大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和26年(ワ)543号 判決

原告 中島三男

被告 妻鹿清

一、主  文

被告は原告に対して、西宮市高木字東犬飼三六三番地上の木造瓦葺二階建居宅一棟建坪九坪三合五勺二階坪六坪六合五勺の階下表道路沿いの土間(間口九尺四寸奥行一〇尺)の内東〇、八三坪(間口三尺奥行十尺即ち別紙目録<省略>(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の四点を結ぶ線にかこまれた部分)を明渡せ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は二分し、その一を原告のその余を被告の負担とする。

この判決は原告において金一〇、〇〇〇円の担保を提供するときは仮に執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対して西宮市高木字東犬飼三六三番地上の木造瓦葺二階建居宅一棟建坪九坪三合五勺二階坪六坪六合五勺の階下表道路沿いの土間(間口九尺四寸奥行一〇尺)を、もしそれが許されないときは右土間の東約半分(間口四尺五寸奥行一〇尺)を明渡せ。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として「原告は昭和二二年一月一五日その所有にかかる請求の趣旨記載の居宅のうち土間の部分を同所で古本屋を営みたいという被告の申出に応じその店舗として期間五年賃料一ケ月七〇円毎月末日支払という約束で賃貸し、敷金として被告より金三〇、〇〇〇円を受取つた。その後被告はそこで古本屋を営んでいたが、昭和二四年二月頃右契約に反し原告に無断で右土間に水道栓など作り青果物販売業に転業し現在に至つているのである。ところで原告は昭和二四年八月頃より不幸にも胸部疾患に罹り、それまで自動車運転手として勤務していた日本通運株式会社を休職して国立兵庫療養所に入院加療したが、病勢は一向に好転せず、最近にいたつて遂に右会社を退職するの止むなきに至つた。而して休職中は右会社より医療費の外一ケ月約六、〇〇〇円の保険金が給与され、原告の家族即ち妻美津江、七歳になる長男安彦、妻の母の三人は右六、〇〇〇円と美津江の石鹸販売による一ケ月約一、〇〇〇円の収入により辛うじて生活を続けていたのであるが、その退社後は会社よりの前記給与はすべてなくなり、ただ西宮市からの生活保護法による医療扶助によつて原告の入院費の支払を受けているのみで外になんらの収入なく、原告一家は全く生活に窮し原告自身の療養すら十分に行えない状態に陥つた。そこで原告一家が生きて行き、且つ原告が療養を尽すためにはどうしても美津江が収入ある職業に就くより外はないのであるが、美津江は特に手に職があるわけではなく、会社その他に勤務することはできないので、結局本件土間を被告より明けてもらつて小売商をする以外に方法はないのである。一方被告は肩書地に住居を有し、身体壮健で十分な自活能力もあり、その上既往五年間に本件土間において多額の営業利益を収め生計上の余裕があるから他所に店舗を求めることも容易であつて、本件土間がなければ生活ができぬと云うわけではないのである。