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神戸地方裁判所 昭和29年(ワ)693号 判決 1956年8月07日

原告(反訴被告) 安田信託銀行株式会社

被告(反訴原告) (破産者 浜吉虎蔵破産管財人) 滝逞

主文

原告(反訴被告)の被告等に対する各本訴請求を棄却する。

原告(反訴被告)は被告(反訴原告)滝逞に対し別紙<省略>目録記載の不動産について神戸地方法務局兵庫出張所昭和二十五年七月十九日受付第一〇四一七号売買予約による所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続をしなければならぬ。

訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

事実

原告(反訴被告)訴訟代理人は、本訴について「被告(反訴原告、以下単に被告と略称する)滝は原告(反訴被告以下単に原告と略称する)に対し、別紙目録記載の不動産について所有権移転登記手続をしなければならぬ。被告会社は原告に対し、前同物件について、昭和二十八年九月二十九日受付第一五九五六号を以てなされた、原因同年同月二十八日附代物弁済予約による所有権移転請求権保全仮登記、並に昭和二十八年九月二十九日受付第一五九五五号を以てなされた、原因昭和二十八年九月二十八日附契約による債権極度額元金百万円、遅滞損害金百円に付日歩三十五銭、設定者にあらざる債務者内外物産株式会社、債権者被告会社なる根抵当権設定登記の抹消登記手続をしなければならぬ。訴訟費用は被告等の負担とする。」旨の判決を、反訴について「被告滝の反訴請求を棄却する」旨の判決を求め、本訴の請求原因として

「被告滝は、昭和二十九年五月二十二日神戸地方裁判所において破産宣告を受けた破産者浜吉虎蔵の破産管財人である。ところで原告は、右破産者が代表取締役をしている訴外中央水産株式会社に対し、(1) 同会社が昭和二十五年七月十五日附を以て原告に差入れている手形取引約定書の条項によつて、昭和二十五年十二月三十日金四十五万円及五十万円の二口合計金九十五万円を、同会社を、同会社振出の右同額の約束手形と引替に、弁済期を昭和二十六年二月八日と定めて貸渡した右消費貸借債権金九十五万円(2) 別に原告が、訴外会社との間になした当座貸越取引に基き、昭和二十七年六月十六日現在において有した貸越残高百七十五万千二十七円の債権を、同日当事間の合意により、前記約定書による手形貸付に繰入れ更改することとし、その弁済期を昭和二十七年七月十五日と定めた消費貸借債権百七十五万千二十七円。以上合計金二百七十万千二十七円の債権を有していたところ、右手形取引約定書によると、訴外会社はその債務に対して金百円について日歩二銭六厘の利息金を支払うこと、訴外会社において債務の一部でも不履行あるときは、その債務全部について当然に期限の利益を失い、且この場合には日歩金十銭の割合による遅延損害金を支払うこと。破産者は右会社の債務について連帯責任を負担すること等の約定である。而して破産者は原告に対し負担する右連帯保証債務を担保するために、その所有にかかる別紙目録記載の不動産について、もし訴外会社が前記債務の履行を遅滞したときは、原告は破産者に対する一方的意思表示を以て、右遅滞開始の時における時価額を以てする売買予約を完結し得るものとし、右時価額については原告の良心的判定に一任すると共に、原告はその一方的通知により、右代金を以て前記約定書に基く債権と相殺し得ること等の条項による停止条件附売買予約をし、昭和二十五年七月十五日神戸地方法務局兵庫出張所受付第一〇四一七号を以て右売買予約に基く所有権移転請求権保全の仮登記をした。然るに訴外会社並に破産者は昭和二十七年六月十八日以降の利息金並に元金の支払をしないので、前記債務額の弁済期が到来し、且破産者は昭和二十九年五月二十二日破産宣告を受けるに至つたので、原告は昭和二十九年五月三十日破産管財人たる被告滝に対し、前記遅滞の開始日である昭和二十七年六月十八日における右不動産の時価額金百五十三万円を以て売買予約を完結し、且右代金債務は前記消費貸借債権の元金二百七十万千二十七円と対当額について相殺する旨の意思表示をした。右の次第で本件不動産は原告の所有に帰したものであるから、被告滝に対しこれが所有権移転登記手続を求める。

