大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和28年(行)27号 判決 1962年3月23日

原告 小畠清 外一名

被告 伊丹税務署長

訴訟代理人 沢田喜代治 外四名

主文

原告らの請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事  実 <省略>

理由

第一、本案前の判断

(一)  被告の本案前の主張は、確定申告の撤回は、所得税法二七条六項の更正手続によらない限り、許されないということを根幹の理由としているが、その点は正当である。従つて、原告らが、被告の主張するように、実際の確定申告額より低い所得額を主張し、それを超える部分についてのみ、更正決定の取消を訴求しているとすれば、少くとも、その申告額以下に取消を求める部分は、右の更正手続、所得税法四八条一項の再調査、同法四九条一項の審査手続を経ない訴であり特別の事情のない限り、同法五一条一項、行政事件訴訟特例法二条違反の、訴訟条件を欠く訴であるといわねばならない。

(二)  ところが原告らは、更に更正決定の、すなわち更正決定全部の取消を求めているのである。これについて、被告は、この請求は、確定申告額以上の部分の取消を求めるものと解すべきであると主張してその根拠を、前記の確定申告の性質と、更正決定の実質的不法は、申告額が正しければ、それを超える部分のみであるということに求めている。

(三)  しかし、所碍税法四四条一項の規定の規定するように、更正決定は、政府の調査の結果が申告額と異る場合にのみ許されるのである。そして、更正決定による額には足らないが、申告額を超える所得が認められその限度で更正決定を存在させなければ、正当な課税が不可能となる場合と異り、申告額を超える所得の全く認められない場合には、たとえ、その更正決定の実質的不法が申告額を超える部分のみであり、申告者がその部分のみの取消をうけることによつても充分の救済が得られるとしても、申告額が真実と異るとした政府の調査は、すべて、誤りであつたことが確定されるのであるから、更正決定そのものの存在理由は完全に失われるのであつて、その決定は全体として、違法であり、取消すべき瑕疵を持つと解しなければならないのである。このことと、特別の手続によらない限り、申告額より低い額まで、更正決定の取消を求めることが許されないということとは、全く別個の問題であり、矛盾はないのである。そして、更正決定が全部取消されたときには、更正決定の存在によつて停止させられていた租税債務確定という確定申告の本来の効果が発生するに至る訳である。

(四)  このように、原告らが更正決定全部の取消を求めそれが法的に許されるものであるからには、被告の本案前の主張は、確定申告額に関する事実判断をするまでもなく、その前提において失当である。

(五)  その他、原告らが、その主張のように取消を求める各更正決定について、被告に対し、各再調査を請求して何れも請求を棄却され、更に、大阪国税局長に対し、各審査の請求をして、原告小畠は更正決定の一部取消、原告坂本は請求棄却の決定をうけたことは当事者間に争いがないから本訴提起は適法である。

第二、本案の判断

(一)(更正決定)原告小畠が昭和二六年分の、原告坂本が、昭和二七年分の各所得金額、所得税額の確定申告を被告に対してしたこと、これらの申告について、被告が、原告小畠に対しては、昭和二七年中に、更正決定をし、その更正所得税額が、四七六、二五四円であつたこと、その決定は、大阪国税局長の審査の結果、所得金額、一、〇三五、七〇〇円、所得税額、三七七、〇一〇円を超える部分が取消されたこと、原告坂本に対しては、昭和二八年四月四日、所得金額、一、〇四〇、〇〇〇円、所得税額、三一七、五〇〇円とする更正決定をしたことは、それぞれの当事者間に争いがない。そして、当事者間に争いのある原告小畠に対する更正決定の正確な月日、および一部取消前の原更正所得金額は、公文書であるから真正に成立したと認められる乙第五二号証の1によればそれぞれ、原告小畠、被告の各主張と異り、昭和二七年四月三〇日、一、二三一、六〇〇円と認められる。

このように、原告小畠の、取消を求める更正決定に関する主張事実のうち、その決定の月日、原更正所得金額に関する主張は認められないということになるのであるが、決定の時については、原告小畠に対する昭和二六年分の更正決定は一回的なものであるかち、当事者間に争いのない(決定月日を抽象した)更正決定の存在のみによつても、請求原因を識別するに足ると考えられ、一方、更正決定の原更正所得金額についても、前記の審査による一部取消の後の、詰り、現在有効に存在する更正額については当事者間に争いがないのであるから、右取消前の原更正額は、も早、取消の対象としては問題になり得ないのであつて、何れも、それによつて原告小畠の請求を妨げるものではない。

