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神戸地方裁判所 昭和25年(ワ)932号 判決

原告 神戸工業株式会社

被告 占部芳雄 外二名

一、主  文

被告占部芳雄は原告に対して別紙目録<省略>(一)に記載の家屋一戸を明渡し、且昭和二十五年四月四日から右家屋明渡ずみに至るまで一ケ月金百円の割合による金員を支払わねばならぬ。

被告西村栄太郎は原告に対して別紙目録(二)に記載の家屋一戸を明渡し、且昭和二十五年四月四日から右家屋明渡ずみに至るまで一ケ月金百円の割合による金員を支払わねばならぬ。

被告岸原一二は原告に対して別紙目録(三)に記載の家屋一戸を明渡し、且昭和二十五年七月一日から右家屋明渡ずみに至るまで一ケ月金八十円の割合による金員を支払わねばならぬ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「原告会社大久保工場(明石郡大久保町西脇所在)は電気通信機器の製作工場として本邦有数の大工場であり、工場内には常に十数億円に達する製品半製品資材並に機械を保有し、多数の従業員が作業に従事している。そこで原告会社ではこれらの資産に対する災害防止施策の一環とし、兼ねて従業員の福利を図りその能率を増進するために右工場附近に「山の下川西住宅」と称する社宅三百九十三戸を設けて之を従業員の賃借居住に供しているが、右社宅は会社の業務と不可分の関係にあることは前述したとおりであるところ、近時会社業務の拡充に伴う従業員の増加により原告会社としてはこれらの者に住宅を供給する必要があるために前記社宅も原告会社の業務運営上益々その必要度を加えている次第である。ところで、

(一)  原告会社は昭和十九年三月三十一日に当時原告会社の従業員であつた被告占部芳雄に対して右社宅中第二三三号一戸を賃貸し、昭和二十五年四月初においてその賃料額は一ケ月金百円毎月末日にその月分を支払う約定であつた。ところで、之より先昭和十九年十月十日に右占部は原告会社を任意退職し、以来原告会社の従業員ではなくなつていた次第もあつて、原告会社は昭和二十四年十月三日に同被告に対して前述したような正当事由に基き右社宅家屋に関する賃貸借の解約を申入れたことにより、被告占部との賃貸借関係はその後六ケ月を経た昭和二十五年四月三日限り終了したにもかかわらず、被告占部は右家屋明渡の義務を履行せぬから被告占部に対して右第二三三号家屋一戸の明渡並に昭和二十五年四月四日から右家屋明渡ずみに至るまで一ケ月金百円の割合による損害金の支払を求める。なお仮に右解約申入がその効果がないとしても、被告占部は昭和二十五年五月二十五日以降原告会社には無断で訴外永井芳夫を右家屋に同居させて一ケ月金四百五十円の賃料を収得しているから、原告は右無断転貸を理由として被告占部に対し本訴において賃貸借解除の意思表示をした上、同被告に対して右家屋の明渡並に昭和二十五年四月四日以降本件訴状が被告占部に到達した昭和二十五年十月二十九日までは家賃金として、同月三十日以降右家屋明渡ずみに至るまでは損害金として、前同額の割合による金員の支払を求める。

(二)  次に原告会社は昭和二十年八月十日に当時原告会社の職員であつた訴外冠修也の懇請を容れて、その親族である被告西村栄太郎に対して前記社宅中第三四号家屋一戸を賃貸し、昭和二十五年四月初においてその賃料額は一ケ月金百円毎月末日その月分を支払う約定であつたが、同人は始から原告会社の従業員ではなかつた次第もあつて原告会社は昭和二十四年十月三日に被告西村に対し前同様の正当事由に基いて右社宅家屋に関する賃貸借の解約を申入れたことにより、同被告との賃貸借関係はその後六ケ月を経過した昭和二十五年四月三日限り終了したにもかかわらず同被告は右家屋明渡義務を履行せぬから、被告西村に対して右第三四号家屋一戸の明渡並に昭和二十五年四月四日から右家屋明渡ずみに至るまで一ケ月金百円の割合による金員の支払を求める。

