神戸地方裁判所 昭和24年(ワ)28号 判決
原告 源治源太郎
被告 西本重郎
一、主 文
被告の原告に対する神戸区裁判所昭和二十一年(イ)第九号和解事件の執行力ある和解調書正本に基く強制執行はその第二項記載の延滞賃料の内昭和二十年十一月分二十円を除いたその余の部分と第一項記載の賃料中昭和二十二年七月末日までの分についてはこれを許さない。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを十分しその九を原告その余を被告の各負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、主文第一項記載の債務名義に基く強制執行はこれを許さず、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、「被告は昭和二十三年十月十二日神戸区裁判所昭和二十一年(イ)第九号和解事件の和解調書に基き原告に対し八百六十円の請求債権と家屋明渡の請求権ありとし、その正本に執行文の附與を受け、原告所有の有体動産を差押え、原告居住家屋明渡の強制執行をなさんとした。しかして、右債務名義によれば、原告は、弁護士小松原直敏を代理人として被告を相手どり神戸区裁判所に和解の申立をなし、原被告間に、一、被告は原告に対し神戸市灘区水道筋一丁目百八十八番屋敷の家屋(以下單に本件家屋と略称する)の店の間一部(以下單に本件店舗と略称する)で現に原告が占有している部分を引続き賃料一ケ月金二十円毎月末日その翌月分を被告住所に持参又は送金して支拂をうける約定で賃貸すること、二、原告は被告に対し右店舗に対する昭和二十年三月一日から昭和二十一年六月末日までの延滞賃料合計金三百二十円の支拂債務あることを認めこれを昭和二十一年五月末日を初めとし爾後完済に至るまで毎月末日に金十円づゝを被告住所に持参又は送金して分割弁済すること、三、原告が右賃料の支拂を三日以上一回でも怠つたときは前記賃貸借契約は当然解除となり被告が原告に対し右店舗明渡の強制執行をしても異議はない、との旨の和解が成立したこととなつているが、原告は右小松原に対しかゝる和解に関する代理権を授與したことがないから、右和解は無効である。よつて、原告は被告に対し右和解調書の執行力の排除を求めるため本訴に及んだのである。」と述べ、かりに弁護士小松原直敏に原告の代理人としての権限があつて右和解をしたものであるとしても、「本件家屋は以前訴外人某が被告から賃借し、原告は同人から右家屋の一部たる本件店舗を轉借していたところ、同人が被告に対する昭和二十年一月分からの賃料を延滞したことから紛爭が起り、原告は被告の代理人村山清二と交渉した結果、昭和二十年十二月一日から本件店舗を賃料一ケ月金二十円で賃借すること、右訴外人の昭和二十年一月分から同年十一月分までの延滞料金二百二十円の債務は原告がこれを引受け、毎月十円づつ支拂う旨の和解契約が成立し、これを基礎として本件裁判上の和解がなされたのである。しかるに、右裁判上の和解は前記のとおり延滞賃料を昭和二十年三月一日から翌二十一年六月末までの分三百二十円であるとし、又その分割弁済の始期を昭和二十一年六月末日からとし、右私法上の和解契約の趣旨に反するものであつて、これは代理人たる小松原直敏がその権限外においてなした和解であるから、その効力がないといわねばならない。」なお、かりに効力があるとしても、「被告の代理人たる村山は和解の約旨に從つて昭和二十二年八月頃まで原告方へ賃料及び延滞賃料を取立に來たので、原告は昭和二十二年七月分までの賃料及び延滞賃料のうち金二百円を支拂つているのであるから本件裁判上の和解成立当時の延滞賃料は金五十円残存したに過ぎず、これを超過して支拂を約した部分は無効であるし、被告主張のような債務不履行の事実はない。