神戸地方裁判所 昭和34年(ワ)594号 判決 1962年8月04日
原告 山路俊輔
被告 大西実雄
主文
原告の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金一〇九万二、三一六円およびこれに対する昭和三四年七月八日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。右請求の理由がないときは、被告は原告に対し別紙目録<省略>記載の各動産を引渡せ。これを引渡すことができないときは、被告は原告に対し金七〇万円およびこれに対する昭和三六年二月二五日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。
(一) 主位的請求
(1) 神戸市灘区鹿の下通り一丁目八番地上家屋番号三九番木造瓦葺二階建共同住宅一棟建坪五九坪九合三勺二階坪五八坪九合三勺(以下本件建物と略称する、)はもと原告の所有に属していたところ、昭和二九年二月一五日神戸地方裁判所において強制競売開始決定(同庁昭和二九年(ヌ)第九号事件)を受け、鑑定人朝倉幸三郎作成の同年三月八日付評価書記載の評価額金二六一万四、九二〇円を基礎として(最初の)最低競売価額が定められ、それを売却条件として競売手続が続行された結果、昭和三一年五月一六日の競落期日において、被告が代金一三一万二、二〇〇円をもつて競落許可決定を受け、右建物の所有権を取得し、同年七月七日右建物の造作たる別紙目録記載の各動産とともに被告に引渡された。
(2) ところで、右建物は競売開始決定の当時建築工事が進行中で全工程の約六割程度しか完成しておらず、建物の内部および、外壁の仕上げ、畳、建具等の造作の備付け等も未了であり、鑑定人の前記評価も建物が右の状態にあることを考慮してなされたものであるが、原告は、その後右工事を継続し、被告に対し右の建物が引渡されるまでの間に、建物建築工事および造作の備付けを完成し、そのため少くとも、大工、左官工事手間賃および材料代として金六八万二、五五七円、電気、水道工事費として金二二万四、一八七円、畳、建具代として金二九万九、三六一円、塗装代として金二、七〇〇円合計金一二〇万八、八〇五円以上の費用を支出した。
(3) よつて原告は被告に対し、右費用全額の返還を請求しうるのであるが、そのうち原告が被告の競落後本件建物の賃借人から収得した家賃金一一万六、四八九円を控除した残額金一〇九万二、三一六円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三四年七月八日から右完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(二) 副位的請求
(1) かりに、右請求が理由がないとしても、被告は、前記のごとく、本件建物とともにその造作たる別紙目録記載の各動産の引渡しを受けたが、これらの動産は現在においても原告の所有に属している。
(2) よつて、原告は被告に対し、右各動産(新品)の引渡しを求め、もし、被告がこれを引渡すことができない場合には、本件口頭弁論終結時におけるその時価合計額金七〇万一、七〇〇円のうち金七〇万円およびこれに対する副位的請求申立記載の準備書面送達の翌日である昭和三六年二月二五日から右完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、「原告主張の主位的請求原因のうち(1) の事実は認める(ただし、被告が引渡しを受けた造作の品目、個数、時価等は争う、)が、(2) の事実は知らない。かりに、その請求原因事実がすべて認められるとしても、被告は競売手続の売却条件にしたがい、適法に本件建物を競落して、建物およびその造作たる各動産の所有権を取得し、競落代金を支払つてその引渡しを受けたものであるから、競落代金以外に何らの支払義務を負わない。もし、執行裁判所の定めた最低競売価額が不当に低廉であるというのであれば、それは、競売手続中において、執行方法に関する異議または抗告の方法により是正を求めるべきであるのに、原告がこれらの方法をとらず、すでに競売手続が完結した以上、その不当を争うことはできない。また、副位的請求原因事実はすべて争う。」と述べた。<証拠省略>
理由
(一) 最初に、原告の主位的請求の当否について判断する。
まず、事実関係をみるに、その請求原因のうち前記(1) の事実についてはすべて原、被告間に争いがなく、また真正に成立したことについて争いのない甲第二、三号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したことの認められる甲第一号証の一ないし六五、証人朝倉幸三郎、同大杉貞夫の各証言および原、被告各本人尋問(被告本人については第一、二回)の結果を総合すると、本件建物は競売開始決定の当時、建築工事が進行中で全工程の約六割程度しか完成しておらず、畳、建具等の造作の備付けも未了の状態であり、しかして、そのため、執行裁判所が最初の競売期日における最低競売価額決定の基礎とした鑑定人の評価額も本件建物が以上のごとく未完成の状態にあつたことを考慮して定められたのであるが、しかし、原告が、その後競落許可決定に至るまでの間に、相当額の費用を投下し、右建物の建築工事を一応完成するとともに、畳、建具等の造作も一通り備付けた事実(ただし、投下費用の金額および造作の品目、点数、時価等の点についてはしばらくおく)、を認めることができる。
