神戸地方裁判所 昭和24年(ワ)595号 判決
原告 日本建築株式会社
被告 株式会社北陸銀行
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告は原告に金十六万円の普通預金債務のあることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、原告は昭和二十三年十一月十六日金五十万円を普通預金として預け入れ、同月十七日右預金の中金二十万円を引出し被告から支拂を受けた。從つて原告の被告に対する右普通預金は尚金三十万円残つているわけである。しかるに被告は尚金十六万円の支拂をし預金残高が金十四万円しかないと言つて、右金三十万円の預金残高を認めず原告の支拂請求に應じない。そこで被告の認める金十四万円の外に尚被告は原告に対して金十六万円の預金債務が存することの確認を求める。と述べ、被告の答弁に対し、原告の代表取締役たる訴外佐藤典生の代理人が原告の代表者名義で原告の右金三十万円の預金残額の中より金十六万円を引出し被告から支拂を受けたことは認めるが、原被告間の普通預金契約によると、預金通帳と、予め被告に届出ている原告の印鑑とを以つてするのでなければ預金の引出はできないことになつているに拘らず、被告は訴外佐藤典生の代理人が通帳を持参せず、予め被告に届出でていた二個の印鑑の中の一個のみを以つて拂出を申出てたのに対し、被告が支拂をしたのであつて、かかる被告の拂出しは違法であるから原告に対する拂出としては効力がなく、原告は依然被告に対して右金十六万円の普通預金債権を有するのである。と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として、被告は昭和二十三年十一月十六日被告より金五十万円を普通預金として預つたこと、竝に同月十七日右預金の中金二十万円を被告に支拂つたことは認める。而して被告は更に同年十一月十八日金十四万円と、同月十九日金二万円と、をいづれも原告の代表取締役訴外佐藤典生に対して、予て原告より届出での印鑑を以つて原告代表者右訴外人名義で支拂つたのであるから、原告の被告に対する預金残額は金十四万円に過ぎない。從つて原告の本訴請求は失当である。成程被告は原告主張のように預金通帳なしに前記の金十四万円と、金二万円を支拂つたことは認める。しかし原被告間の普通預金契約は預金通帳記載の普通預金規約の通りであつて、そもそも普通預金債権は所謂指名債権であり、その預金通帳の如きは被告が預金を受入れたことを証する証拠書類に過ぎず、債務者たる被告が指名債権者たる預金者本人にさえ支拂えば、有効な弁済となるものである。從つて前記預金規約第五項には預金引出については所定の請求書用紙に記名し予て届出の印鑑を押印の上通帳と共に差出すこと、第六項に右請求書用紙に押印の印影が届出の印鑑と一致するときは預金者に如何なる損害が生じても被告は責任を負わないこと、等の趣旨の記載があり、その趣旨は預金の支拂には必ずしも通帳を差出すことを必要とするものではなく、唯債務者たる被告が預金支拂請求者を正当な預金者と認定する資材とするためその差出を要求していること、且右通帳持参者に支拂をすれば債務者たる被告はその責任を免れることを定めたものであつて、原告主張のように必ず印鑑と預金通帳とがなければ支拂をしてはならないことを規定したものではない。
從つて被告が通帳なくして支拂つたからと言つて、それだけで違法な支拂となるのではなく、被告は予て届出の原告の印鑑を以つて原告の代表取締役たる訴外佐藤典生に右金十四万円と金二万円とを支拂つたのであつて、右は原告の正当代表者に対する支拂であるから有効な原告に対する支拂である。仮りに右訴外佐藤典生には正当な原告の代表権限がなく、右支拂を正当権利者に対する支拂でないとしても、被告はその前の金二十万円支拂の際と同一印鑑で且同一人に対し、同一方法で支拂つたのであるから、被告の右支拂は善意であり且過失がないから、これによつて生ずる原告の不利益について被告には責任なく、被告は支拂額の債務を免れるものである。と述べた。<立証省略>
三、理 由
