神戸地方裁判所 昭和36年(タ)22号 判決 1963年7月08日
判 決
本籍
中華人民共和国
住所
神戸市
原告
○○○
本籍
中華人民共和国
現住所不明
最後の住所
右本籍地と同じ
被告
×××
右当事者間の昭和三六年(タ)第二二号離婚等請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告と被告とを離婚する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告は、主文第一項と同旨および「原告と被告との間に昭和二五年九月一四日に生れた長男馬広善の親権者および監護者を原告と定める。」との判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。
原告はもと日本の国籍を有し、旧氏名を○田○江と称していた者、被告は元来中国の国籍を有し、昭和九年一六才で来日して、以来日本に滞在、居住していた者であるところ、原、被告両名は将来も日本で生涯を共にするとの約束のもとに、昭和二一年一〇月一〇日事実上の婚姻をし、さらに同二二年〓月二三日京都市内の華僑総会に婚姻届をして、正式に婚姻が成立し、原告はそれに伴い中国籍を取得して、日本の国籍を喪失し、現在に至つている。そして、原、被告間にはその後昭和二五年九月一四日、長男△△△が出生した。
ところで、原、被告両名は昭和二七年ごろまでは円満な夫婦協同生活を営んでいたのであるが、被告が同年五月ごろから麻薬を常用することをおぼえ、次第に中毒症状に陥り、就職先も解雇されるとともに友人間の信用も失墜し、麻薬代に困つては家族の衣類や家具類まで持出すようになり、一家は貧困の窮地に陥つたが、被告はその間幾度も検挙されながら、意思薄弱のため、麻薬の使用を断絶することができなかつた。
そのような状態にあつたところ、たまたま昭和三三年一月ごろ被告の本国から、被告の実母が重病かつ老令で、余命も長くないから一度帰国するように、との来信があつたため、被告はこれを機会に従来の堕落した生活を清算し、再起更生を計りたいから、帰国させてほしい旨、原告に対し強く要望した。そこで、原告も、被告の将来を考え、やむなく被告の帰国に同意したところ、被告は昭和三三年三月に帰国手続を終え、同年一〇月一九日神戸港出帆の便船で本国たる中華人民共和国山東省福山県家溝村に帰つたが、その後約九ケ月後位までの間に二回だけ音信があつたのみで、以来今日に至るまで何らの連絡もなく、その現住所すら不明の状態である。
一方原告は、被告の帰国後、前記の長男と原告の老母である訴外□□□□をかかえ、自己の些少な収入により辛うじて生活を維持して来たのであるが、将来も被告の日本への再渡航が期待できない現今の状態においては、このまま被告の妻として法律的拘束を受けなければならないことは非常な苦痛である。
よつて、原告には被告との婚姻を継続しがたい重大な事由があるというべきであるから、原告は被告との離婚を求め、かつ長男△△△の親権者および監護者を原告と定めることを求める。
被告は公示送達による呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しない。
証拠(省略)
理由
まず、本件につき我国の裁判所に裁判管轄権があるか否かに関して考察するに、我国には、この点に関する国際民事訴訟法的規定は存在せず、また学説上も問題の存するところであるが、離婚訴訟事件の特質ならびに人事訴訟手続法第一条第二項および法例第一六条但書の立法趣旨からして、離婚訴訟については、原則的には当事者がその国籍を有する国の裁判所にその管轄権を認めても、例外的には当事者の住所の存する国の裁判所にその管轄権を認めるべく、また後者の場合において、当事者が住所を異にするときは、当事者のいずれかの住所の存する国の裁判所にその管轄権を認めるのが相当であると解すべきところ、(証拠―省略)によれば、原、被告両名はいずれも中国の国籍を有するものであり、また被告は現在住所不明であるが、原告は現に日本国内である神戸市生田区中山手通七丁目一五三番地に住所を有していることが明かであるから、本件については我国の裁判所に裁判管轄権があるものというべきである。
そこで、つぎに、本件離婚の準拠法について見るに、法例第一六条本文によれば、離婚訴訟はその原因たる事実の発生したときにおける夫の本国法により裁判すべきであり、そして中国のごとく少くとも現実的に異法地域の併存する国の本国法は、法例第二七条第三項の適用ないし準用により当事者が属する地方の法律によるべきところ、前記の(証拠―省略)を総合すれば、夫たる被告の国籍は元来中国であり、かつ後記認定のごとき離婚原因事実の発生当時における被告の本籍地および住所はいずれも山東省福山県家溝村であることが認められるから、夫たる被告の本国法は右本籍地および住所地を支配する中華人民共和国の法令であり、これが本件離婚の準拠法であると解すべきである。しかして中華人民共和国における離婚に関する法令は、別紙抄訳記載のごとく、同国婚姻法第一七条であり、そして同条は離婚原因については何ら規定するところがなく、離婚申立の当否は専ら裁判所の裁量に任ねられ、完全な相対主義をとつているのであるが、しかしながら当裁判所の神戸大学に対する調査嘱託の結果によれば、右婚姻法が完全な相対主義をとつているとはいえ、婚姻の軽視、離婚制度の悪用は常に警戒せられ、当事者の一方がいかに離婚を欲しても、相手方に離婚を強制するに足るだけの合法的な理由がなければ、離婚は許されないものと解されている。