(三)  次に原告会社は昭和二十年五月当時原告会社の従業員であつた訴外巽賛次郎に対して前記社宅中第一三八号家屋一戸を賃貸したが、同人は昭和二十年八月に任意退職し以来原告会社とは何等の関係もなくなつている次第もあつて、原告会社では昭和二十四年十月三日に右巽に対して前同様の理由に基いて賃貸借解約の申入をしたところ同人は之に応じて昭和二十五年六月中に右家屋を退去した。ところで被告岸原一二は右巽の居住していた頃から同人方に同居していたものであるが右巽の退去した後も引続いて右家屋に何等正当の権原によらず占拠して之に関する原告会社の所有権を侵害し、そのために原告会社をして右家屋の相当賃料額に当る一ケ月金八十円の割合による損害をこうむらせている。右の次第であるから被告岸原に対しては右第一三八号家屋の明渡並に昭和二十五年七月一日から右明渡ずみに至るまで一ケ月金八十円の割合による金員の支払を求める。」

と述べた。<立証省略>

被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として、

「原告の主張する事実中原告会社が本件家屋三戸を含む一集団の家屋を所有している事実、並に(1) 被告占部が元原告会社の従業員であつたが、その後原告会社との雇傭関係がなくなつた事実、右占部が原告の主張する家屋一戸を賃料一ケ月金百円の定で賃借しているのに対して原告会社から賃貸借解約の申入があつた事実、及び右占部方に訴外永井芳夫を一時的に同居させた事実、(2) 被告西村が原告の主張する家屋一戸を賃料一ケ月金百円の定で賃借しているのに対して原告会社から賃貸借解約の申入があつた事実、並に右西村が始から原告会社の従業員ではなかつた事実、(3) 被告岸原が訴外巽の同居人として原告の主張する家屋に居住している事実は之を認めるが、その余の主張事実は全部争う。本件家屋を含む一集団の家屋は元住宅営団の所有であつたものを原告会社において買受けたのであつて、その目的とするところは一応之を社宅とするためであつたとしても既に戦時中から社宅運営の実を欠くために空家を続出するや原告会社では之を被告西村のような非従業員に賃貸し、あるいは従業員に社宅に転住方を勧奨するなどして穴を埋めていたのであるが、終戦直後頃原告会社ではその従業員を大量整理すると共にその存在意義を失つた前記家屋集団を純然たる営利的貸家に転用してその経営の一助としたものであり、従つてその賃料の如きも被告占部同西村の居住する各一戸について当初は一ケ月金二十五円であつたものを数次の値上によつて一ケ月金百円とした次第であつて、之を一般の家賃水準に比較するも決して低額のものではなく、又之を他会社の社宅賃料に比すれば遙に高額であつて之を要するに本件家屋集団はその運営管理の実態において決して従業員の福利向上に資する施設としての社宅と称し得べきものではない。従つて本件家屋の使用関係は世間一般の借家関係と同断であつて、借家法の適用を受けることはもちろんその解約に関する第一条の二の適用についても一般の借家関係と区別して取扱わるべきものではない。

(1)  被告占部が訴外永井を同居させたのは、右永井が失業のため職を求めている際に前住家屋の明渡を要求される窮状にあつたために独身の被告占部において之に同情し一時同居させたが、その後右永井は他に転出して現在は被告占部方に居住してはおらぬ次第であり、

(2)  被告西村は高松市において戦災にあつた後に当時空家であつた第三四号家屋を賃借して現在に及んでいるが、家族四人靴、マツチ等の行商により辛うじて生計を営んでいる次第であり、

いずれも本件家屋を追出されるときは他に住むべき家なく路頭に迷う外はない窮状に陥るのに反して、原告会社は単なる営利追及のために被告等の住居を奪わんとするものであつて、かくの如きは到底借家法第一条の二にいわゆる賃貸借解約についての正当の事由があるとするには足らぬ。

なお被告岸原は前記第一三八号家屋の適法な賃借人である訴外巽の親族として右巽方に同居すると共に同人が職業上の都合で岩岡町に滞在中はその留守番をしている次第であつて、右巽と独立して本件家屋を占有しているものではないから同被告に対して家屋明渡を求める原告の請求は失当である。」と述べた。<立証省略>

三、理  由

原告会社が明石郡大久保町に「山の下川西住宅」と称する集団家屋を所有し本件家屋三戸が右集団家屋に属すること並に右家屋使用の法律関係が賃貸借にかかる事実は当事者に争がなく、原告は右は原告会社大久保工場に属する社宅であると主張するのに対して被告は右は世間一般の貸家であるに過ぎぬと主張するから、先ずその点を判断する前提として「社宅」とは果して何であるか又「社宅」であることが家屋使用の法律関係に如何なる影響を生じるかについて当裁判所の見解を述べると、

