大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和24年(ワ)517号 判決

原告 森川千以

被告 丸井繁雄

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

当裁判所が本件について昭和二四年九月一六日にした強制執行停止決定はこれを取消す。

前項に限り仮に執行することができる。

二、事  実

原告は「被告より原告に対する神戸地方法務局所属公証人岩田彌太郎作成第四六、二四〇号公正証書の執行力ある正本に基く強制執行は、右公正証書第七条記載の遅延損害金請求についてはこれを許さない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のように述べた。

「原告は被告から神戸市生田区三宮町一丁目五四番の一地上木造平家六戸建一棟のうち西から三戸目の家屋一戸を賃借し、昭和二二年一月二〇日神戸地方法務局所属公証人岩田彌太郎役場で原被告間の右賃貸借契約について公正証書を作成した。ところが右の公正証書には、この賃貸借は一時のもので、その賃貸期間は昭和二二年一月一〇日から昭和二四年七月一〇日までとなつており、またその第七条には、賃貸期間満了し右家屋を被告に明渡す義務を原告が遅滞したときは、原告は被告に対しその遅延一日について金一、〇〇〇円の割合による遅延損害金を支払うべきものとする旨の文言記載があるところから、被告は昭和二四年九月八日原告に右明渡義務違反があるとして、右損害金の請求について、前記公正証書の執行力ある正本に基いて強制執行をして来た。

然しながら、原被告の右家屋賃貸借期間は未だ満了しておらず、従つて原告にその明渡義務違反はないのだから、それに基く遅延損害金の支払義務もまた当然存在していないわけである。すなわち、原被告間の右家屋賃貸借の期間は、右家屋敷地の所有者が右敷地上に病院を建築するに至るまでという約定であつたのであり、ただその建築開始の一応の予定期を二年六月後と見、公正証書面には、賃貸借終期を二年六月後の昭和二四年七月一〇日と記載しただけなのであつて、当事者間の事実上の契約は、右の通りの不確定期限を定めたものである。それであるからこそ、原告は、或は二年六月後にこの家を明渡さなければならないこととなるかもしれないが、或は病院建築の時期がのびて、長期にわたつてこの家の使用を続けられるかもしれないと思い、当時まだ客足もまばらであつた土地で、しかも柱だけ建てた程度の本件家屋を借りるについて一〇、〇〇〇円の権利金を支払つた外、被告に対する補償金名義で金二四、〇〇〇円をその後三〇回に分割支払うことをも承諾してまで本件家屋を借受けたのであり、しかも入店後多大の費用を支出して、この家を商売できるように改造造作したのである。もしその賃貸期間が僅か二年六月というだけのものであつたならば、原告が何を好んでこのような出資をしようか。そのような出資をして賃借し、ようやく顧客もでき商益もできるという二年六月後にこの家を明渡さなければならぬというような約束をしようか。すなわち公正証書記載の昭和二四年七月一〇日は、実は単に契約条件の改訂期間を定めたものにすぎないものなのである。

仮に右の昭和二四年七月一〇日が本件賃貸借期間の終期を定めたものであつたとしても、さきに述べた諸点から明かなように、本件賃貸借は一時使用のためになされたものではないのであるから、当然借家法の適用を受けるのであるが、被告は借家法の定める期間内に更新の拒絶通知等を原告に対してしていないから、原被告間の賃貸借は右期間満了後も法律上更新され、前賃貸借と同一の条件で存続していることとなる。公正証書上、本件賃貸借は一時のものであり、期間満了後は期間を更新しない旨の文言があるが、その一時的賃貸でないことは、さきに述べた諸事情から明かで単なる当事者間での一時賃貸とする旨の言語によつて借家法の適用を免れることはできないのであり、そのように一時賃貸でない以上右の更新しない旨の約定の如きは、借家人に不利な約定として借家法上、これをしなかつたものとみなされるわけである。

