神戸地方裁判所 昭和35年(行)17号 判決 1962年7月16日
神戸市兵庫区東出町三丁目二二二
原告
竜川勝次郎
同区水木通二丁目
被告
兵庫税務署長
右指定代理人
山田二郎
同
関博
同
仲村清一
同
長岡日出雄
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、判決の申立
(原告)「被告が昭和三四年五月二九日にした原告の昭和三三年分の所得金額、所得税額の更正決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」
(被告)主文同旨
二、原告の主張
(請求原因)
(1) 原告は、昭和三四年三月一六日、原告の昭和三三年分の所得金額を三八〇、〇〇〇円、所得税額を一〇、八〇〇円として確定申告をしたが、被告は、これに対し、所得金額を四五六、〇〇〇円所得税額を二二、二〇〇円に更正し、過少申告加算税五五〇円を課する請求の趣旨掲記の本件更正決定をした。
(2) そこで、原告は、本件更正決定について、適法に、再調査、審査の各請求をしたが、いずれも棄却された。
(3) しかし、原告の確定申告は正当であり、本件更正決定は違法である。
よつて、本件更正決定の取消を求めるため、本訴請求に及んだ。
(被告の本件更正決定の適法性の主張に対して)
(4) 被告の主張(3)の原告の業種、立地条件は認める。しかし、原告の店舗を中心に三〇〇メートル以内に同業者が一一軒(原告を除く)もあつて、神戸市で最も競争の激しい地域であり、組合協定料金も守れないような状態である。
(5) 原告が昭和三三年分の営業収支について記帳していた帳簿は、形式的には完全なものとはいえないかも知れないが、その記載は正確であり、金銭出納簿を日計表に切換えたのも被告の指示によるものである。
月曜日(一二月二五日以後を除く)が休業日であることは認める。
原告方の、理髪料金には、すべて、一〇〇円未満の端数があることは認めるが、収入記載に一〇〇円未満の端数のないのは、原告が一〇〇円未満の端数を翌日に繰越したからである。
また、従業員の一名増員は認めるが、それは新制中学出の素人に過ぎず、熟練までに相当年月を要する理髪業では、そのために収入が増加するということはない。
従つて、査告主張の程度の事実をもつて、原告作成の帳簿の正確性を否定し、それを所得算定の根拠とすることを拒むことは許されない。記帳能力も、他に作成を依頼する資力もない原告に、被告主張のような帳簿作成を要求することは、不能を強いるものであり、不合理である。
(6) 原告方の実働従業員数が三・二名であり、理髪椅子が四台であることは認めるが、前述のように、原告の営業地域は同業者の競争の激しい地域であり、大人調髪についていえば、原告と他の同業者四軒は組合協定料を下廻る一二〇円としているが、それでも、この地域では最高で、他の同業者三軒は一〇〇円、残りの同業者は八〇円としているのである。このような状態で、来客が料金の安い他の同業者に集中するのは当然である。それ故、このような事情を考慮しないで、劃一的、機械的に被告主張の効率、標準率を適用することは許されない。原告方では、被告主張の効率のような収入はない。
また、原告方の営業時間が一三時間で、来客一人当りの理髪所要時間が四五分であることは認めるが、原告方の理容料金は、前述のように大人調髪が一二〇円で、その洗髪付が一六〇円であつたほかは、すべて九〇円以下であるから、平均料金が被告主張のように一二〇円余になることはない。
(7) 原告の昭和三三年分の収支は次のとおりである(単位は円)。
収入金額 七四九、四五〇
経費
(一般経費)
電気料金 一一、八三三 衛生費 五、六七〇
ガス料金 一三、六九九 消耗品費 一八、七七五
燃料費 七、三五〇 雑費 一二、二一〇
組合費 六、九〇〇 備品減価償却 一二、一〇〇
水道料金 四、八〇八 公租公課 一三、一八〇
修繕代 二、一八〇
(特別経費)
人件費 二六一、〇〇〇 建物減価償却 六、一二〇
地代 三、〇〇〇
経費合計 三七八、八二五
所得金額 三七〇、六二五
三、被告の主張
(請求原因に対して)
(1) 原告の主張(1)(ただし、本件更正決定のされたのは昭和三四年六月一日である)、(2)の各事実は認める。
(2) しかし、次に述べるように、本件更正決定は適法である。
(本件更正決定の適法性の主張)
(3) (原告の事業状況)原告は中規模の理髪業者で、店舗は、川崎造船所正門附近で、新開地本通に面し、稲荷市場街をはじめ、商店や工場が多く、人口の密度の高い地域にあるから、理髪業種にとつて立地条件は良好である。
(4) (所得推計の理由)原告の昭和三三年分の確定申告に関する被告の調査の際、原告は、営業に関する帳簿として、昭和三三年一月四日から同年八月三一日までの分の「金銭出納帳」と題する(以下、金銭出納帳という)、同年九月二日から同年一二月三一日までの分の「日計表」と題する(以下、日計表という)各帳簿を提示したのであるが、これらの帳簿は、次の理由で、信頼できないものであつた。