いわゆる「社宅」なるものは世間の通俗語であつて厳格な概念規定を経た法律上の術語ではないからその指称するものの実体は極めて漠然としているが、大体において企業主体としての会社がその従業員に使用させるために提供する住宅家屋を汎称するものと解して良いであろう。従つてその住宅提供の目的も之を以て企業組織の必要的な構成部分とし直接に企業運営の目的に資する場合もあればあるいは従業員のための福利施設としてその任意の利用に供すると共にその間接的効果として能率の増進又は労力募集の円滑化を期待するに止まる場合もあり、又その施設にしても一定の集団組織をなすと共に共同的厚生施設などを通じて企業主体からある程度の統制を受けている場合もあれば分散的孤立的であつて格別の統制を受けておらぬ場合もあり、又企業の構内設備として設置されていることもあれば構外に設置されていることもあるであろうし、更にその使用の法律関係にしても純然たる使用貸借の場合もあれば負担附使用貸借と考えられる場合もあり、あるいは比較的低廉な賃料による賃貸借と解すべき場合もあり、更にその時の経済事情労資間の関係などによつては市中一般の賃貸借と殆ど区別されるところがない場合も考え得るのであつて、之を要するに世俗に「社宅」と呼ばれるものの実体がしかく雑多なものであり得る以上は一部の学説が云ふように「社宅」の使用関係については借家法の適用がないなどと一概に論断する態度には賛成できぬのであつて、結局は各場合についてその「社宅」なるものの実態を究めた上その「社宅」としての性格に応じて借家法の適用の有無を決し(本件において借家法の適用があることには争がない)、更に進んで借家法の適用があるとする場合においてもその「社宅」たることが解約申入の正当事由を決する上において有する重要度を各場合の具体的事情に応じて考慮せねばならぬものと当裁判所は考える。

そこで証人内藤次雄(第一回)、同滝本宰三郎、同堀井重一の各証言と本件検証の結果を綜合すると原告会社大久保工場が原告の主張するとおりの工場である事実、前記集団家屋たる三百九十三戸は原告会社の北門から三丁乃至五丁位の箇所に存在し、右は原告会社が昭和十五年頃にその従業員の住居に提供する目的を以て住宅営団から買受けたものであるが、前記大久保工場と至近距離にあるために同工場の水害、火災などの非常事態の際には右集団家屋に居住する従業員の応援を求めるに適しており、従つて原告会社としては之を大久保工場の災害防止対策の一環として重視しており現に水害、火災等の場合にその応援を得て効を奏した事例も一、二ならずある事実、並に右大久保工場の至近距離に右家屋集団が存在することは少くとも之に居住する従業員の通勤による消耗を省き能率の増進に資するところがある事実、従つて原告会社がこれらの利点を有するものとして従業員の住居に提供するために所有している右集団家屋は少くともその機能上の関係においては相当高度の「社宅」性を具有しているものと認めねばならぬところ、前記各証言によると原告会社は終戦後の経済情勢により一時は従業員を大量整理する傾向にあつたのに反して最近は業務拡充の機運にあり、従つて之に伴う従業員の増加と共に会社に対して書面又は口頭を以て社宅家屋の貸与を求めて未だ之を得ない者も百余名に及びその社宅対策の緊要度も益々加わつている事実を認めることができる。もつとも原告会社が第三四号家屋を貸与した被告西村が始から原告会社の従業員でなかつた事実は原告の自認するところであるが、証人内藤次雄(第一回)、同滝本宰三郎、同冠房次の各証言を綜合すると原告会社は昭和二十一年頃当時原告会社の職員であつた冠房次の懇請を容れてその親族に当る被告西村に対して一時例外的に右家屋を貸与したものであると共に右の事例を外にしては米の配給所、運送屋及び警察員に対して各一例ずつ非従業員に家屋を貸与した事例があるに止まり、然もこれらはいずれも社宅管理上之を便利とするだけの理由があつて貸与したものと認められるから、右の事例を以て原告会社が前記家屋集団を貸家として一般に開放したものと解するには足らず、又被告等は原告会社が殊に終戦後に至つて右集団家屋を純然たる営利的貸家に転用したものであるから福利施設たることを本旨とする「社宅」と称し得べきものではないと主張し、なる程本件検証の結果に徴すると右家屋集団には共同的厚生施設の見るべきものもない一方成立について当事者間に争のない乙第一号証の一、二第二号証の一、二第三号証の二第四号証第五号証の一第六号証の一第七号証と証人辻助太郎の第二回証言並に右辻証人の証言により真正に成立したものと認めるに足る乙第一号証の三同第三号証の一、三同第五号証の二、三同第六号証の二を綜合すると、前記集団家屋の賃料が附近所在会社の社宅使用料を上廻つておることを認めることができ、従つて右集団家屋が福利社宅として特に充実したものであるとは云えぬとしても、ある集団家屋が「社宅」であるか否かはただその福利施設としての面ばかりでなくその企業との機能上の関係その他の事情を考え合わせて決定すべきであり、単に福利施設として充実しておらぬといふ一事を以て直に之を「社宅」にあらずと断じるには足らぬばかりでなく、証人内藤次雄(第二回)同田中三郎の証言を綜合すると、原告会社は大体統制賃料額の七、八割程度の賃料額を以て之を従業員に賃貸していたものであることが認められ、右の事実を終戦後の闇家賃の横行並に不法なる権利金要求の流行などの世情と考え合わせると右集団家屋が住宅として提供されることは原告会社の従業員にとつてやはり少なからぬ福利的寄与をしていたものと解さねばならぬから、原告会社において右集団家屋を営利的貸家として利用した旨の被告等の主張は之を採用せぬ。

