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神戸地方裁判所 昭和25年(行)40号 判決

原告 上津合資会社

被告 兵庫県地方労働委員会

被告補助参加人 A

一、主  文

被告が昭和二五年(不)第五号不当労働行為救済申立事件について昭和二五年六月二七日附でした命令は、これを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告は主文と同じ判決を求め、その原因として次のように述べた。

「Aはもと原告会社の従業員であつたが、原告会社は昭和二五年三月二七日同人を懲戒解雇した。するとAはこの解雇をもつて労働組合法第七条第一号違反の不当労働行為であるとして、被告委員会に救済申立をした。被告はこの申立につき昭和二五年(不)第五号不当労働行為救済申立事件として調査審問の結果、原告のAを解雇した行為は同人の組合活動を理由としたもので、労働組合法第七条第一号に定める不当労働行為であるとして、昭和二五年六月二七日附命令書により、原告に対し『原告はAを昭和二五年三月二七日当時の職場またはこれに相当する職場に復帰させなければならない、原告はAに対し同人が昭和二五年三月二七日当時受けていた給与に応じて同月二八日以降未払給与(諸手当を含む)全額を昭和二五年七月五日までに支払わなければならない』との旨の命令を発し、原告は昭和二五年六月三〇日右命令の写の交付を受けた。

然しながら、原告がAを解雇したのは、同人が組合活動をしたことを理由としたのでなく、原告にはなんら労働組合法第七条違反の行為はない。原告がAを解雇したのは、次のような原因事実に基くものである。すなわち、被告の本件命令書中原告の主張として記載してあるように、原告は昭和二五年三月一三日Aを他の七名の原告従業員と共に六甲山上のリチヤード・メイ氏宅から引越荷物を運送する仕事に当らせた。(なお、原告は海陸運送、荷役を業とする会社である。)ところが、同人等八名は右のように、引越荷物を運送する途中、その荷物の中から勝手に洋酒やかんづめを取出してこれを飲食した。その際Aもまた他の七名の者とともに、飲食しまたこれら飲食品を持帰つたようである。仮に、同人が飲食しなかつたとしても、他の者が荷物中から洋酒などを取出し飲食するについて、そのビンを渡してやつたり、席をかわつてやつたりして、それらの者の非行をたすけたのである。またAはその際一応他の者に注意をしたというのであるが、原告としては、事実Aが注意したかどうか疑わしく思つているし、かりに同人が、一応注意したとしても、同人は真実他の者の非行を阻止し、運送に当る者としての責任をはたすことはしなかつたのである。ほんとうに、他の者の非行を阻止しようと思えば『荷主、会社、警察などに告げる』とでもいえば、阻止できるわけであるし、多少の実力を行使してでも阻止すべきであつたのである。然しAはこれらの程度の言動に出なかつたことは明白である。しかもAは、右の運送完了後にも原告に対し右の事件について全く報告せず、ために原告会社としては、荷主に対する運送の責任を追完遂行することもできなくなつてしまつたし、その他善後措置を講じて荷主の感情を害せず相当な解決をすることもできなくなつてしまつた。これは原告会社従業員として重大な失態である。その上、その後原告会社が荷主からの申立によつてこの事件について調査するについてもAは原告会社の通告指示に従わず、調査に協力しなかつた。

以上のように、Aは運送中の他人の引越荷物から酒、かんづめをぬき出して飲食し、持帰り、あるいは自から、飲食しなかつたとしても、他の七名が飲食するについて酒ビンを渡してやつたり、席を代つてやつたりして、刑法にふれる犯罪行為をし、その上、原告会社にこの事実を報告しなかつたことも加わつて、原告の信用を失墜させ、事件調査について原告の出した通告指示に従わなかつた。これらの行為は、原告と、原告会社従業員の組織する労働組合との間に結ばれた労働協約の定める懲戒解雇基準、すなわち、その第一三条第一号(刑法その他の法令に規定する犯罪に該当する行為のあつた者)、同第三号(故意または重大な過失により会社の信用を失墜した者)、同第九号(正当な理由なく長の指示命令または責任者の通達指示に従わない者)に該当するので、原告はAを同行飲食した他の七名とともに懲戒解雇したわけである。その間なんらAの組合活動を理由にしたことはない。労働者としてAが多少の組合活動をしていたところで、原告としては、同人に対し何の関心もなく念頭においてなかつたのである。また被告はその命令において、原告は原告会社労働者で組織する上津労働組合が全港湾労働組合組織に止ることを好まず、そのため昭和二五年三月二五日上津労働組合は組合大会を開いて全港湾労働組合脱退問題を討議採決せざるを得なくなつたが、これらのことから全港湾労働組合上津班副執行委員長であつたAに対する原告の感情がよくなかつたことがわかるというのであるが、原告は従業員がどのような組合に入るのも勝手であると労働者の意思を尊重していたのであるし、右の組合大会の開催はA一人が開催したのでもなく、A一人で全港湾労働組合加入を採決したわけでなく、Aがこれにつき大に活動したこともないのであるから、原告がAに対して悪感情をいだくわけはないし、右大会決議の事実からそう結論することもできないわけである。