次に、被告大東商事株式会社は(1) 破産者との昭和二十八年九月二十八日附代物弁済予約を原因として、同月二十九日神戸地方法務局兵庫出張所受付第一五九五六号を以て所有権移転請求権保全仮登記を(2) 又昭和二十八年九月二十八日附根抵当権設定契約(債権極度額元金百万円遅滞損害金百円に付日歩三十五銭、設定者にあらざる債務者内外物産株式会社、債権者原告)を原因として、同月二十九日前同法務局出張所受付第一五九五五号を以て抵当権設定登記をそれぞれ経由しているが、右はいずれも原告のなした前記所有権移転請求権保全仮登記の後になされたものであるから、その本登記がなされた後においてはこれに対抗することを得ぬものである。よつて被告滝に対する前記請求が認容されることを前提として、被告会社に対して右各登記の抹消登記手続を求める。なお被告滝の抗弁事実を争う。(1) 被告滝は、破産者浜吉のなした連帯保証並にこれを前提とする停止条件附売買は、いづれも破産法第七十二条第五号にいはゆる無償行為に該当するものとしてこれを否認する旨を主張するけれども、保証は、その債権者との関係においては無償行為としてこれを否認し得べきものでないことは次に述べるとおりであるから、被告滝の右抗弁は失当である。即ち、保証人は保証債務を負担すると同時に主債務者に対して将来の求償権を取得するのであつて、右求償権の発生は未必不確定であるとしても、それは保証債務が現実の債務であるに拘らずその履行に対する関係が未必不確定なるが故であり、保証債務について財団を補填すべき対価としては右将来の求償権を以て十分とするのであつて、この点からすれば保証は有償行為たること明であり、これを換言すれば、保証は代位弁済に期限の利益が附せられたものと云うべく、従つて債務の代位弁済が求償権の取得によつて有償行為と解される以上は、保証も亦有償行為たることは明であると云わねばならぬ。仮にかかる将来の請求権としての求償権を以てしては保証の対価たるに値しないとするも、右無償行為としての保証の利益を受ける者は専ら主債務者であつて債権者の立場においては保証は常に有償行為であるとせねばならぬから、無償行為を原因とする否認権は専ら受益者たる主債務者に対して行使さるべきであるにかかわらず、有償行為によつて権利を取得した原告に対する本件否認権の主張は失当であるし、又右保証債務に対する物上保証のためになされた売買予約においては、物上保証人は債務者に対する求償権を取得する外に、売買予約の完結を条件とする代金債権を取得するのであるから、その有償たることに論議の余地はない。(2) 次に被告滝は、双務契約である本件停止条件附売買予約は、破産宣告の当時双方共に未履行であつたからこれを解除する旨、並に仮に右解除が失当であるとしても、本件不動産に関する所有権移転登記義務は、その代金債務の履行と同時履行の関係にある旨を主張するけれども、右売買は、昭和二十九年五月二十九日原告において予約完結並に相殺の意思表示をなしたことにより、既にその履行を完了せるものであるから、破産管財人が本件口頭弁論において右売買予約を解除し得る余地はない。尤も破産法第百四条第一号は、破産債権者が破産宣告の後に新に負担した債務について相殺を禁止しているけれども、原告は破産宣告前より条件附代金債務を負担していたのであるから右相殺禁止に該当しないのみならず、破産法第九十九条後段によれば、破産債権者は条件附債務について相殺をなし得ることが明であるから右相殺は適法であり、従つて又被告滝の同時履行の抗弁は失当である。」と述べ、反訴の答弁として「本訴の主張事実を採用する」と述べた。<立証省略>

