神戸地方裁判所 昭和25年(ワ)54号 判決
原告 正木良一
被告 南浦仙舟
一、主 文
被告は原告に対し、神戸市垂水区西垂水町霞ケ丘千六百五十六番地上木造瓦葺二階建家屋一戸を明渡し、かつ金七千五百十四円十一銭と昭和二十五年七月一日から右家屋明渡ずみになるまで一月につき金二百八十一円の割合による金員とを支拂え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は全部被告の負担とする。
本判決は、原告が被告に対し、家屋明渡の部分については金二万円金員支拂部分については金二千五百円の各担保を供すれば仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告は原告に対し神戸市垂水区西垂水町霞ケ丘千六百五十六番地上木造瓦葺二階建家屋一戸(以下本件家屋と略称する)を明渡し、かつ昭和二十一年十二月一日から翌二十二年八月末日まで一ケ月金四十五円、同年九月一日から翌二十三年十月十日まで一ケ月金百十二円五十銭、同月十一日から右明渡済まで一ケ月金二百八十一円の各割合による金員を支拂え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決と担保を條件とする仮執行の宣言とを求め、その請求の原因として、原告は、その所有にかゝる本件家屋を被告に対し賃料一ケ月金四十五円毎月末翌月分拂の約定で期限の定めなく賃貸していたところ、被告が昭和二十一年十二月分からの賃料を支拂わないので、被告に対し昭和二十四年五月二十九日到達の内容証明郵便でその後六日間内にそれまでの延滯賃料として其後に統制賃料の改定により値上になつた後記の月額で計算した賃料の支拂をなすことを催告し、もし右期間内にその支拂をしないときは右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたが、その支拂をしないので、本件賃貸借契約は同年六月五日の経過と共に解除された。よつて、原告は被告に対し本件家屋の明渡しと昭和二十一年十二月一日から翌二十二年八月三十一日まで一ケ月金四十五円、その後賃料統制額の改定に伴ひ値上された賃料すなわち同年九月一日から翌二十三年十月十日まで一ケ月金百十二円五十銭、同月十一日から昭和二十四年六月五日まで一ケ月金二百八十一円の各割合による賃料ならびにその翌日から右明渡ずみになるまでの右割合による賃料相当の損害金の支拂を求める爲本訴に及んだのである。と述べ、被告答弁に対し、地代家賃統制令の停止統制額が改訂されゝばその最高額の賃料は当然請求できるのである、被告主張の頃染筆料二百円の支拂債務と賃料とを相殺したことは認めるが、その他賃料として被告主張のような金員を受取つたことがない。と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張にかゝる本件家屋をその主張のような約定で賃借していたところ、原告からその主張の日その主張のような催告ならびに條件付契約解除の意思表示のあつたことは認めるが、しかし、本件家屋の賃料は賃借当初から現在に至るまで一ケ月金四十五円据置のまゝであつて、被告は昭和二十一年十二月分からの賃料支拂として、その頃原告から支拂をうけるべき染筆料金二百円の債権があつたので、それを賃料債務と相殺し、又昭和二十二年十一月に金七百円、同年十二月に金千五百円を支拂つたから昭和二十六年三月分までの賃料を先拂している勘定となる。のみならず、賃料は一ケ月金四十五円であるのに、原告の右催告書は昭和二十一年十二月一日から翌二十二年八月末日まで一ケ月金四十五円、同年九月一日から翌二十三年十月十日まで一ケ月金百十二円五十銭、同月十一日から当時(昭和二十四年五月二十七日)まで一ケ月金二百八十一円の割合による約定以上の賃料を勝手に請求してきたのである。右の次第で被告の催告に應じる義務がないのは勿論右不履行を條件とする本件賃貸借契約解除の意思表示はその効力がない。尤も、原告は昭和二十一年初頃に同年一月からの賃料を一ケ月金百円に増額されたい旨申越があつたので、かりにそのように値上になつたとしても昭和二十三年五月分までの賃料を支拂つている計算になるから、原告の右催告は過大であつて効力がなく、これを前提とする條件付契約解除の意思表示はこれ又効力がないから、いずれにしても原告の本訴請求は理由がないと述べた。<立証省略>