ところで、以上のごとく、競売開始決定から競落許可決定までの間に競売の目的物の状態ないしその造作に変動の生じた場合、競落許可決定の効果として競落人たる被告がいかなる状態の、またいかなる範囲の権利を取得するかが問題となるので、つぎに、その点について考察する。およそ、競売開始決定による不動産の差押は、競売手続の目的物たる不動産を確定し、債務者による売却、担保権の設定等の処分を禁ずる効果を生じるのであるが、しかし、これは直ちに債務者の占有を奪うわけではなく、競落許可決定に至るまでの間、債務者がその不動産を利用、管理することを妨げないのであるから、その価値を減損させるようなことのないかぎり、利用、管理の目的で不動産に加工を施し、造作を付加して、その現状に変動を生ぜしめ、とくに、その経済的価値を高めることは法の当然に許容するところというべきであり、したがつて、差押不動差の現状にそのような変動が生じた場合にも、競売の目的物としての同一性ないし一体性を喪失するものではなく、変動の生じたそのままの状態において競落の目的物になると解すべきである。そうだとすれば、とくに、競売手続における利害関係人の合意による売却条件の変更として、競売開始決定後不動産に加えられた付合物ないし従物を除外する旨の限定のなされないかぎり、競落人は、競落許可決定により、付合物については競落不動産の所有権の一部として、従物については、従物は主物の処分に従うとの原則により、競落不動産の所有権に付随して、いずれもこれを取得するというべきであり、しかして、本件建物の競売手続においては、利害関係人の合意により目的物の限定がなされたとの事実は認められないから、競落人たる被告は、競落許可決定の効果として、その時までに完成された状態における右建物の所有権およびその際に右建物と従物の関係に立つ畳、建具その他一切の造作の所有権をいずれも取得したものと解するのが相当である。なお、前記の甲第三号証(競売および競落期日公告)には、「本物件は昭和二九年二月現在工事中にして畳、建具なく……」、との記載部分があり、それは、一見、競売目的物の状態、範囲を限定する趣旨ではないかとの錯覚をまねくが、その全体を熟読すれば、この記載は、単に、本件建物について昭和二九年二月当時賃貸借が存在しないことを公示するための説明の一部にすぎないのであつて、その記載部分自体に重点はなく、まして、売却条件の変更として、競売目的物の状態、範囲を限定する趣旨ではないと解すべきであるから、右甲号証の記載部分は何ら前記認定の妨げとなるものではない。
そこで、本件建物の競落許可決定により、以上のごとき状態ないし範囲の権利を取得し、競落代金の支払いをして、それらの引渡しを受けた被告が競落代金のほか、さらに、原告に対し競売開始決定後の工事費等の返還義務を負うかについて考察するに、そもそも競落代金は、その性質上、私法上の売買契約による売買代金と同様、競落人が競落許可決定により取得する権利の全体に対する対価であり、かつ、その権利取得の時である右決定時を基準とする対価であるから、それが競売手続の完結により確定した以上、かりに、目的物の客観的評価額に比して低廉であるとしても、競落人たる被告において、原告に対しそれ以外の支払義務を負担する根拠は何ら存在しないというべきである。もつとも、このように解すると、原告に対し、一見酷な取扱いをするように見えるが、しかし、競落代金額と客観的評価額との間に乖離の生じることは、新競売期日における最低競売価額の低減を認め、無剰余にならないかぎりその最下限を保障しない現行法の下においては、競売開始決定後に目的物に価値の付加された場合にかぎらず一般に当然のこととして予想され、かつ、現に実例の多く存在するところであるし、さらに、競売開始決定後にその目的物に対し工事が続行され、造作が付加されることは異例であつて、執行裁判所の容易に関知しうることではないから、工事等により目的物の客観的価値が増加したため、当初の鑑定人の評価にもとずく最低競売価額を売却条件として競売手続が続行されると債務者たる原告が不当に不利益を蒙るおそれが生じるから、このような場合には、原告において、自ら進んでその事実を執行裁判所に申出て、最低競売価額の是正を求めるべきであり、もし、それが容れられず競売手続が続行された場合には、強制執行の方法に関する異議または競落許可決定に対する即時抗告を申立てることにより、その不当を争うべきであつたのにかかわらず、そのような権利保護の手段をとることなく、競落許可決定が確定したものである以上、結果的に原告に不利益が帰することになつてもまたやむを得ないというべきである。
したがつて、原告の主位的請求は、その余の判断をするまでもなく、その理由を欠き失当である。
(二) つぎに、原告の順位的請求の当否について検討するに、その主張自体において意味の不明確なところもあるが、それはさておき、この請求は、競売開始決定後に原告が本件建物に付加したその従物たる各造作の所有権が、競落許可決定後も、依然、原告に残存していることを前提とするものであるところ、それらの所有権が競落許可決定により被告に移転し、原告に残存していないことは、すでに(一)において認定したとおりであるから、これまた、その余の点につき検討するまでもなく、失当であるといわなければならない。
(三) よつて、原告の被告に対する本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 谷口照雄 奥村長生 榊原恭子)