神戸地方裁判所 昭和33年(ワ)727号 判決 1959年4月18日
原告 新井都 外二名
被告 共栄火災海上保険相互会社
主文
原告等の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
事実
原告等訴訟代理人は、「被告は原告等に対し、各金一〇万円及びこれに対する昭和三三年九月六日より完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、訴外亡新井右太郎は神戸市兵庫区明治通三丁目二〇篠田石油株式会社の従業員であつて同市同区西宮内町所在同会社経営の給油所で勤務していた者であるが、昭和三一年九月四日、同市長田区苅藻通六丁目一七八神戸運送自動車有限会社の運転者訴外藤原武志が同会社の小型貨物自動車兵六あ第一二〇一号を運転し右会社車庫を出発し神戸中央市場へ行く途中、前記給油所に立ち寄り燃料の補給を終え、出発しようとしたところ「クラツチ」の調子が悪いので前記新井右太郎から少量のガソリンを貰い受けて不良個所を洗滌して調整中、突然「バツテリー線」がシヨートして点火し、その傍で電灯を差向けて右作業を手伝つていた新井の作業服に引火し、そのため同人は全身第二度火傷を負い、因つて同月六日神戸医科大学附属病院において死亡するに至つた。
二、右事故は運転者藤原が前記自動車を操縦して目的地に向う途中給油のため停車中に発生したものであるが、自動車損害賠償保障法(以下保障法と略称する)の適用において同法第三条の所謂「運行」の状態において生じたものと解すべきである。即ち本件の如く給油のため一時停車した場合においては、自動車が車庫を出発し目的地に到達するまでは一連の運転行為であるから、右停車中もなお「運行」中であると解するのが相当である。
このことは保障法が無過失責任の原則を採用し被害者の保護を完全ならしめようとする立法趣旨からも肯定される。
又被害者の焼死するに至つた原因は自動車のクラツチの故障を修理中にバツテリー線が発火し、それが被害者に引火したためであるから本件事故は自動車の運行と因果関係がある。
三、前記藤原の使用主である神戸運送自動車有限会社は前記自動車の保有者として昭和三〇年一二月二一日被告会社神戸支社との間に保険期間を満一カ年とする自動車損害賠償責任保険契約を締結し直に所定の保険料を支払つたので右契約の効力が発生した、そして前記の保険事故は右保険期間中に発生し、そのため新井右太郎が死亡したのであるから被告は保障法第一六条により保険金三〇万円の支払義務がある。しかして原告新井都は新井右太郎の妻として、同邦子、同雅男はその子としてそれぞれ右損害賠償請求権の三分の一宛を相続した。
四、よつて原告等は被告に対し右保険金の支払を請求する。
と述べ、立証として証人藤原武志の証言を援用した。
被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、
一、原告の請求原因の事実は、左の事実以外は認める。即ち藤原は自動車の故障を修理すべく石油缶を三分の一に切つた缶に揮発油を入れ、自動車から降りてその外部からその油にて故障個所の油をふき又は洗い落しつつあつたが、油が固着して容易に取れないのでハンマーを以て故障個所をたたいたところスパークして微粒の破片が飛び散り石油缶に引火したので、藤原は自動車に引火焼失することをおそれ石油缶をとつさに投げたところ傍に立つたいた被害者新井右太郎に油火がかかりそのため同人は大火傷した結果死亡したものである。
二、同三の事実中、原告等が新井右太郎の相続人であることは知らない、その余の事実は認める。
三、本件事故発生当時本件自動車は「運行」の状態になかつた。即ち保障法にいう「運行」とは自動車を当該装置の用い方に従い用いることをいうことは同法第二条に明定しているのであつて、これは自動車を運転する者が原動機により自動車を移動させている状態にあることを必要とする。このことは保障法の制定目的よりしても又同法第三条が免責事由として単なる自動車の構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことの外に常に保有者及び運転者が自動車の運行に関して注意を怠らなかつたこと及び被害者又は運転者以外の第三者に故意過失があつたことを証明しなければならないものとしている点よりみても明らかである。従つて自動車の停車中における事故は如何なる場合でも保障法の対象とならないと解すべきである。本件事故は前記の如く停車修理中の事故であるから同法の「運行」中の事故ではない。
四、かりに本件事故が保障法にいう「運行」中の事故であるとしても、同法第三条所定の自動車の「運行によつて他人の生命を害したとき」とは自動車の運行と致死の結果とが相当因果関係にあることを要件とするものと解せられるところ、被告主張の前記事実によれば、被害者の死亡と自動車の運転若しくは修繕作業との間に直接の因果関係はなくその間に引火した石油缶をほうり投げるという藤原の行動が介在しているのである。
五、よつて本件自動車の保有者である神戸運送自動車有限会社に自動車損害賠償責任を生ぜず従つて被告会社に本件保険金支払の業務はない。
と述べた。
理由
訴外亡新井右太郎が神戸市兵庫区明治通三丁目二〇篠田石油株式会社の従業員であつて同市同区西宮内町所在同会社経営の給油所で勤務していたこと、神戸運送自動車有限会社の運転者藤原武志が昭和三一年九月四日同会社の貨物自動車兵六あ第一二〇一号を運転し、右給油所に立ち寄り燃料の補給を受け、クラツチの不良個所を調整したこと、同日同所で右新井右太郎が火傷を負い、そのため死亡したこと、神戸運送自動車有限会社と被告との間に原告主張のとおり自動車損害賠償責任保険契約が締結されたことはいずれも当事者間に争がなく、証人藤原武志の証言によると、右藤原武志は同日集荷のため姫路方面へ赴くべく右貨物自動車を運転して同社車庫を出発し、途中給油のため午後七時頃前記のとおり前記給油所に立ち寄り給油を終えたが、同車のクラツチに故障があつたので、藤原は原動機を停止したまま、それを修理するため、同給油所で勤務中の右新井右太郎から油を半分入れた一リツトル罐を貰い受け、傍で新井が差し照らす電灯の下で故障個所を洗滌中、突然同自動車のバツテリ線がシヨートして発火し、藤原の持つていた石油罐に引火したので同人は右罐をほうり投げたためこれが右新井に当り、そのため新井が油火を浴びて火傷を負つたことが認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。
そこでまず右事故について神戸運送自動車有限会社に保障法第三条の規定による損害賠償の責任が発生したかどうかについて判断する。保障法第二条第一項第二項によると自動車の「運行」とは自動車を当該装置の用い方に従い用いること、すなわち自動車を原動機により移動せしめることをいうものと解すべきであるが、同法第三条には自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときはこれによつて生じた損害を賠償する責に任ずると規定しているから、同条による損害賠償責任は自動車の運行中に事故が発生した場合に生ずるのみならず、自動車がたまたま停車している場合の事故であつても、その事故発生と自動車の運行との間に相当因果関係がある場合には右損害賠償責任が発生するものと解する。ところで、前記認定事実によると、本件事故は、前記藤原武志が前記自動車を運行の途中、一時、給油所において停車中に発生したものであり、且同人が同所で給油をなし、更に原動機をとめて自動車の故障個所を修理中に発生したものであるから、本件事故は自動車の運行中に発生した事故でないことは勿論、本件事故発生と右藤原の自動車運行との間に相当因果関係があるということもできない。
すると本件事故につき、神戸運送自動車有限会社は保障法第三条による損害賠償責任を負担しない。従つて被告会社は本件事故による保険金の支払義務はないというべきである。
そうすると原告等の本訴請求はその余の主張につき判断するまでもなく失当であるからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 村上喜夫 西川太郎 小河基夫)