大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和27年(行)5号 判決 1955年12月26日

原告 阪上宗太郎

被告 兵庫県知事

主文

被告が昭和二十七年六月十六日訴外明石市大蔵谷小辻二千五百二十七番地平野安治郎に対し伊丹市字悠紀町五百二十番地の一における興行場についてなした興行場(映画、演劇)営業の許可はこれを取消す。

原告が昭和二十五年八月十四日被告より前記場所について受けた興行場営業の許可は有効に存続することを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

原告は昭和二十五年八月十四日興行場法第二条の規定に基き被告より興行場(映画、演劇)営業の許可を受け、昭和二十六年九月伊丹市字悠紀町五百二十番地の一に興行場を完成し伊丹大劇(現在若草劇場)という名称の下に映画営業を経営していたものである。

ところが、原告は同年十二月十日頃、原告の知らない間に原告名義による偽造の廃業届が被告宛に提出されていることを知つたので原告は直に被告に対し絶対に廃業の意思がないことを明かにした。

然るに、被告は第三者の不当な圧力に押されてか、その直後の同年十二月十九日、原告と同一の興行場について訴外吉川政雄に対し興行場営業の許可を与え(但し同人はその後昭和二十七年五月十九日付で廃業届を提出した)、更に同年六月十六日訴外平野安治郎に対し右同様の営業の許可を与えたものである。

然しながら、同一の興行場について同時に二主体の営業許可はあり得べからざるところであり、なお上記のように原告名義の本件廃業届は偽造のものであるから、訴外吉川に対して営業を許可した被告の行為は原告の権利を不当に侵害するものとして取消を免れない。仮りに右廃業届が原告を代理する権限ある者によつて提出されたとしても、原告はその後口頭及び書面(「上申書」並に「廃業届撤回願」と題する各書面)をもつて有効に右廃業届の撤回をしているから被告の行為は同様に取消を免れないものである。

それ故、いずれにしても右吉川に対する営業許可を基礎としてなされた同年六月十六日付の訴外平野安治郎に対する営業許可もまた取消されるべきものである。

よつて被告が昭和二十七年六月十六日になした右平野に対する営業許可の取消を求め、併せて原告がさきに昭和二十五年八月十四日被告より受けた営業許可が現在もなお有効に存続することの確認を求めるため本訴請求に及んだものであると述べ、

被告の本案前の答弁に対し、行政事件訴訟特例法第二条にいわゆる訴願とは、行政処分の違法又は不当を主張する者がその取消又は変更を求めるために行政庁に再審査を請求するすべての不服申立を云い、訴願法その他の法令による訴願に限らず、異議の申立、再調査の請求、裁決の具伸等行政上の救済方法の一切を指称するものなるところ、本件においては、原告は訴外志水熊治が昭和二十六年十二月十四日原告代理人を僣称して原告名義の廃業届及び訴外吉川政雄の興行場営業許可申請書を同時に提出したことを聞知するや、右決定の事前において右届出及び願出の違法なることを具伸したのに拘らず、被告はなお敢えてこれをなしたものであり、又その処分決定後においても原告は原告名義による廃業届撤回願なる形式で右処分の取消方を上申したのにも拘らず、被告はこれを容認しなかつたものであつて、被告行政庁の処分に対する不服の申立方法は充分これを尽しているのである。これにより被告行政庁はその違法処分を自ら匡正する機会を得ているのであるから、本件訴訟が訴願前置主義に反するとなし得ないことは明白であると述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」旨の判決を求め、

(一)  本案前の答弁として、

原告は本件訴訟において被告がさきに訴外平野安治郎に対してなした興行場営業の許可の取消を求めるものであるが、かような行政処分の取消を求める訴訟については、行政事件訴訟特例法第二条の定めるところにより先ず行政庁に対して訴願をなしこれに対する裁決を経た後でなければ訴を提起し得ないものと解すべきところ、原告は本件に関し何等右のような処置をとらないで直ちに本件訴訟に及んだものであるから、前記特例法の規定により本件訴訟は不適法として却下を免れないと述べ、

(二)  本案の答弁として、

原告の主張事実中、被告が原告に対し昭和二十五年八月十四日、伊丹市伊丹字悠紀町五百二十番地の一所在興行場「伊丹大劇」における映画演劇営業につき興行場法第二条の規定に基き兵庫県指令衛第一〇三四六号をもつて営業許可をなしたこと並に被告が昭和二十六年十二月十九日訴外吉川政雄に対し右興行場について右同様の営業の許可を与えたことはいずれもこれを認める。

