神戸地方裁判所 昭和28年(行)24号 判決
原告 趙昌鎬
被告 神戸入国管理事務所長
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
当裁判所が原告において陳述したものと看做した訴状によると、原告は、「被告が原告に対して昭和二八年六月一五日なした出入国管理令に基く退去強制令書発布処分はこれを取消す。」との判決を求め、その請求の原因として、「原告に対する出入国管理令違反事件に関し、入国管理官は原告が同令第三条に違反して本邦に入国したものと認定したので、原告は右認定に異議があるとして口頭審理の請求をしたが、特別審査官は右認定を誤りなき旨判定した。そこで、原告はこれを不服として法務大臣に異議の申立をしたが、法務大臣は右異議を理由なしと裁決し、右裁決書に基き被告は昭和二八年六月一五日原告に対し退去強制令書を発布した。
なるほど、原告は昭和二七年一一月下旬本邦に正規の手続を経ずに入国したことは事実であるが、法務大臣において前記の裁決に際し次に述べるような諸事情をつぶさに検討していたならば、原告の在留を特別に許可すべき場合であつたのに、充分事情を尽さずに裁決したものであるから、右裁決は結局裁量権の範囲を逸脱し著しく公平且つ妥当を欠き、又基本的人権を無視した措置として違法である。したがつて右裁決に基き被告がなした本件退去強制令書発布処分は違法な処分であるのみならず、右令書発布に当り原告は昭和二八年七月初旬身柄保証人林義雄を通じてその旨を知つただけで右令書の内容は不知であるから、この点からも右令書発布処分は違法であるから取消さるべきである。
すなわち一、原告は昭和七年五月五日朝鮮全羅南道霊厳郡美岩面南山里七九七番地において出生し、父親趙云玉の愛育の許に日本人小、中学校を卒業し、ついで京城大学政経学部に進学し、同校二年に在学中、朝鮮戦乱の為大学は釜山に疎開したので、原告は伯母金完実に伴われて釜山に移住したが、その後は勉学は殆ど不可能となつた。
二、これより先、原告の父親趙云玉は、かつて通訳として旧日本軍に協力した廉により、官憲の指名手配を受け、生命の危険を感じたので、昭和二五年八月頃原告を残して本邦に亡命した。
三、父亡命後は既に母とも死別していた原告は、孤独となり、釜山え移住の際、戦禍の為その財産を喪失し、諸所を彷徨するうち、世話を受けていた伯母金完実とも生別し、住むに家なく、奸漢の一族として迫害を受け、生命に対しても危険を感ずるようになつたので、向学心の満足と、安住の地を求めて、大阪市に在住する父趙云玉を頼つて本邦に入国したものであり、当時学生であつた原告は朝鮮より本邦えの渡航が犯罪を構成するとは露知らなかつたところである。
四、かくて、大阪市に在住の父の許に居住するようになつた原告は、京都大学え入学の手続を進める中、前記の渡航が犯罪を構成することを始めて知つたので、直ちに自首を決意し、警察署に任意出頭の途上逮捕されたもので、刑事事件としては右のような情状を斟酌され大阪地方検察庁において起訴猶予処分になつた程である。
五、その後出入国管理令違反事件につき法務大臣に異議の申立中、病気の為身柄は仮放免となつたので、年来の宿望である大学進学を試み首尾よく昭和二八年四月一日明治大学農学部農業経済科に入学を許可され現在同校に在学中である。
六、右のような事情にあつて、本邦には父親を始め親族が居住し、経済的にも生活上の不安なく、大学卒業の暁には日韓親善の絆となり得る自信と覚悟を有する次第であるから、出入国管理令第五〇条の在留許可をなすべき事情として考慮さるべきであるのに、これにつき充分の審理を尽さずしてなした裁決は違法であるのみならず、原告の生命に危険があり、住家、財産、親族、知己等皆無であつて何等の生活上の根拠のない土地に送還することは、人間としての基本権を無視するものである」というにある。
