大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和28年(ヨ)51号 決定 1953年2月05日

申請人 山本美登

被申請人 新三菱重工業株式会社

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

本件申請の要旨は次のとおりである。

一、申請の趣旨

被申請人会社が申請人に対してなした昭和二十八年一月五日付解雇は仮にその効力を停止する。

被申請人は昭和二十八年二月末日以降毎月末日申請人に対し仮りに金六千百三十八円を支払わねばならぬ。

被申請人は申請人に対してその居住する申請人肩書の岬寮二十一号室から退寮させたり給食等の給与を停止したりその他不利益な差別的取扱をしてはならぬ。

二、申請の理由

(1)  申請人は昭和二十五年三月三十一日被申請人会社に電機組立工として雇われると共に同会社との技能者養成契約による養成工として同会社岬寮二十一号室に居住し一ケ月平均賃金六千百二十八円(支払日、毎月二十八日)を収得している者である。

(2)  ところで被申請人会社は昭和二十八年一月二日附内容証明郵便を以て申請人を同月五日附により解雇する旨を通告して来たが右の書面によると解雇の理由とするところは申請人が昭和二十七年八月十八日同二十五日の二回にわたつて岬寮で文書を配布したのは労働協約並に就業規則に所定の懲戒事由に該当するので懲戒委任会で審議した結果申請人の将来のため特に会社の都合による解雇とするというのである。

(3)  なる程申請人は昭和二十七年八月十八日同二十五日の二回に右岬寮において日本民主青年団神船班機関誌「ワイヤー」各十数部他人に手交したことはあるが右は就業時間外に私の立場で友人に文書を手交しただけのことであつてかかる事実は就業規則第五十六条又は労働協約第五十三条に所定の懲戒事由のいずれにも該当するものでない蓋し就業規則第五十六条には右のような事実を以て懲戒解雇の原因とする如何なる規定もなく又労働協約第三十五条十三に懲戒解雇の原因として掲げられている「会社施設(但し寮の居室、社宅を除く)会社の構内において会社の許可なく集会を催し又は演説をなし或は文書印刷物を配布したとき」とある規定は寮(居室に限らず)社宅を除く会社施設又は会社構内において右のような行為をなすことを禁じると共に之に違反する行為を以て懲戒解雇の原因とすることを定めたものと解すべきであつてもし然らずとするなればかかる規定は労働基準法第六十九条(徒弟の弊害排除)同法第九十四条(私生活の自由保障)の強行規定に違反することはもとより憲法第十四条(信条の保障)同法第二十一条(出版表現の自由保障)にも反するものとして右の規定自体無効であるとせねばならぬから被申請人が右の通告を以てした懲戒解雇は結局無効である。

(4)  仮に右解雇が被申請人会社の経営権に基く解雇であるとしても被申請人会社においてはかかる解雇権の行使は労働協約第三十六条就業規則第六十条に所定の解雇基準に基いて之をなすべき制約を受けていることは右各条項の規定に照らして明であるところ前記申請人の行為は何等かかる基準に該当するものでなく結局本件解雇は被申請人会社が前記のような不当な事由に基く実質上の懲戒解雇を名目上都合解雇として紛飾したものに過ぎぬから右は解雇権の濫用として無効である。

(5)  以上の次第であるから申請人は被申請人に対して解雇無効確認の本訴を以て之を争おうとするのであるが月々の給与を以て生活の資としている申請人は右本案訴訟の解決に至るまでその給与を取得し得ぬときは生計上重大な脅威を受けるだけでなく申請人の郷里は島根県の遠隔地であるところ前記岬寮に適用される養成工寮規則第十八条によると退職を命ぜられた者は一週間内に退寮しなければならぬことになつている関係上申請人は直にその居室を追われることにより事実上において前記不当な解雇処分を甘受しなければならぬ窮状に迫まられている右の次第で申請人が被申請人に対して提起すべき本案訴訟の解決に至るまで申請趣旨に掲げるような仮処分命令によつて仮の地位の保全を求める。

三、申請人の訴訟能力について

申請人は昭和九年五月十三日生れの未成年者であるが労働基準法第五十八条第五十九条の法意に徴すると労働関係に関しては未成年者といえども訴訟能力があると解すべきであるから本件申請が右申請人の法定代理人又はその委任にかかる訴訟代理人によつてなされなくてもその適法要件に欠けるところはない。

