大判例

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神戸地方裁判所 昭和24年(レ)50号 判決

控訴代理人は第一次的に原判決を取消す、本件を尼崎簡易裁判所へ差戻すとの判決を、第二次的に主文どおりの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

被控訴代理人は、請求の原因として、被控訴人は昭和二十年六月控訴人に対し尼崎市西字南川端五百九十二番地の六木造瓦葺二階建住宅二戸建一棟の建物のうち東側の一戸(以下本件家屋と略称する)を、一ケ月家賃四十三円の定めで賃貸したのであるが、被控訴人方は昭和十四年父死亡後母の手一つで三人の子女を扶養してきたので遺産も殆んどつかい果し、終戰後の著しい物價の高騰によつて生活費に困窮した爲、やむなく本件家屋を他に賣却する必要にせまられ、昭和二十二年十月以來再三控訴人に対し本件家屋の明渡または買取を求めたが、その交渉が容易に進捗しないうち被控訴人の窮乏は益々深刻化し遂に被控訴人の現住家屋を処分する外なくなり昭和二十三年一月二十日、控訴人との前記交渉が円満に成立することを期待しつゝ、これを訴外香川博美に賣却したのであるが、控訴人は期待に反し一向に被控訴人の要求に應じてくれず、被控訴人があくまで円満に解決したいと考えて尼崎簡易裁判所に申立てた家屋明渡の調停にも應ぜず、一方家主香川からは絶えず明渡を求められて被控訴人一家は住むに家なき苦境に陥り困却している。以上の事情はまさに本件賃貸借契約解約の申入についての正当事由に該当する、すでに昭和二十二年十月から被控訴人がなした明渡の要求は右解約の申入であること言を俟たないのであるが、仮にそうでないとしても、被控訴人は本訴において控訴人に対し本件家屋の明渡を求めるものであるから、本訴状が控訴人に送達された昭和二十三年六月十五日に解約の申入をなしたことになり、少くともそれから六ケ月の経過と共に本件賃貸借は終了しているので、被控訴人は控訴人に対し本件家屋の明渡を求めるものであると述べ、

なお控訴人は被控訴人方が諸所に土地建物を所有し、これに株式や預金を併せると約百万円の資産を有するとし、殊に最近被控訴人の兄が兵庫縣武庫郡良元村伊孑志に土地を買受けて店舗住宅を新築した事実があるから轉居先もある、と反駁するけれども、まず資産についていえばなるほど以前はその様な財産があつたことを認めるけれども、現在までに殆んど費消し何等の資産もなく、又右新築住宅は被控訴人の姉小万江が訴外末永俊郎と結婚するにあたり、俊郎が同人の兄夫婦方に寄寓し兄夫婦また二階借の身であつたために、特に先方の要求によつてやむなく小万江が亡父から讓りうけた大阪市東淀川区の宅地約三百坪と他の不動産を処分し、これによつて建てたもので他家に嫁いだ小万江所有のものであるから被控訴人方が居住することはできないと述べた。<立証省略>