以上のように、原被告間の賃貸借契約はなお存続しているのであるから、原告には明渡義務違反なく、またその違約金支払義務もない。

さらに、右の点を別にしても、原告が明渡義務の履行を怠つた場合の約定損害金である一日一、〇〇〇円というのは、一月一〇〇円の約定賃料を定められてある本件家屋の明渡義務違反に対する損害金として過大苛酷にすぎるものであり、これを支払うべきものと定めた前記約条は公序良俗に反する契約として無効であり、地代家賃統制令にも反するものであるから、この金額を支払うべきものとした前記債務名義はその執行力がないものというべきである。

以上の理由により、原告は本件債務名義の執行力の排除を求めて本訴に及んだわけである。」

被告は「原告の請求を棄却する」との判決を求め、答弁として次のように述べた。

「被告が原告に原告主張の家屋を賃貸したこと、この賃貸借契約について原告主張の公正証書が作成され、それには、右賃貸借は一時のもので、その期間は昭和二二年一月一〇日から昭和二四年七月一〇日までの二年六月間とし、右期間は更新しないものとすること、原告が右期間終了後その家屋明渡を遅延したときは、原告は被告に対して一日一、〇〇〇円の割合による遅延損害金を支払うこととの記載があること、被告が昭和二四年九月八日原告に対し右公正証書の執行力ある正本に基き右の遅延損害金債権につき強制執行をしたことは認めるが、その他の原告主張事実は否認する。原被告間の契約は右公正証書記載の通りの内容で有効に成立しているものであるから、右債務名義は有効であつて、原告の本訴請求は失当である。」

<立証省略>

三、理  由

被告が原告に対して神戸市生田区三宮町一丁目五四番地の一地上木造平家建六戸建一棟のうち西から三戸目の一戸を賃貸し、その賃貸借契約につき原告主張の公正証書が作成されたことは当事者間に争がない。原被告間の争は、まず右の賃貸借契約が公正証書に記されているように一時のものでその期間は昭和二四年七月一〇日で終る二年六月であつたかどうかの点であるから、この点について判断する。

証人金崎啓俊、松尾晋一、岡田敬次郎、中村寅治郎の証言と被告本人尋問の結果原告本人尋問の結果の一部と成立に争のない甲第一号証、証人金崎啓俊の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第二号証とを総合すると、次の事実が認められる。

すなわち、右建物の敷地は被告の親戚である金崎啓俊の所有であつてその上の建物が罹災した後空地となつており、金崎は将来ここに病院を建てるつもりであつたところ、たまたま被告が終戦後上海から引あげて来たので、病院建築に取りかかるまで右土地がしばらくあいていたところから、被告のため一時右土地を無償貸与してその生活の資とすることとし、かくて被告は昭和二一年一一月金崎から右土地を三年を限つてすなわち、昭和二四年一二月末日までの約で無償貸与を受けた。そこで被告は、ここに原告主張の六戸一棟の家屋を建て、これを他に貸与することとなつたが、元来その敷地は右に述べたように金崎から特に被告の生活建なおしのため無償使用を許されたものである関係上被告としては恩誼を受けた金崎に対しては、約定の昭和二四年一二月末日には必ず返還しなければならない筋合であつたので、その上に建てた家を貸すについても、右の土地返還に支障を来さないようにしておかなければならなかつた。そこで被告は原告を含む借家人に対しては契約前右の事情を告げ、その賃貸期間についても、もし原告等の家の明渡が多少おくれても土地返還の日までには終了するようにと、土地返還期日に先立つこと約六月の昭和二四年七月一〇日を終期とする昭和二二年一月一〇日から二年六月間と定め、ただもし、被告が金崎から右土地を引続き使用することを許されるようならば、その時に改めて被告の意思によつては引続き原告等に右家屋を賃貸するようにすることとし、さらに右賃貸期間満了の際の明渡を確保するため、その後の明渡遅延に対しては一日一、〇〇〇円の割合による多額の損害金を借家人が支払うものとし、さらに右契約内容を明確にし契約上の義務履行を確保するためこれにつき公正証書を作成することとし、なおその契約書原文を作るについては特に弁護士松尾晋一に依頼して右期日における家屋明渡義務を強調し、これにつき紛議なからしめるよう配慮した上、原告等に右家屋を賃料月八〇〇円(ただし、家賃統制額違反の外観をさけるため公正証書上は一月一〇〇円の賃料とし、残七〇〇円は補償金名義とした)の約で、またその外権利金一〇、〇〇〇円を受けて原告等に貸すこととした。これ等は原告にとつて有利な条件ではなかつたが、元来右家屋の所在地は当時未だ復興は十分でなかつたが、三宮センター街といつて元来商業に好適の場所であり、やがて復興すれば商業上の利益は大きいものと見こまれたし、また原告としては、賃借期間は一応二年六月でも、その後もその地主である金崎が病院を建て始めなければ、なお引続き借りられるであろうと希望的観測を下し、被告の申出た前記条件を受けいれて右家屋を賃借することとなつた。

