大判例

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神戸地方裁判所 昭和24年(モ)289号 判決

債権者 野中勇次郎

債務者 水口犀吉

一、主  文

当裁所が債権者債務者間の昭和二十四年(ヨ)第一七一号不動産仮差押申請事件につき、昭和二十四年七月十五日になした仮差押命令は之を認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

二、事  実

債権者代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、債務者は昭和二十四年六月六日頃申請外中村為之こと碇勝元及び同平野信一と共謀の上、債権者に対し食用油買取の世話をする意思がないのにかゝわらず「蒲池彌吉という人が公団から出す油を持つているがそれを買つてはどうか、絶対大丈夫の品物で水口が既に手附金三十万円を支払つている」と全く虚構の事実を申し向け、債権者をして右の油が実在し債務者等がその買受けの世話をしてくれるものと誤信させ之を買受けるべく比麻油ドラム罐七本、純椿油同五本、菜種油同三本及びエコー油同二本の代金として久留米市小頭町一丁目一二五番地国光旅館において右同日金四十一万二千五百円を同月八日金四十万を交付させてこれを受取り騙取した。債権者は債務者の右不法行為により右金員合計八十一万二千五百円相当の損害を被つたので、債務者に対し之が賠償として右同額の金員請求権を有するものである。ところで債務者は右犯行により、懲役一年に処せられたが、その執行を免れるため目下逃走中である。而して神戸市葺合区上筒井通八丁目六番地家屋番号六番木造瓦葺平家建居宅一棟建坪十三坪八合二勺(以下本件家屋と称する)は債務者の所有に属するのであるが同人の右現況に鑑み之を他に売却する虞れがあるので、前記請求権の内金十万円につき之が執行保全のため右不動産を仮に差押える必要があるので、本件仮差押の申請に及んだと述べた。<立証省略>

債務者代理人は「主文第一項記載の仮差押命令を取消す。債権者の仮差押命令申請を却下する。訴訟費用は債権者の負担とする」との判決を求め、その理由として、

債務者は債権者からその主張するような金員を受取つたことはない。況んや之を騙取するが如きはあり得ない。ただ債権者及び債務者は平野信一を通じ中村為之から食用油類を購入するため、金三十五万円づつを支出し、之を右平野に交付したこと、その後債務者は平野を疑い自己の支出した右金三十五万円を取戻したこと、それにもかかわらず債権者はなお平野等を信用し、之に対し債務者の面前で更に油の代金として金四十一万二千五百円を交付したことがあるだけであつて、右事実によれば債務者が債権者をだましたものでないことは明かである。仮りにそうでないとしても債権者が買受けんとした本件油は菜種油、落花生油、白絞油及び椿油で、その買受価格は一升約八百五十円である。而して右油の内椿油以外は臨時物資需給調整法によりその購入には割当切符を必要とし、物価統制令によりその価格は統制せられているにもかかわらず、債権者は割当切符なく且つ統制価格を超過した価格で買受けようとしたものであり、一部統制外品があるけれども債権者は元来同物資の取引により暴利を得ようとして本件金員を支出したのであつて、たまたま一部統制外品が混入していても債権者の意図は全体として違法性を有するものであるから、債権者は本件支出金すべてに対し、かゝる意図の下に支出したことを理由とする損害賠償請求権をもたず、従つてこれあることを前提とする本件仮差押は失当であるからこれを取消し債権者の仮差押申請は却下さるべきであると述べた。<立証省略>

三、理  由

債権者本人尋問の結果の一部及び同結果により成立を認める甲第一、二号証成立に争のない甲第三ないし六号証を総合すれば、債務者が昭和二十四年六月頃債権者に対し、油糧配給公団の幹部である蒲池彌吉の手にある食用油を買うように奨め、「現品は既に神戸へ向け発送せられ、現在鳥栖駅に停車している」と申向けたこと、債権者がそのような食用油が実在し、債務者がその買受けの一切の世話をして呉れるものと信じその油ドラム罐十七本(その内訳は後記代金を渡す当時には比麻油七本、純椿油五本、菜種油三本、及びエコー油二本であるとのことを債権者も聞知していた――債権者本人尋問の結果中この認定に反する部分は信用しない)を買受けようと決心し、久留米市国光旅館において債務者に対しその代金の内入として昭和二十四年六月六日に金四十一万二千五百円を、同月九日に金四十万円をそれぞれ交付したこと、及び蒲池彌吉という人物は実在せず、債務者の語つた事はすべて虚偽であることが後に判明し、債権者は結局債務者に交付した右金員相当額の損害を被つたこと、債務者は右金員を騙取したかどで言渡を受けた懲役一年の刑が確定し目下逃走中であることにつき一応疏明があるものと認められる。該事実によれば債権者は債務者から金八十一万二千五百円を騙取せられたものと推定される。故に債務者は債権者に対し、之が損害賠償として右同額の金員を支払う義務があると一応考えられる。

尤も債務者は「本件油の売買は闇取引により巨利を得んとの意図の下になされ椿油を除き、臨時物資需給調整法及び物価統制令に違反するから、本件売買に基く金銭の支払は一体としてすべて不法原因給付となる。従つて債権者は之によつて起つた損害の賠償を求め得ない」と主張する。なるほど前記の油の内比麻油、菜種油が当時いわゆる統制品であつたことは明かであり、これが代金として交付された金員が不法原因給付であることは債務者主張の通りであるが、その他の椿油、エコー油は統制品ではなく少くともこれが代金として交付されたこと前記甲第一号証により疎明される金六十六万円はたとえ他の統制品と一括同一の売買契約により交付されたものとするもそのために右自由品の代金交付までが違法性を帯びるいわれはない。けだし不法原因給付の返還を許さないのは法律上非難さるべき行為により給付したものをその非難さるべき行為を理由として法律上の保護を求めることを許さぬ趣旨であるが、右自由品のみの代金に相当する損害を主張しその賠償義務を主張するのであれば別に統制違反の行為を理由とする必要はないからである。よつて債権者は少くとも前記自由品の代金に相当する損害賠償請求権を債務者に対し有するものというべく、債務者が本件取引につき詐欺罪として懲役一年に処せられたが目下逃走中であること、前認定の通りであり、本件家屋が債務者の所有に属することは債務者の明かに争わないところであるから、これを自白したものとみなされるが、かゝる事情のものとにおいて債権者がその債権の保全を必要とするのは当然である。よつて債権者が前記金六十六万円の請求権の内金十万円の請求権保全の方法として記録上明かな金三万五千円の保証を立てて債務者所有の右家屋の仮差押をすることは至当であるから、本件仮差押は之を維持するのが相当である。よつて当裁判所はさきになした仮差押決定を認可し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石井末一 大野千里 入江教夫)

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