被告指定代理人等は主文と同旨の判決を求め、答弁として、「原告主張事実中、原告主張のような経過で本件退去強制令書が発布されたこと、原告が原告主張の日場所で出生し、父親趙云玉の養育の許にその主張のような学校に進学したこと、その後原告は金完実に伴われて釜山に移住したこと、当時原告の実母は既に死亡していたこと、これより先、旧日本軍の通訳をしていたことのある原告の父親趙云玉が原告を残して本邦に入国したこと、ついで原告はその主張の日頃父を頼つて本邦に入国したが右の事実が発覚した為大阪地方検察庁において出入国管理令違反被疑事件として取調を受け、起訴猶予処分を受けたこと、原告主張の異議申立中病気の為身柄は仮放免となつたので原告は明治大学より入学許可を得たことは、いずれも認めるが、その余の事実はすべて争う。
原告は退去強制手続中自己に有利な事情は充分供述しており、法務大臣に対する異議申立に当つても、事情を尽した不服理由書を提出し、父親の在留嘆願書を添付する等自己弁護の手段を尽していて、法務大臣はこれらの書面は勿論、その他諸種の事情を慎重に検討した結果原告の不法入国は明白であり、特別在留許可を与える程度のものでないとしてその自由裁量権の範囲において異議申立を理由なしと裁決したものであるから、右裁決には何等違法の点はない。
原告は本邦に渡航することが犯罪を構成することを露知らなかつた旨主張するが、京城大学に在学する程度の教育を受けながら右のようなことを知らなかつたとは到底考えられないところであるし、又父が本邦に在住する旨主張するが、その父親趙云玉も不法入国者として取調を受け既に昭和二八年一二月一四日退去強制令書の執行を受けて朝鮮に送還された。又原告が明治大学に入学許可されたのは、原告は仮放免中病気が軽快となつたのに、なお収容にたえ難いと詐り引続き仮放免の許可を得て、退去強制令書が発布されていることを知りながら、仮放免の条件に違反して指定の制限住居より東京都内に移転し、外国人登録証明書を有する旨係員を欺いて昭和二八年九月明治大学に入学を許可されたものであるが、右虚構の事実が発覚した為右入受許可も同年一二月一五日明治大学農学部長より取消されたもので、以上のような事情はすべて原告の在留を特別に許可するに足るような有利な事情として参酌されるに値しない。
又原告のように大学に在学し、相当の教育を受けているのであるから、その生国である朝鮮において全く生活が出来ないとは考えられないし、朝鮮に送還された場合生命に危険を感ずるというがその根拠もないから、本件退去強制について原告主張のように基本的人権を蹂躙するような点もない。
又退去強制令書はその執行の際被執行者に呈示することを要求されているが、原告主張のように右令書発布に際し原告に対し直接その旨通知することは必要ではない。
したがつて、いずれの点よりするも、本件退去強制令書発布処分には違法の点はないから、原告の請求は理由がない。」と述べた(証拠省略)。
三、理 由
原告主張の事実中、原告主張のような経過で本件退去強制令書が発布されたこと、原告がその主張の日、場所で出生し、父親趙云玉の養育の許にその主張のような学校に進学し、その後金完実に伴われて釜山に移住したこと、当時既に原告の実母は死亡していたこと、これより先、旧日本軍の通訳をしていたことのある原告の実父趙云玉は原告を残して本邦に不法に入国したこと、ついで原告はその主張の日頃父親を頼つて本邦に密航してきたが、その事実が発覚した為に大阪地方検察庁において出入国管理令違反被疑事件として取調をうけた結果起訴猶予処分に付せられたこと、原告主張の異議申立中病気の為身柄は仮放免となり明治大学の入学許可を得たことはいずれも当事者間に争がない。
原告は法務大臣の裁決は著しく不公平且つ妥当を欠くから、これに基きなされた本件退去強制令書発布処分は違法である旨主張するから考えてみることとする。
出入国管理令によると、退去強制令書は法務大臣に対する異議申立を理由なしとする裁決があつたときは主任審査官はすみやかにこれを発布しなければならないこととされているから、右裁決に何等かの違法な点が認められるときは、これに基きなされた退去強制令書発布処分も違法なものといわねばならない。