本件については、昭和二十六年十二月十五日、原告から訴外弁護士志水熊治を代理人として同月十四日付の前記営業に関する廃業届が提出されたので、被告はこれを受理したものであるが、右代理人の委任状には原告の印鑑証明書までも添付せられてあつて、被告においては右代理人に対し原告の授権が正当に認め得られたものである。右の様に完備した廃業届書並に附属書が提出せられた以上、仮りに原告とその代理人間において第三者の知り得ない何等かの内部的事情があつて原告の委任状が冒用せられたものとしても、被告においてはそのような事情を実質的に審査することは法の認めるところでなく、又審査すべき義務もない。

そして同月十五日、訴外吉川政雄から被告に対し前記興行場につき「伊丹第一劇場」なる名称の下に映画演劇の営業許可申請書類が提出されたので、被告は当該関係係官をして慎重審査せしめた結果右申請書類に手続上の不備がなく且つ公衆衛生取締の見地からも支障がないと認めたので、同年十二月十九日右訴外人に対し興行場法第二条の規定によつて兵庫県指令衛第一二四七九号をもつて右興行場における映画演劇営業の許可をなしたものである。(なお右訴外人は昭和二十七年四月三十日適法な廃業届を被告に提出して廃業している)

以上のとおりで、本件においては原告から正規の手続をもつて廃業届の提出があり、被告において正当な届書と認めて興行関係書類上に興行許可を得ている原告に関する抹消の処置をなし、右受理行為が完結している以上、これにより原告の本件興行許可の効力は消滅したものであつて(従つてその後において右廃業届を撤回するということは何等の意味をも持たない)その後これが存続の認められないことは云うまでもないところであるから、被告が訴外吉川及び訴外平野に対してなした本件行政行為はいずれも法律上正当であつて原告の本訴請求は失当たるを免れないと述べた。

(立証省略)

理由

先ず被告の主張する本案前の答弁について判断する。

本件訴訟が、被告がさきに訴外平野安治郎に対してなした映画演劇等の興行許可なる行政処分の取消等を求めるものであることは原告の提出した訴状その他本件記録に徴し明らかなところである。ところでかような行政庁の違法な行政処分の取消を求める訴訟については、行政事件訴訟特例法第二条により、その処分に対し法令の規定により訴願、審査の請求、異議の申立その他行政庁に対する不服の申立のできる場合には、これに対する裁決、決定その他の処分を経ることを要するものなるところ、本件においては、成立に争のない甲第九号証、第十号証の一、二、第十一乃至第十五号証、第二十四号証並に証人村田定由の証言、原告本人訊問の結果によると、原告は訴外志水熊治が昭和二十六年十二月十四日原告の代理人と称して原告名義の廃業届及び訴外吉川政雄の興行場営業許可申請書を同時に被告宛に提出したことを聞知するや、直ちに口頭(同日及び翌十五日)及び書面(同月十五日付「上申書」と題する書面)をもつて被告に対し右廃業届の虚偽なること及びこれを受理しないようにと上申したが、被告がこれをきき入れなかつたので、さらに同年同月十八日、「廃業撤回願」と題する書面をもつて被告に対し前同様の趣旨の申立をした(被告に受理されたのは同月十九日)が、結局被告の容れるところとならず、同月十九日被告は訴外吉川に対する興行場の使用を認可したことが認められる。

はたしてそうだとすると、原告は本件の係争事件に関し、被告が本件の行政処分をするにあたり、予めその処分のなされないように上申していたものであり、被告もこれを知りながら本件の行政処分をなしたものであるからこれに対して原告に改めて訴願その他の不服申立の手続を経ることを要求するのは妥当ではなく、右の如き事情にある本件においては訴願の裁決を経ないで直に訴を提起する正当な事由がある場合に該当すると解するのが相当であるから被告の訴願前置の要件を欠くとの主張は当らないというべきである。

そこで次に本案について判断する。

被告が原告に対し昭和二十五年八月十四日伊丹市伊丹字悠紀町五百二十番地の一所在興行場「伊丹大劇」における映画演劇営業につき興行場法第二条に基き営業の許可をしたこと並に被告が昭和二十六年十二月十九日訴外吉川政雄に対し右興行場について前同様の営業の許可を与えたことはいずれも当事者間に争がなく、さらに被告が昭和二十七年六月十六日訴外平野安治郎に対し右興行場について右同様の営業の許可を与えたことは被告の明らかに争わぬところである。