ところで、本件について検討するに、(証拠―省略)を総合すると、原告主張の請求原因事実に添う事実が認められ、これに反する証拠はないのであるが、右認定事実によれば、原告と被告との間には婚姻関係を継続しがたい重大な事由があり、かつこれは被告の責任において生じたものと解すべきであるから、右婚姻法上も離婚請求を認容するに足る合理的な理由が存するものというべきである。そして、法例第一六条但書によれば、裁判所は、夫の本国法上離婚原因の存在が認められる場合においても、それが日本の法律上も離婚原因とされるときでなければ、請求認容の判決をすることができないのであるが、右認定事実はわが民法上も、同法第七七〇条第一項第二号、第三号の配偶者から悪意で遺棄された場合および配偶者の生死が三年以上明かでない場合に該当することが明かであるから、結局、原告の本訴による離婚請求はその理由があるというべきである。
つぎに、原告は原、被告間の長男馬広善の親権者および監護者を原告と定めることを求めているのでその点につき考察するに、離婚に伴う子の親権者および監護者を定める問題は、離婚の広義の効果として発生する法律関係と解すべきであるから、法例第一六条により離婚の準拠法とされる夫の本国法を適用すべきところ、前記のごとく夫たる被告の本国法と解すべき中華人民共和国婚姻法は、別紙抄訳記載のごとく、同法第一三条第一項で父母は子女に対して扶養教育の義務を有する旨を規定し、同法第二〇条第二項では、離婚後も父母は、出生した子女に対してなお扶養と教育の責任を有する旨を規定しているに止り、特別に親権者および監護者なる制度ないしその指定に関する規定はなく、かつ父母の扶養教育の責任についても、離婚の広義の効果として、当然に、または直ちに、父母の一方をその責任者として定めなければならない旨の規定もないのである。ただ同法第二〇条第三項によれば、哺乳期間経過後の子女につき、父母双方とも扶養を希望して争いを生じ、協議を達成することができないときは、裁判所が子女の利益にもとづいて判決することになつているが、本件においてはそのような場合に該当するとの事実も認められない。そこで、この申立は、少くとも現在においては、その裁判をする理由ないし必要がないものと認め、これを却下することにする。
よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
神戸地方裁判所第五民事部
裁判長裁判官 関 護
裁判官 奥 村 長 生
裁判官 磯 辺 衛
中華人民共和国婚姻法抄訳
(一九五〇年四月一三日中央人民政府委員会第七回会議通過、同年五月一日中央人民政府命令をもつて公布、即日施行)
第四章 父母子女間の関係
第十三条 父母は子女にたいして扶養し教育する義務を有する。子女は父母にたいして扶養の義務を有する。双方はともに虐待もしくは遺棄してはならない。
養父母と養子女の関係には、前項の規定を適用する。
嬰児の溺殺またはその他これに類似の犯罪行為は、厳重に禁止する。
第五章 離 婚
第十七条 男女双方が自らの希望で離婚をのぞむ場合には、離婚はゆるされる。男女の一方がつよく離婚を要求し、区人民政府と司法機関の調停があつても効果がない場合にも、また、離婚はゆるされる。
男女双方が自らの希望で離婚をのぞむ場合には、双方は区人民政府に登録し、離婚証を受けとらなければならない。区人民政府は、たしかに双方の自らの希望であること、また子女ならびに財産の問題についてたしかに適当な処置がなされることをたしかめた場合には、ただちに離婚証を支給しなければならない。男女の一方がつよく離婚を要求する場合には区人民政府において調停をおこなうことができる。もし調停も効果がない場合には、ただちに県または市人民法院に移管して処理するようにしなければならない。区人民政府は、けつして男女のいずれか一方が県または市人民法院に提訴することを阻止し、もしくは妨害することはできない。県または市人民法院も離婚事件については、やはり、まず第一に調停をおこなわなければならない。もし調停も効果がない場合には、ただちに判決をおこなわなければならない。
離婚後、もし男女の双方が自らの希望で夫婦関係の回復をのぞむ場合には、区人民政府に結婚回復の登記をしなければならない。区人民政府は登記をゆるし、かつ結婚回復証を支給しなければならない。
第六章 離婚後の子女の扶養および教育
第二十条 父母と子女の間の血縁関係は、父母の離婚によつて消滅するものではない。離婚後、子女が父に扶養されるか、母に扶養されるかにかかわらず、依然、父母双方の子である。
離婚後も、父母は自分のうんだ子女にたいして依然として扶養と教育の責任を有する。
離婚後、授乳期間の子女は、授乳の母親にしたがうのを原則とする。授乳期間を過ぎた子女につき、父母の双方がともに扶養を望み、争いが生じ、協議がととのうことができない場合には、人民法院が子の利益にもとずいて判決する。