神戸地方裁判所 昭和25年(ワ)324号 判決
原告 京阪神急行電鉄株式会社
被告 小松元三郎 外一五名
一、主 文
被告小松元三郎は原告に対し神戸市灘区中原通七丁目一六四番地の二に在る原告会社の軌道高架下で同被告が現に使用する板張り工作物を撤去し、その工作物の敷地である右番地の内の軌道用地約一坪五合を明渡さねばならない。
被告中江重次郎は原告に対し前項同所一六一番地の六に在る原告会社の軌道高架下で同被告が現に使用する板張り工作物を撤去し、その工作物の敷地である右番地の内の軌道用地約三坪を明渡さねばならない。
被告津島政太郎は原告に対し前項同番地に在る原告会社の軌道高架下で同被告が現に使用する板張り工作物を撤去し、その工作物の敷地である右番地の内の軌道用地約三坪を明渡さねばならない。
被告横山三二は原告に対し前項同番地に在る原告会社の軌道高架下で同被告が現に使用する板張り工作物を撤去し、その工作物の敷地である右番地の内の軌道用地約三坪を明渡さねばならない。
被告岩城甚四郎は原告に対し前項同所一六一番地の九に在る原告会社の軌道高架下で同被告が現に使用する板張工作物を撤去し、その工作物の敷地である右番地の内の軌道用地約五坪を明渡さねばならない。
被告芝重一は原告に対し前項同番地に在る原告会社の軌道高架下で同被告が現に使用する板張り工作物を撤去し、その工作物の敷地である右番地の内の軌道用地約四坪を明渡さねばならない。
被告下池キクは原告に対し前項同番地に在る原告会社の軌道高架下で同被告が現に使用する板張り工作物を撤去し、その工作物の敷地である右番地の内の軌道用地約二坪六合を明渡さねばならない。
被告朝永嘉一は原告に対し前項同所一六一番地の二に在る原告会社の軌道高架下で同被告が現に使用する板張り工作物を撤去し、その工作物の敷地である右番地の内の軌道用地約六坪を明渡さねばならない。
被告崔春伊は原告に対し神戸市灘区王子町一丁目六八七番地の六に在る原告会社の軌道高架下で同被告が現に使用する板張り工作物を撤去し、その工作物の敷地である右番地の内の軌道用地約四坪を明渡さねばならない。
被告金憲秀は原告に対し前項同番地に在る原告会社の軌道高架下で同被告が現に使用する板張り工作物を撤去し、その工作物の敷地である右番地の内の軌道用地約四坪を明渡さねばならない。
被告金守善は原告に対し前項同所六八五番地の二に在る原告会社の軌道高架下で同被告が現に使用する板張り工作物を撤去し、その工作物の敷地である右番地の内の軌道用地約六坪を明渡さねばならない。
被告渡会徳治は原告に対し前項同番地に在る原告会社の軌道高架下で同被告が現に使用する板張り工作物を撤去し、その工作物の敷地である右番地の内の軌道用地約三坪を明渡さねばならない。
被告島田與三郎は原告に対し前項同番地に在る原告会社の軌道高架下で同被告が現に使用する板張り工作物を撤去し、その工作物の敷地である右番地の内の軌道用地約四坪を明渡さねばならない。
被告前田善一は原告に対し前項同番地に在る原告会社の軌道高架下で同被告が現に使用する板張り工作物を撤去し、その工作物の敷地である右番地の内の軌道用地約三坪五合を明渡さねばならない。
被告川西勝は原告に対し前項同所六八七番地の六に在る原告会社の軌道高架下で同被告が現に使用する板張り工作物を撤去し、その工作物の敷地である右番地の内の軌道用地約八坪を明渡さねばならない。
訴訟費用は被告等の負担とする。
この判決は原告において各被告に対しそれぞれ金二千円の担保を供するときは当該被告に対する部分につき仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人等は主文第一乃至第一六項通りの判決と担保を條件とする仮執行の宣言とを求め、その請求原因として、主文第一乃至第一五項掲記の軌道用地並びにその地上に築造してある軌道高架はともに原告の所有であるが、被告等は昭和二十一年頃から同二十四年に亘り時期を異にして原告に全然無断でその高架下にそれぞれ主文第一乃至第一五項掲記の如き板張りの工作物を設け、右各項掲記の廣さの前記軌道用地をそれぞれ不法に占拠し、現在に及んでいる。よつて原告は右軌道用地所有権に基き被告等に対し各々前記各工作物を撤去してその敷地である軌道用地を原告に明渡すことを求める、と述べ、被告等の抗弁に対し、被告等の住生活は現今なお緊急状態にあるから今暫く明渡を猶予すべきである。今明渡を請求するのは民法第一條の精神に違反する旨の主張は終戰後既に約五年を経過した現下の一般社会状勢に照らすときは法の適正解釈は一切差措き被告等の個人的都合のみから割出された希望というの外なく、社会通念上既に甚しく失当である。殊に原告が本訴を提起するに至つた事情、即ち、被告等の占拠地区は元原告社線西灘駅本停留所のあつた地域であつて、同停留所屋舎は昭和二十年五月罹災全焼したので爾來その東方へ一時凌ぎに現在の仮停留所を設け今日に至つたところ、近來漸くその復興資材も整い、関係官公署の指示、沿線住民の要望に應じ本停留所を復興することに決したが、右本停留所を復興するためには被告等の本件軌道用地の明渡が先行的に絶対に必要な実態にあること、右本停留所の復興は原告会社の経済上の利害打算に基くものでなく、公共的事業たる性質を帶有すること、原告は被告等の明渡猶予期間を考慮し右本停留所復興工事の着工を昭和二五年八月末に延期し、その間同情的考慮を以てしばしば被告等に本件軌道用地の明渡を求めたが、被告等はこれに應ぜずして荏再今日に到つたことおよび被告等と同様の立場にある高架下無権限占拠者中すでに十数名の者は軌道用地明渡請求の実態を理解すると共に原告の誠意を諒としてすでに示談裡にその占拠していた軌道用地の明渡を了したこと等を綜合するときは、原告の本訴明渡請求は誠実に出たものと解すべきに反し被告等の前記主張はその至当の義務履行につき極端な怠慢にあると解すべきである。と付陳した。
