大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和25年(モ)450号 判決

債権者 藤田房吉 外一名

債務者 原善一郎 外一名

一、主  文

当裁判所が債権者債務者間の昭和二十五年(ヨ)第三七九号不動産仮処分申請事件について昭和二十五年九月九日になした仮処分決定はこれを取消す。

債権者の本件仮処分申請はこれを却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

二、事  実

債権者訴訟代理人は、当裁判所が債権者債務者間の昭和二十五年(ヨ)第三七九号不動産仮処分申請事件について昭和二十五年九月九日になした仮処分決定はこれを認可するとの判決を求め、その理由として、神戸市生田区下山手通一丁目六番地の三宅地百三十二坪九合六勺は債権者が昭和二十三年九月十八日申請外後神理基から買受けた土地であるが、これより先債務者原善一郎は右土地のうち別紙図面<省略>(ロ)の部分約百坪(以下本件宅地と略称する)を昭和二十一年頃後神からバラツク建物の所有を目的とする一時使用の爲賃料一ケ月一坪について金二円五十銭の割合で賃借し、右地上にバラツクを建て製粉業を営んでいたのである。從つて債権者は右のような賃貸借契約における賃貸人の地位を承継したのであるが、債務者は最近に至り右バラツク建を二戸に区切りその一戸を第三者に使用させる爲本建築の建物に改造、かつこれに接続して本建築の建物を新築せんとし大工である債務者貫名庄次郎をして右工事に着手させている、しかし右改造工事はバラツク建物の所有を目的とした契約の趣旨に違反するものであつて、右工事を完成させれば本建築物の所有を目的として本件宅地を貸すことを承諾したことゝなつて借地法の適用をうける虞れがある。もしかゝることになれば債権者は必要とするときに本件宅地の明渡が求められなくなるのみならず、反面債権者の土地所有権に対する侵害行爲にも当るので、債務者に対し賃貸借契約の範囲確認と所有権妨害排除の訴を提起したいと思うのであるが、勝訴の判決をうけるまでには相当の日時を要し、その間に本件建物は完成してしまい判決の執行が困難となるので、これを避ける爲、神戸地方裁判所に対し債務者原善一郎が本件宅地を他人に占有させ、同地上にある既存建物の改造、新築工事、若しくは新築中の家屋における工事進行の禁止及び債務者貫名庄次郎が本件宅地に立入り右のような工事をすることを禁止する爲本件仮処分を申請したのである。と述べた。<立証省略>

債務者等訴訟代理人は、主文通りの判決を求め、答弁として、神戸市生田区下山手通一丁目六番地の三宅地百三十二坪九合六勺の土地は債権者がその主張の頃後神理基から買受けた同人所有の土地であること、債務者はこれより先右土地のうち本件宅地を後神から借受け、建物を建てゝ製粉業を営んでいたこと及び最近に至つて從來の建物の内部を改造し二つの店舗に区切り、その一を申請外竹中時頼に、他の一つを申請外母良田正喜に賃貸せんとしていることは認める。しかし債務者と後神との間に本件宅地の賃貸借契約はバラツク建物の所有を目的とする一時使用を目的としたものでなく、本建築の建物所有を目的としたものであつて、それ故に後神の承諾をえて東側道路に接する部分に建坪十六坪の木造亞鉛板葺平家建店舗用居宅を建築し、縁者にあたる申請外多田緑名義で登記をし、その裏側には十五坪の木造瓦葺平家建居宅を建築し債務者名義に登記をしこれに居住している次第である。從つて從來の建物に対しその改造工事をなしその建物を第三者に賃貸することは借地権の範囲の内において許された行爲であり、かつその権限を有する債務者の依頼によつて工事をしている債務者貫名庄次郎の行爲も債権者からとやかくいわれる筋合のものでないから右工事の中止ならびに本件宅地立入禁止を命じた本件仮処分は違法なものであるのみならず、右仮処分によつて右建物に対する改造工事が中止された結果雨漏りが甚しくこのまゝ放置すれば右建物は腐朽する虞れがあり債務者は多大の損害を被りつゝあるから本件仮処分は取消さるべきであると述べた。<立証省略>

