神戸地方裁判所 昭和37年(わ)325号 判決 1965年11月01日
被告人 山河一二三
主文
被告人を判示第一及び第二の事実につき懲役六月及び罰金三〇、〇〇〇円に処し、判示第三の事実につき罰金二〇、〇〇〇円に処する。
この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。
右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は個人タクシー営業の自由化を目的として自動車運転者革新同盟を結成し、その委員長に就任していた者であるが、
第一昭和三七年二月一〇日右同盟所属の自動車運転手鳥井高美が有償で自家用自動車に旅客を乗せて運送したかどで、道路運送法第一〇一条違反の現行犯として警察官に逮捕せられ、神戸市長田区細田町七丁目三番地所在兵庫県長田警察署に留置されたことを聞知するや、同人の釈放を要求するため、タクシー料金値上反対神戸共闘会議傘下の自動車運転手約三〇名と共に、同日午後一〇時三〇分頃前示警察署に赴き、当直主任である同署警ら課長警部山下甲六等に面会し、右鳥井の釈放を求めたところ、拒絶せられたのみならず、当時同署員が他事件の取調中であつたので執務の妨害になる惧れがあるとして右自動車運転手等の大多数は庁舎外に去ることとなつた。しかるに被告人は前示共闘会議の副議長皆川鎌二と共に右庁舎内に留まり押問答を重ねたので、山下警部は署長等と電話で打合わせた上、同署勤務の警部補山本悦也をして被告人等に対し退去を求めしめた。そこで右皆川鎌二は庁舎外に出て行つたが、被告人のみはなおも退去を肯じなかつたため、同署員等が被告人をいつたん正面玄関から押し出したにもかかわらず、被告人は翌一一日午前二時三〇分頃右玄関南側扉を押し開いて故なく庁舎内に侵入しようとしたので、同署玄関附近において警備に従事していた同署勤務の警部補倉田稔、巡査部長宮本四熊、同井手司、巡査松葉武則、同福本明雄、同山崎俊幸等が立ち塞がつたところこれに憤激した被告人は即時同所において、右倉田警部補及び宮本巡査部長の胸部を手で突き、井手巡査部長及び福本巡査の腹部及び松葉巡査の脚部を足蹴にし、山崎巡査の右肩を手拳で殴打し、もつて同人等の職務の執行を妨害し、
第二法定の除外事由がないのに、
(一) 昭和三五年九月二六日午後五時二五分頃神戸市長田区四番町四丁目市電停留所附近路上において自家用乗用車に高国華を乗車させて同市兵庫区水木通一丁目聚楽館前まで運転しその対価として金六〇円の交付を受け、
(二) 同年一〇月八日午後四時五分頃同市兵庫区湊川公園トンネル東口附近路上において自家用乗用車に小西敏子を乗車させて同市長田区五番町まで運転しその対価として金六〇円の交付を受けるべく右乗車地点から西方に向つて約五〇メートルの間運送し、
(三) 昭和三六年二月八日午後三時一〇分頃同市兵庫区神戸電鉄湊川駅前路上において自家用乗用自動車に北岡嘉子外一名を乗車させて同区下沢通七丁目一四五番地先路上まで運転しその対価として金六〇円の交付を受け、
(四) 同年四月一一日午前一一時四〇分頃同市葺合区北本町六丁目阪神国道筋附近において自家用乗用自動車に和又典子を乗車させて同区神仙寺通一丁目明光園幼稚園前路上まで運転しその対価として金一〇〇円の交付を受け、
(五) 同年九月一九日午後六時一〇分頃同市兵庫区築地町兵庫港第二突堤附近路上において自家用乗用自動車に松下和江を乗車させて同市葺合区二宮町四丁目附近路上まで運転しその対価として金二〇〇円の交付を受け、
(六) 同年一〇月二〇日午後五時二五分頃同市生田多聞通市電筋路上において自家用乗用自動車に山口博平を乗車させて同区波止場町中突堤関西気船待合所前まで運転しその対価として金六〇円の交付を受け、
(七) 同年一二月一七日同市生田区元町通二丁目二六番附近路上において自家用乗用自動車に野口博志を乗車させて同市兵庫区仲町通二丁目公有地まで運転しその対価として金六〇円の交付を受け、
(八) 昭和三七年二月六日午後七時二〇分頃同市兵庫区水木通一丁目附近路上において自家用乗用自動車に山本正義を乗車させて同区大開通八丁目県営住宅山側まで運転しその対価として相当の金員の交付を受けるべく運送し、