以上のように原告がAに対してなした懲戒解雇処分は、なんら不当労働行為といわれるべきところがないのに、被告がこれを不当労働行為であると解して本件命令を発したのは違法であるから、右命令の取消を求めるため本訴に及んだ。」

被告は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として次のように述べた。

「原告会社の従業員であるAに対して原告が懲戒解雇をし、Aがこれに対し被告に不当労働行為救済の申立をし、被告がこれについて原告主張通りの命令をし、これが原告主張の日原告に交付されたことは認める。然し原告のAに対する解雇は被告が右命令中で判断しているように、労働組合法第七条第一号の不当労働行為である。すなわち、原告は本件解雇原因は、昭和二五年三月一三日のいわゆる六甲山事件のみだとし、同事件に関係した八名の従業員を一律に懲戒解雇したのであるが、Aは他の七名の者と異り、不法飲食をしなかつたばかりでなく、他の者の不法飲食を抑制したのであり、原告としてもそれらの事情はよく知りながら、あえて他の不法行為者と一律に懲戒解雇処分に附したのである。

右のように、Aにつき他の七名と異り、きわめて有利な事情があるのに、原告がこれをすこしも顧慮せず解雇という労働者にとつて生活の根幹を失う致命的懲戒処分をとつたことは、すなわち、原告のAに対する解雇の原因が、他にあることを示すものに外ならない。その原因がつまりAの労働組合活動なのである。元来原告会社の従業員は上津労働組合を組織していたのであつたが、昭和二四年一二月二〇日この全港湾労働組合が組織されるとともに、これに加入して全港湾労働組合上津班を組成し、ついで昭和二五年二月一五日Aがその副執行委員長に選挙された。ところが、原告会社は五名の無限責任社員と二五〇名ほどの有限責任社員とによつて構成されているのであるが、その有限責任社員は同時に原告会社の従業員として勤務するという特殊な性格をもつ会社であつた。そのため、原告会社としてはその従業員が他会社の従業員組合をふくめた一般的組織である全港湾労働組合に加入することは、その特異な会社組織と相容れぬものとしていたのであり、そのことから、従来組合員の間では格別論議されていなかつた全港湾労働組合脱退問題を昭和二五年三月二五日組合大会を開いて討議採決せざるを得ないような事態を作り出したのである。従つて、全港湾労働組合上津班副執行委員長であるAに対する原告の感情は良好でなかつたのであつて、たまたま同人が前記のいわゆる六甲山事件に関係した機会をとらえ、その責任を問う形において、然し実はそれ以外にAの組合活動、殊に全港湾労働組合組織支持に関する活動を原因として、同人を解雇したものである。そうして、被告の命令は、結局右のような事実を認め、これを労働組合法第七条第一号に該当する原告の不当労働行為として、同法第二七条に基き救済を命じたものなのであるから、これは適法正当なものであり、取消されるべきものではない。」

(証拠省略)

