神戸地方裁判所 昭和35年(ワ)1091号 判決 1962年3月26日
原告 霜下硝子器械工業株式会社
被告 山村正夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「原告が、被告から賃借中の神戸市葺合区野崎通三丁目九番の一宅地三五〇坪九合六勺の内六五坪の賃料は昭和三五年一二月一日以降一ケ月金二、二七五円(坪当り金三五円)であることを確認する、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、
請求原因として、
(一) 原告は被告から被告所有にかかる右宅地中六五坪(以下単に本件土地という。)を、昭和三二年四月二七日から家屋所有の目的で、賃料一ケ月金三、〇〇〇円の約束で賃借中のところ、右賃料は昭和三三年五月一日から一ケ月金三、五〇〇円に、昭和三五年五月一日からは一ケ月金一三、五〇〇円にそれぞれ値上げせられ、原告は現在右賃料を支払つている。
(二) しかしながら、右賃料は比隣の賃料に比しいちじるしく高額であるので、原告は被告に対し昭和三五年一一月二六日付書面を以て、同年一二月一日以降右賃料を一ケ月金二、二七五円に減額する旨請求し、該書面は同年一一月二七日被告に到達した。よつて右日時以降本件土地の賃料は一ケ月金二、二七五円であるところ、被告はこれを争うので本訴に及ぶ。
被告の主張に対し、
(一) 被告は、本件賃貸借は一時使用のための賃貸借であるから原告に賃料減額請求権はなく、従つて本訴請求は失当である、と主張するが争う。本件土地は家屋所有の目的で賃貸されたもので、現に原告は本件土地上に堅固な建物を所有している。
賃貸契約書記載の期間が短期間であるからといつて、直ちに一時使用のための賃貸借であるということはできない。
(二) 前記賃料金一三、五〇〇円が原、被告双方合意の下に定められたこと及び原告が昭和三五年一二月分として右賃料を支払つていることは、これを認めるが、右支払によつて原告が賃料減額請求権を放棄したとの被告の主張は当らない。なぜなら、賃借人の賃料減額請求により、賃料はじ後相当額に減額されるもので、減額の範囲につき賃貸人が争えば、裁判によつて確定されるほかなく、該裁判確定までは賃借人において従前の賃料を支払うべきこと、信義則上当然であるからである。
(三) 次に被告は、本件賃貸借には権利金も敷金も授受されていないから、賃料の高額であるのは当然であるかの如く主張しているが、権利金や敷金の授受は賃貸借の要件ではなく、むしろこれの授受がないのが世間一般の通例である。よつて右主張は筋がとおらない。
借地法上、賃料額の決定は、当事者の自由契約にまかすべきものでなく、当時の経済事情その他諸般の事情を考慮して客観的に妥当な額を決定すべく要請されているのであつて、現在の賃料が著しく高額に過ぎ、不相当であるときは、借地権者においてこれが減額を請求しうるのは当然のことである。
なお、鑑定人山本凱信の鑑定の結果は、本件土地を新たに賃貸する場合を前提とする的はずれの鑑定であるから、本件賃料額決定の証拠とはなし難い。
と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、「主文と同趣旨」の判決を求め、答弁並びに抗弁として、
(一) 原告主張の請求原因事実中、被告が原告に対し、原告主張の日時その主張の如き約定で本件土地を賃貸したこと、右賃料が原告主張の如き経緯で順次増額され現在一ケ月金一三、五〇〇円であること、原告主張の如き書面がその主張の日時被告に送達されたことは、いずれもこれを認めるが、その余の主張事実は全部争う。
(二) 本件土地の貸借は普通の賃貸借ではなく一時使用のための賃貸借であるから、原告に賃料減額の請求権はなく、従つて本訴請求は失当である。すなわち、被告は本件土地上に自ら家屋を建築して他に賃貸し以てこれが収益を挙げる計画であつたので、右土地を他に賃貸する意思はなかつた。ところが、昭和三二年四月頃、原告から、海岸べりに倉庫を建築するまでの間臨時の倉庫を建築したいから本件土地を貸して欲しい旨懇願された。そこで被告としては、近隣のことでもあるし断るわけにもゆかず、期間を三年と限定して本件土地の一時賃貸を承認した。しかして被告は、右期間満了の六ケ月前に原告に対し、本件土地の明渡しを求めたところ、原告もこれを諒とし、移転先を物色していたが、昭和三五年四月頃原告から、適当な移転先がみつからないから更に二年間賃貸して欲しい旨懇請されるに至つた。そこで被告としても止むをえず、二年間と限定し、期間の再延長は認めないとの約束で一時使用のための賃貸を承諾したのであるが、その際、賃料は、被告において本件土地を利用すれば収得するであろう金一〇、〇〇〇円の純益を考慮して、双方合意の下に一ケ月金一三、五〇〇円としたものである。