(九) 同年三月二二日午後八時五〇分頃同市長田区本庄町四丁目市電筋路上において自家用乗用自動車に赤瀬勝外一名を乗車させて同市生田区相生町二丁目国鉄神戸駅前まで運転しその対価として金二〇〇円の交付を受け、もつていずれも自家用乗用自動車を有償で運送の用に供し、
第三法定の除外事由がないのに、
(一) 同年五月一一日午後八時四〇分頃同市長田区東尻池町二丁目五番地先路上において自家用乗用自動車に東香代外一名を乗車させて同町一丁目一番地先まで運転しその対価として相当の金員の交付を受けるべく運送し、
(二) 同年九月七日午前八時四〇分頃同市兵庫区今出在家町神戸中央市場前路上において自家用乗用自動車に大沢幸雄を乗車させて同区七宮神社附近路上まで運転しその対価として相当の金員の交付を受けるべく運送し、
(三) 同年一〇月二九日午後八時二〇分頃同市長田区大橋町九丁目附近路上において自家用乗用自動車に福本健次を乗車させて同市須磨区太田町一丁目九番地先路上まで運転しその対価として相当の金員の交付を受けるべく運送し、
もつていずれも自家用乗用自動車を有償で運送の用に供したものである。
(証拠の標目)<省略>
(確定裁判)
被告人は昭和三七年三月二〇日神戸簡易裁判所において道路交通取締法違反罪により罰金二、〇〇〇円及び罰金三、〇〇〇円に処せられ、右裁判は同年四月四日確定したものであつて、右の事実は昭和三九年九月三日付被告人の前科調書により明らかである。
(法令の適用)
被告人の判示所為中第一は刑法第九五条第一項に、第二の(一)乃至(九)第三の(一)乃至(三)は各道路運送法第一〇一条、第一二八条の三第二号に該当するところ、前者につき懲役刑、後者につき各罰金刑をそれぞれ選択し、第一と第二の各罪は刑法第四五条前段の併合罪であるから各罰金刑については同法第四八条第二項により金額を合算した範囲内において、なお同法第四八条第一項により懲役と罰金とを併科すべきであり、これと前示確定裁判を経た罪とは同法第四五条後段の併合罪であるから同法第五〇条により未だ裁判を経ない判示第一と第二の罪につき被告人を懲役六月及び罰金三〇、〇〇〇円に処し第三の各罪も同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四八条第二項により合算額の範囲内において、第三の罪につき被告人を罰金二〇、〇〇〇円に処することとし、同法第一八条により右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、刑事訴訟法第一八一条第一項本文に則り訴訟費用は全部被告人にこれを負担させることとする。
(被告人及び弁護人の主張に対する判断)
(一) 弁護人は本件公務執行妨害の公訴事実につき、先ず被告人は検察官主張のように故なく長田警察署の公廨へ侵入したのではなく、自首するためと草履を探すために入ろうとしたのであつて、相当の理由があつたし、公廨の廊下は何人も自由に出入し通行し得る場所であるから、特に警察署長の許可を受ける必要はなかつたものであると主張するけれども、前段挙示の証拠によると、被告人は二月一〇日午後一〇時三〇分頃から翌一一日午前二時過まで約四時間の長きにわたつて、いわゆる白タク事件の嫌疑で鳥井運転手が逮捕されたのは違法且つ不当であるから速かにその身柄を釈放せよとしつように繰り返えし、警察側はこれを拒否し続け、ようやく警察当局から退去命令が発せられ、これに応じなかつた被告人を実力を行使して玄関前の階段まで連れ出した直後であり、従前より白タク営業を適法とする被告人が今更自首するということは首肯し難いのみならず、草履を探しに廊下へ入るというのも時宜を得たものとは認められないし、昼間ならば自由に出入し得るにせよ、深夜二時三〇分頃如上の事件の当事者であり、退去を求められている被告人が玄関から入るというが如きはまさに闖入であり、庁舎の管理者がこれを許容するとはとうてい考えられないところである。
次に被告人は警察官を手で突いたり、蹴つたり、殴打したりして暴行を加えたことなく、被告人の手足が警察官に触れたり、当つたりしたとしても偶然の出来事であつて暴行の犯意はなかつたと主張するけれども、前段挙示の証拠によると判示暴行の事実を首肯することができ、右認定を左右するに足る証拠はない。もつとも証人三好勝弘の証言によるも被告人が右三好巡査の顔をめがけて手拳で殴りかかつた事実は認められない。
