神戸地方裁判所 昭和24年(ヨ)11号 決定 1949年2月11日
申請人
神戸市労働組合連合会
被申請人
神戸市
主文
申請人の申請を却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
理由
申請代理人は「被申請人の申請人所属各組合の組合員等(以下単に組合又は組合員と称する)に対する就業時間、休日並びに休暇に関する定めは本案事件の確定判決あるまで従前の通り即ち昭和二十三年十月十八日附訓令第五七号及び同年十一月十九日附訓令甲第六五号の通りとする。」との決定を求める。
その理由として「組合と被申請人間の組合員の就業時間休日並びに休暇に関する定めは従前は右各訓令の通り(就業時間は四月一日より十月三十一日まで午前八時より午後四時まで。十一月一日より三月三十一日まで午前九時より午後四時まで休憩時間は午十二時より午後一時まで)であつたところ被申請人は昭和二十四年一月十二日附訓令甲第二号(同月十七日施行)を以つて一方的にこれを変更していわゆる四十八時間勤務制(就業時間は一年を通じて午前八時十五分より午後五時まで休憩時間は午後十二時より午後零時四十五分まで)を実施し従前に比して著しく労働条件を低下させた。然るところ先に組合と被申請人間に締結せられ現にその効力を有する労働協約(甲第五号証の一乃至三)によると被申請人が組合員に対する就業時間等に関する定めを変更する場合には組合と協議しなければならないと規定されており、又労働基準法は地方公務員たる組合員に対してはなおその適用が排除されていないが同法第一条第二項には「……中略……労働関係の当事者は同法の定める基準を理由として労働条件を低下させてはならない……」と規定し又同法第二条第一項には「労働条件は労働者と使用者が対等の立場において決定すべきものである」と規定している、従つて被申請人の組合員に対する前記就業時間等の変更措置は右労働協約並びに労働基準法の諸規定に違反する無効のものであるといわねばならない。かくて申請人は被申請人に対し昭和二十四年訓令甲第二号による就業規程無効確認の訴訟を準備中であるが組合員中には現下の住宅事情のため遠隔の地より通勤して居る者も多く、そうでなくても交通現業員は勿論一般職員においても未だ給与が実質的に改善されていないのに労働時間の延長によつて労働が強化される結果組合員の蒙る有形無形の損害は実に甚しいといわねばならない。茲において組合員の直面する叙上のような窮迫を避けるため右本案事件の確定判決あるまで仮に被申請人の組合人に対する就業時間等に関する定めは従前通りと定める旨の仮処分を求めるため本申請に及んだ。」と述べ、
疎明方法として甲第一乃至第四号証同第五号証の一乃至三同第六号証の一乃至三同第七号証を提出した。
被申請代理人は主文第一項と同旨の決定を求め、
答弁として「申請人主張の事実中被申請人と組合間の組合員の就業時間休日並びに休暇に関する定めが申請人主張のような二つの訓令の通りであつたこと、被申請人が昭和二十四年一月十七日申請人主張の訓令によつて就業時間等に関する従前の定めを変更していわゆる四十八時間勤務制を実施したこと及び被申請人と組合との間にその主張のような労働協約が締結せられたことはこれを認めるが(一)本件仮処分申請の対象となつている、昭和二十四年訓令甲第二号は被申請人代表者市長がその職員に対する指導監督権に基いて発した職務命令であつて、公務員関係の特質よりしてこれに対しては法律上争訟の手段がないのであるし、仮に争訟の手段によつ救済を求め得るとしても右訓令は一種の行政処分と解せられるところ昭和二十三年法律第八十一号行政事件訴訟特例法第十条第七項によるとかかる行政庁の処分については仮処分に関する民事訴訟法の規定はこれを適用しないと規定されているから本件申請はこの点において既に不適法として却下せらるべきものである。(二)仮に右の主張が理由がないとする(イ)前記被申請人と組合間の労働協約は昭和二十三年政令第二百一号の施行によつて失効し被申請人は同年八月十九日附で組合に対しその旨を通告した、又労働基準法は申請人の主張するように地方公務員たる組合員に対してはその適用が明らかに排除されてはいないが、被申請人の組合員に対する就業時間等に関する今回の変更措置は一面給与ベースの引上げを裏付けとするものであつて、それとの関連においてみるときは決して労働条件の低下をきたすものではない。仮に労働条件の低下をきたすとするも該措置は多面昭和二十三年十二月十九日附内閣総理大臣宛連合国最高司令官の書簡の趣旨に即応し経済の安定がわが国現下の焦眉の要請である事実にかんがみ、公務員をして率先これに寄与させようとの趣旨の下に政府のとつた措置に準じてなされたものであつて、同法第一条第二項はこのような事情の下における労働条件の低下をまで禁止しているものとは解し得ないし、右政令第二百一号第一項前段は国又は地方公共団体の職員たる地位にある者は任命によると雇傭によるとを問わずひとしく国又は地方公共団体に対しては団体交渉権を有しない旨を規定しているから同政令施行後においては被申請人と組合員の間には同法第二条第一項にいうような労働条件についての対等決定の原則はも早やその適用がないといわねばならない。