被告等訴訟代理人等は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告主張の軌道用地並にその地上に築造してある軌道高架がいずれも原告の所有であることおよび被告等がそれぞれ原告主張の如き工作物を設け、その主張の廣さの軌道用地を現に占有していることは認めるが右占有は原告が主張する如く不法占有ではない。即ち、被告等は戰災によりその住家を失つたものばかりで、前記工作物はいずれも昭和二十年三月、六月の神戸市の空襲により多数の家を失つた人達がやむを得ず仮の住居とするため作つたものである。その当時の状況としてはとりあえず何処でもよいから凌げるようにして凌げばよいということで町会からは左様な指示があり、新聞でも左様な趣旨の報道がなされていた。即ち緊急の状態であつて、かかる情勢の下では他人の土地だとか、所有者の承諾を得たか否かは問題とされなかつたのである。そして被告等はこのような工作物を戰災者として自ら構築し、或は讓受けて住居に使用して今日に及んでいるのであつて。その讓受ける事も又緊急やむを得ない状態のものである。さて、その後今日の状態においては一應社会状態が全般に亘つてやや安定し、すでに緊急の状態は去つたように見られているようではあるが、被告等の如く困窮者にしてその上或は家族の多い全く出て行く先を見つけることの不可能な階層に属する人々の住宅事情は決していまだ安定の兆も見えていない。寧ろその混乱には一種の陰險さをも加えていよいよきびしくなつているとも見える程で、なお緊急状態は去つていないから今暫くこれが明渡を求めるのは民法第一條の精神に反し許さるべきではない。原告は被告等の占拠している地域に西灘駅の本停留所を復興建設するため被告等の明渡は必要であると主張するが右事実は否認する。仮に一應必要があつてもなお今暫く明渡を猶予すべきであるのに必要もなく單に整理すると云うような意味で被告等に明渡を求める原告の本訴請求は到底許さるべきではないと述べた。
三、理 由
原告主張の軌道用地並にその地上に築造してある軌道高架がともに原告の所有であること及び被告等が各々原告主張の如き板張りの工作物を右軌道用地上に設けその敷地として原告主張の廣さの右軌道用地をそれぞれ現に占有していることは当事者間に爭がない。
そこで被告等の抗弁につき判断するに、太平洋戰爭中、神戸市が昭和二十年の三月頃と六月頃の両度に亘り大空襲を受けた結果、多数の家屋は灰盡に帰し、ために戰爭中並に戰後において極端な住宅の拂底を來たしたことは当裁判所に顕著な事実であるが、かかる事態の下にあつても戰災者が何等の権限もなく他人所有の土地、建物、工作物等を占有し住居に使用することが権利として許されていたものとみることはできない。唯戰時中若くは終戰直後の異常な社会情勢の下にあつては、戰災者が一時凌ぎのため緊急やむを得ず平穩公然と他人所有の罹災地、休閑地や遊休の建物、工作物等を所有者の正当な必要性を害しない範囲において無権限で占拠し住居に使用したとしても当時の国民感情として所有者はその所有権に基きこれら占有者の占有を排除することを社会的に制限され、かかる所有権の侵害を忍從すべきものとされていたことがあつたにすぎないのであつて、国家にも社会秩序の維持に遺憾の点があつて、いわば社会の異常な緊急状態の下においてかかる関係を放任状態においていたとみることができるのである。しかしながら終戰後すでに五年を経過し、社会秩序一般は安定平穩に帰し、その住宅事情も満足すべき状態とは云えないが格段の改善を見た現在においては、被告等の個人的経済事情は兎も角として、前記のような異常緊急事情下にやむなく発生した放任状態による犠性を私人である原告に引続き忍ばしめることは現下の私法秩序の下では許されないと解すべきである。然らば被告等がいずれも緊急状態下所有者の承諾なく一時凌ぎのため高架下の本件軌道用地上にそれぞれ板張り工作物を設け又はそれを讓り受けて住居に使用し現在に至つたこと、被告等の自陳する如くであるとすれば、現在としてはその占有は無権限占有で所有者である原告に対抗できないものといわねばならない。唯自己の立退先がないことを理由に原告の本訴請求を民法第一條の精神に違反すると主張するのは失当である。その他被告等主張の全事実によるもいまだ原告の本訴請求が民法第一條の精神に違反するものと認められないから被告等の抗弁はいずれもこれを採用することができない。
してみると他に被告等の本件占有を正当とすべき主張のない本件では原告の本訴請求はすべて正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九條第九三條第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六條をそれぞれ適用して主文の通り判決する。
(裁判官 石井末一 西川正世 北後陽三)