神戸地方裁判所 昭和35年(ワ)385号 判決 1965年4月08日
理由
一、訴外協同牛乳株式会社は牛乳の処理販売を業としていたが、昭和三五年四月一九日神戸地方裁判所で破産宣告を受け、原告がその破産管財人に選任されたこと、破産会社と被告間に原告主張の日に本件不動産につきその主張のような抵当権設定契約、代物弁済予約がなされ、その後被告において右予約に基づく代物弁済として本件不動産を取得したこと、原告が本訴において否認または抹消を求める各登記及び仮登記手続が経由されていることは当事者間に争いない。しかして弁論の全趣旨によれば、右の代物弁済予約は債務不履行を原因として債権者である被告の一方的意思表示により完結権を行使し得る旨のいわゆる一方の予約であつたことが推認される。
二、しかして、次に認定するとおり、右抵当権設定契約、代物弁済予約が破産会社、被告間に成立した昭和三四年一月二〇日現在、破産会社には多数の債権者が存したので、右契約、予約がそれらの債権者を害する行為であるか否か、また、破産会社に破産債権者を害する意思があつたか否かを検討する。
(一) (証拠)によると、破産会社は昭和三三年八月頃から負債のため経営困難となり昭和三四年七月には遂に営業を閉止し支払を停止したこと、右昭和三四年一月二〇日現在において、破産会社は牛乳生産者に対する原乳代支払債務、金融機関からの借入金債務等多数の債権者に対し、少くとも合計金一、八九五万二、四四〇円の支払債務を有していたが、その有する売掛代金債権の如きは取立不能の状態にあり、その資産としては本件不動産以外殆んどみるべきものがなかつたこと、鑑定人山岸達也、同岸田基一の各鑑定結果によれば本件不動産の当時の価格は少くとも金一、〇〇〇万円をくだらなかったこと、(証拠)によると、当時すでに訴外兵庫県信用保証協会が本件各不動産について債権極度額の合計金二二〇万円の共同根抵当権、本件不動産中建物部分について債権極度額金八〇万円の根抵当権を、訴外神戸生活協同組合が本件各不動産につき債権極度額金一〇〇万円の根抵当権をそれぞれ有していたほか、訴外中小企業金融公庫等が本件各不動産につき債権額及び債権極度額の合計金三〇〇万円の共同抵当権及び共同根抵当権(以上合計金七〇〇万円)を有していたこと(いずれも登記ずみ)、さらに、本件各不動産につき、右兵庫県信用保証協会のため、昭和三〇年一〇月二七日代物弁済予約による所有権移転請求権保全の仮登記が経由されていたこと、被告の前記代物弁済予約による仮登記以後本件不動産上には訴外兵庫県信用保証協会外二名の債権額合計金七六〇万円に及ぶ抵当権設定登記がなされていることがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。
ところで、破産会社が前認定の如き資産負債状態のもとで、唯一の財産ともいうべき本件不動産につき被告のため優先弁済権を有する担保権を設定することは、その設定時において本件不動産がその時価をこえる先順位の担保権を負担しているような事情があれば格別、本件においてはそのような事情を認めるべき証拠はないから、一応はその時までに担保権を設定していない他の債権者を害するものと推定することができよう。
(二) しかしながら、破産法第七二条第一号の適用について考えるに、買掛債務を支払い信用を維持する等営業継続のため必要な資金の金融に伴う最低限度の担保提供行為さえも否認の対象になるならば、それを避けることにより却つて債務者の更生を害し、その破綻を早からしめ、結局は債権者の利益にも合致しない可能性が大となるのであるから、更生できないことが当初から明白であるような場合を除き、営業継続上必要な金融のため、相当な範囲の担保提供行為と判断される限りは、それは債権者を害するものではないと解しうべく、また少くとも債務者の詐害意思を認め得ないものというべきところ裏書部分を除き(証拠)を綜合すると、次の如き事実が認められる。すなわち、破産会社は従来原乳の仕人代金を主として約束手形、時には小切手で支払つていたが、昭和三三年八月頃から事業不振のため右支払が困難となつていたこと、訴外早瀬省吾は自らも淡路地方における原乳生産者であり、また他の生産者の原乳を集荷し破産会社に納入する破産会社の大口の仕入先であると共に、破産会社の監査役であつたところ、従来破産会社から原乳代金支払のため交付された破産会社振出の約束手形を、訴外淡路信用金庫で割引き、現金化して他の生産者に原乳代の支払をしていたが、昭和三三年一二月頃になると破産会社の営業不振のため、同信用金庫より右割引を拒絶されたので、他の生産者への支払に窮し、昭和三四年一月二〇日頃、かねてからの知人である被告に右割引を依頼したところ、被告は破産会社所有の本件不動産を担保として同社振出手形(小切手を含む。