かくて被申請人の組合員に対する前記就業時間等に関する変更措置が無効であるとする申請人の主張はいづれもその理由がないから申請人は結局本件仮処分によつて保全を求めるべき本案請求権を有しないものといわねばならない。(ロ)仮に申請人が被保全権利を有するとしてもいわゆる四十八時間勤務制は政府職員は勿論被申請人と同じ立場にある各地方共団体においても既に実施されているところであつて、被申請人としてもその実施に先立ち申請人に対して再三その已むを得ない旨を通告したのであるから、その実施に至つた経過については組合又は組合員において十分の認識を有しているはずである、被申請人としても勿論右勤務制の実施に伴う労働強化により組合員において肉体的精神的苦痛を受けていることは十分これを諒とするが、右苦痛は果して組合員において堪え得ないほどの苦痛であろうか、もし組合員にしてきわめてけわしい再建の途上にあるわが国の現状と地方公共団体においても右勤務制を採らざるを得ない情勢下におかれていたこととにいささかでも思ひをいたすならば右苦痛は堪え得ざる程度に大なるものとは恐らく断じ得ないであろう。
換言すれば組合員が右勤務制により特に著しい損害を蒙るというような事情の存することは、被申請人の強く否定するところである。従つて申請人の主張するような仮処分の必要もまた存しないといわねばならない、叙上いづれの点よりするも申請人の申請はその理由がないから失当として却下せらるべきものである。」と述べ、
疏明方法として乙第一、二号証を提出した。
被申請人が昭和二十四年一月十二日附訓令甲第二号(疏甲第一号証)を以て組合員に対する従前の就業時間休日並びに休暇に関する定めをいわゆる四十八時間勤務制に変更し同月十七日よりこれを実施したことは当事者間に争のないところである。そこで先づかゝる訓令を対象として本件のような仮処分の申請を適法になし得るかどうかを考えてみるのに疏甲第一乃至第四号証を綜合すると右訓令の効力の及ぶ範囲は単に地方自治法にいう補助機関たる職員だけでなく、広く雇傭による一般従業員をも含むものであることを認め得るし、又その内容は前記のように就業時間休日並びに休暇に関する事項であるから右訓令は被申請人代表者市長がその職員に対する指揮監督権に基いて発した職務命令とは解し難いしまた同市長が一般市民に対しその権利義務に法律上の効果を発生させることを目的としてなした行為とはなおさらいえないから、昭和二十三年法律第八十一号行政事件訴訟特例法第十条第七項にいう行政庁の処分でないことは明らかであつて、むしろ実質的には被申請人が使用者たる立場において被用者たる組合員に対してなした労働条件に関する定めであると解するのが相当である。果してそうだとすると本件仮処分の本案事件に被申請人が訓令の形式によつて定めた就業時間等に関する規程の無効確認を求める訴であつて、かような本案請求権については民事訴訟法の定める仮処分手続によつてその保全を求めることが許容されるものといわねばならない。仍つて被申請人の此の点についての主張は排斥を免れない、次に組合と被申請人間に申請人主張のような労働協約が締結せられたことは当事者間に争なく、疏甲第五号証の一乃至三によると右労働協約においては被申請人が組合員の就業時間休日並びに休暇に関する事項を定めるについては組合と協議しなければならないと規定されていることが認められるが、被申請人が昭和二十四年一月訓令甲第二号によつて従前の就業時間等に関する規程を変更するに際し組合と協議したことは被申請人の主張且疏明しないところであるのみならず、疏乙第二号証並被申請人審訴の結果によれば被申請人がその実施に先だち申請人に対し単に四十八時間勤務制を採るの止むを得ざる事情にある旨を両三度申入れたに過ぎずその間組合との間に協議をかさねたような形跡は少しも存しないことを認めることができる。従つて右勤務制の採用は一見労働協約に違反するの観があるが、ひるがえつて昭和二十年勅令第五百四十二号、ポツタム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く昭和二十三年政令第二百一号第一条第一項によると任命によると雇傭によるとを問わず国又は地方公共団体の職員の地位にある者は、国又は地方公共団体に対しては同盟罷業怠業的行為等の脅威を裏付けとする拘束的性質をおびたいわゆる国体交渉権を有しないと規定されるに至つたため、被申請人と組合間の労働協約は右のような団体交渉権を前提とするものであるから該労働協約は右政令の施行とともに失効したものといわねばならない。