又その後の賃料は村山が取立に來なくなつたので、原告は村山方へ賃料を持参したが、村山は病床におり、恢復後取立に行くといつて受取てくれないので、その支拂をしていないから、被告から取立に來てくれゝば何時でも支拂う用意をしている。從つて被告側に受領遅滞の責こそあれ、原告には契約不履行の責がなく本件強制執行を受ける理由がない。」しかして、右村山に賃料及び延滞賃料を受領する権限がなかつたとしても、同人は本件和解をなすにつき被告の代理人としてその権限をもつていたのであるから、右和解に基く賃料及び延滞賃料を受領する権限もあると信じて原告がなした賃料及び延滞賃料の弁済は民法第百十條の規定によつてその効力がある。」と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、「原告主張事実中、原告主張の日、その主張のような執行力ある和解調書正本に基き原告所有の有体動産を差押え、家屋明渡の強制執行をなさんとしたことは認めるが、その他の事実は否認する。即ち、被告はその所有にかかる本件家屋を訴外山佐寛一に賃貸していたところ、原告が昭和十四年九月頃から原告の承諾なしに山佐から右家屋の一部たる本件店舗を轉借占有していた、その後山佐との賃貸契約が終了したので、原告に対し右店舗の明渡を求めたが、同人はこれに應せず村山清二を通じて賃借方を懇請して來たので、昭和二十年十一月二十日原被告間に、一、被告は原告に対し本件店舗を賃料一ケ月金二十円で賃貸すること、二、被告は原告が当時まで右店舗を無断使用していたのを承諾し、原告から昭和二十年一月から同年十一月分までの未拂賃料金二百二十円の支拂として同年十一月末日から完済までの毎月末日に金十円づつを賃料に加算して支拂をうけること、三、もし原告が右支拂を一回でも怠つたときは被告から未拂賃料の残領全部を一時に請求され、なお右店舗の明渡を請求されても異議なき旨の和解契約が成立し、又右和解契約を明確にする爲原告は裁判上の和解を申立てることも承諾し、その申請についての代理人の選任を被告の代理人である村山に一任し白紙委任状を交付したから、原告の代理人として弁護士小松原直敏を頼み、その上で本件裁判上の和解が成立し、その調書が作成されるに至つたものである。しかるに、原告は右和解條項に定めた賃料及分割金の支拂を一回も履行しないので、和解條項の趣旨に從つて本件強制執行に及んだのである。しかして、私法上の和解契約と裁判上の和解との間に延滞賃料及びその支拂時期等について相違があるが、それは裁判上の和解が私法上の和解契約成立後五ケ月余りを経てなされ、それまでに増加した延滞賃料を加算したためであつて、原告と被告代理人村山とが話合いの上本件裁判上の和解が成立したのであるから、これが無効であるとはいえない。又かりに原告主張のとおり賃料及び延滞賃料の支拂がなされていたとしても、村山は本件和解をなすだけの被告代理人であつて、その後の賃料を受取る権限をもつていないのであるから、原告の村山に対する賃料及び延滞賃料の支拂は原告に対し弁済の効力が生じない。」と述べた。<立証省略>
三、理 由
被告が原告主張の日その主張のような執行力ある和解調書正本に基き原告所有の有体動産を差押え、家屋明渡の強制執行をなさんとしたことについては当事者間に爭がない。しかして、原告の署名部分の成立については当事者間に爭がなく、從つてその他の部分の成立も推認できる乙第一号証と甲第四号証及び証人源治きみ乃、小松原直敏、村山セイの証言並びに原被告各本人の一部供述を綜合すると、原告は昭和十四年頃から訴外山佐寛一が被告から賃借していた本件家屋の一部たる本件店舗を同人から一ケ月金二十円の賃料で轉借していたところ、右山佐は他へ移轉し、その後へ入つた訴外中村某も昭和十六年暮に移轉するに至つたので、原告は本件家屋の所有者が誰であるか判らず、そのまゝ右店舗を使用していた、その間昭和二十年九月頃一時本件家屋に居住したことのある村山清二が被告の代理人として本件店舗の明渡を求めて來たので、原告は極力賃貸方を懇