三、理 由
原告が被告に対し原告所有にかゝる本件家屋を賃料一ケ月金四十五円、毎月末翌月分拂の約定で期限の定めなく賃貸していたことおよび昭和二十一年十二月分からの賃料が不拂であるとして、昭和二十四年五月二十九日到達の内容証明郵便で原告主張のような催告ならびに條件付契約解除の意思表示をしたことは当事者間に爭がない。しかして被告は本件家屋の賃料が賃借当初から一ケ月金四十五円据置のまゝであつて、その計算でいけば昭和二十六年三月分までの賃料は支拂済であると抗爭するからこの点について考えてみるに、昭和十三年八月四日にあつた家賃の停止統制額および最近に至るまでのその改定額がいづれも一般物價に比し極めて低額に抑制されていたことは周知の事実であり、從つてこのような賃料で家屋を賃貸しているものは停止額が改定されゝば当然にその最高額を請求する意思であり又できるものと一般に信じて來ており、他方賃借人の方でもそれは已むを得ぬことゝ諒解しているのが普通の例であるから、反対の事情のない限りそのような賃料による家屋の賃貸借関係にある当事者は暗黙の間に停止統制額の最高額を賃料とする諒解の下に賃貸借を継続しているものと解するのが相当であると考える。本件賃貸借が昭和十三年以前から存在しその頃から賃料が一ケ月金四十五円であつたことは証人正木春の証言と被告本人の供述により明白であるから、反対の事情の見えない本件においては、当事者はまさに前記のような暗黙の諒解の下に賃貸借を継続して來たものというべく、そうであればその賃料が停止統制額の改定により原告主張の日その主張のように値上になつたことは明白である。ところが、被告主張の頃その主張の染筆料二百円が本件賃料と対当額で相殺せられたことは原告の認めるところであるから、これにより当時存在した本件賃料債権の内先に弁済期の到來した順序により昭和二十一年十二月一日から同二十二年三月末日までの四ケ月分百八十円及び同年四月分の内金二十円の各賃料が弁済されたことゝなる。被告は更に昭和二十一年八、九月頃に七百円を原告に送金し、又昭和二十二年十二月中旬頃原告の妻正木春が被告方に賃料の請求に來た際同人に金千五百円を支拂つたと主張するが、此点に関する被告本人の供述は証人正木春の証言に照し容易に信用できないところであり、乙第三号証は原告の否認するところであるが、成立に爭のない甲第三号証に照し信用できない此の点に関する被告本人の供述以外にその成立を認むべき資料がないのみならず、右甲第三号証の鉛筆書の筆跡に対比し、乙第三号証は一見して被告の作成にかゝるものゝように認められるので、右弁済の事実認定の資料にならないし他にこれを認めるべき証拠はない。そうだとすると原告のした前記延滯賃料の催告は前認定の相殺された金二百円だけ過大であつたが、然しそれは請求権の存する限度において有効で契約解除の前提たる催告としての効力を失わしめるものではないと解すべく、被告が叙上催告期間を徒過したことは当事者間に爭のないところであるから、本件賃貸借契約はその催告期間の経過した昭和二十四年六月五日限り叙上條件付契約解除の意思表示により有効に解除されたといわねばならない。果してそうだとすれば被告は原告に対し、本件家屋を明渡し、かつ昭和二十二年四月分の残金二十五円同年五月一日以降同年八月末日まで一月金四十五円同年九月一日以降同二十三年十月十日まで一月金百十二円五十銭同月十一日以降同二十四年六月五日まで一ケ月金二百八十一円の割合による延滯賃料及びその翌日から本件家屋明渡にいたるまでの同様割合による賃料相当の損害金の支拂をする義務があるから、この限度において原告の請求は相当であるが、その余の原告の請求は失当であるから棄却すべきである。しかして右割合による昭和二十五年六月末までの賃料及損害金の合計額は金七千五百十四円十一銭となること算数上明であるから訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條第九十二條を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石井末一 西川正世 細見友四郎)