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神戸地方裁判所 昭和24年(行)19号 判決

原告 西角英司

被告 兵庫県農地委員会

一、主  文

原告の請求は、これを棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、別紙目録記載の農地について原告のなした遡及買收指示請求に対し被告が昭和二四年二月七日になした却下決定はこれを取消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求原因として、別紙目録記載の(一)乃至(三)の農地は、かねて原告においてその所有者である小浜純雄先代正之より賃借してこれを耕作し、昭和二〇年一一月二三日現在においても勿論、右農地において耕作の業務を営んでいたが、その後地主より強制的に引上げられて、その耕作の業務をやめたものである。すなわち、昭和二〇年一一月二三日当時、(一)の農地においては、稻の取入作業中で、同月二五、六日頃原告の妻及び西浦和三郎とともに稻こきを終え、麦蒔の用意をしていたところ、同月下旬小浜正之において原告のしらぬ間に勝手に麦を蒔いてしまつたものであり、(二)の田においては、濕田の部分を除いて、大根、白菜、つる豆等を、(三)の田においては、そら豆、ごぼうを栽培しており、いずれも翌二一年春その收穫を終えた後、六月頃小浜正之に引上げられてしまつたものである。しかして、昭和二二年一二月二二日小浜正之が死亡したので、同純雄がこれを相続し、本件農地の所有権を取得した。そこで、原告は、昭和二三年一二月二七日、兵庫縣川辺郡西谷村農地委員会に対し、自作農創設特別措置法第六條の二第一項に從い、昭和二〇年一一月二三日現在の事実に基いて農地買收計画を定むべきことを請求したところ、同委員会は同年一二月二八日右請求を棄却したので、更に同法第六條の三に從い、被告に対し、西谷村農地委員会において本件農地の買收計画を定めるべき旨を指示するよう請求したが、これまた、翌二四年二月七日附で却下され、原告は同年三月一〇日その旨の通知を受けた。しかしながら、被告の右処分は、前記記載の事実からして違法であること明かであるので、その取消を求めるため本訴に及んだ、と述べ、被告の答弁に対し、原告が被告主張の紙屋一六番田一畝二七歩外井戸三歩の賣渡を受けたことは認めるが、それは本件(三)の田の中南寄り約二畝歩の代替地としてではなく、原告が昭和二〇年一一月二三日当時これを小浜正之より賃借して耕作の業務を営んでいたので遡及買收の対象となり小作人たる原告に賣渡されたものである。このことは却つて右農地と同一の状況にあつた本件農地も同様に遡及買收の対象たるべきことを示すものである、と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中、原告がもと小浜正之よりその所有の本件農地を賃借してこれを耕作していたこと、昭和二二年一二月二二日小浜正之が死亡し同純雄がこれを相続したこと、原告が被告に対しなした自作農創設特別措置法第六條の三に基く遡及買收指示請求が却下され同年三月一〇日その旨の通知を受けたこと、及び、本件(三)の田の中南寄り約二畝歩は原告において昭和二一年春までそら豆を栽培していたことは、いずれもこれを認めるが、その余の事実はこれを爭う。すなわち、昭和二〇年八月二四日頃、原告と小浜正之との間に、本件農地に関する前記賃貸借について、(一)の田は稻の收穫後、(二)及び(三)の田は栽培中の蔬菜類の收穫後、いずれもこれを返還する旨の合意解約が成立し、昭和二〇年一一月二三日以前に既に前記(三)の田の中の約二畝歩を除いては、全部小浜正之において返還を受けていたもので、原告は右期日にその耕作の業務に從事していない。また、本件(三)の田の中南寄り約二畝歩については、原告は遡及買收の請求をなし得べき筋合であるが、水利関係、農業経営の合理化等の見地から一筆の農地を分割細分化することを防止するために、原告、小浜及び西谷村農地委員会の三者協議の上、小浜において自作農創設特別措置法第三條第五項第六号(昭和二二年法律第二四一号)に基き農地委員会に対し政府において小浜の自作地である紙屋一六番田一畝二七歩外井戸三歩を買收すべき旨申請し、その買收を受けた上これを前記二畝歩の代替地として原告に賣渡したのであつて、その代替地の賣渡を受けながら更に遡及買收を求めるが如きは信義則に反する。從つて、被告の本件処分は何らの瑕疵がないから、原告の請求は失当である、と述べた。(立証省略)