以下同じ)につき金額二五〇万円を限度とする手形割引を承諾したので、同年同月二八日頃、破産会社代表者武内勝に対し、破産会社のため、本件不動産を担保に他から金融を受けてくる旨申向け、白紙委任状二通(乙第二号証の三及び同第三号証の三)に破産会社代表者印を押捺させ、破産会社の会計係の手許にあつた印鑑証明書(乙第二号証の四)を受取り、同年同月二九日司法書士水戸常雄に委任して前記の如き抵当権設定登記、代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記をなさしめ、同日被告から金九〇万円を受領したこと、右金員受領に際しては、早瀬同様原乳の売掛代金のため、破産会社から約束手形を受領していた訴外前田寿雄が同席していたので、両人で右金員を配分し、被告に破産会社振出の約束手形を交付したこと(右交付した約束手形は証拠上特定できない。)破産会社の代表者武内勝は後に本件不動産につき、被告のため債権額金二五〇万円の抵当権設定の登記並びに代物弁済予約による所有権移転請求権保全の仮登記がなされており早瀬らが既に前記の金員を受領していることを知り驚いたものの、やむを得ないものとして承認し、被告に右債権額相当の金員の交付を求め、同年二月二度にわたり金四〇万円を受領したこと、被告はその後も、早瀬、前田等の手形債権者に同人らが破産会社から原乳代金支払のため受領していた約束手形または小切手を順次割引きこれと引換えに金員を交付し、同年七月二一日頃にはその総額(武内に交付した分を含む。)が金二五〇万円をこえていたこと、被告が取得した破産会社振出の手形、小切手はいずれもその支払がなかつたことが認められ、証人早瀬省吾の証言(第一、二回)、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しがたい。
そうすると、被告から右手形割引による金融は、主として原乳仕入先の支払に充てるためであり、その結果破産会社は昭和三四年七月まで営業を継続したものと推認され、また右の如き事実関係のもとにあつては、右の金融は破産会社が営業を続けていくためには、どうしても必要があつたものと推認することができ、他に反証はない。しかして、発行手形に対する与信契約において、その発行者の財産に低当権を設定せしめることは、金融取引の実際として通常必然視されるのであるから、破産会社の被告のための本件不動産についての抵当権設定契約は、否認の対象とはなりえないものと解するのが相当である。
(三)、しかしながら、本件不動産を代物弁済予約(しかも一方の予約)の対象とした破産会社の前記行為は右抵当権設定と同一視しえない。すなわち、代物弁済は抵当権の実行のように担保物件を換価し、債権債務関係を精算のうえ、余剰を債務者に返還するのではなく、当該物件をその価格の如何に拘らず、確定的に当該債権者の所有に帰属させ、また登記の効力とはいえ、売買の場合と同様その仮登記を経ることにより後順位の抵当権設定登記をも無効たらしめるのであり、債務者に他に財産がない場合には、他の債権者を害することが甚だしいから、たとえ、営業継続の必要上とはいえ、元来代物弁済は金銭債務者のなす債務の本旨に従う履行でないばかりでなく、唯一の財産ともいうべき本件不動産につき、物件価格以下の債務のためその不履行を原因として特定の債権者である被告の所有に帰属せしめることの代物弁済予約を締結する破産会社の行為は詐害性が強く明らかに破産法第七二条第一号の「破産債権者を害する行為」にあたるものというべきである。
そこで破産者の害意につき考察するに、本件不動産についての代物弁済予約は、前述のとおり、訴外早瀬省吾と被告との交渉によりなされたものであるから、右早瀬の地位を破産会社の使者とみるか代理人とみるかによつて破産会社の害意の認定に影響がないとはいえないが、少くとも、破産会社の代表者が被告との前記契約内容を知り、これを承認した当時、右代表者が充分承知していたと推認される本件不動産の価格と一般債権者に対する債務額及び当時の破産会社の営業並びに資産状態等前認定の事情、更には代物弁済行為の詐害性から判断して、破産会社代表者が右の契約を承認したときには、他の債権者に対し単なる加害の認識以上のもの、少くとも加害の認識に加え、その結果を認容していたものと推認され、右認定を覆すべき証拠はない。そして右のような破産会社代表者の心意は、客観的には積極的な加害の意図と何ら異るところなく、このような見地から考え、破産会社、被告間の前記代物弁済予約及びそれに基づく代物弁済は一体として、破産会社が他の債権者を害することを知りてなした行為と判断するのが相当である。