三、理  由

債務者原善一郎が後神理基から本件宅地を賃料一ケ月一坪につき金二円五十銭の割合で借受け、該地上に建物を建て製粉業を営んでいたところ、債権者が昭和二十三年九月十八日本件宅地を買受け賃貸人の地位を承継したこと及び債務者原善一郎が最近に至つて右建物に対し債務者貫名庄次郎をして改造工事をなさしめつゝあることは当事者間に爭がない。債権者は債務者原善一郎との間の本件宅地の賃貸借はバラツク建物の所有を目的とした一時使用であつて右改造工事は從來のバラツク建を本建築の建物に改造しているのであるから、該工事は賃貸借の目的を逸脱した不法行爲であると主張するから本件賃貸借契約の態様について判断するのに、証人青柳仲三の一部証言と債務者原善一郎本人尋問の結果の一部とを綜合すると、本件宅地を含めた市内生田神社附近約三百坪の土地は後神理基が所有していたものであるが、該地上の建物が戰時中に強制疏開されその跡地を神戸市が賃借していたところ、終戰となりそのまゝ放置されていたので、債務者原善一郎は申請外大野を通じ後神の管理人たる青柳仲三に本件宅地の賃借方を申込み、青柳は神戸市に交渉したところ、神戸市は該地を近く緑地帶にする計画であるがその間土地所有者側で適当に利用してもよいとの話であつたから、青柳は神戸市が本件宅地につき緑地帶の建設工事を実施するに至るまで建物所有を目的として債務者原に賃貸することゝし、同債務者もこれを了承の上本件宅地を賃借したものであることが一應認められる。その際建物の種類や構造をバラツク建と限定するような特約のあつたことを認むべき疏明はない。このことは証人青柳仲三の証言によつて認められるとおり、債務者と同一條件で後神から本件宅地附近の土地を借受けたという債権者がその当時から同地上に本建築の建物を建築していることや、当事者間に爭のない疏乙第四号証によつて認められるとおり債務者は昭和二十二年三月頃本件宅地内に木造瓦葺平家建居宅一棟を建築し、家屋台帳には債務者原善一郎名義に登録されていることなどからもそういえるのである。たゞ前認定のように右賃貸借成立当時は神戸市の本件土地附近を緑地帶とする計画が近く実施せられるものと予想されたので、契約当事者はこの不確定期限の契約は短期間に終了するものと予想していたであろうと認められるに過ぎないのである。右認定に反する疏甲第一号証の記載内容ならび証人青柳仲三の一部証言債務者原善一郎本人の一部供述は眞実を傳えるものとは判断されない。果して契約の内容成立の経緯が右の通りであるとすれば、右賃貸借はむしろ借地法の適用を受けない一時的のものとして成立したと解すべきであろう。然しそれだからといつて建物の所有を目的とする賃貸借でしかもその目的がバラツク建の所有に限定されていなかつた前記内容からすれば、賃借人は不確定期限の到來による契約の終了、從つて地上建物の收去という危險の負担さえいとわなければ必ずしも地上に本建築の建物を建築できないわけではなく、又これを建築したからといつて、逆にそのために本件契約が借地法の適用を受ける賃貸借契約に変更されるわけはない。果して本件宅地の賃貸借契約が叙上認定のようなものであるとすれば、債務者原善一郎は從來のバラツク建を改造することはその契約期間内にある以上自由であつて債権者は該工事を差止めることができないものというべきである。尤も本件賃貸借契約は借地法の適用を受けないから神戸市の緑地帶の建設工事が始まれば債務者は換地に移轉する等の権利はなく右建物を收去する義務があるのであつて、損害を被るような事態が発生するであろうが、それは債務者が自らの危險負担においてなすところのものであり、又債務者が本件建物を第三者に賃貸すれば間接に本件土地を使用する結果となるけれども、それは建物の所有を目的とする賃貸借では当然予想されることであり、このことを債務者のなしつゝある右改造工事を債権者において差止める理由とすることはできない。よつて本件宅地の賃貸借契約がバラツク建物の所有を目的とする一時使用の約束であつたことを前提とする債権者の本件仮処分の申請は爾余の判断をするまでもなく理由がないこと明らかであるから、本件仮処分決定を取消し、債権者の本件仮処分の申請を却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を、仮執行の宣言について同法第七百五十六條の二を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石井末一 西川正世 細見友四郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!