更に弁護人は検察官は長田警察署の警察官が同署玄関附近において警備に従事し、故なく侵入しようとした被告人を阻止しようとしたのは警察官職務執行法第五条前段に基くものであると釈明したが、右条項には犯罪予防のため警告を発することができるとあるのみで、しかも右にいわゆる警告とは強制力を伴わない通告行為をいうものであるから、警察官が被告人が庁舎内に立ち入るのを阻止しようとしたのは適法な職務行為を逸脱するものであつて、公務の執行ということはできず、従つて本件では公務執行妨害罪は成立しないと主張する。しかしすでに判示したように、倉田警部補、宮本、井手両巡査部長、松葉、福本、山崎三巡査等はその勤務する長田警察署の庁舎の警備に従事していた者であり、被告人が故なく庁舎内に侵入しようとしたので、右警察官等が同署玄関附近で立ち塞がつたのは犯罪予防のための行動であつたと認められるのであつて、警察官職務執行法第五条の警告は必ずしも文書又は口頭のみに限定せられるべきものではなく、臨機適宜の方法を採ることができるものと解すべきであるから、右警察官等の執つた行動を目して職務行為の範囲を逸脱したものとする所論に賛同するを得ない。
被告人及び弁護人は道路運送法第一〇一条は憲法第二二条に違反すると主張するけれども、右道路運送法第一〇一条第一項が自家用自動車を有償運送の用に供することを禁止しているのは、公共の福祉の確保のために必要な制限と解すべく、従つて右法条は憲法第二二条第一項に違反するものでない(最高裁判所大法廷昭和三八年一二月四日宣告判決参照)から右主張も採用しない。
また弁護人は道路運送法第一〇一条にいわゆる有償とは運送の対価として財物を収受すること、即ち料金を収受することであるが、被告人が収受し又はしようとした財物はカンパであつて、運送の対価ではなく料金ではない。従つて被告人の所為は右法条に該当しないと主張する。よつてこの点につき考察するのに、道路運送法第一〇一条第一項にいう有償とは、個々の運送に当つて運送を受けた者から運送者に対し何らかの給付が行われる場合のすべてを含むものではなく、その給付が全体としての運送行為に対しては対価的意義を有する出捐である場合を指称するものと解すべく、又給付の額の多寡、殊に運送に要した経費を償うに足りるものであるか否かを問うものでなく、運送者がそれによつて何ら実質的な利得をしない場合でも有償行為であることを妨げない。ところで本件において被告人の運転する自家用乗用自動車に乗車した者のうちにはいわゆる共済組合形式の白タクであることを意識していたかの如く証言する者もないではないが、殆んどは営業許可を受けたタクシーとの区別もつかず、料金を支払うつもりで乗車して居り、被告人は資金カンパを求め、又はその趣旨で金員を受領したというけれども、無料で運送してもらうつもりで乗車した者は一名もなく、請求された金額を支払う意思があり、被告人もこれを予測して運送の需めに応じたことが明らかで、資金カンパといえばこれを出捐すると否及び金額の多寡は任意であるかのように聞えるが、乗車した者としてはカンパして欲しいと言われれば、その金額を問い質すのが常道であり、これに対しタクシー料金より若干低廉な金額を申し出ることにしていたのであるから、いわゆるカンパなるものは実質的には走行距離に応じて算定され、個々の運送の都度必ずその額が算出され乗車した者から徴収され、又はその予定であつたことが認められるので、前示有償運送行為に該当するというべく、この弁護人の主張も採用し難い。
最後に弁護人は被告人の本件運送行為は正当行為であつて違法性を欠くと主張するけれども、自家用自動車による有償運送行為の禁止を公共の福祉の確保上必要と認める以上は、たまたま被告人が一般市民の交通の便益を増進することを目的とし、低廉な運賃で安全な運転を実行したもので、結果において一般市民に利益をもたらしたものであるとしても、全体的な法秩序に背反するものであるから違法性を阻却するということはできない。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 石丸弘衛)