神戸地方裁判所 昭和27年(ワ)200号 判決
原告 第一通商株式会社
被告 松山株式会社 外一名
一、主 文
被告会社は原告に対し別紙<省略>目録(一)記載の物件を引渡し、且別紙目録(二)記載の家屋を明渡し、その所有権移転登記手続をしなければならない。
被告佐藤は原告に対し右不動産につき、
債権極度額金三百五十万円也、約定期限契約の日から三ケ年間、利息及びその支払期貸借の都度定める、特約期日に弁済を遅滞したときは取引期限の利益を失う、期日に弁済遅滞したときは遅滞の翌日から完済に至るまで百円につき一日金十銭の損害金を支払うこととする特約附債権を担保するため、昭和二十六年八月五日の設定契約を原因として昭和二十七年一月二十六日神戸地方法務局伊丹支局受付第一七五号を以てなした根抵当権設定登記、
同月二十二日の売買予約を原因として同月二十四日同支局受付第一五六号を以てなした所有権移転請求権保全の仮登記の各抹消登記手続をしなければならない。
訴訟費用は被告等の負担とする。
この判決は、原告において金百万円の担保を供するときは、物件引渡及び家屋明渡の点に限り、仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文と同旨の判決並びに物件引渡及び家屋明渡の点につき仮執行の宣言を求め、
その請求原因として、
「訴外三信貿易株式会社は被告会社から代表者松山彌五郎が老齢のため取締役として取引に関する一切の権限を附与されたその息子松山武貞との間に、被告会社に対し、
(い) 昭和二十六年十二月六日綿糸五梱を代金八十三万八千六百四十円で、
(ろ) 同月二十六日同品五梱を代金七十八万二十五円九十六銭で、
(は) 昭和二十七年一月七日同品五梱を代金七十七万四千百二十円で、
(に) 同月十二日同品五梱を代金六十九万五千円で、
売渡し、その代金支払方法として、被告会社から同会社振出に係る約束手形四通、即ち、
(A) (い)の代金支払のため、
額面八十三万八千六百四十円
振出日昭和二十六年十二月七日
支払期日昭和二十七年二月五日
支払場所株式会社神戸銀行川西支店
なる約束手形一通
(B) (ろ)の代金支払のため、
額面七十八万二十五円九十六銭
振出日昭和二十六年十二月二十七日
支払期日昭和二十七年二月二十五日
支払場所(A)手形と同一
なる約束手形一通
(C) (は)の代金支払のため、
額面七十七万四千百二十円
振出日昭和二十七年一月七日
支払期日同年三月八日
支払場所(A)手形と同一
なる約束手形一通
(D) (に)の代金支払のため、
額面六十九万五千円
振出日昭和二十七年一月十四日
支払期日同年三月十四日
支払場所(A)手形と同一
なる約束手形一通
の交付を受けたが、右取引の始められた昭和二十六年十一、二月当時は金融状勢が逼迫し、繊維業界においては破産若くは整理に至る会社が遂次増大する状勢にあつたので、信用状態の明らかでない会社と新たに取引を始める場合には確実な担保の提供を求める情勢にあつた。そこで前記訴外会社は被告会社に対し右取引を始めるに当つて、右取引代金に相当する担保物件の提供方を要望したところ、被告会社は原告に対し昭和二十六年十二月六日同会社所有の別紙目録(一)記載の物件及び同目録(二)記載の家屋を担保として提供し、綿糸取引に関し現に存在し、又将来発生することを予見せられる債務の担保とし、担保物件の所有権は被告会社が訴外会社にこれを提供した同日を以て同会社に移転し、もし右取引に関し発生した債務支払のために振出す約束手形をその期日に支払わない場合は勿論、苟も不渡手形を出すような事態になつて支払能力に疑問を生じるような場合には、右訴外会社において前記(一)物件については引渡、(二)物件についてはその明渡及び所有権移転登記手続を受け、これを任意に売却又は評価して右各手形金の支払に充当することゝなつた。しかるところ、昭和二十七年一月二十二日右訴外会社は被告会社が訴外丸永株式会社宛に振出した手形を不渡にしたとの噂を聞き、被告会社に対しその真偽を確め、前記手形金支払の確約を求めようとしたところ、被告会社の代表者松山彌五郎は病気を理由に面会を拒絶し、又右取引の衝に当つた松山武貞も不在を理由に交渉に応ぜず、被告会社の支払能力に疑問を生ぜしめるような事態が発生したので、同日を以て被告会社から右(一)物件の引渡及び(二)物件の明渡、その所有権移転登記手続を受けうることゝなつた。仮に右事態の発生により譲渡担保権実行の時期に達しないとしても、前記(A)約束手形を支払期日である同年二月五日支払場所株式会社神戸銀行川西支店に呈示したのに、同銀行から取引解約を理由に支払を拒絶せられ、不渡となつたので、同日を以て右引渡及び明渡並びに所有権移転登記手続を受けうることゝなつた。ところが原告会社は昭和二十八年三月二十日右訴外会社外二会社の合併により新設されてその権利義務一切を承継したので、こゝに被告会社に対し右担保契約による所有権に基いて(一)物件の引渡及び(二)家屋の明渡とその所有権移転登記手続をなすべきことを求める。