請したところ、昭和二十年十一月二十日原被告間に、被告は原告に対し本件店舗を賃料一ケ月金二十円で賃貸すること、被告は原告が当時まで本件店舗を借用したことを承諾し、原告は被告に対し昭和二十年一月から同年十一月末日までの未拂賃料金二百二十円を同年十一月末日から完済まで毎月末日に金十円づゝを分割して賃料とともに支拂うこと、もし右支拂を一回でも怠つたときは原告は末拂賃料の残額全部を一時に請求され、なお右店舗の明渡を求められても異議なき旨の和解契約が成立し、原告は被告代理人村山が契約を明確にする爲裁判上の和解申立をすることを承諾し、その申請一切についての原告の選任を村山に一任し、これに使用するため同人に白紙委任状を交付し、その後は右約旨に從い昭和二十年十二月一日以降翌年二月末日までの賃料及び月賦弁済を約した延滞賃料の内昭和二十年一月分及び二月分の内金十円合計金三十円の支拂をして來ていたところ、村山は右和解契約のなされた日から久しく時を経た昭和二十一年五月頃前記約旨に從い弁護士小松原直敏を原告の代理人に選任し、小松原はその際交付を受けた前記原告の白紙委任状の空白欄に代理人としての自己の氏名や所要事項を記載補充して委任状を完成し(甲第四号証)、これを使用して原告の代理人として神戸区裁判所に和解の申立をなし、被告代理人村山がすでに成立した和解契約の内容として指示するところに從い昭和二十一年五月十四日同裁判所において叙上のような本件裁判上の和解をなしたことを認めることができる。右認定に反する原告本人の供述部分は当裁判所は信用しない。しかして、原告が被告となした前記裁判外の和解契約は叙上認定の通りのものであつて、原告はその成立した和解を裁判上の和解として明確にするための代理人の選人方を相手方代理人村山に委任したのであるのに本件裁判上の和解においては延滞賃料として昭和二十年三月一日から昭和二十一年六月末日までの分金三百二十円の支拂義務を認め、而もその支拂の始期を昭和二十一年六月末日と定められてあり、その点が前記裁判外の和解の内容と違つているので効力がないと主張するが、右支拂期は債務者である原告の承諾した時期の後に定められているので、反証のない限り却つて原告に有利であると見るべきであるから、約諾者の本意に反しないとしてその効力を否定すべき理由はない。次に延滞賃料の額であるが、その内昭和二十一年十二月一日以降の分はなるほど裁判外の和解においては延滞賃料としてその支拂は承認されていなかつたし、右裁判上の和解成立当時現に同日以降翌年二月末日までの賃料は支拂はれていたこと右認定の通りであり、又同年六月分の賃料はその前月末日が弁済期であつて、本件裁判上の和解成立の同年五月十四日当時は未だ弁済期が到來していなかつたのであるから、これ等を延滞賃料として月賦弁済の額に加算した部分は無効であるが、その和解成立当時既に弁済期到來し、しかも未拂となつていた同年三月一日以降五月末日までの賃料は、裁判外の和解契約で支拂を約した將來の賃料が時の経過により既成のものとなつたに過ぎず、もとより、裁判外の和解契約に含まれていて当然一時弁済をなすべき延滞賃料であつてその契約成立当時既に存した延滞賃料に加算し月賦弁済の対象としたとしても、原告に何等の不利益もなく、それをなした代理人が本人の委任により相手方側において選任された者であり、代理行爲の内容は選任方委任の際明確に限定され自由裁量の余地のないものであることを要する者であるにしても、その故に右加算部分を無効とすべき理由はないのみならず、右一部無効と認められる部分は本件裁判上の和解の基本的部分でなく又他の部分と不可分とも考えられないので、その無効は本件和解の他の部分の無効を來たさないと解するのが相当である。