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神戸地方裁判所 昭和35年(行)4号 判決 1962年10月02日

原告 山下直次

被告 神戸税務署長

主文

被告が昭和三四年五月一一日付で日本電信電話公社元町局所属五二三八番電話加入権に対してなした差押処分はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は、主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

「被告は、原告に対する昭和二四年度所得税の加算税金一、七八〇円、同追徴税金二万二、二五〇円、同利子税金一万〇、三八〇円同延滞加算税金四、四〇〇円、合計金三万八、八一〇円の徴収を目的とする国の権利にもとずく滞納処分として、昭和三四年五月一一日、原告加入名義の日本電信電話公社元町局所属五二三八番電話加入権を差押えた。しかしながら、被告のなした右差押処分は、次の理由により、違法である。すなわち、

(1)  被告が原告に対して右加算税等の徴収権を行使することのできた最初の日時は、おそくとも、被告が原告に対する昭和二四年度所得税の更正決定に誤謬のあることを認め、それを訂正して原告に通知した昭和二六年一月二四日であると解すべきところ、その翌日から起算すれば、右差押処分のなされた日時までにすでに五年以上を経過しているから、被告の右加算税等の徴収権は、時効により、消滅している。

(2)  かりに、そうでないとしても、本件のように長期間にわたり行使されなかつた国税の徴収権は、国税庁の通達またはその事務取扱いの慣行により、現実には、これを行使しないことになつている。

よつて、いずれにしても、被告のなした右差押処分は、違法であつて、取消されるべきものである。」

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「被告が、原告主張のごとき原告に対する加算税等の徴収を目的とする国の権利にもとずく滞納処分として原告主張の日時に、その主張のごとき電話加入権を差押えたことは認めるが、原告が右差押処分の違法事由の一として主張するような国税庁の通達またはその事務取扱いの慣行の存在は否認する。なお、原告に対する加算税等の徴収権の消滅時効の起算日は、次のごとくに解すべきである。

(イ)  加算税徴収権、その時効が本税徴収権とともにその全体につき一律に進行するものとすれば、その起算日は、昭和二四年度所得税本税の決定納期限の翌日たる昭和二五年二月一日であり、また、その時効が本税徴収権とは別個にその一日分の発生するごとに進行するものとすれば、その一日分ごとの各起算日は、右本税の法定納期限の翌々日たる同年二月二日から納入告知書記載の本税の納期限の翌日たる同年三月二三日までの間の各日である。

(ロ)  追徴税徴収権、その時効が本税徴収権とともに進行するものとすれば、その起算日は前記の本税の法定納期限の翌日たる昭和二五年二月一日であり、また、その時効が本税徴収権とは別個に進行するものとすれば、その起算日は、前記の納入告知書記載の本税納期限の翌日たる同年三月二三日である。

(ハ)  利子税徴収権、その時効が本税徴収権とともに進行するものとすれば、その起算日は、本来は、(イ)、(ロ)の場合と同様昭和二五年二月一日のはずであるが、この利子税は、昭和二五年法律第七一号所得税法の一部を改正する法律により、同年四月一日から成立することになつたものであり、かつ、督促状記載の指定納期限は同月一四日であるから、その起算日は、その翌日たる同月一五日であり、また、その時効が本税徴収権とは別個にその一日分の発生するごとに進行するものとすれば、右利子税額は昭和二八年五月一日から同二九年二月二三日までの二九九日間分の合計額であるから、その一日分ごとの各起算日は、昭和二八年五月二日から同二九年二月二四日までの間の各日である。

(ニ)  延滞加算税徴収権、その時効が本税徴収権とともに進行するものとすれば、その起算日は、本来は、(イ)、(ロ)の場合と同様のはずであるが、この延滞加算税が成立するのは前記の督促状記載の納期限の翌日であるから、その起算日は、昭和二五年四月一五日であり、また、その時効が本税徴収権とは別個にその一日分の発生するごとに進行するものとすれば、右延滞加算税額は昭和二五年四月一五日から同年八月一七日までの一二五日間分の合計額であるから、その一日分ごとの各起算日は、同年四月一六日から同年八月一八日までの間の各日である。」と述べ、さらに、抗弁として、次のとおり述べた。

「原告主張の消滅時効は、次の(1)または(2)の事由の存在により、中断している。すなわち、

(1) 原告は、被告の原告に対する昭和二四年度所得税(本税、加算税および追徴税)の更正決定を不服として、昭和二六年二月二四日神戸地方裁判所に対し、これを取消すべき旨の行政訴訟を提起したが、被告はこれに応じ、同年四月一七日、右更正決定が適法であると主張して、原告の請求を棄却すべき旨の判決を求めたところ、これに対し、同二九年一月二九日、被告勝訴の判決があり、その後原告の控訴、上告を経たうえ、右判決は、同三一年九月八日に確定した。よつて、原告に対する右加算税等の徴収権の消滅時効は、昭和二六年四月一七日から同三一年九月八日まで中断している。

