大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和32年(わ)519号 判決 1958年10月14日

被告人 津田明 外五名

主文

被告人衣笠新、同田村天津男、同津田明を各懲役三年に、被告人東井利夫、同佐々木実、同黒田次男を各懲役二年六月に処する。

未決勾留日数中、被告人佐々木実、同黒田次男に対しては各二百日を、被告人田村天津男、同津田明、同東井利夫に対しては各百日を右本刑に算入する。

但し、この裁判確定の日から、被告人衣笠新に対しては五年間、被告人東井利夫、同佐々木実、同黒田次男に対しては各四年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人松岡秀夫、同山田進(昭和三三年一月二一日出頭分)、同松岡ミツエ、同松岡和男、同古宮正夫、同古宮由吉に支給した分は、被告人衣笠新、同田村天津男、同津田明、同東井利夫の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

第一、被告人東井利夫は、神戸市兵庫区有馬町居住の結組々長近藤頼一の輩下として同人方に寄食していた者であるが、昭和三一年八月一八日午後九時過頃、同僚の佐々木勇こと佐々木実、豊下史朗らと共に右有馬町兵衛旅館附近において盆踊を見物中、折柄右盆踊の見物を終えて帰宅しようとしていた山下益男(当二〇年)、山下悦夫(当一八年)らに対し、佐々木実において、その態度が生意気だと因緑をつけて同人らを同町神戸電鉄有馬温泉駅裏の暗がりに連れこみ、右三名意思相通じたうえ、佐々木実において、右山下益男及び山下悦夫に対し、手拳で数回顔面を殴打し、被告人東井利夫において、右悦夫に対し、手拳で顔面を二、三回殴打し、さらに長さ約一・二米の角棒をもつてその肩部及び腰部を数回殴打し、豊下史朗において、右益男に対し、手拳で顔面を数回殴打し、下駄履きのままその足を一回蹴り、もつて右三名共同して暴行を加え、

第二、被告人津田明、同佐々木実は、いずれも前記近藤頼一の乾分として同人方に寄食していた者であるが、土産物販売業を営む食野絢子が、密かに猥本を販売している事実を知り、その一冊を入手したうえこれを種に同女から金銭を喝取しようと企て、両名共謀のうえ、昭和三一年一二月一日正午過頃、相携えて神戸市兵庫区有馬町一一五七番地の右食野絢子(当四四年)方に赴き、被告人津田明において、同女に対し、右猥本を示しながら「ここは近藤組の繩張りやぞ。こんな本売るんなら煙草銭位くれといたら文句はないんじや。なんやつたら、おばはんとこが売つとることを警察へ言うて協力させてもらう。」等と申向け口止料の趣旨で相当額の金銭を出して欲しいと要求し、同女をして、もしこれに応じないときは右猥本販売の事実を警察に密告されるかも知れないと畏怖させ、よつて、直ちにその場で、同女から現金五千円の交付をうけてこれを喝取し、

