神戸地方裁判所 昭和30年(タ)20号 判決 1955年12月19日
原告 村田キヌヱ
被告 オテツクス・ビラデミール
主文
原告と被告とを離婚する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告は、主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、
原告は、昭和二十六年十二月五日、被告と婚姻し、同日、その旨の届出を了し、爾来、神戸市生田区北野町五の八において同棲生活を営んでいた。
ところで、被告は、出入国管理令第二十四条第三号の該当者として、神戸入国管理事務所において、収捕され、昭和二十八年二月二十八日、原告に対して、一年以内には必ず日本に帰つてくる心算であるが、もし、右期間内に帰つて来なければ、原告は離婚に必要な手続をとつてくれ、と言残して、羽田空港より、パンアメリカン・エアーライン六五三二号で、パナマ向強制送還された。
しかるに、被告は、強制送還をされて以来、沓として消息がなく、その所在も生死も不明であるので、被告との離婚を求めるため、本訴請求に及んだ次第であると述べた。<立証省略>
被告は、公示送達による適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭しない。
理由
離婚の準拠法は、法例第十六条本文によつて、離婚原因発生当時の夫の本国法によると定められ、何等の国籍を有しない場合は、同法第二十七条第二項によつて、その住所地法を以て本国法と看做し、その住所が知れないときは、その居所地法によると定められているところ、原告は、本訴において現在の婚姻状況が離婚原因発生の理由である旨主張しているが、後記認定のとおり、夫たる被告は無国籍人であり、かつ、現在の住所地も居所地も知ることができないから、夫たる被告の本国法を知ることができず、結局、本訴における離婚の準拠法は条理であると解すべきである。而して、法例第十六条但書によれば、離婚の宣言をなすについては、日本国の法律において明示されている離婚原因のあることを要求しているから、条理上認められる離婚原因と雖も、日本国の法律、即ち、民法によつて肯認されるものでなければならない。
よつて、本件離婚については、日本国の法律、即ち、民法の認める限度において、条理を適用する。
公文書である甲第一号証(戸籍謄本)、同第二号証(婚姻届受理証明書)、同第三号証(強制送還証明書)と証人辻巻仁の証言、ならびに、原告本人訊問の結果とを綜合すると、被告は、ポーランド国ギデニヤ生れの無国籍人であるが、一九四八年十月二十八日、和歌山県下津港に、パナマ船ジユリヤス号で入港し、その後、大阪の陸軍病院に入院し、退院後は何等の法定の手続をうけることなく日本国内に居住していたが、偶々昭和二十六年九月末頃、日本人である原告と相識の間柄となり、原告と被告は、同年十二月五日婚姻し、同日その旨の届出を了し、爾来、神戸市生田区北野町五の八において同棲生活を営んでいたところ、被告は、昭和二十七年七月九日、出入国管理令第二十四条第三号の該当者として、神戸入国管理事務所において収捕され、昭和二十八年二月二十八日、強制送還される身となつたので、原告に対し、一年以内に必ず日本に帰つて来る心算であるが、もし、右期間内に帰つて来なければ、原告は離婚に必要な手続をとつてくれと言残して、羽田空港より、パンアメリカン、エアーライン六五三二号で、パナマ向強制送還され、それ以来現在まで、被告の消息は全くなく、その所在も生死も不明であるところ、被告は無国籍人である関係から、仮令生存していても、日本に再び入国することは至難である事情が認められる。
右認定の事実に徴すると、被告は、強制送還にあたり、原告に対し、なにほどかの愛情を示しつゝも原告との婚姻の継続を断念する意思を表示したのみならず、三年に近い年月に亘つて何らの消息を伝えないところから、現在においては明らかに被告は原告との婚姻の継続の意思を放棄したものと認められ、他面、被告は、現在においても、所在も生死も不明であるのみならず、仮令生存していても、無国籍人である関係上、再び日本に入国して原告との婚姻を恢復する見込みも少いので、原被告の婚姻の実質は、既に全く消滅に帰し、唯戸籍上婚姻の形式が残存しているにすぎないものと認められるから、原被告間には、婚姻を継続しがたい重大な理由があるものと謂うべく、右は条理上離婚の原因となすに十分であり、又、日本国民法第七百七十条第一項第五号においても、明らかに離婚原因として肯認しているところである。
よつて、原告の本件離婚の請求は、その理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 河野春吉 後岡弘 阪井いく朗)