(2) また、原告は、昭和二九年二月二三日被告に対し、前記所得税の本税未納額金八万八、六五〇円を自発的に納付したが、これは原告が、右本税のほか、前記の加算税等の徴収権の存在することをも承認したものと解すべきであり、さらに、その後被告は、昭和三四年二月九日原告に対し、右加算税等の滞納税額合計金三万八、八一〇円を納付すべき旨の書面による催告をした。よつて、原告に対する右加算税等徴収権の消滅時効は、昭和二九年二月二三日および同三四年二月九日の二回にわたり中断している。

したがつて、いずれにしても、右徴収権は依然として存続している。」

原告は、被告主張の右抗弁事実に対し、「原告が被告主張のごとき昭和二四年度所得税更正決定の取消を求める行政訴訟を提起したのに対し、被告がその主張の日時に、原告の請求棄却の判決を求めたこと、それに対して、被告勝訴の判決がなされ、それが控訴、上告を経たうえ、被告主張の日時に確定したこと、原告が被告に対し、その主張の日時に、本税未納額金八万八、六五〇円を納付したこと、および、被告がその主張の日時ごろ、原告に対し、加算税等の滞納税額を納付すべき旨の催告をしたことは、いずれも認める。しかしながら、所得税の更正決定の取消を求める行政訴訟において、その決定をした行政庁たる被告が、その決定の適法なることを主張して原告の請求棄却の判決を求めることは、民法に規定する裁判上の請求には該当しないから、被告の右主張には、加算税等徴収権の消滅時効を中断する効力は認められない。また、原告が、本税未納額を納付したのは、原告が所得税更正決定の取消を求める訴訟の係属中であつたことからも明らかなように、右更正決定が適法であることを承認して、自発的に納付したものではもちろんなく、右訴訟中であつても、その納付義務が停止されないため、やむをえず、納付したにすぎないのであり、かりに、それが本税徴収権についての承認の効力を有するとしても、それ以外の加算税等徴収権については、承認の効力は及ばないものというべきである。よつて、原告の本税納付には、右時効中断の効力は存在しない。」と述べた。

(証拠省略)

理由

被告が原告に対する昭和二四年度所得税の附帯税たる加算税金一、七八〇円、同追徴税金二万二、二五〇円、同利子税金一万〇、三八〇円および同延滞加算税金四、四〇〇円、合計金三万八、八一〇円の徴収を目的とする国の権利にもとづく滞納処分として、昭和三四年五月一一日、原告主張のごとき原告加入名義の電話加入権を差押えたことは、当事者間に争いがない。

ところで、原告は、右加算税等の徴収権は、右差押の当時、すでに時効により消滅していると主張するのに対し、被告は、右時効は中断していると抗弁するので、その点について、検討し、考察する。

まず、右加算税等の徴収権の消滅時効の起算日をいかに解するかについても問題があり、かつ、現に原、被告間の見解も分かれているが、およそ加算税等は、いずれも、更正決定に伴う確定本税額の増加、または、確定本税額の納付の遅延等を理由に、本税の存在を基礎として、法律上当然に発生し、かつ、これに附加される附帯税であつて、いわば本税の内容の拡大したものであり、本税と一体をなすべきものであるから、それらの徴収を目的とする国の権利は、本税自体の徴収権と法的運命を共にすべきものであり、したがつて、その消滅時効の進行の起算日についても、これを、本税徴収権の消滅時効の起算日と同一であると解するのが相当である。なお、この結論は、本件の利子税のごとく、本税成立後の立法により、はじめて成立するに至つた附帯税についても、これを変更し、修正すべき理由は認められない。しかして、成立に争いのない乙第一、三号証および証人渡辺栄輔の証言によれば、右加算税等は、昭和二五年二月二二日付更正決定により確定された本税額を基礎とするものであることが認められるから、それらの徴収権の消滅時効の起算日は、右決定により確定された本税の徴収権の消滅時効の起算日と解すべき、右決定の翌日である同月二三日であると解するのが相当である。したがつて、もし、その後に中断事由の存在が認められない場合には、右加算税等の徴収権は、右起算日から計算して、会計法所定の五年間を経過した昭和三〇年二月二二日の終了とともに、時効により消滅したものといわなければならない。

