に買収になつた五〇、〇〇〇坪の土地について、地元民の手でこれを買戻す話が始り、有志の者が集つてそのあつせん交渉をするため組合を作り、一方良元村長を通じて川西航空機株式会社と交渉すると共に、他方買受希望者をつのり、その選定を始めた。そしてその買受資格者は目的土地の旧所有者を優先させる扱いとしたが、本件土地については、その旧所有者井上左宙においてその農地としての利用価値が川西航空機株式会社において行つた埋立のため相当低下していたところからその買受を希望しなかつたので、当時その土地の一部を使用耕作していた原告がその買受を申込み、その買受予定者として認められた。こうして、各土地についての買受予定者も定まつたので、前記組合は、川西航空機株式会社に対してその買受け方を交渉するとともに、昭和二〇年米作を終つた時から、買受予定者においてその買受予定地を耕作するよう取はからつたので、原告も昭和二〇年一一月頃から本件農地全部を使用耕作するようになつた。そうして当時のその所有者川西航空機株式会社としても、時たまたま終戦に会しその買収した前記土地一般について強い関心もなく、その土地については前記組合等地元民の処理に委ねて、異議なく、前記のような使用関係を暗に是認していたので、結局原告は右の昭和二〇年一一月頃からは前記組合等の者を通じて本件農地につき使用貸借による使用権を認められることとなつて、本件農地の買収当時に及んだのであつた。
右認定に反する証人井上左宙、平塚喜一郎の証言部分は信用し難いし、証人田中健之助の証言も右認定を左右するに足らず、その他右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
以上認定した事実によれば、本件買収にかかる原告主張の農地はその買収時期である昭和二二年一〇月二日当時において原告が使用貸借による権利に基き耕作の業務の目的に供していた小作地であつたと解するのが相当である。もつとも証人井上左宙の証言と原告本人尋問の結果とによれば、原告が右のように小作権を取得した後、そのうち約五畝歩を井上左宙が原告の意思に反し強制的に実力を用いて耕作し始め、引続き原告の支配を排除してこれを使用し耕作を継続している事実があることが認められるのであるが、これによつても、本件農地が原告の小作する小作地であることは変りないものというべきである。自作農創設特別措置法第三条第五項第五号所定の農地は、その耕作権者が任意にその土地を耕作の目的に供していない場合を指すものであり、原告の如きは、同号にいう耕作の権原は有するが、井上の実力行為によりこれを耕作することのできない者なのであると解すべきであるから、
以上の事実に、当事者間に争のないその買収当時の所有者川西航空機株式会社の住所が本件農地所在村の外にあることとによれば、本件農地はその買収当時自作農創設特別措置法第三条第一項、および同条第五項第四号該当の農地であつたので、同項第五号該当農地ではなかつたわけである。
右の事実と初めに論定したところからすれば、本件農地の売渡計画をたてるについて、その売渡相手方を選定するについてはまず、自作農創設特別措置法施行令第一七条第一項第一号によつてこれをなすべく、しかも成立に争のない甲第二号証によれば原告が本件農地につき買受申込をしていることは明かであるから、右規定により原告をその売渡相手方として売渡計画を定めるべきであつたのにもかかわらず、原告を排して井上左宙を売渡相手方とした本件売渡計画は、他にこれを正当ならしめる事由の認められぬ以上、違法なものであり、従つて、これを正当とし、原告の訴願を棄却した被告の裁決も、また違法であるといわねばならない。
そうすれば、被告のなした右裁決の取消を求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 石井末一 西川正世 細見友四郎)