第三、被告人衣笠新は、米穀販売業を営んでいた者であるが、昭和二九年末頃、製菓業を営む松岡秀夫に売渡した外米の代金二〇万円が焦付きとなり、その取立のためにあれこれ方策を講じてみたが、いずれも功を奏さず苦慮した結果、渋谷組々長渋谷文男に依頼して、同人とその輩下の者を仲介者として交渉を進めるようになり、さらに、同三一年初頃からは、右渋谷文男の紹介により、当時競売に付された不動産の売買を業としていた被告人田村天津男と知合い、やがて同被告人の斡旋と教示とによつて前記松岡秀夫との間に話合いがつき、同三一年二月二二日、右松岡が製菓工場兼住宅として使用していた同人の妻松岡ミツエ名義の兵庫県姫路市飾磨区恵美酒字石田八九番の一、家屋番号同所三五八番、木造瓦葺二階建工場倉庫事務所一棟(建坪一〇五坪七合五勺、二階坪四〇坪)外附属建物二棟、及びその敷地である松岡秀夫名義の同市同区同字同八九番の一、同番の四乃至一〇、宅地(合計二七三坪)の所有名義を取得するに至つたが、その間、これらの方策を講ずるについて多額の出費を重ね、その額は百万円を優に超える程度に達していたうえに、右土地建物の所有権移転後も、右松岡秀夫が、被告人衣笠新からの立退き要求に頑として応じない態度を固持し続けていたような事情もあつたため、同年三月末頃被告人田村天津男から、万一の場合放火によつて右売掛代金並びに出費の回収を計る途もある旨暗示され、火災保険契約の締結を慫慂されたのを機会に、同年四月八日、友人の山田進を名義上の契約者として、日動火災海上保険株式会社との間に、前記建物を目的とする保険金額四百万円の火災保険契約(受取人は被告人衣笠)を締結し、その後も被告人田村に教えられるままに、右建物から松岡を立退かせ、かつその建物に附着した他の債権者名義の抵当権を締結せしめようと種々画策し、被告人衣笠の友人滝北弘夫名義でこれを競落したかの如き形式を整えたうえ、その競落代金の調達に奔走する運びとなつたが、それが意の如くならないままに該代金支払の期日が切迫して来たところから、事態の処置に窮し思案に余つて、同三一年一一月初頃、姫路市光源寺前町一〇番地の三大衆食堂平安楼において被告人田村と相会し、両名において相談の末、このような事態に立到つたうえは、前記売掛代金と多額の出費とを回収するため右建物に放火して保険金を入手するより他に途はないとの結論に達して、ここに被告人衣笠、同田村は、前記建物に放火してこれを焼燬しようと決意するに至り、被告人田村において、同年一一月末頃、大阪市南区難波新地三番町一八番地朝日食堂内で、かねて面識のあつた被告人津田明に対してその情を打明け、金二〇万円の報酬で右建物に放火してもらいたい旨依頼してその承諾を得、さらに被告人津田明は、右依頼に基き、翌三二年二月二七日正午過頃、同被告人の輩下である被告人佐々木実、同黒田次男、同東井利夫と相謀つて右建物を焼燬しようと企て、ここに被告人六名は順次共謀のうえ、同日午後七時三〇分頃、被告人津田、同佐々木、同黒田及び同東井において、相携えて前記松岡方工場兼住宅建物の東側板塀ぎわに赴き、被告人黒田において、途中買求めて来たガソリン一瓶(証第七号につめていたもの)を取出し、被告人佐々木から用意して来た脱脂綿一塊(証第一号はその焼残り)を受取つてこれをその場に落ちていた繩で縛り、右ガソリンを脱脂綿にしみこませたうえ被告人東井に手渡し、被告人東井がその繩の部分を持つて脱脂綿をぶらさげている間に被告人黒田が持つて来たマツチをすつて右脱脂綿に点火し、被告人東井において、これを現に松岡秀夫外二名の居住する建造物である右工場兼住宅建物二階東側の明け放たれた窓に向つて投げつけて放火したが、脱脂綿は右窓内に投げこまれることなく、同建物東側に釘付けされた換気用網戸(証第六号はその一部)をかすめて、同建物の外壁と東側板塀との間の三角形の空地に敷きつめられていたコークス置場用の板の上に落下したのち、程なく家人の松岡秀夫らに発見されて消し止められたため、右換気用網戸の外枠のうち下枠一二・三糎、縦二・三糎の部分(証第六号)と右敷板の中央部約二〇糎四方を炭化させただけで、前記建造物を焼燬するに至らなかつた

ものである。

(証拠の標目)(略)

なお、検察官は判示第三の事実につき、被告人津田、同東井、同佐々木、同黒田の四名は、脱脂綿にガソリンを浸し、繩で縛つてこれにマツチをすつて点火したうえ工場内に投げ込み、住宅兼工場建物の桟の一部を炭化させ、さらに右建物に附属するコークス置場に立てかけていた囲板を燃焼させたものであるから、放火の既遂罪が成立すると主張するけれども、当裁判所の検証調書によつて明らかなように、右コークス置場は、建物の外壁と板塀の間の三角形の空地に板を敷きつめたものであり、本件火災の際は、三角形の底辺にあたる部位に置かれた角材の上に設けられた枠にはめこむ囲板が、その枠から外されて板塀に立てかけられ、その下に敷いてあつた板の一部が燃えたものであつて、右コークス置場の敷板ならびに囲板が本件建物の一部又は構造上これと一体をなす物件であるとはとうてい認め難いのみならず、所論建物の桟とは、東側壁の窓の外部に釘付けされてその一部を構成するものと認められる判示換気用網戸の外枠を指すもののごとくであり、その下枠一二・三糎、縦枠二・三糎の部分が炭化していることは、前顕窓枠の一部(証第六号)ならびに各証人尋問調書の記載によつて明らかであるが、反面右証拠によると、焔を上げている脱脂綿が落下する際にこれと接触して燃上り、そのうち自然に消えてしまつたものであることを首肯することができるので、この程度の火勢では、未だ放火の媒介物を離れて独立して燃焼を継続する状態に達していたものと認めるに由なきものと言わざるを得ない。

