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神戸地方裁判所 昭和30年(行)11号 判決 1958年10月23日

原告 黒塚繁治

被告 兵庫県兵庫財務事務所長

主文

被告が原告に対してなした別紙第一目録記載の遊興飲食税納入額決定処分はいずれも無効であることを確認する。

被告が原告に対してなした別紙第二目録記載の事業税の賦課処分はいずれも無効であることを確認する。

被告は原告所有の別紙第三目録記載の不動産に対して昭和二十九年二月九日になした差押処分は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

被告は昭和二十九年二月九日原告に対し別紙目録第一、第二記載とおりの遊興飲食税及び事業税等の滞納があると称して原告所有の別紙第三目録記載の不動産に滞納処分のため差押をした。しかしながら原告は昭和十五年頃より新三菱重工業株式会社神戸造船所に勤務している者であり、前記事業税、遊興飲食税等の賦課処分を受ける理由がないので、調査したところ、右は当時神戸市兵庫区中道通一丁目一番地において屋号を「松葉」と称して料理店を経営していた原告の叔母の夫橋爪政治が、原告に無断でその営業主を原告名義として被告に届出ていたため、被告は原告を前記料理店「松葉」の経営者と誤り認定の上、遊興飲食税の特別徴収義務者並びに事業税の納入義務者として原告に別紙第一、第二目録記載とおりの遊興飲食税納入額決定処分並びに事業税の賦課処分をしたものである事実が判明した。そこで原告は直ちに被告に対し右の旨を通知し、右遊興飲食税納入額決定処分、事業税賦課処分、並びに滞納処分の取消を求めたが、被告は応じないばかりか前記差押物件を昭和三十年四月十二日公売に付する旨決定した。

しかし原告はこれまで飲食店営業の許可を受けた事がないのみならず、飲食店の経営者となつたこともなければ、第三者にその名義を貸した事もない。まして原告は遊興飲食税特別徴収義務者となつた事はなく、その登録をした事も、或はその指定を受けた事もなく、遊興飲食税納入の申告をしたこともない。原告は料理店「松葉」とはなんら関係はなく、その営業家屋も原告のものではない。訴外橋爪政治が原告名義を冒用して料理店「松葉」を経営していたとしても、その遊興飲食税特別徴収義務者及び事業税納入義務者は同人であつて原告ではない。橋爪政治が原告名義で徴収した遊興飲食税につき橋爪に納入義務があるとしても原告にはその義務はない。

したがつて被告が、なんら料理店営業をしていないし、名義をかしたことのない原告に対してなした遊興飲食税納入額決定、事業税賦課処分並びに滞納処分は明かに違法な行政処分であり、しかもその違法は重大且つ明白であるから当然無効の行政処分である。よつて右各行政処分の無効確認を求める。

被告の事実上及び法律上の主張はいずれも否認する。仮りに被告主張の追認になるとしても、公売処分に付すると言つて強迫されたため追認したものであるから本訴において取消す。従つて被告の主張は失当である。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

原告主張事実中、被告が原告を料理店「松葉」の経営者と認定し別紙第一、第二目録記載のとおりの特別徴収にかかる遊興飲食税の納入額決定処分並びに事業税賦課処分をしたこと、及び原告の滞納金を徴収するための滞納処分として別紙第三目録記載の原告所有の不動産に差押をしたことは認めるが、その余の事実は全部否認する。

原告は、昭和二十五年九月頃「松葉」という料理店営業を始めるに際し、所轄保健所の許可を受けると共に遊興飲食税の特別徴収義務者として登録し、その後特別徴収にかかる遊興飲食税の納入申告をし、納入申告の過小なとき又はないときは夫々被告の更正又は決定を受け、既にその一部を納入している。又事業程については原告はその申告をしなかつたので、被告は原告の遊興飲食税の特別徴収義務者としての登録、遊興飲食税の申告並に決定、国税所得税の申告及びその他の調査に基き課税したものであり、既にその一部は納税済である。すなわち、原告は黒塚繁治名義で飲食店営業の許可を受け、遊興飲食税に関する一切の地方税法による手続を完了しているのであるから、原告は当然本件課税処分を受ける立場にあり、従つて原告の本訴請求は失当である。

仮りに原告が訴外橋爪政治によつてその営業名義を冒用せられたとしても、原告は昭和二十九年三月十五日右橋爪政治の行為を追認して、遊興飲食税の内金二万六千円を現実に被告に納付し、且つ昭和二十五年度、同二十六年度、同二十七年度滞納分合計金十一万四千九百八十六円の納入義務あることを承認し、同二十九年十一月十五日爾後毎月二十五日に金五千円宛分割して右滞納税金を納付する旨の誓約をし、同三十年三月十二日当時の滞納税金十六万六千四百五十一円の納付義務あることを認めている。このような関係からして原告は訴外橋爪政治の無権代理を追認していることとなるから民法第百十三条、第百十六条の類推適用により始めから原告が適法に名実共に飲食店営業の事実並に納税義務を承認したことに帰して、被告の原告に対する本件賦課処分は有効である。地方税法第十一条の各項(昭和二十八年法律第二十四号をもつて改正せられる以前も以後においても)に該当しない場合に徴税の合目的性からしても公法関係において右民法の類推適用は決して不当ではない。

以上により被告の原告に対してなした本件賦課処分はなんら無効原因となるべき瑕疵は存在せず、適法であるから原告の本訴請求は失当である。

(立証省略)

理由

被告が原告を神戸市兵庫区中道通一丁目一番地の料理店「松葉」の経営者と認定し、別紙第一、第二目録記載どおりの遊興飲食税納入額決定処分及び事業税賦課処分をしたこと、並びに原告に右第一、第二目録記載どおりの遊興飲食税、事業税等の滞納があることを理由として、被告が昭和二十九年二月九日原告所有の別紙第三目録記載の家屋を滞納処分のため差押えたことは当事者間に争がない。