また労働基準法は地方公務員たる組合員に対しては現在なおその適用が排除されてはいないが、それと同時に右政令は地方公務員に関する限り現にその効力を有するものであるから、同法第二条第一項にいうような労働条件についての対等決定の原則はその前提となる団体交渉権の喪失によつて地方公務員たる組合員にはその適用がないと解すべきである。なお被申請人の前記訓令による就業時間等に関する規程の変更は既定の労働条件を低下させるものではあるが、そもそも昭和二十四年一月一日より実施された政府職員に関するいわゆる四十八時間勤務制は、昭和二十三年十二月十九日附内閣総理大臣宛連合国最高司令官書簡の趣旨に即応して経済の安定がわが国現下の焦眉の要請である事実にかんがみ、公務員をして率先これに寄与させようとの趣旨の下に同年法律第四十六号政府職員の新給与実施に関する法律第十九条の規定による人事院規則一五―〇に基き政府によつてとられた緊急措置であつて、地方公務員がひとしく公共の信託に対し忠実の義務を負うものである以上、政府職員に準じて地方公務員に対してもまた右の措置がとられて然かるべき事情にあるものと考へる。従つてかような事情の下においてとられた前記勤務制は同法第一条第二項の規定に違反するものとはにわかに断じえない。かくて前記認定のように被申請人の昭和二十四年一月訓令甲第二号就業時間等に関する規程は一方的に定められ且つ実施せられたものであるが、結局は有効であつてこれを無効とする申請人の主張はいづれもその理由がない。果してそうだとすると申請人は本件仮処分によつて保全を求めるべき本案請求権を有しないものといわねばならない。仍て本件申請は申請人が主張するような仮処分の必要があるかどうかについて判断するまでもなく失当としてこれを却下すべきものとし民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り決定する。
附言 地方公務員がひとしく公共の信託に対し忠実の義務を負うものである以上、政府職員に準じて地方公務員に対してもまた四十八時間勤務制がとられて然るべきものであることは前叙の通りである。しかしながら日本国々民の間における民主々義的傾向の復活強化に対する一切の障がいを除去しなければならないというポツダム宣言の要請に基き敗戦後労働法規の相次ぐ制定によつて労働者が従来の封建的拘束より解放され、団結権、団体交渉権並びに争議権等を与えられこの点においては公務員も除外せられなかつたが、その後前記政令第二百一号により労働者としての公務員に与へられた同盟罷業等の脅威を裏付とする拘束的性質を帯びた団体交渉権は喪失せしめられ、且この点については今後において幾多の変せん消長が予想されるけれども、このことから公務員関係の本質を既往の如く歪曲してみるようなことがあつては折角途上にある民主々義の健全な発展が阻止せられるおそれがある。かかる見地から被申請人が前記勤務制を採るに至るまでの経過について考へてみるとげせない点が多々あるといわざるを得ない。
なるほど労働協約は既に失効してはいるが右勤務制を採用するにあたり組合との協議(必ずしも組合の同意をうることを必要としない)を不可とする理由は少しもないし、又前記訓令の実施当時はもとより現在において政府職員に準じた給与ベースの引上の裏付けが現実になされていないことは被申請人審訊の結果から明かである。もちろん被申請人において近く給与ベースの引上を行うであろうけれども、これについて文書その他確たる方法による発表なくして行う右勤務制の実施が如何なる心理的影響を組合員に与えるかも被申請人としては十分考慮すべきであつたしその心理影響については組合員に対して今後に来るものはただ一つ行政整理ということに冷厳な事実である点にかんがみれば思い半ばに過ぐるものがあるであろう。又組合員中には現下の住宅事情より遠く姫路、加古川方面より通勤する者の多数に上ることは疏甲第七号証によるまでもなく勤務状況の調査により使用者たる被申請人側においても常時明かにしておくべきことであるから、継続性のある前記勤務制を厳格に実施するならばやがては交通機関の発着時間の関係から事実上右勤務制を遵守しえない組合員の数も相当に上ることを推測しえたであろう。被申請人はしきりに「昭和二十三年十二月十九日附の前記書簡の趣旨に即応し」ということを云々するが、右書簡の趣旨に可及的迅速に副うべきことは前叙の通りであるが「即応」は決して形式的だけのことではないことは多言を要しないところで、もし被申請人において一、二週間の日時を籍りその間組合との協議を持ち又は組合の陳情を聴いた上でことを具体的に検討且起案した後に右勤務制を実施しても決して遅きに失することなきのみならず、恐らく本件のような紛争を来たさず実質的にも前記書簡の趣旨に即応しえたであろう。当裁判所は四十八時間制の形式的採用により本件紛争を惹起し且既に本案訴訟の繋属を見た今日本件の組合員の勤労意欲が低下しているのではないかを多分に疑うものであつて、若しそうだとしたら被申請人のとつた今回の措置は前記書簡の趣旨に反する結果になつたと非難されても止むをえまい。申請人審訊の結果によれば申請人は被申請人が前記政令第二百一号が制定実施になつて以来公務員関係の本質を敗戦前の如く歪曲してみていると考えているようであるが、かような見方は申請人の誤解であれば幸いである。これを要するに当裁判所は前記書簡の趣旨に実質的に即応し且右の如き誤解を一掃し、つとめて明朗な雰囲気のうちに執務能率の増進を企図する方途として当事者間に本件紛争につき速やかに妥結の日の至ることを希望して止まないものである。
註・昭和二十四年三月九日抗告の申立あり。