神戸地方裁判所 昭和32年(ワ)222号 判決 1959年4月23日
原告
山本民子(仮名)
被告
中村進(仮名) 外二名
主文
被告等は連帯して原告に対し金三〇万円及びこれに対する昭和三二年三月一七日以降完済迄年五分の割合による金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その一を被告等の負担とする。
この判決は原告勝訴の部分に限り、原告において被告等に対し各金一〇万円の担保を供して仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、「被告等は連帯して原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和三二年三月一七日以降完済迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、原告は訴外佐野知之の媒酌で、昭和三〇年五月六日、被告中村進と結婚式を挙げ、同被告の両親である被告中村保、同中村シヅコのもとで事実上の夫婦として同棲し、当初は夫婦仲も円満であつたが、右両親を初め家族の原告に対する態度が冷たく、殊に、被告シヅコは日常生活のことごとに難癖を付け、果ては常識では考えられないような罵詈雑言を浴せること再三に止まらず、又、被告進も同年六月頃、原告から同人が姙娠一ヶ月であることを聞かされるや、急に冷淡な態度を示すようになり、理由を明示せずに再三原告に堕胎方を強要し、更に同年九月頃、たまたま被告保に胃がんの兆候がみえ、入院治療の必要が生じたことを理由に、今度は被告等一家の決議であるとして姙娠五ヶ月後の堕胎が如何に危険であるかを知りながら、予め堕胎の手筈迄も整えて堕胎方を強要するに至つた。そこで、原告は思い余つて実家の両親とも協議の上、専門医に相談したところ、果して医師から生命にも関わる危険性があるとして堕胎をしないように勧告を受けたが、被告等の要求を拒否することによつて、被告一家の信愛を失い、引いては被告進との関係を破境に陥し入れる結果を招くことになるかも知れないとおそれ、あえて身の危険をおかして緒方病院で堕胎手術を受けたのである。ところで、被告等は右手術に際し、原告及びその両親等に、(イ)、堕胎の結果、原告の身体に危険を生じたときはいかなるぎせいを払つても完全に治療、回復せしめること、(ロ)、堕胎後退院迄に婚姻の届出をなすこと、(ハ)、堕胎後は原告及び被告進を被告一家より別居させることの三条件を実行することを誓約したが、その後、一つだに実行せず徒らに日を過ごすうち、原告は三一年一月末頃、倦怠をおぼえるとともに多量の出血をみたので、直ちに前記病院へ赴き、診察を受けたところ、前記堕胎後日浅く、母体が完全に回復しない間に再度受胎したため流産したものであることが判明した。しかるに同年三月頃、三度目の姙娠をし、翌四月前記病院で受診したが、その際、緒方医師から「被告進の姉大場美子が前々日同病院を訪れて、原告が生来、身体が虚弱であり、先天的な欠陥の持主である旨の証明書又は診断書の交付を求めたが、同医師において、事実無根の故をもつて右申出を拒否しておいた」旨告げられたので、原告側は被告等の態度に疑念を抱き、媒酌人を通じてその真相を確めたところ、被告進は「親族会議の結果、原告が家風に合わず、長男の嫁として不適当であることを理由に原告を離別することに一決したこと、両親から若し原告との離別に応じないときは両親の家を出て、ミカド工業株式会社(社長は被告保)を退社すべき旨申し渡されているため、自分としては右決定に服して原告を離別するの外はない」と言明したため、更に媒酌人をして、被告保、同シヅコ夫妻の真意をたださせたところ、同被告等も、原告が身体虚弱であり、経済観念にも乏しく、被告進の妻としては不適当であるから離別させることに決したと言明し、ここに被告等は共同して、冷酷にも当時姙娠一ヶ月の身体である原告を見捨てて、内縁関係を一方的に破棄した。
二、しかして、原告は被告進と同棲以来、被告の一家の冷遇にたえて、その家風になれ、愛される縁となることに努力し、被告進が前記訴外会社から受ける月俸約二万円の内から毎月、五〇〇〇円の予金をして、もつて、将来に備えるとともに、他方、同被告の嗜好に合つた家庭を築きあげるために心を尽して来たのであつて、この間、原告には被告等に責められるような何等の落度もなかつたが、従前からの被告等の態度からして、今更、同人等に反省を求めても無駄であると考え、止むなく昭和三一年五月上旬被告方から自己所有の財産を引き揚げ、もつて内縁解消に応じたのである。しかしながら、原告はこのため、肉体上、精神上甚大な苦痛を蒙つたのであり、被告等の内縁関係の破棄は前記の如く正当な事由に基かないのである以上、同被告等は共同不法行為者として、原告の蒙つた右損害を賠償すべき義務があることは当然である。