(二)(争点)原告らは、更正決定の取消原因として、単に所得金額の誤認を主張するのみであるから、原告らはの請求の当否は、原告らの係争年分の所得金額如何にかかつている訳であるが、被告は、原告らの攻撃に対して、推計を用いて、原告らの所得を主張、立証しているのである。

係争年分について、原告小畠が、所得計算の基礎となる書類、帳簿一切を備付けていないこと、原告坂本が、仕入先の納品票、領収書の大部分を保管しているが、仕入帳簿はなく、売上に関する一切の記録を作成していないことは、それぞれの原告が明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。従つて、原告らの確定申告が、法定の帳簿書類の備付が要求される所得税法二六条の三の青色申告でないことは明白であるから、被告が、原告らの申告について原告らの所得金額を推計し、その結果に基いて更正決定をすることは、同法四五条三項の明文の認めるところであつて、形式的、手続的には、適法であること勿論である。

しかし、同条項は、行政処分としての更正決定を行うための手続、方法に関する規定にすぎないのであつて、それが、直ちに、訴訟法上の証拠方法や立証責任の帰属を決定するものでないことはいうまでもない。更正金額を争つて、更正処分そのものの実質的な適法、違法が問題となる取消訴訟においては、単なる推計の結果ではなく、あくまでも、現実の所得額が問題となるのである。

ただ、推計、推定によつて、現実所得額を立証することは、訴訟法上、許されない立証方法ではないのであるから、本件のように、原告らの所得を直接に確認する資料がないため、被告が推計によつて原告らの所得額を立証しようとする場合には、この種訴訟の特殊性、あるいは立証責任分担における当事者公平の観点からも、所得金額推計の、推計方法や、その適用の仕方の合理性が立証されたときには、原告らが、少くとも、その推計結果が現実の所得金額と異ることの、立証の負担を負うに至り、その立証を尽さない限り、推計どおりの現実所得があつたと認めるのが相当である。

このことを前提に、以下、原告らの各所得金額を検討する。

(三)(原告小畠の昭和二六年分の所得)

(一) (業種)原告小畠が青果小売商であることば当事者間に争いがなく、又、原告が、その他、鮮魚海産物、乾物、ビン罐詰、砂糖などの食料品の小売を営んでいるとの被告の主張は、同原告の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。

(二) (仕入高)原告小畠の昭和二六年中の仕入のうち推計を用いないで認められるものは次のとおりである。

イ  証人沢田喜代治の証言により真正に成立したものと認められる乙第二八、二九、三九ないし四二号証、証人神戸英雄の証言により成立の真正の認められる乙第三〇ないし三二号証及び右両証人の各証言によれば、被告の更正決定の適法性の主張一(三)イのとおり、原告小畠の、昭和二六年中の神戸海産物株式会社外八名の仕入先からの青果、鮮魚、加工水産物、その他食料品(砂糖を除く)の仕入高は、合計、八、五二七、九一三円であることが認められ、これに反する証拠はない。

ロ  証人神戸英雄の証言により成立の真正が認められる乙第三五号証の一、証人沢田喜代治の証書により成立の真正の認められる乙第三五号証の二、第四三ないし四八号証及び右両証人の各証言によれば、原告小畠が昭和二六年一月、一〇月ないし一二月の四箇月間に、三和銀行伊丹支店の小切手を利用して、右イに掲げた以外の中央市場関係の渡辺新治郎などの仕入先から、青果、水産物、乾物、鶏卵などを、合計、八六四、一四九円相当量仕入れたことが認められる。

ハ  証人沢田喜代治の証言により成立の真正の認められる乙第五四号証によれば、原告小畠の昭和二六年中の尾村貞雄商店からの砂糖仕入高は、二三四、〇〇〇円と認められる。

この外前記乙二八、三〇号証、三五号証の一、二により明白な、原告小畠の伊丹青果株式会社、伊丹食品加工株式会社に対する前記小切手による支払が、それらに対する同期間の総支払高の半額以下である事実からすれば、原告小畠が、右ロに確認したもの以外に、同様の仕入先から、被告の主張する額であるか否かは別として相当量の仕入を行つたことは容易に推認されるのであるが、何れにせよ、原告小畠の仕入高が、少くとも、右イロハ合計、九、六二六、〇六二円を超過することは確実である。