よつて次に、原告において債務不履行の事実ありや否やの点について判断するに、証人源治きみ乃、村山セイの各証言と原告本人の供述ならびに前示甲第五号証を綜合すると、村山は昭和二十年十一月二十日に和解契約ができてから昭和二十二年八月頃まで原告方へ賃料の取立に赴き、叙上認定の弁済を受けた他その後の昭和二十一年三月一日以降翌二十二年七月末日までの賃料と昭和二十年二月分残金十円と同年三月一日以降同年十月末日までの延滞賃金百七十円とを受領したが、それから取立に行かなくなつたので、原告はその後間もなく賃料及び右分割金を村山方へ持参したところ、同人ははげしい腹痛の爲床に就いており、他の家人は本件家屋の管理関係をよく知らなかつたので後日來て呉れといつて受取らず、原告はその後も数回家人を遣し村山方に右賃料等を持参したに拘らず、同様な事由で受取つて貰えず、その内村山が死亡したが被告は前記のように本件家屋の原告への賃貸についてはすべて村山を介して処理したため、原告は被告の住所を知らず、本件和解調書正本に基き被告から突如として前記強制執行を受けるまでその後の賃料ならびに分割金の支拂をなさずに経過したことが認められる。被告は村山に被告の代理人として原告から賃料を受領する権限はないと主張し、同人にその権限を被告が授與したことはこれを認めるべき資料はないのであるが、叙上認定のとおり村山は被告の代理人として原告との間に本件店舗の賃貸借についての承認、賃料及び延滞料の確定その支拂方法等の和解契約をなす権限を有し、被告を代理して裁判上裁判外の一切につき処理した上にその後原告方へ賃料等の取立に行つていたのであるから、たとえ賃料を受領する権限がなかつたとしても、原告が右村山に賃料を受領する代理権があると信じたことについては叙上認定の諸事情からして正当な理由があるといわねばならない。すると原告のなした右弁済の効力は被告に対し及ぶものというべきである。その結果原告はその後の昭和二十二年八月分からの賃料と分割金の中昭和二十年十一月分金二十円とを支拂つていないこととなつたのであるが、右のように被告の代理人とみなされる村山が原告の提供した賃料の受領に協力しなかつたので被告はいわゆる債権者遅滞にあり、原告は賃料不拂につき債務不履行の責を負はないのであるから、かかる状態の解消せぬまゝ前記裁判上の和解により成立した賃貸借契約が当然に解除されたという條件の証明ありとしてなされた本件債務名義の家屋明渡部分に対する執行文の附與はその当時においては違法であつたのであり、前記債務名義中家屋明渡部分に対する原告の請求は一應民事訴訟法第五百四十六條上正当のように見えるが、然し原告は昭和二十三年一月十二日被告の右債務名義に基く有体動産の差押方を受任し原告方に臨んだ執行吏より右債務名義上の金銭債務の任意弁済を促されたことは成立に爭のない甲第三号証により明かであるから、原告は当時前記債務名義の第一項に基く昭和二十二年八月一日以降昭和二十三年一月末日までの賃料及び同第二項の昭和二十年十一月分の延滞賃料二十円の支拂義務があつたに拘らず之に應じなかつたので当然に前記債権者遅滞は解消し、原告がその部分につき、遅滞の責を負うに至つたものというべく、其後原告が右支拂をしたことについては何等の主張も立証もしないから三月以上賃料や延滞賃料の分割金を遅延したこととなり債務名義第三項にいう賃貸借契約は当然解除されたものであつて、本件口頭弁論終結の時においては本件債務名義は、上記弁済と無効とを認められた金銭支拂の部分を除き執行文を附與し得る状態にあること明かであるので叙上執行文の附與は結局において右部分を除き維持すべきものと解する。よつて原告の請求は本件債務名義中第一項の賃料債務の昭和二十二年七月末日までの分と同第二項の遅滞賃料中昭和二十年十一月分二十円を除いた部分についての執行の不許を求める点のみ正当であつて認容されるが、その余の部分は失当であるから棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担について同法第八十九條、第九十二條本文を各適用して主文の通り判決する。
(裁判官 石井末一 西川正世 細見友四郎)