以上に認定したところを要約すると、本件家屋三戸を含む集団家屋はその機能的な関係においても福利施設としての関係においても原告会社大久保工場に属する「社宅」として特殊な存在意義を有するものであると共に、前に認定したような原告会社の業務拡充に伴い益々その「社宅」としての必要性を高めているものとせねばならぬ。ところで、原告会社が被告占部同西村に対して右社宅中別紙目録(一)(二)に記載の各一戸を賃貸しその最後の賃料額が一ケ月金百円の定であつた事実、並に被告西村が始から原告会社の従業員ではなくまた被告占部が現在において原告会社の従業員でない事実、及び被告占部同西村に対して原告会社から賃貸借解約の申入がなされた事実は当事者間に争がなく、成立について争のない甲第一号証同第三号証によると右解約申入は原告会社における前記社宅の必要性を原因とするものであつて、右申入が被告占部同西村等に到達した日時は昭和二十四年十月三日である事実を認めることができる。

そこで、先ず被告占部の関係において右解約申入の効果について判断をすると、本件家屋(第二三三号)が原告会社の「社宅」として必要なものであることが前述したとおりである以上は借家法の理念とする衡平の精神に照らして、右のような事由に基く解約申入をもなお不当ならしめるような特段の事由が被告占部の側に認められぬ限りは右の解約申入は借家法第一条の二にいわゆる正当の事由があるものと解さねばならぬところ、被告側の全立証によるも被告占部について右のような特段の事由があることは之を認めるに足らず、却て被告占部芳雄本人訊問の結果に徴すると同被告は昭和二十年三月頃に右社宅家屋に入居したのであるが、その後間もない昭和二十一年九月頃に原告会社を任意退職したものである事実、並に昭和二十五年四月頃以降は原告会社に無断で訴外永井芳夫及びその家族を同居させて家賃一ケ月金四百五十円を収受している事実を認めることができ、右の各事実は原告会社が同被告に対して賃貸借関係を継続することを益々困難にし、従つて前記解約申入の正当性をそれだけ裏附けるものであるとする外はなく、従つて前記解約申入は借家法第一条の二に所定の正当の事由に基くものであるとせねばならぬ。もつとも同被告は本件家屋を追立てられた暁は住居に窮する故を以て右解約申入は不当であると主張するけれども、前段に認定したとおり被告占部が家賃金を取つて右社宅家屋を他人に使用させた事後の背信行為は別としても同被告は原告会社を任意退職したのであるから、その後の居住問題については自ら之を処置すべきであつて、原告会社の負担においてその解決を求めるべき筋合ではないのみならず一般的に云つて借家法第一条の二は賃貸人の解約権を制限するに正当事由の必要を以てし、これによつて間接的に賃借人の居住利益を保護しているけれども右賃借人に対する保護は間接的反射的な利益であるに止まり、之を以て賃借人に「居住権」とでも呼ばるべき直接的な権利を認めたのではないのであつて、従つて本来一箇の営利法人以外のものではない会社がその営利目的追及の立場において元従業員たる賃借人の住居保持への願望――道徳的人間性の上においては相手方に義務の不履行その他の背信行為がない場合においてこのような願望を無視することは殆ど困難であろうが――を充足せしめることができぬとしても、右は社会政策上の一問題として考慮さるべきことは格別、現行借家法の解釈としては之を如何ともすることができぬ。右の次第であるから被告占部に対する前記解約申入は適法になされたものであり、従つて原告会社と被告占部間の賃貸借関係は右解約申入のなされた日から六ケ月を経た昭和二十五年四月三日限り終了したものと認めねばならぬ。

