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神戸地方裁判所 昭和26年(ワ)186号 判決

反訴被告は反訴原告に対し、別紙目録<省略>記載の土地を同地上にある木造瓦葺中二階建家屋一棟建坪七坪を収去して明渡せ。

訴訟費用は本訴反訴共全部原告(反訴被告)の負担とする。

本判決は反訴原告において二万円の担保を供するときは第二項に限り仮に執行することができる。

二、事  実

原告(反訴被告)訴訟代理人は本訴につき「原告が神戸市生田区栄町通四丁目一番地の四宅地十六坪五合六勺の内東北隅十坪に対する建物所有を目的とする期間の定めない賃料坪当り一月金百十九円九十七銭、その支払方法毎月末日当月分持参払とする賃借権に基き別紙目録記載の土地の上に使用収益権を有することを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を、反訴につき請求棄却の判決を求め、本訴請求原因並びに反訴答弁として、

「原告(反訴被告、以下単に原告と称する)は昭和二十一年十二月十日頃、神戸市生田区栄町通四丁目一番地の四、宅地十六坪五合六勺の内東北隅十坪の土地(以下之を従前土地と略称する)をその所有者である訴外大森栄介から建物所有の目的を以て、賃料坪当り一月十円(現在は地代家賃統制令に基き百十九円九十七銭である)、毎月末日当月分支払の約で期間の定なく賃借した。そして右地上に木造杉皮葺(現在瓦葺)平家建家屋一戸建坪七坪一戸(以下本件家屋と称する)を建設し、居宅兼店舗として使用中である。然るに従前の土地は、神戸市復興特別都市計画事業による土地区劃整理施行地区に編入され、その換地予定地として別紙目録記載の土地(以下本件土地と称する)が指定された旨昭和二十四年六月十八日に通知があつた。よつて原告はその翌日である同月十九日以降同地上に賃借権を行使し得ることとなつた。ところで、被告(反訴原告、以下単に被告と称する)はこれより先同月五日右大森から従前の土地を買受けたので、当然本件地上に所有権を行使出来る次第であるが、大森から賃貸人たる地位を承継しているにもかかわらず原告の賃借権を否認し、本件家屋を本件地上に移転することを肯じない(尤も現在は神戸市長により直轄移転している)。よつて原告が従前土地に対する前記のような賃借人として本件地上に同様之を行使しうることの確認を求めるため本訴に及んだ。」と述べ被告の答弁に対し、本件土地賃借権の登記はなく、本件家屋の登記を経たのは昭和二十五年三月十四日である。又被告が本件土地につき所有権移転登記をしたのは昭和二十四年六月十日であることは認めるが、

一、被告は原告が本件地上に賃借権を有し、之に基いて本件家屋を所有していることを知悉しながら同地を買受けたものである。従つて右買受当時、賃借権乃至は建物所有権の登記がなくとも、原告は大森との賃貸借を以て被告に対抗することが出来る。

二、仮りに対抗出来ないとしても、原告に対し本件土地の明渡を求めることは権利の濫用である。何となれば、被告は本宅及び診療所(被告は歯科医である)を別箇に有し、居住営業に何の不自由もないのだから本件土地を心要とする理由なく、之が買受はひたすら転売による利益を得る目的でなされたものであるのに反し、原告は戦災者であつて、本件地上の家屋を使用することにより辛じて生計を維持している次第であり、之を収去することは原告にとつては生活の根拠を失う重大な損失であるのみならず住宅不足の折から、社会経済上からも甚大な損失であつて、しかも前記のように被告が悪意で従前の土地を買受けた事情に照せば本件土地明渡の請求は社会通念上認められた適正な権利行使の範囲を逸脱するものであるからである。

三、以上の主張がすべて理由がないとしても、被告は従前の土地を買受けた当時、原告の該土地使用に対し遅滞なく異議を述べていないから、借地法第六条の類推適用により賃貸借契約の更新があつたのと同様の効果を生ずる。故に原告は被告に対し本件賃借権を主張しうる。」と陳べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は主文第一ないし第三項、同旨の判決ならびに反訴請求につき仮執行の宣言を求め、本訴の答弁並びに反訴請求原因として、

「原告主張事実中原告が訴外大森から従前の土地を賃借したとの点及び被告が右賃借権の存在を知りつつ同地を買受けたとの点を除きその余を認める。原告は右大森に無断で従前の土地の上に本件家屋を建設し(その後同家屋は改造により主文記載の通りの構造を有するに至つた)、そのため同訴外人から右家屋の収去、土地明渡を求められた次第であつて、固より適法な賃借人ではない。仮りに適法な賃借人だとしても該賃貸借については登記がなく、且つ被告が従前の土地を買受け、その登記を経た昭和二十四年六月十日当時において、本件家屋についてはいまだ登記がなく、其後の昭和二十五年三月十四日に至り漸くその登記がなされたのであるから、右賃借権を以て被告に対抗することは出来ない。ところで、従前の土地の換地予定地として本件土地が指定せられるや、原告は本件家屋を右地上に移転したのであるが、従前の土地の上に被告に対抗しうべき賃借権を有しない原告が、本件土地につきその使用収益権を主張し得ないことは明白である。よつて所有権に基き原告に対し本件家屋を収去してその敷地を明渡すことを求める次第である。」と陳べ、原告の権利濫用の抗弁に対し、「被告としては原告が本件土地を明渡してくれないのでやむを得ずビルデイングの一室で開業しているのだから、之が明渡を求める事は是非とも必要なのである。」と陳べた。<立証省略>