仮に武貞に右権限が賦与されていないとしても、被告会社代表者松山彌五郎が右取引の当初において訴外会社係員に対し武貞に右取引に関する一切の権限を附与している旨表示しているのであるから、被告会社は訴外会社と武貞との間になされた右行為につきその責を負うものである。
又被告佐藤は被告会社との間に昭和二十六年八月五日債権極度額金三百五十万円、約定期限契約の日から三ケ年間、利息及びその支払期貸借の都度定める、特約期日に弁済を遅滞したときは取引期限の利益を失う、期日に弁済遅滞したときは遅滞の翌日から完済に至るまで百円につき一日金十銭の損害金を支払う旨の債権を担保するため、前記(二)家屋につき根抵当権設定契約をなしたとして昭和二十七年一月二十六日神戸地方法務局伊丹支局受付第一七五号を以てその設定登記をなし、更に同月二十二日右不動産につき売買予約をなしたとして、同月二十四日同局受付第一五六号を以て所有権移転請求権保全の仮登記をなしているが、右根抵当権設定契約及び売買予約は存在せず、仮にそうでないとしても、被告会社の債権者の追及を免れんがため、被告会社と被告佐藤との間に相通じてなされた虚偽の意思表示であるから無効である。従つてこれを原因としてなされた前記各登記は無効であるから、原告は前記経緯により取得した右不動産に対する所有権に基き、こゝに被告佐藤に対しこれが抹消登記手続を求めるため本訴に及んだ。」と述べた。<立証省略>
被告会社訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、
答弁として、
「原告が訴外三信貿易株式会社を合併して新設されたことは認めるが、その他の原告主張事実はすべて否認する。被告会社は訴外松山武貞に原告主張の取引に関し一切の権限を附与したこともなく、右訴外会社にその旨の意思表示をしたこともない。武貞は被告会社の業務には全然関与せず、右取引当時は大阪市南区順慶町において松武商事株式会社を設立し、その業務に専念していたものである。仮にそうでないとしても、本件の如く単純な担保物件差入書(甲第三号証)を差入れたにすぎない場合には、原告主張の如き担保権の実行をなしえないものである。」と述べた。<立証省略>
被告佐藤は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、
答弁として、
「原告が訴外三信貿易株式会社を合併して新設された会社であること、被告佐藤が被告会社から原告主張の如き根抵当権設定契約及び売買契約を原因として、原告主張の不動産につき、その主張の日、その主張の如き根抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全の仮登記を受けたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。右原因の契約はいづれも真実に成立した有効なものである。」と述べた。
三、理 由
よつてまず原告の被告会社に対する請求につき考えるに、
証人池本博一の証言により真正に成立したと認められる甲第一、二号証の各一乃至四、同第三号証及び同証言、証人東鬼良生、同葛田国雄、同上鍋[言恵]太郎、同松山武貞、同田路忠夫の各証言(証人松山、同田路の各証言はその一部)並びに被告会社代表者本人尋問の結果の一部を綜合すると、被告会社代表者松山彌五郎には一男二女があり、被告会社は同族会社であつたので、右彌五郎はその一人息子である松山武貞を取締役としていたが、同人は家業を顧みず、自由奔放な生活をしていた。しかるに彌五郎は一人息子のこととて同人が一人前の仕事をしてくれることを常に念願し、同人が繊維品のブローカーをするからといつてはその資金を貸し与え、陰に陽に同人を助け、その自立を希つていたところ、武貞は友人と共に松武商事株式会社を設立することになつたので、武貞が望むなら、その資金をも出してやりたい気持はあつたが、同人がその必要がないというので、たゞ同人の求めに応じ、テーブル等の器具や綿糸の見本等を貸与してやつたほどであつた。ところで、武貞はその取引先であるイサヲ商事株式会社の紹介により訴外三信貿易株式会社との取引関係を樹立しようとしたのであるが、同会社としては松武商事株式会社の如き新会社には信用できないので、被告会社(当時松山縫糸加工株式会社と称していた)となら取引をするということであつた。そこで武貞は父彌五郎に対し被告会社名義で右訴外会社と綿糸の取引をしたい旨告げたところ、彌五郎は武貞がかゝる堅実な会社(同会社は元三井系の会社)との取引をして発展することを喜び、同人に取引上被告会社の名義を用いることを認容した結果、同人は被告会社名義を以つて昭和二十六年十一月二十日頃二回に亘り同会社から綿糸三梱及び同二梱を買受けこの代金についても本件で争となつている取引と同様被告会社名義の約束手形が振出され、当時の被告会社の取引銀行であつた神戸銀行の川西支店に廻付され、何等の問題もなく同支店において支払われ、更に原告主張の日その主張の如く同会社から綿糸合計二十梱を代金合計三百八万七千七百八十五円九十六銭で買受け、その支払方法として原告にその主張