三、理  由

原告は昭和二〇年一一月二三日現在において本件農地に就き耕作の業務を営んでゐた小作農で同日以後において右小作地についての耕作の業務をやめたものであるから、自作農創設特別措置法第六條の二及び三に基き、その請求を受けた兵庫縣川辺郡西谷村農地委員会は同日現在の事実に基いて遡及買收計画を樹てなければならないし、被告は村農地委員会に対しその旨指示しなければならないと主張し、原告が昭和二三年一二月二七日村農地委員会に対し本件農地について遡及買收計画を定むべきことを請求したところ、同委員会は同年一二月二八日右請求を棄却したので、更に被告に対し村農地委員会において本件農地の遡及買收計画を定めるべき旨を指示するよう請求したが、これまた翌二四年二月七日附で却下され、原告が同年三月一〇日その旨の通知を受けたこと、原告がもと小浜正之よりその所有にかゝる本件農地を賃借してこれを耕作していたこと、及び本件(三)の田の中南寄り約二畝歩は原告において昭和二一年春までそら豆を栽培していたことは、いずれも被告の認めるところである。

そこでまず、本件(三)の田の中前記約二畝歩について原告のなした遡及買收申請は信義に反するとの被告の主張について判断する。成立に爭のない乙第二及び第三号証、証人船岡利雄、小浜純雄及び小西彌市の各証言を綜合すれば、前記二畝歩については原告において遡及買收の請求をなし得べき筋合であつたが、水利関係、農業経営の合理化等の見地から一筆の農地を分割細分化することを防止するために、原告、小浜及び村農地委員会の三者の協議の上、小浜において自作農創設特別措置法第三條第五項第六号(昭和二二年法律第二四一号)に基き村農地委員会に対し政府において小浜の自作地である紙屋一六番田一畝二七歩外井戸三歩を買收すべき旨申請しその買收を受けた上前記二畝歩の代替地として原告に賣渡したことが明かである。右認定に反する原告本人尋問の結果は前記諸証拠に対比して信用できない。しからば、原告は既に納得の上前記約二畝歩の代替地として隣接農地の賣渡を受けているのであるから、今更前記農地について遡及買收を請求するのは信義則に反するものといわねばならない。しからば、かゝる見解の下に右農地に対する原告の遡及買收指示請求を斥けた被告の処分は、何らの瑕疵がない。

次に、その余の本件農地について昭和二〇年一一月二三日当時原告が賃借権に基いて耕作の業務を営んでいたかどうか判断しよう。甲第一号証の一、二甲第二号証は後記認定からして直ちにその内容が眞実に符合するとの心証を惹くに十分でないし、証人西浦和三郎、西角梅司、龍見さく、及び徳永徳平の各証言、並びに原告本人尋問の結果中、原告主張に副う部分は、たやすく信用し難く、他に原告主張事実を認めるにたる資料がない。却つて、成立に爭のない甲第四号証の一、二、乙第二号証及び第四号証、証人小浜純雄の証言により眞正に成立したと認め得る乙第一号証、証人船岡利雄、小浜純雄、小西彌市、稻葉哲夫、及び向井孝太郎の各証言、檢証の結果に弁論の全趣旨を綜合すると、他村で小学校長をしていた小浜正之は昭和二〇年八月終戰となるや職を辞して西谷村に帰り、同月二四日頃原告に対し、かねて賃貸中であつた本件農地の返還方申入れたところ、原告もこれに應じ、本件(一)の田については稻の收穫後、その余の田については栽培中の蔬菜類の收穫後、引渡すこととし、小浜は(一)の田については、原告が同年一一月初旬稻の收穫を終えたので小学校教員をしていた小浜正之の長男純雄において、同月五日より一八日までの農繁休暇を利用して、原告居住家屋より道を距てゝ眞向いにある右田に、平穩裡に麦蒔を終え、(二)の田については、内約三分の一程は濕田で裏作に適しないので同年一一月初旬原告において稻の收穫を終えた後はこれを放置しており、小浜において不淨物を捨てゝいた状況で、残余の部分については、原告において播種したきうり、つる豆が枯れたまゝ放置されていたが、小浜においてその撤去を受けた上同年一一月二三日頃には燒土堆肥を作り馬鈴署栽培の準備をしており、(三)の田の中前記約二畝歩を除いた部分は、原告が栽培していた甘藷を早堀りしたので、小浜において蔬菜類を栽培していたこと、及び小浜は、原告より昭和二〇年度の小作料として風水害による減收のため二割減免した三石三斗八合を受取るべきところ、本件農地の裏作を小浜方ですることとなつたため、更に八斗八合を免除していることを認めることができる。以上の事実から見ると、原告は昭和二〇年一一月二三日当時には、既に本件農地における耕作の業務を営んでいなかつたことは明白であるから、自作農創設特別措置法第六條の二、三に規定する遡及買收を請求し得る資格がないといわねばならない。しからば、被告が本件農地について原告のなした遡及買收指示請求を却下したことは違法ではないから、その取消を求める本訴は失当である。

そこで、原告の請求はこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九條を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 古川静夫 谷賢次 保津寛)

(目録省略)

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