控訴代理人は原審判決は当事者の任意的変更を認めた違法がある。即ち、本件訴状によれば原告は八木しほとなつているにも拘らず、その後昭和二十三年八月七日附訂正申立により、原告八木可通浩右法定代理人八木しほと当事者の変更を認めたのは明かに任意的な当事者の変更であり、これを許容する規定のない以上本件において八木しほが依然として当事者であつて、被控訴人は当事者ではないから本件は原裁判所へ差戻さるべきであると述べ、本案につき、答弁として、控訴人が被控訴人より昭和二十年六月頃本件家屋を賃借し現にこれに居住していること、被控訴人が尼崎簡易裁判所に家屋明渡の調停申立をなし、その際控訴人に本件家屋の買取を求めたことはいずれも認めるが、その余の被控訴人主張事実は爭う、殊に被控訴人は生活費に窮してその現住家屋を香川に賣却した結果轉居先もなく困却していると主張するが、同人方は尼崎市東富松に宅地三百八十三坪、大阪市西淀川区姫島町に家屋数戸(建坪約百坪)、同区野里町に家屋六十四坪、同市東淀川区本二丁目八番地に宅地約三百坪とその他本件家屋並びにその敷地等を所有し、この外阪神電鉄の株式や預金を併せると約百万円の資産を有しており、更に香川に現住家屋を賣却したと称する昭和二十三年一月以後の同年七月に被控訴人と同居している同人の兄十洋造名義で兵庫縣武庫郡良元村伊孑志に土地を買い、その地上に店舗住宅を新築しているのである、被控訴人は未成年者であり十洋造は末だ学業途中の未婚の青年であつて被控訴人親権者と三人同一世帶をなしている以上、これら資産の個人的な帰属を敢て問題としなくとも被控訴人には現に轉住し得る家屋があり、又他に住居を求める資力がある。これに比し控訴人は一教員であつて他に適当な移轉先もなければ、これを求めるに足る資力もないので被控訴人のなした本件賃貸借契約解約の申入は正当事由に基ずかない違法のものであつてその効力がない。したがつて被控訴人の本訴請求は失当であると陳述した。<立証省略>

三、理  由

まず控訴人の主張する当事者の変更について考えるのに、本件訴状には原告八木しほと表示せられ後昭和二十三年八月七日附訂正申立書により原告八木可通浩、右法定代理人親権者母八木しほと改められたことは記録上明かであるが、本訴により爭われている法律関係の主体が被控訴人であつて八木しほはその親権者に過ぎない点から見れば、八木しほの意思は当初からその法定代理権に基き本訴を提起するにあつたのであるが、法律に暗いためその関係の表示を誤り直接その衝に当る自己名義を以つてしたに過ぎないと見るのが妥当であり、眞の当事者は初から被控訴人であり、昭和二十三年八月七日の訂正は單に表示の過誤を訂正したに過ぎず、その間当事者の変更はない。それ故原審判決が八木可通浩と被控訴人間の請求についてのみ判断した処置は適法であり、この点に関する控訴人の主張は理由がない。