そこで被告西村の関係において前記解約申入の効果を判断するに原告会社が始からその従業員でない被告西村に対して本件家屋(第三四号)を賃貸したのは前述したような例外的な取扱としてなしたものであるに対して、原告会社においては終戦直後の沈滞期を脱して業務拡充の機運にあるために従業員に対する社宅提供の必要に迫まられていることが前に認定したとおりである以上は、借家法の理念とする衡平の精神に照らして右のような事由に基く解約申入をもなお不当ならしめるような特段の事由が被告西村の側に認められぬ限りは右の解約申入は借家法第一条の二にいわゆる正当の事由があるものと解さねばならぬところ、被告側の全立証によるも被告西村について右のような特段の事由があることは之を認めるに足らぬ。もつとも被告西村も本件家屋を追立てられた暁は住居に窮する故を以て右解約申入は不当であると主張するけれども、借家法第一条の二の規定が賃借人の「居住権」を保障するには至らず、従つて営利法人たる会社の営利目的の追及によつて生じることのあるべき住宅不安を右のような居住権の保護として防止するにはその由がないことは前に被告占部について説明したところと同一に帰するから、被告西村に対する前記解約申入は適法になされたものであり、従つて原告会社と被告西村間の賃貸借関係も右解約申入のなされた日から六ケ月を経た昭和二十五年四月三日限り終了したものと認めねばならぬ。

右の通りであるから被告占部同西村に対してそれぞれ賃貸借の終了を原因として、右占部については別紙目録(一)に、右西村については同(二)に記載の各家屋の明渡を求めると共に昭和二十五年四月四日から右明渡ずみに至る迄の損害金として前記賃料額に相当する一ケ月金百円の割合による金員の支払を求める原告の請求はその理由があるものとして之を認容せねばならぬ。

そこで被告岸原の関係について判断をするのに、原告会社が訴外巽賛次郎に対して別紙目録(三)に記載の家屋を賃貸していた事実並に少くとも右家屋に現に被告岸原が居住している事実は当事者間に争がなく、同被告は右賃借人たる訴外巽方に居住しその留守番をしているに過ぎぬと主張し、なる程証人巽賛次郎の証言と被告岸原一二本人訊問の結果に徴すると右巽と岸原との間に親族関係があることを認めることができるけれども、証人滝本宰三郎の証言と右岸原本人訊問の結果を綜合すると同人は右巽に対して一ケ月金百五十円の家賃金を負担し、従つて自己のために右家屋を占有していたこともまた明であつて、右の認定に反する証人巽賛次郎の証言並に被告岸原本人の供述部分は当裁判所の信用せぬところであり、他に以上の認定を左右するに足る証拠はない。然るところ被告岸原が右家屋占有について原告会社に対抗する正当な権原のあることは被告において何等之を主張立証せぬ点であるから、被告岸原は不法に右家屋を占有しているものとせねばならぬところ、証人内藤次雄の第一回証言に徴すると原告会社と訴外巽間の右家屋賃貸借上の賃料額は一ケ月金八十円であつたことを認めることができるから、被告岸原に対して所有権に基き別紙目録(三)に記載の家屋の明渡を求めると共に昭和二十五年七月一日以降右家屋明渡ずみに至るまで右同額の割合による金員の支払を求める原告の請求もその理由があるとせねばならぬ。

以上に判断したところによつて被告等に対する原告の本訴請求は全部その理由があるものとして之を認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条及び第九十三条を適用して主文のとおりに判決をする。

なお原告は本件判決について仮執行の宣言を求めているが、本件判決はその確定前に執行するまでの必要はないものと認めるから仮執行の宣言は之をせぬ。

(裁判官 河野春吉)

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