そこで、被告が右時効の中断事由として主張する事実の存否ないしその効力について判断するに、まず、原告が、被告の原告に対する昭和二四年度所得税の更正決定の内容を不服として、神戸地方裁判所に右決定の取消を求める行政訴訟を提起したのに対し、被告が昭和二六年四月一七日、右決定が適法であると主張して、原告の請求を棄却すべき旨の判決を求めたところ、同裁判所において、被告勝訴の判決があり、その後、控訴、上告を経たうえ、その判決が同三一年九月八日に確定したことは、当事者間に争いがないのであるが、しかしながら、これらの事実は、次に述べる理由により、右加算税等の徴収権の消滅時効を中断する効力を有しないものと解するのが相当である。まず、判例、通説が、一般の私法上の権利に関し義務者側から提起された権利の存在を争う消極的確認訴訟において権利者が被告として右権利の存在を主張し、原告の請求棄却の判決を求め、勝訴の判決を得るに至つた場合には、これをもつて、民法が時効中断の事由として規定した裁判上の請求に準ずべき場合であるとして、右権利の消滅時効を中断する効力を認めることは、周知のとおりであるから、この結論は、本件の国税徴収権のごとき公法上の権利につき、国民から提起されたいわゆる抗告訴訟において、右権利の行使権限を有する行政庁たる被告が、原告の請求棄却の判決を求め、被告勝訴の判決を得た場合にも類推し、右権利の消滅時効中断の効力を認めるべきではないかとも考えられる。しかし、私法上の権利に関する右のような結論は、公定力や自力執行力の認められない私法上の権利については、給付訴訟ないし確認訴訟の提起による裁判上の請求こそが、その典型的かつ終局的な行使方法であり、したがつて、そのような場合に時効中断の効力を認める必要と利益とがあるのであつて、そのため民法もこれらを典型的な時効中断の事由として規定していることをその前提ないし実質的根拠にしていると解すべきところ、法律上当然に公定力や自力執行力の認められる国税徴収権等の権利については、その行使方法として、裁判上の請求という手続を認める必要も、利益も存在せず、また、他方、その自力執行の方法としての督促処分や滞納処分自体に強力な時効中断の効力が認められているのであるから、私法上の権利に関する右の結論を類推するための実質的根拠に乏しく、少くとも解釈論としては、これを肯定することは困難であろう。のみならず、かりにこれを肯定することが可能であるとしても、本訴において争われている目的物は、原告に対する昭和二四年度所得税の附帯税たる加算税等の徴収権の存否、ないし、その執行方法たる滞納処分の適否であるのに対し、右の前訴において争われたところは、被告の原告に対する昭和二四年度所得税の更正決定の内容自体の適否であつて、両訴はその目的物を異にする。しかして、右更正決定の存在は、右加算税等の徴収権が発生するための要件であつて、その両者間には密接な関係があるとはいえ、他方、更正決定が形式的に存在すれば、加算税等の徴収権は法律上当然に発生し、かつ、それが一度発生すれば、更正決定の内容の適否とは無関係に、独立した強力な効力、とくに執行力を有するのであつて、更正決定の適否が訴訟上争われている場合においても、とくに、裁判所の執行停止命令のないかぎり、適法にその執行を続行することができるばかりでなく訴訟の結果、更正決定が違法であると判定されるに至つた場合にも、すでに執行された行為は、更正決定の違法性を承継することはないと解されているのであるから、被告が前訴において原告の請求を棄却すべき旨の判決を求めたことは、本訴の目的物たる加算税等の徴収権を裁判上行使したものとは、到底、解することができないのである。要するに、前訴における被告の主張ないしそれに対する被告勝訴の判決の存在は、何ら、右徴収権の消滅時効の中断事由としての効力を有するものではないと解すべきである。

つぎに、原告が、昭和二九年二月二三日、被告に対し、昭和二四年度所得税の本税未納額金八万八、六五〇円を納付したことも、当事者間に争いがないのであるが、これに、右本税に附帯する加算税等の徴収権の消滅時効を中断する承認としての効力を認めるためには、右本税の納付が、加算税等の徴収権の存在を認識し、表示したものであると解せられる場合でなければならない。ところで、さきに時効の起算日に関して述べたごとく、加算税等は本税の内容の拡大したものであり、本税と一体をなすべきものであるから、特段の反対事情の認められないかぎり、本税の全部または一部を納付する行為は、本税の徴収権の存在のみならず、加算税等に対する徴収権の存在することも認識し、これを表示したものと解するのが相当であり、しかして、右納付が、右徴収権発生の基礎たる更正決定の取消を求める訴訟中になされたこと自体は、これも前述したごとく更正決定の内容の適否とその決定にもとずく徴収権の存否ないし効力とは別個のものであることから、何ら、右の特段の事情とは解することができないというべきであろう。しかしながら、さらに検討するに、成立につき争いのない甲第四号証によると、本件の場合には、原告が、右本税の納付にさき立ち、被告に対し、「小生ノ延滞金ニ付テハ・・・ノ理由ニヨリ納付シマセヌ、若シ貴官ガ延滞金ニ付滞納処分ヲサレタ場合ニハ異議ノ訴訟ヲ提起シマス。」との書面を送付して、右加算税等の徴収権の存在を争う旨の明示の意思表示をしていることが認められるのであり、これは明かに右の特段の反対事情の存する場合であると解せざるを得ない。とすれば、原告の被告に対する右本税の納付には、それに附帯する加算税等の徴収権の消滅時効を中断する承認としての効力を認めることはできないといわざるをえない。

結局、被告主張の事実は、いずれも本件の加算税等の徴収権の消滅時効を中断する効力を有しないものというべきであり、したがつて、右徴収権は、昭和三〇年二月二二日の終了とともに、時効により消滅したものと解すべきである。

そうだとすれば、被告の前記電話加入権に対する差押は、すでに時効により消滅した原告に対する加算税等の徴収を目的とする権利にもとずく違法な滞納処分であつて、取消原因を有するものといわなければならない。

よつて、その取消を求める原告の本訴請求は、その理由があるから、これを認容すべきであり、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷口照雄 奥村長生 榊原恭子)

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