被告滝逞は本訴並に反訴について主文と同旨の判決を求め本訴の答弁として

「原告と破産者浜吉間の売買予約において、その売買代金額を遅滞開始の時の時価額によるものとし、且その判定を原告に一任する約定であつたとの原告主張事実はこれを争う。右代金額の決定については、当事者間に何等これを明定するところがなかつたのであるから、条理並に信義誠実の原則を以てこれを補充すべく、然るときは右代金額は原告において右売買予約完結の意思表示をなした昭和二十九年五月二十九日における時価額金二百八十万円とすべき筋合であるが、右売買予約の前提たる破産者浜吉の連帯保証並にこれを担保するための右売買予約については、破産者浜吉は何人からも対価を取得したことのない無償行為であり且、右は破産者浜吉に対する破産申立(神戸地方裁判所昭和二十六年(フ)第三号)がなされた昭和二十六年一月十三日の前六ケ月以内になされたものであるから、破産法第七十二条第五号に則りこれを否認する。

仮に右否認権の行使が認容されぬとしても、原告が前記売買予約の完結並に相殺の意思表示をしたのは、前記破産事件における破産宣告がなされた日(昭和二十九年五月二十二日)の八日後である昭和二十九年五月三十日のことであつて、右破産宣告の当時においては、前記売買予約による売買取引は双方共にその履行を完了していない状態にあつたものであるから、被告滝は破産法第五十九条第一項に則り、本訴において右契約解除の意思表示をする。尤も、原告は、右売買予約の完結によつて負担する代金債務を以て浜吉に対する債権と相殺したことにより、履行完了したものの如く主張するけれども、破産法第百四条第一号は、破産債権者が破産宣告の後に負担した債務については相殺を禁止しているから原告の右主張は失当である。

仮に右契約解除の主張が認容されぬとしても、前記売買予約を完結した時における本件不動産の時価額は金二百八十万円であつて、原告は右金額を代金として支払うべき義務があり、且これについて相殺禁止の適用があることは上述したとおりであるところ、原告の右代金債務は、被告滝の所有権移転登記義務と同時履行の関係にあるものであるから、被告滝は、右代金二百八十万円の支払と引換でなければ原告の請求に応じる義務はない。」と述べ、

被告会社訴訟代理人は「被告会社に対する原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として、

「被告会社が、原告主張の不動産について原告の主張するとおりの所有権移転請求権保全の仮登記並に根抵当権設定登記を経由したこと、並に訴外浜吉虎蔵に対して原告の主張するとおりの破産宣告がなされたことはこれを認めるが、その余の主張事実はすべて否認する。」と述べ、

被告滝は反訴請求原因として、

「原告が、本件不動産について所有権移転請求権保全の仮登記を経由したことは、原告が本訴請求原因として主張するとおりであるところ、右仮登記の原因たる破産者浜吉の連帯保証並にこれが担保のためになされた売買予約は、破産管財人たる被告滝においてこれを否認したことは上述したとおりであるから、原告に対して右所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続を求める。」と述べた。

