神戸地方裁判所 昭和25年(行)11号 判決
原告 中山麟治
被告 兵庫県農地委員会
一、主 文
原告の被告城崎町農地委員会に対する請求を棄却する。
原告の被告兵庫縣農地委員会に対する訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、請求の趣旨
被告城崎町農地委員会が別紙目録記載の土地につき昭和二十四年十月二十四日に定めた農地買收計画を取消す、被告兵庫縣農地委員会が、昭和二十四年十一月三十日附で原告の右買收計画に対する訴願を棄却した裁決を取消す。訴訟費用は被告等の負担とする。
三、事 実
その請求原因として、別紙目録記載の土地は原告の所有であるが、被告城崎町農地委員会は、昭和二十四年十月二十四日、これをいわゆる不在地主の所有する小作地として自作農創設特別措置法により買收する計画をたてたので、原告はこれにつき同月三十一日同被告に異議を申立てたが却下されたので、同年十一月十九日被告兵庫縣農地委員会に訴願したところ、同被告は同月三十日原告の訴願を棄却すると裁決し、この裁決書は昭和二十五年一月十八日原告に送達された。
然しながら、右の買收計画と裁決とは次の理由により違法である。すなわち、本件土地は、桃山のふもとにあり、かねてから原告はこの土地には相当の設備を施して、公園地とし城崎町の遊覧地としたいと思つていたので、予め被告城崎町農地委員会前会長西村某と交渉したところ、同人もこれを諒解し、同委員会の同意を得て、本件土地は將來これを買收しないと約し、ここに原告と同委員会との間には本件土地を農地買收の対象としない旨の契約が成立したのみならず、その後昭和二十三年八月同委員会が同じく原告所有の溜池工場敷地等自作農創設特別措置法の定める買收適地でない土地につき買收計画を定め、原告がその不当を同委員会に申立てた際、同委員会は「右買收計画の不当性を強調すると、さきに本件土地について成立した不買契約の適法性が問題となり取消されるから、右買收計画の不当性を強調しない方がよいのでないか」といい、前記不買契約の存在を確認していたのにもかかわらず、前記の如く本件土地につき買收計画を定めたのは、前記契約を無視し信義に反する違法行爲である。同委員会は、右不買收契約を以て、違法無効なものというのかもしれないが、右契約は自作農創設特別措置法のいかなる條項にも反するものではない。同法は買收適格地の買收を政府に強要したものでなく、買收権を行使するか否かは行政廳の自由意思によるのであるから、特別の事情のある場合特定の土地を買收しないと約しても、それを以て同法に違反する無効の契約とはいえない。
そればかりでなく、本件土地は被告のいう如き小作地ではない。すなわち本件土地は原告所有の山林桃山のふもとにある。右山林附随の荒無地であつたのを、別紙目録第一第二の土地は長瀬延吉が、同第三の土地は岸岡彌吉がいずれも原告に無断で侵入耕作し農地としてしまつたのであつて、同人等と原告との間には、小作契約等全然存在していないのであつて、同人等は全く右土地を不法占有しているものに過ぎず、かかる者の耕作の事実があるからといつて、本件土地が小作地となるわけはない。從つて右計画樹立当時、原告がいわゆる不在地主であつたことは爭わないが、本件土地を小作地として買收すると定めた本件計画は違法であるから、右買收計画ならびにその計画を適法として原告の訴願を棄却した被告兵庫縣農地委員会の裁決の取消を求めて本訴に及んだと述べ、
被告の答弁につき、別紙目録第三の土地のうち岸岡彌吉が耕作している部分以外の土地を辻本マキが耕作していたことは認める、同人は原告が右土地の附近にある桃山に所有する別莊の留守番であるが、原告は右土地を同人に耕作のため使用させている。その收獲物は同人が消費していると述べた。(立証省略)
被告城崎町農地委員会は、「原告の請求を棄却する」との判決を求め、
被告兵庫縣農地委員会は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。
被告等は答弁として、別紙目録記載の土地が原告の所有であつたこと、この土地につき原告主張の通り買收計画が定められ、訴願裁決がなされたことは認めるが別紙目録第一、第二の土地長瀬延吉が同第三の土地は岸岡彌吉と辻本マキが正規の小作人として各その土地を耕作しているのであり、原告のいうように無断無権限で耕作しているものではない。從つて別紙目録の土地はすべて小作地であるから、その買收計画は適法であり、原告のこれに対する訴願を棄却した裁決もまた適法なものであると述べた。(立証省略)
四、理 由
まず原告の被告城崎町農地委員会に対する請求について判断する。