そして、右賃料はこれを客観的にみても、近隣の賃料に比し決して高額でないこと、鑑定人山本凱信の鑑定結果に照し明らかである。加えて被告は、右貸借に当り、原告から権利金並びに敷金等もとつておらないから、本件土地の空地価格について適正な利潤としての賃料を当然取得しうるものである。
(三) 仮りに、本件土地の貸借が一時使用のための賃貸借でなく従つて原告に賃料減額請求権があるとしても、原告は前記合意に基く昭和三五年一二月分の賃料金一三、五〇〇円を被告方に持参支払い、本訴係属後も引続き右賃料の任意支払をしているから原告において右減額請求権を放棄したものというべきである。よつて原告の本訴請求は失当として排斥を免れない。
と述べた。<立証省略>
理由
(一) 被告が原告に対し、昭和三二年四月二七日から本件土地を賃料一ケ月金三、〇〇〇円の約定で賃貸し、後に右賃料が二回にわたり増額されて現在一ケ月金一三、五〇〇円であること、原告が昭和三五年一一月二六日付書面を以て被告に対し、右賃料を一ケ月金二、二七五円に減額する旨請求し、右書面が同年一一月二七日被告に送達されたことはいずれも当事者間に争いがない。
(二) よつて、本訴減額請求の当否につき按ずるところ、この点につき被告は、本件土地は一時使用の目的で賃貸されたものであるから原告には賃料減額請求権はなく従つて本訴請求は失当である、と主張するので、まずこの点から考察する。
成立に争いがない甲第一号証、同第二号証並びに被告本人、原告会社代表者霜下英太郎の各尋問の結果を綜合すると、原告は、本件土地上にアパートを建築して他に賃貸し以て利益を挙げる予定であつたところ、昭和三二年四月頃、近所に住む原告から、営業用の倉庫を建築したい、期間は二、三年で結構だ、半年位前に言つて貰えば他の土地を探して移るから本件土地を貸して欲しい旨懇願された。そこで倉庫でもあり期間も三年位ならと考え、別に権利金や敷金もとらず、期間を三年とし、賃料は双方合意の上で一ケ月金三、〇〇〇円と定めて賃貸するに至つたこと、しかして被告は、右三年の期間到来六ケ月前に原告に対し、前記約定に基き再三明渡を請求すると共に、原告のため移転先のあつせんをも試みたところ、原告もこれを諒とし適当な土地を物色していたがなかなか見付からず、昭和三五年四月になつて原告から、港の埋立地を買得しそこに営業場所を移すまで一年でもよいから引続き本件土地を貸してくれと懇願された。そこで被告としても止むをえずこれを承諾し、期間を昭和三五年五月一日から二年と限定し、期間の再延長は認めない約束で、一時使用契約書(甲第二号証)なる書面を作成し、引続き賃貸することにし、賃料は一ケ月金一三、五〇〇円と定めたこと、を認めることができ、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。
してみると、被告において本件土地を利用する必要上長期にわたつて賃貸することを好まず、一方原告もこれを承知して前記の如く短期間の定めがなされるに至つたことが明らかであるから、本件賃貸借は一時使用のための賃貸借であるといつて差支えない、と思料する。
しかし、一時使用のための賃貸借であるからといつて、直ちに借地人に賃料減額請求権がないといえるかどうかについては借地法の規定に照しかなり疑問があるものというべく、一概に増減額請求権の行使を排斥するのは妥当でないと思料する。よつて被告の前記主張はにわかに採用できない。
しかしながら、前掲各本人尋問の結果(但し霜下本人の供述については後記措信しない部分を除く)によると、本件賃貸借は、前に認定したように、被告において本件土地を利用し収益を挙げるべく予定していたところを、原告のたつての要請の前に譲歩したもので、殊に前記二年間の期間延長の結果、本件土地を利用しえないことによる被告の不利益は、本件土地に対する賃料を増額することで補てんすべく原、被告双方納得の上、約一ケ月間にわたつて接渉した結果、被告において本件土地にアパートを建て他に賃貸すれば当然取得するであろう利益を考え、更に二年後に被告が右建築をする場合の資材の値上り等をも配慮して、今までの賃料に金一〇、〇〇〇円を加えて一ケ月金一三、五〇〇円の賃料とし、以て右二年間における原、被告双方の問題を解決することに合意決定をみたことが明らかであり、右認定とそごする霜下本人の供述部分は信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
そうだとすると、右の如き特別の事情の下に決定されるに至つた前記賃料は、仮りにそれが客観的には高額であるとしても原告において減額の請求をなしうる筋合のものではないと言うべく、こう言つたからとて、賃料増減額請求制度(借地法第一二条)の理念とする公平の観念に背馳するものではないと考える。加えて本件の場合、右合意成立後右賃料を不相当ならしめるに足りる事情変更も見当らない。
すると、原告の本訴請求は、じ余の争点についての判断をまつまでもなく失当であるから、これを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 上治清)