ところで原告は、同年十二月十日頃原告不知の間に原告名義による偽造の廃業届が被告宛に提出されたことを知つたので原告自ら直に廃業の意思のないことを明らかにしたのにも拘らず、被告はこれを無視して右吉川に対し興行場営業の許可を与えたと主張するのに対し、被告は右廃業届は原告の代理人訴外志水熊治から提出せられ而もその際右代理権限の授与が正当に認め得られたのでこれを受理し、新たに正規の手続を経て第三者たる右吉川に許可を与えた旨抗争するので判断するに、本件の争点の重点は結局原告名義をもつてなされた廃業届が虚偽のものであつたかどうかの点に帰するので以下この点を中心にして考えてみることとする。

証人志水熊治の証言によると、訴外吉原政太郎はかねて原告に対し本件映画館の建設資金を貸付けていたが、その後右貸金について当事者間に和解が成立し、原告が万一その返済を怠つた場合には本件の映画館並にその一切の附属物及び右映画館の営業権を右吉原に譲渡するという趣旨の下に(即ち右貸金の担保として)右吉原は原告から本件の映画館の建物(但しこれは原告の妻阪上きぬ名義)並にその営業権の名義書換に要する書類(権利証並に委任状、印鑑証明書等)の交付を受けていたが、その後原告が約旨に反して不履行をしたというのでその担保権の実行として右各書類を使用してこれを他に売却しようとしていたところ、昭和二十六年十二月頃訴外志水熊治との間に右映画館についての売買契約が成立し、その結果右志水は吉原から前記各書類の交付を受けて直ちに右映画館の所有権移転登記手続を終了したが、本件の営業権についても譲渡を受けたものと解し、映画館経営の意図のあつた訴外吉川政雄と了解の上で同年十二月十四日、本件の廃業届を作成して被告宛に提出し、その際吉原から交付を受けた白紙委任状並に印鑑証明書(同年九月五日付)をこれに添え、なお右吉川の興行営業許可申請書をも同時に提出したものである旨を証言するが前記和解の際、原告が債務不履行の場合右映画館の所有権を失うことについて承諾していた点はさておき、本件の営業権についてもこれを譲渡することを了承し且つ興行名義変更のために使用する趣旨で本件の委任状並に印鑑証明書を交付したものであることについては右証言並に成立に争のない甲第七乃至九号証、第十号証の一、二によるも未だこれを認めるに足らず、その他本件記録上これを認めるに足る証拠がない。却つて成立に争のない甲第十一、十三号証並に証人村田定由の証言並に原告本人訊問の結果によると、原告と志水熊治はこれまで一面識もない間柄であつて、原告は同人に対し本件の廃業届の提出を依頼したことがないこと並に廃業届に添付されていた本件の委任状は原告が訴外平野、松浦等に金融を依頼した際必要だと云うので同人等の云うままに何回かに慢然と交付していた数通の委任状の中の一つで本件廃業届の提出された当時原告には本件の営業権を他に移転することについて承諾を与える意思の全くなかつたことが窺われる。

はたしてそうだとすると、本件の廃業届の提出はひつきよう原告の真意に基かぬ虚偽の届出と云うの外なく、しかも前記各証拠によると原告本人自ら弁護士を同行してその真意でないことを被告の係官に申出ておることが明かであるので被告がたとえ右廃業届について書類上の完備を認め且つ受理行為を完了したとしてもその後何等の調査もせずに直に訴外吉川政雄に対して許可を与えたことは妥当でなく右新たな許可によつて原告がさきに被告から受けた興行場営業の許可の効力は何等影響のないものであり右許可は現在においてもなお有効に存続しているものと解するのが相当であり、又証人神田正男の証言及び弁論の全趣旨によつても同一興行場に対して新たな許可は従前の営業者の廃業を前提としてなされるのが原則であることが認められ本件について特に二重に許可しなければならない特別の事情のあつたことは何等これを認めるに足る証拠もないから右廃業届の有効なることを前提としてなされた爾后の行政処分(訴外吉川政雄に対する興行場営業の許可)は違法として取消を免れない。次に平野に対する許可は吉川に対する許可が取消されるべきもので原告の得た許可が依然として有効であると解する以上前同様の理由から右平野に対する許可も違法として取消されるべきものと解するのが相当である。

よつて原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、行政事件訴訟特例法第一条並に民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 中村友一 土橋忠一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例