原告は、右料理店「松葉」の経営者は訴外橋爪政治であつて、同人が無断で原告名義を冒用して経営していたものであると主張するので、この点につき考えるに、成立に争のない甲第二乃至第五号証、乙第一号証の一、二、第三号証の一、第五号証、第六号証の二、第十二号証、証人富永正十の証言によりその成立を認める乙第七号証、証人杉浦弘一の証言によりその成立を認める乙第十号証の三、証人富永正十、臼井敬次郎の証言によりその成立を認める乙第十一号証、弁論の全趣旨よりその成立を認める乙第八号証、第十号証の一、並びに証人田中ふじ、臼井敬次郎、高嶋定、富永正十、徳久徳重、杉浦弘一、橋爪政治、元原利夫の各証言、及び原告本人の供述を綜合すると、原告は昭和十五年頃から新三菱重工業株式会社神戸造船所に勤務し、肩書住所地に居住している者であり、訴外橋爪政治は原告の叔母の夫に当り、昭和二十二年頃から神戸市兵庫区中道通一丁目一番地の自宅で前記料理店「松葉」を経営していた者であるが、経営不振のため税金の負担の軽減をはかる考で、経営者名義を扶養家族の多い原告名義に変更しようと思いたまたま橋爪政治の妻が原告と同じ黒塚であり、黒塚という判を所持していたところから、昭和二十五年九月頃その印を使用して原告に無断で前記「松葉」の経営者を原告名義に変更し、飲食店営業許可を申請し、或は遊興飲食税特別徴収義務者の登録を申請し原告名義で営業許可をうけて営業を続け、原告名義で遊興飲食税納入申告をし一部納入してきたこと、ところが依然事業不振のため被告主張のごとき税金を滞納し、前記遊興飲食税、事業税等の滞納処分のため前記差押処分を受けるに至つたこと、原告は未だかつて訴外橋爪政治に対し原告名義の使用を承認もしくは黙認したことがないのに、橋爪政治は税務係員に対し恰も経営者は原告であつて同人より経営を任されているかの如き態度を示していた等の各事実を認めることができる。

右の認定に反する乙第二号証の遊興飲食税特別徴収義務者登録申請書、乙第四号証の所得税確定申告書、乙第十号証の二の飲食店営業許可申請書はいずれも原告名義になつているけれども、証人橋爪政治の証言及び原告本人の供述によれば、原告名義の印影は橋爪政治の妻の印であつて原告名義を冒用したものであり、乙第三号証の二の遊興飲食税納入申告書は右橋爪証人の証言及び原告本人の供述によれば、三文印を使用して原告名義を冒用したものであり、乙第十号証の三の診断書は右橋爪証人の証言によれば、同人が原告名義で診断をうけ飲食店営業許可申請にあたり提出したものであり、乙第九号証の原告が立会人となつている部分は、右橋爪の証言及び原告本人の供述によれば、原告の印章並に名義を冒用し、原告不知の間に作成されたものであり、これらはいずれも公務所作成部分を除き偽造もしくは内容虚偽にかかるものと認めるべきであるから、これら乙号各証の内容は信用することができない。又前記認定に反する証人辻元武文の証言部分は前記各証拠に照して信用できないし、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

以上認定した事実から考えると、本件「松葉」の経営者は原告ではなくて訴外橋爪政治であり、同人が無断で原告名義を冒用して経営して来たと認むべきである。

ところで被告は、橋爪政治の原告名義冒用を原告において追認していると主張するので、この点につき考えるに、成立に争のない甲第二号証、乙第六号証の一乃至三、証人富永正十の証言、原告本人の供述、並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、被告主張のように原告が滞納金を納付する旨の誓約書を書いたが、それは右誓約書を書かねば直ちに差押不動産を公売に付し、或は給料を差押える旨被告が言明するので、滞納処分を執行せられるのを免れるため、己むをえず滞納者である橋爪政治に代つて滞納税金を支払う趣旨で誓約したものであり、原告名義の冒用を承認ないし追認したものでないことが認められる。尤も乙第六号証の一及び三によれば、税金を「滞納して居りました云々」の記載があり、恰も原告が自分の滞納を認めているかの如き記載があるけれども、右はあらかじめ印刷された不動文字のある誓約書用紙を使用したためであつて、原告自ら提出した乙第六号証の二の誓約書によれば、橋爪政治が原告名義を無断で使用したことを明記し、又証人富永正十、同臼井敬次郎の証言、原告本人の供述及び弁論の全趣旨を綜合すれば、原告が被告に誓約書を提出する際及びその前後には係官に対し橋爪政治が原告名義を無断で使用したことを訴え、差押その他の処分の不当を繰返し強調していた事がうかがわれるから、これらの乙号証をもつて原告が橋爪政治の行為を追認したものであると解するのは相当ではない。

してみると、別紙第一、第二目録記載の遊興飲食税納入額決定処分及び事業税賦課処分は、飲食店営業を経営せず、又名義を貸した事もなく、更に又遊興飲食税の特別徴収義務者でもない原告に対しなされた処分であるから、いずれも違法の行政処分であり、重大且つ明白な瑕疵のある行政行為として無効である。

したがつて又、なんら滞納していない原告に対する滞納処分としてなされた別紙第三目録記載不動産に対する本件差押処分は、右同様違法の行政処分であり、重大且つ明白な瑕疵のある行政行為というべきであるから無効である。

よつて原告の本訴請求は全部理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森本正 栄枝清一郎 丹野益男)

(別紙目録省略)

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