(三) (売上高)原告小畠の期首、期末のたな卸高が同額であることは当事者間に争いがないから、右(二)の仕入高がそのまま販売原価となることは明白である。

被告は、この販売原価に、砂糖は六%、その他は一八%の差益率を適用して、売上高を逆算推計し、原告小畠はその差益率を争うので、この点について検討すると、

イ  証人佐古田保の証言により、大阪国税局管内の商工業などの、昭和二六年分、同二七年分のそれぞれの所得率、差益率など(但し、差益率は昭和二七年分のみ)の統計的調査の結果をまとめた表(商工庶業所得標準率表)であると認められる第三三号証の一ないし三、および三四号証の一ないし三、更に同証人の証言によれば、原告小畠の扱う砂糖以外の商品の昭和二七年分の小売商の差益率で、一八%にみたないものは鶏卵の一五%だけで、他はすべて、一八%以上であり、特に原告小畠の取扱商品の大部分を占める青果、海産物は二〇%を超えること、砂糖の差益率は六%であること、昭和二六年分のものに、同二七年分の差益率を適用することは原告小畠にとつて有利ですらあること、そして、この標準率表は、完全無欠ではないとしても、少くとも、その具体的適用にあたつて相当の考慮が払われるならばそれに基く推計結果が真実に近いものであることの蓋然性の高い、統計学的に信頼のおけるものであることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ロ  そして、証人原田節夫の証言によれば、被告の原告小畠の店舗における臨場調査の結果、昭和二六年一二月一七日の乾物、青果の仕入額に対する差益率は、前者が二八%、後者が二六%であつたこと、原告小畠は卸商からの外、自己の店頭での仕入もしていたことが認められ、又、前判示のように原告小畠の仕入高の認定は、被告主張のような純粋の推計を避けて極めて控え目にしたものであるから、これに対して、標準率表の平均的なものに較べて可成り低い被告主張の差益率を用いて逆算推計したものが原告小畠の営業が同業者に較べて多少不利であるという被告の自認事実を考慮に入れても、原告小畠の現実の売上高を超えるものでないことは疑いの余地がない。なお、原告小畠本人は、鮮魚以外の商品の差益率はすべて一八%にみたないと供述するが、以上の認定と比較して措信できず、又、法人組織化後の課税状況の主張も、証拠上直ちに右差益率の適用をはばむ程度の裏付はない。そこで、原告小畠の売上高を推計すれば、

砂糖以外の商品の売上高

9,392,062÷(1-0.18)= 11,453,734

砂糖の売上高

234,000÷(1-0.06)= 248,936

合計、一一、七〇二、六七〇円となる。ただ、この推計は、たな卸高が、各商品について、期首、期末同額であることを前提としているものであるが、原告小畠主張のたな卸高二〇〇、〇〇〇円が、もし、期末において全部差益率の高い砂糖以外の商品、期首において全部差益率の低い砂糖である(到底ありえないことであるが)としても、右推計結果の減少は、三二、〇〇〇円以下であるから、後の判示から自明のように大勢に影響はない。

(四)  (事業所得)以上認定した売上高一一、七〇二、六七〇円と、販売原価九、六二六、〇六二円との差額は二、〇七六、六〇八円となるが、これが、原告小畠の昭和二六年分の実際の事業差益金額を超えるものでないことも、また前記認定の経過に徴してこれを推認することができる。

必要経費について、原告小畠は、支出科目別に合計、七二一、二九〇円(これは原告小畠主張の営業所得収支表の支出の部に記載の公租公課から雑費までの金額合計である)を主張し、被告は、一般経費については推計の方法によつて、特別経費については、原告小畠の主張を、減価償却費の七、六一四円を超える部分のみを否認し、その余を認めて、必要経費合計、八〇六、六二五円を主張しているのであるから、結局、原告小畠の主張の内、被告の否認した八、三八六円(16,000-7,614 )を除く部分は当事者間に争いがないということになる。なお、一般経費についての被告の主張は、右に認定した売上高より多い被告主張の売上高を前提とするものであるから、この場合、認定しなかつた売上高に対するものを除かなければならないのであるが、原告小畠に有利であるから、一応、そのままにして判断する。