すなわち以上の事実によれば、原被告間の家屋賃貸借は昭和二二年一月一〇日から昭和二四年七月一〇日までの二年六月を期間とするものであつたと認めるのが相当である。なるほど、前記各証拠によれば、被告としても右賃貸期間経過後も、右家屋敷地を地主金崎に返還する必要なく引続いて使用できるならば、事実上、本件家屋を引続き原告に貸与してもよい意思であつたろうし、原告が右家屋に入店後その造作等に相当の費用を投じて長期の使用を期待していたことも認められるのではあるが、それ等の事実を以てしても、前記認定に反し、地主金崎が右地上に病院を建築するに至る時までを本件賃貸借の期限としたものと解するに足りない。証人岡田捨三の証言と原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は信用できないし、その他右認定を左右するに足りる事実を証すべき証拠もない。

そこで次に右賃貸借契約は借家法の適用を受けない一時的なものかどうかについて考える。さきに認定したように、本件家屋の敷地は被告が、その親戚に当る金崎啓俊の好意によつて、無償で使用を許されており、その期限も昭和二四年一二月末までであつて、被告としてはその時には当然この敷地を金崎に返還しなければならない関係にあつて、このことは原告も知らされていたことおよび前記契約の諸条項等本件賃貸借成立当時の諸事情として前に述べたところから判断すると、本件賃貸借は借家法の規定の適用を排除すべき一時使用の目的でなされたものと解するのが相当である。

そうすれば、原被告間の本件家屋賃貸借契約はその約定期限である昭和二四年七月一〇日限り終了したわけであるから、その後原告がこれを被告に明渡していないことは原告の自認するところである以上、原告は右家屋明渡義務の履行遅滞の責があることは明かで、これなしとする原告の主張は採用できない。

次に右明渡義務違反のあつた場合遅延損害金として一日一、〇〇〇円の割合による金員を支払う旨の約条は民法第九〇条により無効であるとの原告の主張について。

原被告間に右の通りの損害賠償予定の約定がなされたことは、当事者間に争なく、またその額を本件家屋について原被告間に定められた月八〇〇円の賃料額(この点はさきに認定した)とくらべて見れば、この予定損害額が被告の受けるべき通常損害額より相当多額なものと一応認めてよいであろう。然し、損害額の予定が公序良俗に反し無効であるというためには、単にその額が異常に高く定められたというだけでは足りないのであつて、(もちろん、異常に高額であるということはそれについて後述のような事情が伴つているであろうことを推測させる有力な資料となるのではあるが)それが、債権者において債務者の窮迫や無知に乗じて暴利を得ようがためにあるいはいたずらに債務者を苦しめるために、債務者をしてかかる契約を承諾するの余儀なきに至らしめた結果であると見られる場合でなければならない。すなわち、異常に高額な損害賠償の予約も、債権者において特にかかる予約を要求する相当な事情があり、債務者においてもそのような約定の不利益を甘受するような相当の事情があつてなされた場合は単にその高額である故を以てその約定を無効とするべきではないことは、契約自由の原則の当然の帰結であるといわなければならない。