かくのごとく正当な事由があるので、原告は昭和二六年四月七日被告に対して内容証明郵便を以て右賃貸借の更新を拒絶する旨の通知を発し、右通知は同年同月九日被告に到達した。よつて右賃貸借は期間満了の昭和二七年一月一五日かぎり終了したのである。仮に右賃貸借に期間の定がないとしても、右更新拒絶の通知は賃貸借に期間の定がないときは当然期間の定めない賃貸借についての正当の事由に基く解約申入となるのであるから、その後六ケ月の経過した同年一〇月九日かぎり右賃貸借は終了したのである。かくのごとくいずれにしても右賃貸借は適法に解除されたのであるから、原告は被告に対して原状回復請求権に基いて本件土間の明渡を求める。仮に右土間全体について解約をするに足る正当の事由がないとしても、前述の事由は右土間の半分について解約をするには十分正当であるから、右土間全体についての明渡が容れられないならばその東半分の明渡を求める。よつて本訴に及んだ次第である。」と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として「原告の主張事実中その主張の日被告が原告より本件土間を賃料一ケ月七〇円毎月末日支払の約束で賃借したこと、その際被告が金三〇、〇〇〇円を原告に支払つたこと、原告主張の頃より被告が古本販売業から青果物販売業に転業したこと、原告が胸部疾患でその勤務先日本通運株式会社を休職し入院し、更に最近退職したこと、及び原告主張の日原告より右賃貸借の更新を拒絶する旨の通知を受けたことはいずれも認めるが、その他の事実はすべて争う。即ち右賃貸借には期間の定がないからその期間が五年であることを前提とする右更新拒絶は無効である。原告は右賃貸借に期間の定がないとすれば右更新拒絶は解約申入としての効力を有すると主張するが、両者はその前提を異にするのであつて他へ転換することはできない。仮に然らずとするも次のように右解約申入には正当の事由がない。前述のごとく被告は右賃貸借締結に際し原告に金三〇、〇〇〇円を支払つたが、それは原告主張のごとき敷金ではなく、当時原告は本件居宅を訴外原篤志郎より賃借していたところ、右家主が本件居宅を金三〇、〇〇〇円で売りに出し原告はそれを買取るだけの金がなく、他に売れてしまうと明渡の問題などが起る虞れがあり、困つたので右買取資金を提供することを条件として被告に本件土間を賃貸したのである。そうして当時復員して間もない被告にとつては右三〇、〇〇〇円は大金であつたが、こうしておけば相当長期間安定して賃借できると信じて右金を支払つたのである。その後被告は同所で営々と仕事に励んだ結果、最近になつてようやく店の顧客もでき被告方の生活も安定を得てきたのである。したがつて現在右土間を明渡すことは被告にとつても唯一の生活の根拠を失うことであり、ひいては被告一家の生活の破滅を意味するのである。又僅か約四坪に過ぎない右土間の半分を明渡すならば被告が右店舗において営業することは不可能になるのである。更に原告は被告が前述のごとく転業した事実を捕えて不信な行為であると云うが当初より古本屋にかぎるという約束はなく、又転業後もなんら原告より異議はなかつたから今さら右をもつて不信行為であると云うことは許されない。」と述べた。<立証省略>