出入国管理令第五〇条、同令施行規則第三五条の規定を併せ推考すると、異議の裁決については、法務大臣の行政上の便宜乃至は目的的見地からする自由裁量を許容しているものと解するを相当とするから、法務大臣がその裁量を誤つたために、これに基きなされた退去強制令書の発布処分が単に妥当性を欠くに過ぎないというような場合においては、これを訴訟の対象とはなし得ないけれども、法務大臣がその裁量の範囲を逸脱して著しく不公平且つ妥当を欠くような裁決をした場合においては、これに基きなされた退去強制令書発布処分も違法なものとして、その取消を求め得るものと解しなければならない。
そこで、本件退去強制令書の発布処分が果して原告主張のように不公平且つ妥当を欠く措置であるかどうかという点について考えてみよう。
前記当事者間に争のない事実と、公文書であることから成立の真正を認め得る乙第一、二号証、第四、五号証、第八号証、第一〇号証記載の形式、内容からその成立の真正を認め得る乙第三号証、第六、七号証、第九号証を綜合すると、原告は朝鮮戦乱の為釜山において充分勉学にいそしめなかつたので、かねてより、既に一足先に本邦に密入国して大阪市に居住していた父親趙云玉を頼つて本邦に渡航し、憧れていた本邦の大学えの進学の希望をかなえたいと考えていたが、正規の手続を履践していては到底渡航の不可能であることが判つたので、継母金完実に相談の上、本邦えの密入国を決意し、父親と周到な連絡の下に昭和二七年一一月下旬頃下関港より密入国したもので、原告は密入国が犯罪を構成することを熟知していたのみならず、入国後も機会がないこともなかつたのに右事実を自首しないでいるうち偶々街頭で外国人登録証明書不携帯の容疑で逮捕された為、右密入国の事実が官憲に発覚したこと、仮放免中外国人登録証明書を所持しないのに係員を欺いて明治大学より入学の許可を得た為右事実が発覚するや昭和二八年一二月一五日同大学より右入学許可を取消されたこと、原告の病気は通常の社会生活を営むにさして支障のない程度のものであること、父親趙云玉も同年同月一四日退去強制令書の執行を受けて朝鮮に送達されたが、なお本邦には可成の生活を営む多少の親族が居住していること、他方原告の生国である朝鮮には手広く商業を営む母を始め近い親族も二、三あることが認められ、右認定に反する乙第五乃至第七号証の記載の各一部は当裁判所の信を措かないところである。他に原告の主張を認めて前認定を覆する足る証拠は一つもない。
以上に認定した諸種の事情を合せ考えてみると、原告の本邦に遊学したいという烈烈たる向学の熱情には同情は持ち得ても、原告はその目的の為に手段を選ばない型の青年であり、このことからすると、原告は本邦において善良な市民として社会生活を営なみうる性格を有しているものとは考えられないし、他に本邦に在留を特別許可するに足るような事情はないのみならず、不法に本邦に入国してきた外国人を本邦より退去させる場合にその本国に送還することは当然のことであり、原告の送還先である朝鮮においては今や戦乱も一応鎮まり生命に危険を感ずるようなことはないし、また先に送還された父親趙云玉を始めとし、継母、親族等が居住していて可成の生活を営んでいるのであるから、原告の在学していた京城大学において勉学を続けることも可能であるし、それが不可能であるとしても、原告の教育程度よりすれば生活能力がないとは考えられないから、結局法務大臣が原告の異議の申立に対して退去強制するを相当と認めてこれを却下したことは何等著しく公平を欠き偏頗な措置とは認められないし、また原告の基本的人権を侵害するような点はないから、右裁決に基き被告がなした本件退去強制令書の発布処分も違法なものとなすことできない。
原告は本件退去強制令書は原告に直接告知されていないから右令書発布処分は違法として取消されるべきものである旨主張し、右令書発布の事実は原告の身柄保証人林義雄を介して原告に知らされていることは当事者間に争のないところであるが、退去強制令書は執行の際これを被執行者に呈示することを要求されているだけで、令書の発布されたことを予め被執行者に直接通知することを要求されていないから、この点に関する原告の主張も亦採用の限りではない。
そうだとすると、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 中島孝信 山内敏彦 藤野岩雄)