そこで本件損害賠償予定の約定がなされたその間の事情を見るのに、さきに認定したように、被告は本件家屋の敷地をその親戚である金崎啓俊から、恩恵的に無償で貸与を受け、その期間も同人がこれを病院敷地として使用する予定であつたため昭和二四年一二月末日までという約束であり、被告としても同人に対する恩義からいつて、その日には間違なく右土地を返還しなければならない関係にあり、その前提として、右土地の上に建てられた本件家屋の賃借人である原告の賃貸借終了時における家屋明渡が確実に履行されることが必要であつたので、その明渡の履行を確実ならしめるため右のように一日一、〇〇〇円という高額な遅延損害金の予約を原告に対して要望したのであり、いたずらに暴利をむさぼり債務者を苦しめるために附加されたわけではないと認められるのであり、さらに証人中村寅治郎の証言によれば、被告は原告に対し賃貸期限の終了する二、三月前からその明渡に誤りないよう通告し、その期日到来後もしばしば明渡を求めている事実が認められ、被告が本件遅延損害金請求権を行使し原告に対し強制執行をしたのは明渡期日すなわち右請求権の発生した後二月余を経過した昭和二四年九月一九日であることは当事者間に争のないところであつてこれ等の事実から見ても原告は、本件損害賠償予約によつて金銭的に利益を計る目的があつたわけでなく、原告の明渡履行確保を望んで他意はなかつたものといえる。さらに原告の側としても、被告の側における右のような立場は一応これを承知していたのであり、ただ本件家屋の所在地は神戸の中心街で将来の商業上の利益は多大であることを見込み、しかも比較的短期間である賃借期間も、その終了後はおそらく引続き延長されるであろうと希望的観測を下し、この利益の見込と対比考慮した上で被告との間に本件契約をしたものであることはさきに認定した通りなのであつて、原告が本件契約についての被告の要求を拒否し、本件家屋を使用できないときはその生活上重大な困難を来し窮迫する状態にあつたと認めるべき証拠はないのである。もつとも原告はその本人尋問において、原告は本件家屋で商売をして生活をたてており、他に商売をする場所を持つていない旨述べているが、それだけでは、本件契約当時被告の要求を許否することにより、ただちに経済上窮迫する立場にあつたものとはいえない。というのは同じく原告本人尋問の結果で明かなように、原告は戦災で店を失つてから、その商売をする店を物色して、本件家屋を借りることになつたのであり、生活の本拠とすべき住居に窮してこれを求めていた場合の困窮とは自ら違うわけであるし、特に原告において他を物色する余裕もないほど緊急の必要に迫られていたと認むべき証拠もなく、また原告が他を物色する才覚を欠き、あるいは本件遅延損害金の約定の意味を解し得ぬほど無知であつたと認めるに足りる証拠もないからである。

すなわち、被告は、本件家屋の明渡を確保することが、同人にとつて重大な利害関係があつたところから、専らその目的のために、本件損害金の約定を求め、原告は、その比較的苛酷な約定を受け入れても本件家屋を賃借することが有利であるとして、前記契約を締結したものであると認められるのであつて、そのような事情の下では、本件損害賠償の予約が一日一、〇〇〇円の割合という相当高率なものであつてもその約定を公序良俗に反し無効なものであるといえないことは、さきに述べたところから明かであるといわなければならない。

以上に述べたところからすれば、原告主張の債務名義は何等無効なものでなく、有効に存在するものというべきであるから、その執行力の排除を求める原告の本訴請求はこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、また本件についてなされた強制執行停止決定の取消については同法第五四八条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石井末一 西川正世 細見友四郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!