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人東井利夫の判示第一の所為は暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条第一項罰金等臨時措置法第三条第一項第二号に、被告人津田明、同佐々木実の判示第二の所為は刑法第六〇条第二四九条第一項に、被告人六名の判示第三の所為は同法第六〇条第一一二条第一〇八条に、各該当するところ、被告人東井利夫の判示第一の罪につき所定刑中懲役刑を、被告人らの判示第三の罪につき所定刑中いずれも有期懲役刑を各選択し、判示第三の所為は未遂罪であるから、被告人六名につき同法第四三条本文第六八条第三号に則つて法定の減軽をし、被告人東井利夫、同津田明、同佐々木実の以上各罪は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文第一〇条に従つて、被告人東井利夫については重い判示第三の放火未遂罪の刑に、被告人津田明、同佐々木実については重い判示第二の恐喝罪の刑にそれぞれ法定の加重をし(但し、被告人津田明、同佐々木実につき、短期は放火未遂罪の刑による)、右各刑期範囲内で被告人衣笠新、同田村天津男、同津田明を各懲役三年に、被告人東井利夫、同佐々木実、同黒田次男を各懲役二年六月に処し、刑法第二一条により、未決勾留日数中、被告人佐々木実、同黒田次男に対しては各二百日を、被告人田村天津男、同津田明、同東井利夫に対しては各百日を右各本刑に算入する。

ところで、被告人衣笠新の本件犯行は、極めて危険な犯罪であり、しかも保険金詐欺の目的に出たものであつて、犯情必ずしも軽くないものがあるけれども、実害が極く僅少なものであつたこと、同被告人が本件のような罪を犯すに至つた経緯と動機について、なお一掬の同情に値するものが存すること、本件犯行後、前記不動産の所有名義を被害者に返還し、同人に対する債権を放棄する等ひたすら謹慎の意を表し、改悛の情が顕著であること、竜野市のような小都市の住民として既に十分の社会的制裁をうけ終つていると認められること、再犯の虞がないこと、等諸般の情状を斟酌するならば、同被告人に対してはその刑の執行を猶予するのが相当であると思料され、さらに、被告人東井利夫、同佐々木実、同黒田次男は、本件放火の実行行為者であり、しかも被告人津田明から右犯行に加担すべく要請されるや、何らの逡巡の色を示すことなくこれを分担したものであつて、その性格の危険性は蔽うべくもないが、いずれも成年に達して間もない思慮浅薄な青年であり、本件犯行もそれ故の軽卒な行動というべきものであるばかりでなく、相当長期間に亘る拘禁生活によつて十分な反省の機会を与えられたものと認められ、かつ又、被告人佐々木実に罰金刑の言渡をうけた前科がある外は何らの前科もないので、更生のための唯一最適の機会である現在、同被告人らに対しては、実刑を科するよりむしろその刑の執行を猶予するのが妥当であると認められるのである。そこで、被告人衣笠新、同東井利夫、同佐々木実、同黒田次男につき刑法第二五条第一項を適用して、この裁判確定の日から、被告人衣笠新に対しては五年間、その余の被告人三名に対しては四年間右各刑の執行を猶予することとし、訴訟費用のうち、証人松岡秀夫、同山田進(昭和三三年一月二一日出頭分)、同松岡ミツエ、同松岡和男、同古宮正夫、同古宮由吉に支給した分は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文第一八二条に従つて被告人衣笠新、同田村天津男、同津田明、同東井利夫の連帯負担とし、被告人佐々木実、同黒田次男については、貧困のため訴訟費用を納付することのできないことが明らかであるから、刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用していずれもこれを負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 石丸弘衛 大西一夫 藤原弘道)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例