(イ) (金銭出納帳について)先ず、三月三一日、六月三〇日に通常日と変らぬ収入金の記載があるが、これらの日は月曜日であつて休業日であるから、その記載は不合理である。
また、収入金額の記載に、一〇〇円未満の端数がまつたくないだけでなく、一、〇〇〇円未満の端数のない日が多い月には八日もある。これは、原告方の理髪料金に、丸苅と乳幼児を除いては、一〇〇円未満の端数がついていることからみて不合理である。なお、収入金が、一月九、一〇日、各一、二〇〇円、同月一五、一六、一九、二一日、各二、〇〇〇円、三月一八なないし二一日、七月一、二日、各三、〇〇〇円というように同額で連続して記帳されているが、収入金は日々異なるのが通常であるから、この記帳も信用できない。
また、経費の支払日が、他の月は全部末日であるのに、一月分だけ、経費の大部分が二六日に支払われたことになつているが、恒常的な経費科目の支払日がまちまちであることは通常考えられない。更に、水道、ガス料金額には金額の相遠があり、申告所得税の記帳もれもある。
(ロ) (日計表について)日計表にも、水道、ガス料金の額の相違、個人事業税、申告所得税の記帳もれがある。
(ハ) 更に、各帳簿を通じて、原告は、昭和三三年五月から従業員を一名増やし、各月には臨時の職人を雇つているから、当然、収入金の増加が見込まれるのに、原告の前年分の記帳額(それ自体、実際より著しく低いものであつた)より僅かに八〇〇円増加しているだけである。
理髪業のように現金収入を主とする業種では、日々の収支を正確に記録した金銭出納簿を備えてこそ、それによる所得の算定が可能となるのであるが、右のように、記載が不正確で、日々の事業の実態を記録していない帳簿は、所得算定の基礎とすることができないのである。
(5) (被告の調査結果)そこで、被告は、一部推計の方法を用いて原告の所得を調査して、本件更正決定をしたのであるが、その調査の結果は次のとおりである。
収入金額 一、〇〇三、〇〇〇
右金額に所得標準率七五%を乗じた額 七五二、二五〇
特別(標準外)経費
雇人費 二八六、〇〇〇
建物減価償却費 六、一二〇
地代 三、六〇〇
合計 二九五、七二〇
差引所得金額 四五六、五三〇
(6) (被告の調査結果の正当性)大阪国税局が、所得推計などの資料として、青色申告者について、地域差、規模差を考慮して、普遍的に調査収集した資料に、数理統計学理論による処理を加えて作成した昭和三三年分所得業種目別効率表によれば、同年分の京阪神三都市の理髪業における収入金は、年間(単位は円)、
従業員一人当り 三六五、〇〇〇
理髪椅子一台当り 三一三、〇〇〇
従業員と理髪椅子による加重平均算式では、
従業員一人当り 二〇一、〇〇〇
理髪椅子一台当り 一四一、〇〇〇
である。
ところで、原告方では、原告を入れて六名(うち一名は五月以後)が営業に従事しているが、理容以外の用務をも負担する者、未熟練者がいることなどの実情を考慮しても、実際の理容処理能力から換算した実働従業員数は三・二名を下らない。そして、原告方の理髪椅子は四台である。
そこで、これらに、前記収入金効率を適用すると、原告の昭和三三年分の収入金額は(単位は円)
(イ) 従業員数では(365,000×3.2)
一、一六八、〇〇〇
(ロ) 理髪椅子台数では(313,000×4)
一、二五二、〇〇〇
(ハ) 加重平均算式では(201,000×3.2+141.000×4)
一、二〇七、二〇〇
となり、いずれも、本件更正決定の前提として被告が認定した一、〇〇三、〇〇〇円を上廻るのである。
更に、右一、〇〇三、〇〇〇円は、原告の年間営業日数三一五日からみれば、一日当り三、一八四円、従業員一人当りでは、一日当り九九五円(実働従業員一人当り一、二〇〇円)となるが、昭和三三年における原告方の平均理容料金は一二〇円余であるから、従業員一人当りの一日の理容処理人数は約八名となり、来客一人当りの理容所要時間は四五分であるから、従業員の一日の実働時間は六時間以内に過ぎないということになる。これは、原告方の従業員が、通常の営業時間の一三時間のうち、半分以上を働かないでいるということにほかならないが、前述のように、従業員を増し、臨時職人を雇つていた原告の事業の状況からみても、そのようなことのありえないことは明白である。従つて、被告が、調査の結果、認定した収入金額が、その実額を遙かに下廻るものであることは容易に首肯できるところである。
消耗理髪資材などの必要一般経費などについても、本件の場合、実額を把握できないので、前記効率表と同様の過程で作成された昭和三三年分商工庶業等所得標準率表の理髪業の所得標準率(七五%)によつて算定すると、特別経費控除前の所得は、(1,003,000×0.75)
七五二、二五〇円
となる。
更に、原告の特別経費(そのうち、雇人費と建物減価償却費は原告の申立を承認したものであり、地代は年額六、〇〇〇円の六〇%を事業用と認める)は、合計
二九五、二五〇円
である。
従つて、この特別経費を前記の七五二、二五〇円から控除したものが、原告の昭和三三年分の所得として認めることのできる最低額ということになるが、それは、
四五六、五三〇円