三、理  由

原告が昭和二五年三月二七日その従業員であるAを解雇したことは当事者間に争がない。それで、右の解雇が被告のいうように、労働組合法第七条第一号前段のいわゆる不当労働行為に該当するものであるか否について判断する。原告は原告がAを解雇したのは、昭和二五年三月一三日の六甲山事件(この六甲山事件というのは、原告がリチヤード・エイ・メイから請負つたその引越荷物の運搬を、原告の従業員であるA外七名に命じて実行させたところ、その運送に当つた者が六甲山上のメイ宅からその荷物をトラツクにつんで運送する途中、その荷物の中から洋酒やかんづめを勝手にぬき出して飲食した事件をさすのであり、このことは当事者間に争がない。)についてのAの責任を問うて行つたものであると主張する。Aの右六甲山事件に関しての行動が解雇原因として相当であつたならば、他に特にAにおいてかねて強力な組合活動をしていた事実があり、ために原告において同人を嫌悪していたというような事情が認められない限り、一応本件解雇は不当労働行為でないと推測されるわけであり、さらに、右の点を判断するについては、Aの六甲山事件における行動の客観的事実より、むしろ原告が解雇決定当時、Aの六甲山事件における行為と責任をいかに認識していたかの主観を基礎にして考えねばならないわけである。右の点につき証人a、b、cの証言、証人A、dの証言の各一部と成立に争のない甲第一ないし第四号証、甲第七、一〇、一四号証、乙第一号証の三、第二号証の二、第三号証の二、を総合すると次の事実が認められる。すなわち、昭和二五年三月一三日前記のように六甲山事件なるものがおこつたのであるが、これについては当時ことに関係したA等からは原告に対して報告なく、数日後引越荷物中紛失品があることを聞き知つた原告会社は、まず、A等に対する監督者であるbをして右運送に当つた八名のうちA、c、eの三人を呼んで事情を聞かしめたところ、同人等は、運送に当つた者達が引越荷物中の酒類を飲食した事実のあることは認めながら各人の行為責任については明答せず、一同同罪として連帯責任をとる旨の口ぶりでありまた始末書の提出を求められたが、これに応じなかつた。そこでその数日後原告会社のa支配人等は、右事件に関連した八人を呼び個々に問いたゞしたところ、同人等はそれぞれに、六甲山事件についての詳細を述べたので、原告会社ではその場で同人等の供述内容を筆記した書面(甲第一、二、三号証)を作り、これを各供述者に読みきかせたところ、各自これを承認してこれに署名押印した。すなわち右書証中に記載されているようにAは「自動車に荷物をのせて帰る途中、誰かが荷物の洋酒をあけて飲み初めたので自分は止めたが、次々飲むので、自分は前にいるdにビンを渡してやつた、自分は酒を飲まぬのでdを後ろに行かせ自分が前にかわつてやつた、自分は酒に口をつけていない、かんづめも食べていない」旨の供述を、dは「山を大分おりたところでウイスキーを一寸やつたらいかんなあといつた」旨の供述を、fは「自分はAから酒を受取つて飲んだ」旨の供述をした。(この点につき証人A、dは右書証中には一部同人等のいわなかつたことが記載されている旨述べているが、前認定のようなその作成経過ならびにその記載形式から見て右証言部分は信用しない。)さらにその間荷主リチヤード・エイ・メイはその荷が紛失したことを原告から報告によつて知り、原告に対し右事件は由々しき竊盗事件であるとして警察に報告して犯人を処罰することを求め、さらには自ら神戸ベースに事件を持込み、犯人を見つけ出し処罰すべく努力するつもりであるといゝ、原告のとつた処置の報告を求め、犯人に賠償させるまでは、手をゆるめぬ所存である旨の書簡を送つて、責任追求の意図強硬であることを明かにして来た。なお、右のリチヤード・エイ・メイは戦前から原告の顧客であり、戦後連合軍総司令部経済科学局部員として渡日し、その後その地位を退いた在日米国人であり、このことは原告会社の熟知するところである。以上の経過を経て、原告会社は昭和二五年三月二四日重役会を開きその席でAおよび同人に同行して運送に当り不法飲食をした七名をすべて懲戒解雇にする旨決定し、所管官庁に対する所定の手続を経て同月二七日その旨A等に言渡した。なお、原告会社の労働協約中には「刑法その他の法令に規定する犯罪に該当する行為のあつた者、故意または重大な過失により原告会社の信用を失墜した者、正当な理由なく長の指示命令または責任者の通達指示に従わない者などは懲戒解雇に処する、但し情状により出頭停止に止めることができる」旨の懲戒規定がある。