<立証省略>

理由

先ず被告滝に対する原告の本訴請求について判断するに、本件不動産に関する売買代金の決定基準に関する約定並にその金額に関する点を除き、原告主張の請求原因事実は凡て被告滝の認めて争わぬところであつて、同被告は、本件不動産の売買予約並にその前提たる破産者浜吉の連帯保証は、いづれも破産申立前六ケ月以内になされた無償行為であるからこれを否認する旨を主張するから、この点について考えて見るのに、被告滝が明に成立を争わぬから真正に成立したものと認める甲第二号証並に本件弁論の全趣旨を綜合すると、原告と破産者浜吉との間に成立した本件不動産に関する売買予約は、右浜吉が代表取締役をしている訴外中央水産株式会社と原告間の手形貸付に関する取引約定書に基き、右会社が負担する債務について浜吉がなした連帯保証債務を担保するために、右売買予約の完結によつて原告が負担すべき代金債務は、これを右連帯保証の債権と相殺する予定の下になされたものであり、従つてその実質においては、右連帯保証債務について代物弁済の一方的予約をなしたと同様の関係であるけれども、たまたまその形式を売買予約に藉りたものであることが認められる。して見ると、右売買予約は、その前提たる中央水産株式会社の債務に関する浜吉の連帯保証が無償行為と解せられるにおいては、結局無償行為であると認むべく、又その有償行為であると解せられるにおいては、反対の結論を生じるものとせねばならぬ。よつて右保証が無償行為であるか否かを見るに、破産者浜吉が右保証をするについては、後日保証債務を履行した場合に取得すべき未必不確定の求償権を別としては、何等その対価たる経済的利益を受けた関係にないことは原告の自認するところであつて、原告は、浜吉がかかる未必不確定の求償権を取得したことを以てその対価を取得したものとするに妨げなく、一方債権者たる原告の側においては、右保証を原因として中央水産株式会社に貸附をなした関係であるから、これを客観的に見て有償行為であると断ずべく、従つて破産法第七十二条第五号はこの場合に適用がないと主張し、なる程、右のような行論に立脚して保証の有償行為たることを主張する学説もなくはないけれども、破法法上否認権の立法趣旨より見て、否認の対象たる行為が無償であるか否かは、専ら破産者を中心としてその財団を保全する観点よりこれを決定することが相当であつて、その行為の相手方が他に出捐をなしたか否かによつてこれを決定すべきではないのみならず、保証人が将来その保証債務を履行した場合に取得すべき求償権は、保証人がなした委任事務処理又は事務管理に伴つて現実に出捐した費用の償還請求権たる性質を有するものであつて、保証人が保証債務を負担するというそれ自体不利益な行為について受ける対価の性質を有するものではなく、又実際上においても、かかる求償権はその実質を伴わぬ名目的権利たるに止まり、その出捐を償うに足りぬことの多々あることは、主債務者における人的信用の欠缺を補充することを主たる目的とする保証の本質からしても、又経験則からしてもたやすくこれを知り得るところであるから、原告の右主張はこれを採用することができぬ。ところで破産者浜吉の右連帯保証、並にこれに伴う売買予約が、右浜吉に対する破産申立がなされた昭和二十六年一月十三日の前六ケ月以内である昭和二十五年七月十五日になされたものであることは当事者間に争のないところであるから、破産管財人たる被告滝が、これについてなした否認権の行使は正当であつて、従つて右売買予約の完結されたことを前提として、被告滝に対して、本件不動産について所有権移転登記手続を求める原告の請求はその余の争点について判断するまでもなく失当としてこれを棄却せねばならぬ。

次に被告会社に対する原告の請求について判断するに、原告は、要するに被告滝に対して本件不動産の所有権移転登記手続を求める本訴請求について勝訴すべきことを前提として、被告会社が右同一の不動産について有する所有権移転請求権保全の仮登記並に根抵当権設定登記は、原告の有する所有権移転請求権保全仮登記によつて保全される順位に対抗し得ぬることを主張し、右各登記の抹消登記手続を求めるものであるが、仮に原告が被告滝に対して勝訴したとしても、その確定判決に基き本件不動産について現実に登記を経由した上でなければ、原告は被告会社に対して右のような請求をなし得べき理拠はなく、いはんや被告滝に対する原告の請求が失当であることが上述したとおりである以上は、原告は被告会社に対して本訴のような請求を為し得べき適格を欠くことは明であるから、被告会社に対する原告の請求は、その権利保護の要件を欠くものとしてこれを棄却せねばならぬ。

次に被告滝の反訴請求について判断するに、本件不動産に関する売買予約について、被告滝のなした否認権の行使が理由あることが上述したとおりである以上は、原告は被告滝に対して右売買予約に基く所有権移転請求権保全仮登記を抹消すべき義務があるとせねばならぬから、これが抹消登記手続を求める被告滝の反訴請求は理由あるものとしてこれを認容せねばならぬ。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 河野春吉 石松竹雄 後藤勇)

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