次に本案について考えるのに、控訴人が被控訴人から本件家屋を期間の定なく借りうけ現にこれに居住していることについて当事者間に爭がない。しかして、被控訴人は控訴人に対し、昭和二十三年一月頃本件家屋の買取方を要求し、もしその要求に應じなければ本件家屋の明渡を求める旨申入れて、右賃貸借解約の申入をしたことは原審における証人吉田キクオの証言と原告法定代理人本人の供述(本件記録によれば原審においては証人訊問の方式によつているが、かゝる形式による尋問に対しての被控訴人の法定代理人としての供述も少くとも本件口頭弁論の一部にはなりうるものと解する)によつて認められる。果してしからば右解約申入が被控訴人の生活窮乏により、自己居住家屋賣却の己むなきに至りその生活の本拠を失つたことに基くものであるかについて判断するに、被控訴人家が元ほゞ控訴人主張のような資産を有していたことは被控訴人の爭わないところであるが、原審証人八木末廣、吉田キクオの各証言、原審当審における証人香川博美の証言ならびに被控訴人法定代理人本人訊問の結果の一部を綜合すると、昭和十四年頃父が死亡しその後母一人で別に收入もなく、被控訴人ら三人の子女を養育する生活はすべて父の遺産に依存し、しかも終戰後の物價高のためその遺産も次第に減少し、生活費の調達のため昭和二十二年十月頃から本件家屋の隣家一戸を賃借人訴外吉田キクオに、又前記認定のように翌二十三年一月頃控訴人に本件家屋の買取方を度々交渉し、それがはかばかしく進捗しないので、昭和二十三年一月頃今度は被控訴人が現に居住していた西宮市安井町四十四番地の家屋に対する権利を訴外香川博美に賣却した結果、右香川よりたえず明渡を求められ、同年六月一日からは同人一家と同居していたが、現在はその母と共に後に認定する姉小万江方に移轉同居していることを認めることができる。けれども他方成立に爭のない乙第七号証及び甲第十一号証と原審証人末永俊郎、当審証人香川博美の各証言及び原審並びに当審における被控訴人法定代理人本人訊問の結果によれば、前記賣買後の昭和二十三年五月被控訴人家では、その姉小万江を末永俊郎と婚姻させるに際して荷物代りとして同人等夫婦を居住させる目的で、同一世帶の兄十洋造名義で兵庫縣武庫郡良元村伊孑志字円国寺百九十七の五地上にその家屋の建築許可を申請し、同年七月一日には同地二百七十坪余を買取り建坪十五坪の木造瓦葺平家建住宅を建築しているのであつて、その費用中には多少右小万江名義となつていた父の遺産の賣得金も入つてはいるが、大部分世帶主の兄十洋造の財産から調達されている事実が認められるのであり、かゝる結婚の條件を承諾したか、或は自ら進んでしたか何れにしても普通ならばそれ相應の経済的余力があつてのことゝ見るべきであつて、被控訴人家の生活はその主張ほど窮乏を告げておらず、その家政のやり方次第では被控訴人家の世帶主十洋造には未だ家族三名(被控訴人及その母とも)の居住に堪える程度の住家を求める(買得のみとは限らない)資力がないまでに前認定の遺産が費消され盡しているとは思料され難いのである。甲第六乙至九号証は右認定の妨とならないのみならず、原審証人八木末廣の証言及び原審ならびに当審での被控訴人法定代理人本人の供述は右の点に関する限り信用できない。しかして一方控訴人は一小学校教員であつて住宅拂底の現下他に移轉するにもその移轉先なく、又これを求める資力もないことは、当審でのその本人尋問の結果により明白であつて、本件家屋に対する居住の権原を失えば忽ち生活の本拠を失う境遇にあるものというべく、被控訴人側の前記事情は、控訴人を右のような深刻な苦境に立たしめても、なお本件家屋を被控訴人の住居として得せしめねばならぬほどの正当な事由とは考えられない。すなわち被控訴人家においてその現住家屋を賣却した当時生活費にあてるため何れかの不動産を賣却すべき事情にあつたとしても、その後前認定のように姉小万江の結婚のために二百七十坪の敷地を新に買入れてその地上に十五坪の本建築の住宅を建築するだけの経済的余力があつたのであるから、確実な移轉先の得られる見込も立たずして、その居住家屋を他に賣却する前に家政上善処すべき余地は十分あつたものと思われるのであつて、自ら招いてその住居を失つたものというべく、かゝる立場にありながら、控訴人の生活の本拠を失わせる結果となる本件家屋の明渡を求めることの法律上許さるべきでないことは多言を要せずして明かであろう。果してそうだとすると被控訴人が控訴人に対し前記解約の申入をした当時は勿論現在においても本件家屋の全部明渡を求めるについて正当な事由があるとは認め難いのである。尤も被控訴人法定代理人本人並びに控訴人本人の供述によると、本件家屋(階下六、三、二疊の三室、階上六、四半疊の二室ある)にはたゞ控訴人母子だけが住んでいる爲、被控訴人方家族を同居させるだけの余裕があることは充分認められるけれども、被控訴人方において控訴人と同居する意思がなく、かつ双方円満な同居生活は到底望み得ないことは前記各本人の供述から充分うかゞい知れるところであるから、被控訴人一家のため控訴人に本件家屋の余裕部分を明渡させる正当事由も又ないといわねばならない。結局本件解約申入は正当事由に基かぬ不適法なものでその効力はない。しからば本件賃貸借はなお存続中であり、被控訴人の本訴請求を棄却すべきで、これと異る判断に出でた原審判決は失当である。

それ故民事訴訟法第三百八十六條に從つて原判決を取消し、訴訟費用の負担については同法第九十六條、第八十九條を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 石井末一 西川正世 細見友四郎)

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