以上の事実から判断すると、原告がその知り得た右資料に基いて、Aと同行したd等七名が同じ自動車上で洋酒などを不法に飲食したことは明かで、Aが同様飲食したことは明かでないまでも少くとも他の者に飲食を示唆したり、酒ビンを他の者に渡してやつたり、席をdと代つてやつたりして他の飲食を黙過助勢した責任があるものと判断したのは不合理でなく、事件後の同人の行状(他の者と同様報告しなかつたこと、始末書の提出を求められ同罪として応じなかつたこと)や、原告会社にとつて特殊の地位にたつ荷主の意向要求を考えれば荷扱会社として相当の信用を持つ原告会社が、前記のような事犯を重視したであろうことは、当然なところであるから、Aと他の七名との間情状に多少の軽重は認められたとしても原告がAに対しても他の七名と同様右事件を原因に懲戒解雇の処分に出たのは、他に特別の事情がなければ一応もつともであると見られないことはない。そこで被告が主張するように原告は右事件にAが関係した機会をとらえて内実その組合活動をも解雇の原因としているかにつき考えるのに証人a、b、A、c、f、dの各証言、成立に争のない甲第七、八、九、一〇、一一号証乙第一号証の二、三第二号証の二、第三号証三、第四号証の二、を総合すると、原告会社は慶応三年当時からあつた上組を前身とし明治三九年会社組織となつたもので、現に約二七〇名の有限責任社員を有するが、有限責任社員も従業員として勤務し、逆に従業員でなければ社員となれぬ立前でいわゆる労資一体を誇としているような会社であるから、労働者の団結による労働組合を通じて労使間の調整を計ろうとする近代的な労資関係と親しまぬものであり、労働組合に対してもこれを会社と対等な交渉相手として尊重して行く積極性はなく、むしろ消極的であるが、他方従業員側としても、これに近い態度で有限責任社員でありつつ労働組合員となるという関係も手伝つて、使用者に対する関係も対立抗争的でなく、これまた活動的でなかつたので、原告会社の労働組合に対する態度も単に消極的というに止まり、これを敵視し嫌悪するという積極的な反感はなく、本件解雇前においても特に労働争議その他労使間の紛争の重大なものはなかつた。すなわち昭和二四年一一月から一二月にかけて原告と上津労働組合との間で労働協約を締結するに際してもわずか三日ほどの協議で意見合致ししかもその内容は原告側で作成した原案と殆ど同一であつたこと、昭和二四年一二月二〇日原告会社従業員が全港湾労働組合に加入したことについて、原告会社のh頭取は従業員に対し、原告会社だけの単一労働組合である方が好ましいという趣旨の談話をしておりまたb総監督は、昭和二五年二月組合幹部の選挙当日全港湾労働組合神戸支部執行委員長であるiについて同人が会社をつぶしても取るものは取るというようなことをいつているが、そのような者には近よらない方がよい旨のことを従業員に述べており原告会社の幹部が従業員の全港湾労組への加入を快く思つていなかつたこと、A自身についても、同人は、前組合幹部が組合のため積極的に活動しないことに不満をもつた従業員により、前組合長jなどに代つて昭和二五年二月副執行委員に選任されたのであり、その後原告会社幹部に対して組合のため種々交渉の任に当つていたことは認められるが又同時に同人の性格は目立つほどの積極性なく、むしろ消極的で目立たぬ方であり、その原告会社との交渉は別に困難な問題はなくすべて原告会社の容易に承認しうる要求であつたので円満に妥結しており、原告会社と激しい対立を示したこともなくその席上もAは特に会社幹部をして印象附け、反感をいだかしめるような言動をしたわけでもないことを認められるので、原告会社の幹部が従業員の全港湾労組への加入を快く思つていなかつたからといつて、そのことから直ちに殊更にAを敵視し、その組合活動の故を以てこれを不利益に扱おうとしていたとは見られないのであり、乙第一号証の三によれば、Aが解雇の言渡を受けた当日、原告会社のk監督その他の監督補がAに対してAがこういう事件を起したのは時期が悪いといい、その時期がわるいというのは、組合と会社が団体交渉をやつているときであり、Aが組合役員であることをいうのである旨、被告が本件につき行つた審問においてAが供述していることが認められるがその後半はAの推測ないし意見であることはその供述自体から明白であつて果してk監督等が何の意味でそのような発言をしたかこれをAの推測通り判断する資料はない。そうすると前段認定のように、一応合理的と認められる原告主張の解雇事由の裏面に不当労働行為の意図が含まれていたことを立証するに足りず、その他前段認定事実に照らして見てしかも本件解雇をもつて不当労働行為であると解すべき事実を証するに足りる資料はない。

そうすれば、原告のAに対する解雇は労働組合法第七条違反の不当労働行為ではなかつたものというべきであり、被告がこれを不当労働行為であるとして、Aの申立に基き昭和二五年六月二七日附で原告主張の命令を発した(このことは当事者間に争がない)のは、事実の認定を誤り、不当労働行為でない原告の行為を不当労働行為として右の命令処分をしたこととなり、労働組合法第二七条第七条を誤つて適用した違法な行政処分といわねばならない。

すなわちその取消を求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石井末一 西川正世 細見友四郎)

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