三、原告は昭和四年五月二九日上海において父山本四郎、母山本マツノの五女として出生し、私立○○女子大学を卒業し、その実家は芦屋市において宅地約一、〇〇〇坪及び居宅建坪約七〇坪を所有する知名の家柄であり、一方被告保は国鉄出入のミカド工業株式会社の社長であつて肩書地において宅地約二、〇〇〇坪及びその地上に宏壮な居宅等合計約五、〇〇〇万円の資産を有し、被告シヅコはその妻であり、被告進は同保の長男であり、○○帝国大学工学部を卒業し現に前記会社の専務取締役である。以上諸般の事情を総合すれば、原告の蒙つた前記苦痛に対する慰藉料は金三〇〇万円が相当であると思料するが、原告は被告等に対し、連帯して内金一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和三二年三月一七日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める
と述べ、
証拠として、甲第一、第二号証の各一ないし三を提出し、証人佐野知之(第一回)、同横井則治、同小島文彦、同山本マツノの各証言、原告、被告中村保、同中村シズコ、同中村進各本人尋問の結果を援用し、乙第一号証の成立は不知、第二号証の成立は認めると述べた。
被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
原告の主張事実中、原告と被告中村進が訴外佐野知之の媒酌により昭和三〇年五月五日結婚式を挙げたこと、原告が同年九月頃堕胎手術を受けたこと、原告が同三一年五月上旬被告方から自己所有の財産を引き揚げて、内縁関係が解消したこと並びに被告等の身分関係及び職業はいずれもこれを認めるが、その余の点は争う。昭和三〇年九月に行なつた姙娠中絶は被告等の強要によるものではなく、関係者一同協議の上、原告も十分納得して行なつたものであり、又、本件内縁解消は、結局、原告が、(イ)、身体虚弱であること、(ロ)、家庭の主婦として経済的観念に乏しいこと、(ハ)、被告等の家庭に融和しないことの三点に起因するのであつて、もとより被告等においてその責任を負担すべきいわれはない。と述べ、
証拠として、乙第一、第二号証を提出し、証人佐野知之(第八回)の証言、被告中村保、同中村進各本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。
理由
原告と被告中村進とが訴外佐野知之の媒酌により、昭和三〇年五月六日結婚式を挙げたこと、翌三一年五月上旬、原告が被告方から自己所有の財産を引き揚げ、内縁関係が解消したこと、被告中村保がミカド工業株式会社の社長、被告進はその長男であり、右会社の専務取締役、被告中村シヅコは同保の妻であることは当事者間に争がない。証人佐野知之(第一、二回)、同横井則治、同小島文彦、同山本マツノの各証言、原告、被告中村進、同中村保(但し、後記措信しない部分を除く)各本人尋問の結果を総合すると、原告と被告進は右挙式後、約二ヵ月間は被告保、同シヅコ及び被告進の弟妹三名と同一家屋で、その後は同一屋敷内の別棟の家屋で事実上の夫婦として同棲し、当初は夫婦仲も円満にいつていたが、被告等家族の原告に対する態度が冷たく、殊に、被告シヅコは、原告が新婚旅行から帰宅して数日後、被告等家族の者と夕食をともにしつつある原告の面前で、被告保に向い「よく、嫌いな愛媛県人を貰いなさつたね」と言つて、暗に長男の嫁として原告を迎えたことを非難するなど、結婚当初から原告を暖かく迎え入れる気持に欠け、その後も、たびたび原告に対し侮辱的な言動に出で、原告を雇人同様に扱い、更には、原告夫婦の留守を見計らつて同人等の居室に立ち入り、原告の羽織を引きさいたり、或いは人形の足や電気スタンドのコードを引きちぎるなどの乱暴をすることもあり、被告保は当初は原告に好意を持つていたが、原告が別棟に移つた頃から原告に冷淡となり、原告と被告進との婚姻継続を喜ばない態度を示し、又被告進は生来、消極的な、おとなしい性質の持主であるところから、両者の仲に立つて、自己のとるべき態度や措置に窮していたこと、一方、原告は同樓後間もなく姙娠し、昭和三〇年六月、姙娠一ヵ月の身であることを知つたので、実家の母ともどもこれを喜び、早速、被告進にこれを告げたところ、同被告は原告の妊娠を喜ばないばかりか、同年九月上旬、既に、内心、被告保、同シヅコ夫婦等家族の意思に迎合して原告を離別したい意向を持つていたので、原告に妊娠中絶方を強く要求したこと、そこで原告は既に妊娠五ヶ月にもなり、手術にもかなり危険を併うことが予想されたが、媒酌人の尽力もあつて、被告進との間に、(1)、被告保、同シヅコ夫妻とは別居すること、(2)、婚姻の届出をすることの二つの事柄を手術後速やかに被告進において実行することに話合いができたため、同日七日妊娠中絶の手術を受けたが、被告進はその後右約定を実行しないばかりか、それを実行する意思なく、かえつて翌三一年四月上旬頃、媒酌人に対し、「両親と絶縁してまで原告との関係を続けることはできないから、この際、むしろ原告を離別したい」旨の申入をなし、更にその後、一両日して、被告保、同シヅコ夫妻からも媒酌人にあて、原告が、(イ)経済的観念に乏しいこと、(ロ)身体が虚弱であること、(ハ)被告等の家族に融和せず、長男の嫁として不適当であることを理由として原告と被告進とを離別させる旨申し出たこと、そこで媒酌人は直ちに原告の両親と協議の上、原告が当時三度目の姙娠中であり、かつ、心身ともに疲れ切つた状態にあつたため、原告に対しては被告等の離別の申出を秘し、静養のためにということで、一応、原告を実家に連れ戻し、改めて媒酌人から原告に被告等の意向を告げて離別を納得させ、前記の如く原告の所有財産を被告等方から引き揚げて、ここに内縁関係が解消するに至つたものであることが認められ、右認定に反する被告本人中村保、同中村シズコの各供述は措信し難く、他に右認定を動かす証拠はない。
被告等は右本件内縁解消はその主張の(イ)、(ロ)、(ハ)の三個の理由によるものであつて、被告等には何等の責任がない旨主張するが、被告中村進、同中村保各本人尋問の結果によるも原告に被告等主張の如き欠陥があつたことを肯認するに足りず、他にこれを認めるに足りる何等の証拠がない。尤も、証人小島文彦の証言、原告本人の供述によると、原告が昭和三一年一月下旬、同年四月末頃の二回にわたり、いずれも流産したことが認められるが、前記姙娠中絶の事実と併せ考えるとこの事実によつて原告の身体が虚弱であつたと認めることができず、まして、離別の正当事由となすことができないことはいうまでもない。
してみれば、被告進は、原告に格別の落度もなく、その他、原告との内縁関係を解消せしめるにつき正当と認められる何等の事由もないのに原告を離別し、もつて内縁関係を破棄したもの、他の被告等は被告進の両親として、同被告の右行為に共同加工したものと認めざるを得ないところ、原告本人の供述によれば、原告は右内縁関係の破棄により精神上の苦痛を蒙つたことが明らかであるから、被告等は共同不法行為者として、連帯して、原告の蒙つた右精神的苦痛に対し相当の慰藉料を支払うべき義務がある。そこで、右慰藉料の額について検討するに、各成立に争がない甲第一号証の一、二、同第二号証の二、三、証人山本マツノの証言、原告、被告中村保、同中村進各本人尋問の結果によれば、原告は昭和四年五月二九日生れで中流以上の家庭に育ち、布施市所在の私立○○女子大学を卒業したもので、初婚であつたこと、被告は京都大学農学部農芸化学科を卒業し、ミカド工業株式会社専務取締役として月俸約二万三、〇〇〇円の収入を得ているもので、昭和二七年二月最初の婚姻をしたが、僅かに四ヶ月で離婚していること、被告保は右会社社長として月俸七万五、〇〇〇円の収入を得ている外、他に若干の不動産をも所有し、シヅコ等とともに中流程度の家庭生活を営んでいること等が認められるので、右認定の事実に、前記諸般の事情を参酌するときは、被告等の原告に支払うべき慰藉料は金三〇万円をもつて相当と認めるべきである。
しからば、原告の本訴請求は、被告等に対し、連帯して、右慰藉料として金三〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかである。昭和三二年三月一七日以降完済迄民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲において正当としてこれを認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。
よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。