当裁判所は右申請の適法要件について次のとおりに判断する。

一、申請人が昭和九年五月十三日生れの未成年者であることはその自認するところであつて本件申請は右申請人が自ら弁護士竹内信一外二名を申請代理人に選任してこれをなしたものであることは一件記録上明であるところ申請人は労働関係一般については未成年者といえども訴訟能力を有すると主張するからこの点について判断する。

二、労働基準法第五十九条は親権者又は後見人が未成年者の賃金を代つて受取ることを禁止すると共に未成年者が独立して賃金を請求することができる旨を定めておるが右立法の趣旨とするところは親権者又は後見人がその法定代理権を濫用して未成年者の受くべき賃金を横奪しつつこれを労務に服せしめひいては未成年労働者を奴隷的な搾取の具に供する弊害を除去することにあると解せられるから右の法意を貫徹するためには単に実体法上の関係においてだけでなく訴訟法上の関係においても未成年労働者が独立して賃金請求の訴を提起し得るものと解するのが相当であつて民事訴訟法第四十九条が「未成年者が独立して法律行為を為すことを得る場合」に限つて独立の訴訟能力を認めていることに依拠して賃金請求の訴について未成年労働者の訴訟能力を否定することは当裁判所の賛同せぬところであるが右にいわゆる賃金の請求とは労働基準法第十一条に定める如く「労働の対償として使用者が労働者に支払うもの」の請求を直接の目的とすることを要しこれ以外には及ばぬものと解さねばならぬのであつて而もこの点は労働基準法第五十九条が無能力制度に関する民法の一般原則に対する例外を定めているものとして之を厳格に解すべきであると思われる。もつとも労働基準法第五十八条は親権者又は後見人は未成年者に代つて労働契約を締結してはならないことを規定し民法の無能力制度はこの点においても一部変改せられていることは明であるが未成年者が労働契約を締結するについてはその法定代理人の同意を得ることを必要とする民法の一般原則が依然として維持せられていることは右第一項の文理解釈(船員法第八十四条参照)からも又同第二項が親権者又は後見人は行政官庁と相並んで「労働契約が未成年者に不利であると認める場合には将来に向つてこれを解除することができる」としても労働契約の維持について未成年者を民法の一般原則よりも更に強力な保護的干渉の下においている点からもこれを看取することができる。

して見ると労使間に解雇の効力について争がある場合に未成年労働者側から解雇無効確認の本訴を提起し又はこれに附随する仮処分として右解雇の効力を停止し且将来に向つて賃金相当額の金員を支払うべきことを申請する如きは労働基準法第五十九条によつて未成年労働者に対して例外的に認められる訴訟能力の範囲外にあるとせねばならぬ蓋し労働契約の締結維持等の事項に関しては未成年者は独立の行為能力を有するものでないことは既に上述したとおりであり又その仮処分を以て金員の支払を求める旨の申立も結局は右解雇の状態が本案訴訟の結了に至るまで継続する場合にその未成年労働者がこうむるべき著しき損害を防止するために必要な金員の支払を求めるに帰するのであつてこれについて裁判所がたとい申請を認容する場合においても裁判所は右損害を防止するために必要な金額範囲を自由に認定して支払を命じるのであり従つて右金員は必しも労働基準法第十一条にいわゆる「労働の対償」とする意味において計測された金員の支払を命じることにはならぬのであつて結局かかる保全目的のためにする金員の支払を求める仮処分申請はその解雇無効に関する本案訴訟について訴訟能力があることを前提とせねばならぬからである。

三、以上の次第で申請人は結局本件仮処分申請について訴訟能力がなく従つて右申請人から直接に申請代理の委任を受けた弁護士竹内信一外二名によつて提起された本件申請は適法な訴訟代理権を欠くものとして不適法であるとせねばならぬところ申請人において自ら訴訟能力があるとする主張に立脚して法定代理人又はその訴訟委任によらずして申請を提起した(先に申請人の親権者山本忠太郎の委任に基き本件と同一代理人により当庁昭和二十八年(ヨ)第三八号仮処分申請がなされたが右申請事件は昭和二十八年一月二十日山本忠太郎において之を取下げたことは当裁判所に顕著な事実である)本件においては民事訴訟法第五十三条による欠缺の補正を命じてもその目的を達し得ぬことは明であるから民事訴訟法第二百二条に則り本件仮処分申請は之を却下すべきである。

四、申請費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用する。

(裁判官 河野春吉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例