三、理  由

原告主張の日原告主張のごとき賃料で原告が被告に本件土間を賃貸したことは当事者間に争がない。右賃貸借の期間及び右土間使用の目的について原告は期間は五年で使用目的は古本屋営業にかぎるとの約束があつたと主張し証人岡本コウメ、同中島美津江の各証言はこれに副うがたやすく措信できず、却つて成立に争ない乙第一号証に証人堀泰造の証言被告本人の供述によれば右賃貸借には期間の定はなく、又古本屋営業にのみ右土間の使用は許されるとの約束はなかつたことを認めることができる。その後原告主張の日原告が被告に右賃貸借の更新を拒絶する旨申入れたことは当事者間に争がないが、前述のごとく右賃貸借には期間の定はないのであるから、右更新拒絶になんらの効力がないこと極めて明かである。原告は右賃貸借に期間の定がないときは右更新拒絶は解約の申入としての効力を生ずると主張し、被告はこれを否定するところ、更新拒絶も解約の申入もそのもつとも重要な要素は以後賃貸借関係の存続を欲しないという意思を表示する点であり、その点においては両者に何らの差異はない。当事者はただ期間の定があると思料したときは更新拒絶をなし、然らざる場合には解約の申入れをなすのである。そうして期間の定がないのにこれありと信じて更新拒絶し、しかもその解約申入れへの転換が許されないとするならば当事者は常に更新拒絶と共に第二次的に解約の申入を明示しておかなければならなくなる。しかし両者は根本において同一性を有するのであるから期間の定ありとしてなされた更新拒絶には常に期間の定がないならば解約の申入をするという意思が暗に含まれているものと解するのを相当とする。したがつて前述の更新拒絶は解約の申入としての効力を有する。よつて次に右解約の申入が正当の事由に基くものであるか否かを判断しよう。先ず原告主張の頃被告が古本屋より青果物販売業に転じたことは当事者間に争なく、原告はそれを目して前記賃貸借契約に反した被告の不信行為であるとして正当の事由の一に挙げるが、前認定のごとく本件土間使用の目的にはなんらの制限がなされていないのであるから、これを以て被告には不信行為ありと云うことはできない。よつて右解約申入に正当の事由ありや否やを判断するに当つては、右の事実を除外して考えなければならない。而して原告がその主張の頃胸部疾患に罹りその勤め先である日本通運株式会社を休職して国立兵庫療養所に入院していること最近になつて同会社を退社するの止むなきに至つたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第二乃至第四号証に証人岡本コウメ、同中島美津江、同石原重美の各証言によれば原告方では原告が休職中は右会社より医療費と一ケ月約六、〇〇〇円の給与があり、これと原告の妻美津江の石鹸販売による一ケ月約一、〇〇〇円の収入により原告の療養をなし、且つ原告の妻、七歳になる子及び妻の母岡本コウメの三人が細々と生活を続けて来たが、退職後は西宮市より生活保護法による医療扶助その他としての一ケ月約四、五〇〇円の給与と美津江の商売その他による一ケ月一、八〇〇円の収入しかなく、それでは原告の療養にも事欠く有様であり、別に財産とてなく病人と老人と幼児を除けば美津江のみである原告方においては右のような窮況を救うためにはどうしても美津江の収入に待つ外はないがさりとて美津江にはなんらの技術も又事務をとる能力もなく、会社等に勤めることは不可能であり、したがつて本件土間を明けてもらつて小売商でも営むより外に全く生活の途がないことを認めることができる。右認定を左右するに足る資料はない。かくのごとく賃貸人が家屋の明渡を受けてこれを利用する以外には生活を樹てる方策がない場合は他に事情がないかぎり一応借家法第一条の二にいわゆる正当の事由ありと云わなければならない。しかしながら一方本件賃貸借成立に当つて被告が原告に金三〇、〇〇〇円を支払つたことは当事者間に争なく、成立に争ない乙第一号証に証人堀泰造の証言及び被告本人の供述を綜合すれば、右賃貸借締結当時原告は原篤志郎より本件居宅を賃借して居り、しかも原が本件居宅を金三〇、〇〇〇円で売りに出して居り、原告にはそれを買取る金もなくまた他へ売れてしまうと困るので、原告は右買取資金を出して本件土間を賃借する者を求めていたところ、たまたま店舗を求めていた被告が右資金を提供して賃借するに至つたこと、その資金が右三〇、〇〇〇円であること、その上被告は当時右土間を使用していた原告の義母岡本コウメの立退料として金六、〇〇〇円を原告に支払つたこと復員して間もない当時の被告にとつて右金三六、〇〇〇円は苦心した大金であり、したがつて右金を出した以上、被告は自分の所有物のように本件土間を使用できるものと信じ意を安んじて仕事に励んだ結果、最近になつて漸く店の顧客もでき被告方の生活も安定してきたこと、また本件土間における青果物販売が被告の唯一の生計の途であり、この土間の使用が許されないならば忽ち被告一家は生活に窮することを認めることができる。証人岡本コウメ、同中島美津江の証言中右認定に抵触する部分は信用できない。本件賃貸借成立の経緯が右認定のごとくであり、被告はまた前述のごとく本件土間を必要としているのであるからこれと前記原告の本件土間に対する必要とを比較衡量すれば原告のなした本件解約の申入は右土間のうち東〇、八三坪(間口三尺奥行一〇尺)の明渡を求める限度において正当の事由があるが、そのこれを超える部分については正当の事由がないものと云わなければならない。なお検証の結果によれば右のごとく本件土間を二分して使用することはその店舗としての価値を相当減ずることになるかも知れないが工夫次第によつてはなおかなりの営業成績を挙げることができるものと判断する。よつて右解約の申入は右土間の東〇、八三坪にかんする範囲でその解約申入の日より六ケ月を経過した昭和二〇年一〇月九日かぎりその効力を生じその限度で本件賃貸借は終了したから被告は原告に対して原状回復義務に基き右部分を明渡さなければならない。よつて、原告の請求を右の範囲で認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 古川静夫 中村哲夫 田尾桃二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!