神戸地方裁判所 昭和33年(行モ)10号 決定 1958年12月18日
申立人 猪坂元市
被申立人 淡路町選挙管理委員会
主文
本件申立を却下する。
申立費用は申立人の負担とする。
理由
申立代理人は、被申立人が昭和三十三年十二月四日淡選管告示五十五号をもつてなした淡路町議会議員猪坂元市の解職投票に関する告示の効力は、神戸地方裁判所昭和三十三年(行)第三四号町会議員解職請求者署名無効確認事件の判決が確定するまでこれを停止する、との裁判を求め、その理由とするところは、別紙申立の原因として記載するとおりであつて、疏明として疏第一ないし六号証を提出した。
被申立人が申立人の解職請求署名簿の署名に関する異議の申立を却下したことは、申立人の提出した疎明資料によつて認めることができ、これに対し、申立人は、当庁にその取消訴訟を提起していることは、当裁判所に明らかである。
しかしながら、本件において解職投票の告示の効力、従つて、解職の賛否の投票を停止しなければ、それだけで申立人に償うことのできない損害が生ずると云うことはできない。又、かかる損害が生ずると云う特別の事情を認めることのできる何らの資料もない。
よつて、本件申立は、その他の点を判断するまでもなく理由がないから、却下し、申立費用の負担については、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 森本正 前田治一郎 丹野益男)
(別紙)
申立の原因
一、申立人は兵庫県津名郡淡路町仮屋地区の同町々会議員選挙区(地方自治法第八十条(3)項及公職選挙法第十五条(5)項)より昭和三十一年四月選出された、同町々議会議員の職に在る者なる処、昭和三十三年九月八日同町右選挙区内の訴外和田末一、同中山忠夫等は申立人に対する解職請求代表者となり、昭和三十三年九月中右仮屋地区選挙区内町議会議員の選挙権者三八六六人中より二三二〇人の署名を収集し署名簿を被申立人に提出し、被申立人は二二〇三人(無効署名一一七人)を有効署名として昭和三十三年十月一般の縦覧に供した。
二、依つて申立人は昭和三十三年十月廿九日異議申立の法定期間に右署名簿の効力に関し
(1) 解職申請書には「地区町民大会の決議として仮屋地区選出議員は一致協力して住民の信頼に違背せざることを要望したのであるが、議員猪坂元市は地区選出議員と同調せず、世論に反して私等住民の信頼に違背せる言動を為したもので、これを容認することが出来ない云々」とあるが理由がない。
(2) 住民の署名簿は公正でない。即ち天降的に部落長或は隣保長に意を含め強制的に署名捺印せしめた。
(3) 同区高塚部落の如き署名に提出した、解職理由書の文言に誤ちがあるが署名人は文言を事実と見て署名して居る。
(4) 署名人の大半は強制的又は誘導的に署名捺印させられたと認められる点、及び有効と判定された署名中に自署しない無効署名と認められるもの多々あるので、全署名人を参考人として喚問の上審査されたい。
等の条項についての異議の申立を為し解職請求署名簿の無効を被申立人に対して主張した。
三、然るに被申立人は右申立人の異議申立に対し昭和三十三年十一月四日附を以て被申立人は異議事項につき実質的審査権が無いとか或は本人の出頭を得て意見を求めたが何も申述をしない等、地方自治法七四条の三の(3)(4)に基く審査を完全に行わずして申立人の異議申立を却下したので申立人は昭和三十三年十一月十八日御庁に対し右町会議員解職請求署名無効確認の訴を提起し御庁昭和三十三年(行)第三四号事件として繋属中である。
四、而して本件解職請求署名簿は左の理由により有権的本案訴訟に於ては無効なる事が明である。
(1) 本件解職請求署名簿の請求要旨は前記の通り「地区選出議員と同調せず、世論に反した云々」とするも、申立人は淡路町々議会の議員であつて選挙区の議員ではない。従つて、仮りに本件解職請求要旨に謂うが如き言動があつたとしても、申立人は淡路町全体の為に自己の信ずる処に行動したのであるから何人からも非難さる可き筋合ではない。
憲法第十五条の(2)はすべての公務員(一般職たると特別職たるとを問わず)は全体の奉仕者であつて一部の奉仕者ではないと明記する処で、明に本件解職請求要旨は住民の直接請求権を乱用するもので、右憲法の条章に違反するは勿論一種の村八分的行為である、現に申立人以外の右地区選出議員八名は本件解職請求代表者等が別に結成する郷土建設促進会なるものから辞職を強要せられ、全部辞職するの止むなきに至つたのである。
而して右解職請求要旨は解職請求者の署名と表裏一体を為し本件解職請求署名簿を構成するものであるから請求要旨の明に違法なる処、署名簿全体が無効である。
(2) 被申立人の本件却下決定自体の文言に明白なる通り被申立人は前記地方自治法第七十四条の三の(3)(4)に基く本件署名の効力を決定していない。単に、本人の出頭を求めたが本人が陳述しないから頭初被申立人が決定した署名総数と変りないことに決した云々と云うに過ぎず、其違法なるは明であり本案訴訟に於ては本件解職請求の署名者法定所要数一二九〇人を割ることは前記の事情により容易に推断せらるる処である。
五、然れども、被申立人の本件異議却下決定の存する処、本件解職請求は其進行をみて申請趣旨の通り申立人の解職投票は昭和三十三年十二月廿四日に行われんとしているのである。斯くては、町議会議員として淡路町全体の為め良心に従つて集団的暴力に屈せず行動した申立人の精神的、物質的損害は償うことの出来ない緊急事態に立たざるを得ない反面、本件解職投票の停止に因つて、何等淡路町全体の福祉に影響を及ぼす可き点はないので行政事件訴訟特例法第十条二項により本申立をなす次第である。