の約束手形四通を交付したのであるが、当時繊維業界においては倒産者もあり、問屋筋でも紡績会社から担保の提供方を督促される状態にあつたので、同会社としても比較的新しい取引先に対しては担保の提供方を要求していたが、被告会社に対してもその例に従い、担保の提供方を求めたところ、被告会社は昭和二十六年十二月初同会社に対し担保物件差入書(甲第三号証)を差入れ、原告主張の物件を担保として提供し、綿糸取引に関し現に存在し、又将来発生することを予見せられる債務の担保とし、被告会社において同会社に右約束手形をその期日に支払わない等の損害を与え、或は支払能力に疑問を生ずるような不信の事実が発生したときには、右担保権は同会社の一方的意思表示により任意に実行しうる旨の所謂譲渡担保を設定したことが認められ、右認定に反する甲第七号証中の被告代表者の供述記載部分、証人松山武貞、同上鍋[言恵]太郎、同田路忠夫の各証言及び被告会社代表者本人尋問の結果はこれを措信し難く、他に右認定を覆するに足る証拠はない。従つて被告会社は同会社に対し右武貞が被告会社名を用いてなした右取引につきその責に任ずべきである。(商法第二十三条参照)
而して、右譲渡担保は特別の事情のない限り、右担保権設定と同時に前記訴外会社において少くとも内部的に右物件の所有権を取得し、被告会社が右事実を発生せしめた場合、その実行をなしうるものと解すべきところ、証人池本博一の証言によると、同会社は昭和二十七年一月二十日頃被告会社が訴外丸永株式会社に対し同会社宛振出した手形の支払延期方を申入れた旨の噂を聞いたので、その頃被告会社に対しその真偽を確めようとしたところ、被告会社においては原告主張の如く彌五郎が病気であること、或は武貞が不在であることを理由に右交渉に応じようとせず、被告会社の支払能力に疑問を生ぜしめるような不信な事態が発生したことが認められるから、同会社は右事態発生と同時に前記担保権を実行しうることゝなつたわけである。被告会社は前記の如き単なる担保物件差入書を差入れたにすぎない場合には担保権を実行しえないものであると抗弁するけれども、その記載内容の趣旨が前記の如き譲渡担保の設定にあつたと認むべきである以上、同会社においてその担保権を実行するに何らの支障はないのである。
従つて、右担保権を実行するため、右訴外会社を合併して新設されたことにつき当事者間に争のない原告会社が、右合併により承継した右担保契約に基き、(一)物件の引渡及び(二)家屋の明渡とその所有権移転登記手続を求める請求は、正当というべきである。
そこで、進んで原告の被告佐藤に対する請求につき考えるに、
被告佐藤が被告会社との間に原告主張の日その主張の如き根抵当権設定契約をなしたことを原因に、昭和二十七年一月二十六日神戸地方法務局伊丹支局受付第一七五号を以て前記不動産につき根抵当権設定登記を経、又被告会社との同月二十二日附売買予約を原因に、同月二十四日同局受付第一五六号を以て右不動産につき所有権移転請求権保全の仮登記を経ていることは当事者間に争がない。
而して、原告は右根抵当権設定契約及び売買予約は存在しないものであると主張するけれども、これを確認すべき証拠はない。しかしながら、前記認定事実と公文書であるため真正に成立したと認められる甲第六号証同第七号証の一部及び証人上鍋[言恵]太郎の証言を綜合すると、被告会社は元来縫糸の賃加工を主たる業務となし、その取引高は一ケ年約二百万円で、他から買入れる綿糸は一ケ年約二、三十万円、バイヤーステーブの一ケ年の生産高は約四十万円、工員は女工が約十名という業態で、その経営には大した流動資本を必要としない状態にあつたが、被告会社代表者彌五郎は昭和二十七年一月頃には二十一、二日頃訴外丸永株式会社から、本件取引と同時頃になされた同様取引の代金請求を受けるや武貞が被告会社名義を用いて振出している多額の約束手形等の債務につき何時債権者から前記不動産に対する差押がなされるかもしれぬ状態に立至つたことを知り、同会社の監査役をしていた被告佐藤と通謀して、債権者からの右執行を免れるため、真実右不動産につき根抵当権を設定し、又売買予約をする意思がないにも拘らず、その直後である同月二十四日及同月二十六日に右売買予約及び右根抵当権設定契約をなした如き虚偽の契約をなし、前記の登記をしたことが認められ、右認定に反する甲第七号証の記載内容、被告佐藤本人尋問の結果は措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。従つて右各契約は虚偽表示に出でたものというべきで、その無効たるや明白であるから、これを原因としてなされた前記各登記は無効として抹消せらるべきで、被告佐藤に対し前記訴外会社を合併して新設されたことにつき同被告との間においても争のない原告が、右合併により承継した右担保物件の所有権に基きこれが抹消登記手続を求める請求もまた正当といわねばならない。
よつて、原告の本訴請求はすべてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 石井末一 大野千里 坂東宏)