三、理  由

本件土地は特別都市計画法に基き、原告主張の従前土地の換地予定地として指定せられているものであること、被告はその従前の土地を訴外大森栄介から買受け所有していること、及び原告が現在本件地上に本件家屋(その構造は主文記載の通りである)を所有していることは当事者間に争がない。ところで原告は従前の土地の前所有者である右大森から右土地を建物所有の目的で適法に賃借したと主張してこれを被告に対抗せんとするものであるが、被告が従前の土地を大森栄介から買受け所有権移転登記を経たのが昭和二十四年六月十日であり、原告が本件家屋につき所有権保存登記を経たのがその後の同二十五年三月十四日であること、及び原告主張の賃借権につき登記のないことは当事者間に争がないところであるから被告が従前の土地を買受け登記を経た当時、原告はその主張する賃借権につきいまだ民法第六百五条乃至は建物保護法第一条所定の対抗要件を備えていなかつたことになる。原告が後になつて前記の通り本件家屋の保存登記を経たため遡つてその以前に所有権移転登記を経由した新地主被告に対抗力を持つ事由とならないことは勿論である。

原告は「被告は原告の賃借権の存在を知つて従前の土地を買つたのだから登記がなくても之に対抗出来る」と主張する。しかしながら民法第六百五条及び建物保護法第一条の規定の趣旨は第三者の善意悪意を問わず劃一的に登記という外面的公示がある場合にのみ之に対抗力をもたせ、以つて不動産物件に対する負担の明確を期し紛争を避けんとするにあるから、仮りに被告が悪意で買受けたものだとしても原告の右主張は採用出来ない。よつて原告が大森から賃借した事実ありとするもこれを以つて被告に対抗し得ないものという外はない。

次に原告は「本件賃借権に対抗力がないからといつて、家屋収去、土地明渡を求めることは権利の濫用である」と主張し、その理由として、右述の悪意で買受けたという事実の外、被告は本件土地を必要としないのに反し、原告は之を失うことにより生活を脅かされること、及び家屋収去による社会経済上の損失を挙げている。しかしこのような考え方を是認するときは、民法第六百五条、及び建物保護法第一条が賃借権につき特に対抗要件を定め賃借権の存在に関する土地の新所有者の善意悪意を問はないとした前記趣旨の大半は没却されることとなるであらうし、土地を譲受けようとする者はその上に存する賃借権者の家庭的経済的事情まで調査しておかなければ安心できないこととなり、取引の安全を害する結果となる。原告は建物を他に移転することも不能ではないのであり、よし取毀つにしても個人的法律関係からする家屋の収去は本件の場合に限らず社会的損失であるからこれを以つて本件に関する権利濫用の特別の事由と見るわけにいかない。思うに賃借人としては、その権利を保全せんとするならば当然登記の手続を経べく、右手続を怠つたことによる不利益はたとえその原因が法律上の無知にあるとしても、なお之を賃借人に帰せしむべきが法律本来の在り方から観て当然とせねばならず、賃借人は賃貸人たる旧地主に対し、土地を譲渡することによつて賃借権を失わしめた債務不履行を事由とする救済を求めうる場合もないわけではない。故に土地所有者が右賃借人の無知に乗じその法律上の瑕疵を衝く事によつて、土地明渡の非望を遂げようと考え、その目的のために土地を買取つたというような事情があるならば、格別、原告において何らそのような主張をしないこと明かな(昭和二十八年六月十六日の口頭弁論調書参照)本件においては、かりに原告の挙げるような事情が存在するとしても、之を以て被告の明渡請求を権利の濫用として排斥し去る理由とはなし得ない。よつてこの点に関する原告の主張は採用出来ない。

最後に原告は借地法第六条の類推適用を云々するけれども、同法は一旦適法に賃借権を有した者の土地使用継続に対する異議の解怠による賃借権更新を擬制したものであつて、宅地所有者に対抗しうる賃借権を有つていたことが前提となるが、本件の場合、原告の賃借権は最初から土地所有者である被告に対抗しえないのであるから右規定を本件に類推することは適当でない(昭和一二、二、一二大審院判決参照)からこの点に関する原告の主張も亦採用出来ない。

以上述べたところによれば、原告は被告との関係においては従前の土地に賃借権を有しないことになる。従つて本件地上に賃借権と同一内容の使用収益権があることの確認を求める原告の本訴請求は失当として棄却すべきである。又原告は被告に対抗し得べき賃借権以外の権原を主張しないから、本件土地については無権利者と謂うの外なく、所有権に基き本件家屋の収去、土地明渡を求める被告の反訴請求に応ずべき義務がある。

よつて、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石井末一 大野千里 入江教夫)

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