被告が原告より昭和二十三年十一月十六日普通預金として金五十万円を預り、同月十七日原告に対して右預金の中より金二十万円の拂出をしたことは当事者間に爭がない。
次に更に被告が右預金の中より同年十一月十八日に金十四万円と同月十九日に金二万円と、をいずれも預金通帳なしに予て届出の印鑑のみを以つて原告代表者佐藤典生名義で拂戻をしたことも当事者間に爭がない。而して被告はかかる拂戻は預金契約に違反する違法な拂戻であるから、預金債権者である原告に対しては無効であり、弁済の効力がない、と言うからこの点を檢討するのに、成立に爭のたい甲第一号証に鑑定人池田春壽、同藤沢昌幸の各鑑定の結果を総合すると、被告に於て原告に交付した普通預金通帳には普通預金規約として、預金者が預金を引出す場合は被告所定の請求書用紙に記名と予て被告に届出の印鑑を押印した上、右預金通帳と共に差出すこと予て届出の印鑑と拂出請求書に押印された印影とを照合し被告に於て相違なしと認めて拂出した上は、如何なる損害事故があつても被告に於て責任を負わないこと、等の記載があり、全国各銀行に於ても被告の右規約と異文同義の規約を以つて預金契約の内容とすることが認められる。しかも右規約の趣旨はその文言自体からいつても預金拂出には予め届出の印鑑の押印してある拂出請求書と預金通帳とを共に提出することを絶対的の要件とするものではないと解するのが相当である。しかも前記各鑑定人の鑑定の結果によると、原則としては右印鑑の押印のある拂出請求書と預金通帳とを同時に提出することを要するけれども、例外として、預金者に於て預金通帳を持参することのできない緊急の必要のあること、及びその拂出請求者が預金者本人ないしはその使用人であり信用できるものと認めた場合は預金債務者たる金融機関が顧客たる預金者えのサービスとして金融機関の責任に於て届出印鑑の押印してある拂出請求書のみで預金の拂出をすることができ、かかる例外的取扱が銀行預金取引界に廣く行われていて、該取引界に於ては右のような例外的拂出も眞実の預金権利者に支拂われる限り有効とする慣習があるものと認めることができる。そこで原被告間の普通預金契約に於て特に右銀行預金取引界の慣習に反する特約をしたと認めるべき資材がないから、右慣習に從つた銀行預金取引界一般に行われる預金契約の下に預金取引をなしたものと認めるのが相当である。而して証人増山宗一、同大西貞雄の各証言によると、被告の預金係員は予て訴外大西貞雄は顔なじみであり、原告が被告に預金取引を始めた当初の金五十万円の預金の際右預入れに來たのは右訴外人であるし、その後の金二十万円の預金引出に來たのも同訴外人であつたし、その後前認定の金十四万円及び金二万円の引出に來たのも同訴外人であつたので、被告の係員が右訴外人を原告の使用人と認め、同訴外人が預金通帳は現在大阪に社長が持つて行つてないが、至急預金を引出して、之を大阪に持参せねばならないからと申出たので届出印鑑のみによつて拂出をしたことが認められ、この取扱は前認定の慣習に從つた取扱いと認められる。從つて前認定のように被告が預金通帳なしに拂出をしたことは、唯そのことだけで、その拂出が無効となるのではなく、被告が自己の責任に於てなしたのであるから、若し預金債権者たる原告乃至その債権の準占有者でない第三者に拂出をしたものとすれば被告はその責を負わねばならない。しかして右拂出を受けたのは原告の代表取締役たる訴外佐藤典生であることは前認定の通りであり、証人大西貞雄の証言によると、訴外大西貞雄が右訴外佐藤典生の命によりその使者としてなしたことが明かである。そうすると、右訴外佐藤典生は原告の代表取締役として原告を代表するものであるから、右訴外人に対する被告の拂出は、とりもなおさず原告に対する拂出に外ならない。それ故被告のなした右金十四万円と金二万円との拂出は原告の拂出要求により原告に拂出したものであるから原告に対する有効な拂出と言わねばならない。そうすると原告の被告に対する右金十四万円と二万円との預金債権はすでに弁済によつて消滅しているわけであつて、その存在の確認を認める原告の本訴請求は理由がなく棄却すべきである。
仍つて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 喜多勝)