同被告が原告所有の別紙目録記載の土地について原告主張の通りの農地買收計画をたてたことは当事者間に爭がない。そして、原告は右の買收計画が違法である理由として、それが原告と同委員会との間に成立していた不買收契約に違反して定められたものであることを挙げている。然しながら、一般私法関係において契約自由の原則が行われているのに反し、公法上の関係においては、法規は原則として公益に関する強行規定なのであつて、法規に違反する公法上の契約は有効に成立し得ないことを原則とする。自作農創設特別措置法第三條の「左に掲げる農地は、政府が、これを買收する」との規定は、原告のいうように、單に政府に買收の権能を與えただけなので、その権能を行使するか、しないかは政府の自由に決し得るところであると解することはできないことは同法第一條が明かにしている同法の目的からして疑のないところである。一見、右第三條各号に該当する農地でもこれを買收しないことは、その所有者に利益を與える行爲で政府の自由になし得るところとも見えるが、行政廳にそのような自由を許せば買收適地を買收せずひいて同法による買收地を買受ける資格ある者に対しその買收の機会を失わせ、廣汎な自作農創設事業の達成を期する右法律の根本目的に反する結果を來す虞があることは明かであるから、かゝる自由は許さるべきでない。このことは、同法が、一應同法第三條の買收適地に当る土地であつてもこれを買收しない場合を同法第五條に規定して、国家全般の立場から買收しないことを相当とする農地を法定し、これを政府の行政裁量に委ねていないことから見ても明かであろう。殊に原告が本件土地について存する特殊性として主張する將來公園化する意思であつたというような事情は、現地が客観的に近くそうあるべき地況にあり、同條第五号で、都道府縣農地委員会の指定或はその承認を経た市町村農地委員会の指定という特別の手続を経て始めて買收除外の理由となるのであり、單に原告の目論見や被告町農地委員会との合意のみによつて買收除外地とすることはできないわけであるから、たとえ、原告と同委員会との間に原告主張のような不買收契約が成立していたとしても、それは無効なものといわざるを得ない。結局同法第三條は、政府に買收の権能を與えると共に、買收する責務を課した規定であると解すべきなのである。そうすれば、被告城崎町農地委員会が原告主張のように本件土地を買收しないと約し、しかも代償的に他の買收不適地に対し買收計画を樹て、これを買收するに至らしめたとすれば、極めて不当な措置であつて非難さるべきであり、更に本件農地に対し買收計画を立てられた原告としては心外とするところではあろうが、然しその事実を以て、本件買收計画を違法であるということはできないのである。
次に、原告の本件土地は小作地でないとの主張について判断する。別紙目録第一、第二の土地を長瀬延吉が、同第三の土地を岸岡彌吉と辻本マキがそれぞれ耕作していることは当事者間に爭のないところであるが、原告は右長瀬、岸岡等は原告に無断で右土地を無権限で耕作しているものであると主張する。然し、証人長瀬延吉、岸岡彌吉、野山米造の各証言を綜合すると、長瀬延吉は十二、三年前から前記第一、第二の土地を岸岡彌吉は昭和五、六年頃から、前記第三の土地の一部を、原告の代理人としてこれを賃貸する権限ある支配人原田寅吉から賃料は毎年右土地作物の出來高により、原田の定めるところによるとの約で借受け、その後これを農地として耕作使用し、前記約定による賃料を右原田寅吉または、その後原告代理人となつて右土地を管理していた秦増藏に支拂い、本件買收計画樹立当時に至つたことが認められるので、結局右長瀬岸岡等は原告との間の小作契約に基いてそれぞれ右の土地を耕作していたわけであり原告主張のように、同人等が無権限で右土地を耕作していたとの事実を証するに足りる証拠はない。
右第三の土地のうち前記岸岡彌吉が耕作している部分以外の土地は、辻本マキが原告の承諾を受け耕作しており、その收獲は同人の消費に任されていることは、原告の自認するところであるから、その耕作土地もまた自作農創設特別措置法上の小作地であるというべきである。從つて本件農地は以上認定したところ綜合すれば、すべて小作地なのであるから本件土地が小作地でないのに、小作地として買收するものとした本件買收計画は違法であるとの原告の主張は採用できない。
以上のように、原告が本件買收計画を違法であるとして主張するところはすべて理由がないから、原告の被告城崎町農地委員会に対する請求はこれを失当として棄却する。
次に原告の被告兵庫縣農地委員会に対する訴についてであるが、原告は右訴願裁決の違法理由として、ただ原買收計画が違法であるのにこれを適法として原告の訴願を棄却したという点のみを挙げて、右裁決の取消を求めているのである。然し右のように全く同一の理由により訴願裁決の取消と、その原買收計画の取消とを共に求めている場合もし右買收計画に関する請求が認容されて判決によりそれが取消されれば、その判決は行政事件訴訟特例法第十二條により、関係行政廳である訴願廳を拘束し、その訴願裁決は当然効力を失つたことを原告は右訴願廳に対しても主張できるのであるし、またその買收計画に対する請求が理由なしとしてしりぞけられる場合は、その計画が違法であることを理由とする訴願裁決に関する原告の主張も当然しりぞけられるわけであり、かくて訴願裁決に対する訴を、原計画に対する訴と相ならんで請求し保護を求める利益は常に存在しないこととなるのである。そして原告の被告兵庫縣農地委員会に対する本件訴は正に右の如きものなのであるからこの訴は権利保護の利益を欠くものとして却下せられるべきものといわねばならない。
以上の理由により、原告の被告城崎町農地委員会に対する請求は失当として棄却し、被告兵庫縣農地委員会に対する訴はこれを却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 石井末一 西川正世 北後陽三)
(目録省略)