であり、被告の調査額と一致するのである。
(7) 従つて、被告が更正した原告の所得金額四五六、〇〇〇円は、原告の所得実額の範囲内にあるものであるから、本件更正決定に取消すべき不法はない。
よつて、原告の本訴請求は失当である。
四、証拠関係
(被告)乙第一ないし七号証を提出、証人阪田与司郎の尋問を求めた。
(原告)乙第一ないし六号証の成立を認めた。
理由
一、前提事実と争点
被告が、昭和三四年五月二九日から同年六月一日までの間に(その間の何時であるかは、本件の場合、重要でない)、原告主張の本件更正決定をしたこと、原告が本件更正決定について、本訴提起に必要な訴願手続を経たことは当事者間に争いがない。
原告は、本件更正決定全体の取消を求めているが、その主張の趣旨からみて、原告は、更正所得税額、過少申告加算税額については、その計数をも争つているのではなく、更正所得金額が過大であるから、それを前提に、計数そのものとしては適正に算出された各税額も過大であるという意味で争つているに過ぎないと認められるから、結局、本件の直接の争点は、本件更正決定の更正所得金額の当否だけである。つまり、被告は、更正所得金額が是認された場合に、更に右各税額をも争う趣旨ではないのである。
二、原告の所得金額の判断
(1) (収入)成立に争いのない乙第一号証によれば、大阪国税局作成の昭和三三年分の所得業種目別効率表による京阪神三市における従業員二ないし四名の事業規模の理髪業の収入金効率が、被告主張のとおりであることが認められる。そして、これらに、当事者間に争いのない原告方の実働従業員数三・二名、理髪椅子台数四台を適用すると、それぞれ、被告主張の数額となることは、計数上明白である。
しかし、これらの数額があくまで推計であり、それが、直ちに、本件更正決定の実質的当否の判断の際に問題となる原告の収入実額であると速断してならないのは勿論である。
しかし、公文書であるから真正に成立したものと認められる乙第七号証によれば、右各効率は、被告主張のような方法で作成されたもので、その具体的適用にあたつて、相当の注意を払えば、その適用結果が実際額に極めて近いと判断することのできる適正な推計方法であることが認められる。そして、本件全証拠によるも、原告の店舗所在地域が原告主張のように極めて競争の激しい地域であると認めることはできず、かえつて、その立地条件の良好なことは当事者間に争いがなく、また、証人阪田与司郎の供述によれば、原告の場合に、この推計方法を適用した結果は、原告の近辺の同程度の規模の同業者と均衡を保ち、原告の理髪用襟紙の使用量からの推計とも合致することが認められるのである。従つて、この推計方法を原告の場合に適用することについて、何の支障もなく、その推計結果による実額認定は許容されるというべきである。
それ故、原告の昭和三三年分の実収入額は、少くとも、右各推計結果の最低額(従業員数による推計)
一、一六八、〇〇〇円
を下らないものと認めるのが相当であり、他に右認定に反する証拠はない。
(2) (販売原価、一般経費)この点について、原告は一般経費合計一〇八、七〇五円(原告主張の収入金額に対する比は〇・一四五強)を主張するだけであるが、本件更正決定において認めたこれら経費が、収入額の二五%(特別経費控除前の所得が収入額の七五%)であることは被告の自認するところであり、他に、これらが二五%を超えると認めることのできる証拠はない。
なお、この所得標準率七五%(収入額に対する特別経費控除前の所得の割合)は、成立に争いのない乙第二号証、乙第 号証、証人阪田の証言によれば、前記収入金効率と同様、それを原告の場合に適用してその実額を認定することの許されるものであることが認められるのである。
従つて、前認定収入金額から、販売原価、一般経費を控除した額、つまり特別経費控除前の昭和三三年分の原告の所得金額は(1,186,000×0.75)
八八九、五〇〇円
と認めるのが相当である。
(3) (特別経費)原告主張の特別経費合計二七〇、一二〇円は当事者間に争いがないが、被告は、それを超えて、人件費二五、〇〇〇円、地代六〇〇円を加え、合計二九五、七二〇円を自認しており、本件全証拠によるも、特別経費が右被告自認額を超えると認めることはできない。
(4) (所得)従つて、前記(2)の特別経費控除前の所得金額から右の被告自認特別経費額を控除したもの(889,500-295,720)、
五九三、七八〇円
となり、これが、昭和三三年分の原告の所得額の最低限と認定すべきものである。そして、この認定に反する証拠はない。
三、本件更正決定の適法性
右に認定したように、昭和三三年分の原告の所得は、五九三、七八〇円を超えるのであるから、本件更正決定の更正所得金額四五六、〇〇〇円は、原告の実際の所得の範囲内にある訳であつて、本件更正決定には、原告主張のような取消原因は存在しないというのほかはない。
よつて、原告の請求を棄却し、訴訟費用負担について、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 原田久太郎 裁判官 桑原勝市 裁判官 米田泰邦)