そして、原告小畠は援用していないから当裁判所を拘束しないけれども、必要経費について被告は原告小畠の主張する額以上に当る合計八〇六、六二五円を自認しており、仮に減価償却費についても原告に有利にみて被告が否認する八、三八六円をも右被告自認の額に加えるとしても、合計八一五、〇一一円となるに過ぎず、これを前認定の差益額二、〇七六、六〇八円から控除すれば、一、二六一、五九七円となる。

(五)  従つて、被告主張の推計による仕入高、必要経費に関する判断をし、あるいは、原告小畠が明らかに争わないから自白したものとみなすべき被告主張の原告小畠の事業外の所得、合計、二四、三二〇円を加算するまでもなく、原告小畠の昭和二六年分の所得金額が、一部取消後の更正決定による更正所得金額、一、〇三五、七〇〇円を超えることは明白である。

(四)  (原告坂本の昭和二七年分の所得)

(一) (業種)原告坂本が、青果、塩干、その他食料品の小売商であることは当事者間に争いがない。

(二) (販売原価)証人神戸英雄の証言により成立の真正の認められる乙第一四ないし一七、二四、三七号証証人沢田喜代治の証言により成立の真正が認められる乙第三八、四九号証及び右両証人の各証言によれば、原告坂本の昭和二七年中の仕入が、被告の更正処分の適法性の主張二(三)の表の相当欄記載のとおりであることが認められ、その期首、期末のたな卸高が同表相当欄記載のとおりであることは当事者間に争いがない事実であるから、その販売原価が同表相当欄記載のとおりであり、合計、六、五〇六、八一二円となることは明白である。

(三) (売上高)そして、砂糖の差益率が六%であることは当事者間に争いがなく、前記乙第三四号証の一ないし三によれば、原告坂本の取扱う砂糖以外の各商品の、昭和二七年分の前記標準率表の小売商の差益率が、被告の前記主張二(四)の表相当欄記載のとおりであることは明白であり、それに基いて、右(二)の販売原価から売上高を逆算すると同表相当欄記載のとおりとなり、合計、八、一二六、四八三円となることは明らかである。

この標準率表の差益率そのものの信頼できることは前判示のとおりである。そして、その原告坂本の場合における具体的適用の許容されることは、原告坂本本人が右(二)に認定した仕入先以外の伊丹市内の後藤某から青果を仕入れたと供述しているところから、原告坂本の実際の仕入高、従つて販売原価が右に認定したものより相当多いことが推認されること、あるいは、前記沢田証人の証言により成立の真正が認められる乙第五一号証によれば、原告坂本がその大口仕入先の一つである伊丹食品加工株式会社に貸金債権を有していたことが認められるが、このことから同原告がそれからの仕入について通常のものより有利であつたものと推認されること、更には証人磯崎栄太郎の証言により認められる原告坂本方における臨場調査の状況を綜合すれば明白である。なお、差益率に関する原告本人の供述は、右認定と比較し、又、原告坂本は差益を的確に把握するためには欠くことのできない売上に関する書類一切を作成していないという当事者間に争いのない事実からみても措信できず、又、昭和二九年分の課税状況の主張についても、原告小畠の場合と同様である。

(四) (事業所得)原告坂本の昭和二七年分の事業差益は右に推定した売上高八、一二六、四八三円と、右に確認した販売原価六、五〇六、八一二円との差額、一、六一九、六七一円以上となる。

そして、必要経費について、被告は、原告坂本主張の水道料のうち一、九五六円、公租公課のうち、三、一〇八円、雇人費四八、〇〇〇円を否認するのみで、その余の主張を認め、その他運賃等の四科目の経費を自認して合計、二二七、七七七円を主張しているのであるが、これに、右の被告が否認した各経費を合算しても、二八〇、八四一円に過ぎず、これを右の差益金額一、六一九、六七一円から控除すると、一、三三八、八三〇円となる。

(五) 従つて、必要経費の判断、前記乙五一号証により、認められる被告主張の原告坂本の事業外所得の加算をするまでもなく、同原告の所得が更正決定の所得金額、一、〇四〇、〇〇〇円を超えることは明白である。

(五) (結論)以上のとおりであるので、原告らの所得金額の範囲内でした被告の各更正決定は適法であつて、これらの取消を求める原告らの各請求は理由がなく、棄却されるべきであるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 前田治一郎 桑原勝市 米田泰邦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例