神戸地方裁判所 昭和26年(わ)793号 判決 1959年8月18日
市来隆男こと 被告人 前田順平
主文
本件公訴を棄却する。
理由
本件公訴事実は
被告人は昭和二十六年五月初旬頃、神戸市生田区北長狭通七丁目一四において「バーユリ」を経営していたが同年五月末頃肩書自宅において
(一) E子事A子と同人が売淫して得た水揚金を折半する旨の約束をなし
(二) B子と同人が売淫して得た水揚金を折半する旨の約束をなし
(三) C子と同人が売淫して得た水揚金を折半する旨の約束をなし
以て婦女に売淫をさせることを内容とする契約をなしたものである。というのである。ところが、右事件が当裁判所に起訴された昭和二十六年六月十八日付で神戸家庭裁判所にも
被告人は昭和二十六年五月初頃肩書住居において「バーユリ」を経営しているものであるが
(一) 同年五月二十九日より六月五日までの間五回に亘り肩書住居外二ヵ所において満十八歳に満たないE子ことA子をして氏名不詳者に売淫させ
(二) 同年五月三十一日より六月五日までの間三回に亘り肩書住居において満十八才に満たないB子をして氏名不詳者に売淫させ
(三) 同年五月三十日より六月四日までの間四回に亘り肩書住居において満十八才に満たないC子をして氏名不詳者に売淫させ以て児童に淫行させたものである。
との児童福祉法違反の公訴が提起されたことは、当裁判所に職務上顕著である。右A子等と同女等に売淫させることを内容とする契約をした行為とその契約に基き同女等に淫行をさせた行為との間には互に手段結果の関係があるから、右両起訴における公訴事実は刑法第五十四条第一項後段の牽連一罪ということになる。よつて本件はこの点において同一事件について家庭裁判所と地方裁判所に二重の起訴があつたことになるわけである。同一事件につき異なる裁判所に訴訟が係属する場合を解決する規定として刑事訴訟法第十条と十一条とがあるけれども、右十条にいわゆる事物管轄を異にする数個の裁判所とはその条文中に「上級裁判所がこれを審判する」と規定していることに徴し、地方裁判所と簡易裁判所又は家庭裁判所と簡易裁判所相互間の場合を指し、上級、下級の関係の存しない地方裁判所と家庭裁判所とは同条にいわゆる事物管轄を異にする数個の裁判所の中に入らないと解すべきである。しかし、地方裁判所と家庭裁判所は事物管轄を異にするから刑事訴訟法第十一条の事物管轄を同じくする数個の裁判所に同一事件が係属する場合にも該らないことは明白である。同一事件が家庭裁判所と地方裁判所に係属する本件の如き場合は刑事訴訟法に直接規定するところがないのである。
少年法第三十七条第二項は、同条第一項に掲げる児童福祉法第六十条の罪等とその他の罪とが刑法第五十四条第一項に規定する関係にある事件については、前項に掲げる罪の刑を以て処断すべきときに限り、その他の罪をも家庭裁判所に起訴しなければならない旨規定している。当裁判所に起訴された昭和二十二年勅令九号婦女に売淫をさせる者等の処罰に関する勅令違反の罪は、児童福祉法第六十条の罪に比し軽い刑を定めているから、本件の場合は、刑法第五十四条第一項後段第十条により児童福祉法第六十条の罪の刑を以て処断すべき場合であり、本件勅令違反の罪も神戸家庭裁判所に起訴されるべきであつたのである。しかし、これがため本件公訴提起の手続がその規定に違反した無効のものと断じ、刑事訴訟法第三百三十八条第四号の場合として処理することも相当でないし、又起訴状に記載された訴因そのものは当裁判所の管轄に属するから管轄違の言渡をすることも相当でない。
そこで、結局、本件の如き場合は二重の公訴提起を否定している訴訟法の精神に則り、最も類似した場合である前記刑事訴訟法第十条第一項を準用し、地方裁判所と家庭裁判所との間には上級、下級の関係はないが、少年法第三十七条第二項により家庭裁判所が審判すべきものであるから当裁判所は審判してはならないときに該当するものとし、刑事訴訟法第三百三十九条第一項第五号に則り主文のとおり決定する。
(裁判官 江上芳雄)