(四)、ところで、本件不動産については兵庫県信用保証協会のために、被告より先順位の代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記がなされており、右協会が予約完結権を行使した場合は被告も代物弁済を受ける権利を失うのであるから、被告のため本件不動産を代物弁済予約の目的物としても、他の債権者を害することはないと一応は云いうるようであるが、しかし破産会社が同協会に対する債務を履行しなかつた場合にも、同協会が抵当権を実行するか代物弁済予約による予約完結権を行使するかは不明であり、また、同協会が確定的に本件不動産の所有権を取得しない間は、破産会社の同協会に対する債務(それは前記認定の事実に照し、当時においては金三〇〇万円以下と推定される。)を履行することにより同協会の完結権行使を阻止しうるものと解されるから、右の事実はいまだ前認定を左右するものではないというべきである。
三、そこで、次に被告の抗弁につき判断する。
(一)、被告は、本件代物弁済予約等は被告が他の破産債権者を害することを知らずになしたものであると主張する。
しかしながら、右のように認むべき証拠は何もなく、(営業資金貸付の場合であつても、貸付行為自体と本件不動産につき代物弁済予約をなすことは別個の行為であるから、そのことをもつて直ちに、被告の善意を推定できないことは勿論である。)かえつて、証人早瀬省吾の証言(第一、二回)及び被告本人尋問の結果によると、被告は破産会社が当時極めて営業不振の状態にあり、数多の債権者に多額の債務を負担していたこと、そのため被告の取得した手形も不渡りとなる可能性が強い状態にあつたこと、破産会社には本件不動産のほか殆んどみるべき資産がないところ、本件不動産は兵庫県信用保証協会等のため抵当権等が設定されていたとしても、なお被告が破産会社のため金融を約した金額以上の価値を有していたこと等を知つていたこと、被告は破産会社が手形債務不履行のときには、本件不動産を代物弁済として取得し得ることに主眼を置いて前記の金融契約を締結し、破産会社が営業を閉止するとほぼ時を同じくして右代物弁済予約に基く、完結権を行使して本件不動産を取得したものであること、がそれぞれ認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
そうすると、被告は右行為当時破産債権者を害することを知つていたものと認められるから、この点に関する被告の抗弁は理由がない。
なお被告は、被告の本件不動産取得登記は右代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記に基くものであるから、破産法第七四条第一項但書により否認し得ない旨主張するけれども、原告の本訴請求は破産法第七四条の否認ではないのみならず、代物弁済予約とこれに基く代物弁済は一体として考察すべきものであるところ(もつとも、債権者の一方的意思表示により予約完結権を行使し得る場合には、その限りでは、債務者の行為は存しないというべきであるが、しかし右完結権は予約に基く権利である)右代物弁済予約に否認原因の存する本件にあつては、破産法第七四条第一項但書の適用はないものと解すべきである。
(二)、被告の抗弁(二)について
被告がその主張のように、破産会社の特定債権者に金員を交付し、その債権者が被告の本件不動産取得につき異議を述べない旨の示談が成立したとしても、総破産債権者のため行使すべき否認権が消滅するはずがなく、また本件原告が右示談に当該特定債権者の代理人として関与したとしても、破産管財人の立場で原告の行使する否認権が消滅すべき理由もない。この点に関する被告の抗弁は主張自体失当である。
(三)、被告の抗弁(三)について、
被告が兵庫県信用保証協会から破産会社に対する債権と共に被告より先順位の仮登記の所有権移転請求権の譲渡を受け、その結果、被告主張のとおりの各登記が経由されたことは(証拠)により認めることができる。しかしながら、右の仮登記は右信用保証協会と破産会社間の代物弁済予約によるものであるから、有効にその予約完結権が発生し、行使されない間は(所有権は被告に帰属しないから)被告と破産会社間の代物弁済予約及びそれに基づく代物弁済契約が否認され(それに対応する登記がなされ)た場合には、被告が本件不動産を確定的に取得したことにはならないところ、右予約完結権の発生、行使の点についての主張、立証がない(被告が信用保証協会から前記代物弁済予約及び仮登記上の権利を取得し、右仮登記が権利混同のため抹消されたということから被告が前記代物弁済予約に基き本件不動産の所有権を取得したと推認し得ないことはいうまでもない)から、原告の本件訴の利益は失われたものとはいえず、この点に関する抗弁もまた失当として排斥を免れない。
四、(省略)
よつて、原告の本訴請求は破産会社と被告間になされた本件不動産についての代物弁済予約並びにそれに基づく代物弁済契約の各否認及び右代物弁済予約を原因とする被告のための所有権移転請求権保全仮登記並びに右代物弁済を原因とする被告の所有権取得登記の各否認の登記手続を求める限度で理由があるので認容し、その余の部分は既述の如く被告の抗弁をまつまでもなく理由がないので棄却