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神戸地方裁判所 昭和42年(わ)348号 判決 1968年7月25日

被告人 尾崎敏計

主文

被告人を懲役八月に処する。

但し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一、昭和四二年三月一一日午後一〇時一五分頃神戸市須磨区平田町一丁目一一番地スタンド「トキワ」で飲酒中来合せたかねて顔見知りの客の大浜一夫(パチンコ店経営主、当三六年)に対し態度が生意気だと因縁をつけ、同人を右「トキワ」前路上に連れ出して手拳で顔面を殴打し、よつて同人に加療五日間を要する前額部挫創傷等の傷害を与え

第二、引きつづいて右大浜を附近の同区平田町二丁目七番地の一六板宿麻雀倶楽部(経営者森岡勉)二階に連行し同所で右大浜に対し「おのれ森岡をなめとるんか。やさしい者ばかり居らんぞ。殺したろうか」等と申し向けて脅迫し

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(再犯前科)

一、昭和三七年九月八日神戸地裁宣告公務執行妨害罪懲役六月、同三八年三月一二日刑終(一犯)

二、右資料は前科調書。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法第二〇四条罰金等臨時措置法第三条第二条に、同第二の所為は刑法第二二二条第一項罰金等臨時措置法第三条第二条に各該当(各懲役刑選択)

再犯につき各刑法第五六条第一項第五七条。

併合罪につき刑法第四五条前段第四七条本文但書第一〇条第一四条。

(重い判示第一の所為につき加重)

執行猶予につき刑法第二五条第一項第二号。

(常習性を認めない理由)

本件公訴事実は被告人が常習として判示第一、第二の傷害及び脅迫の各所為をなしたもので包括して暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条の三に該当するとするものであるところ、当裁判所は判示認定のとおり常習性を認定せず単純な傷害罪脅迫罪と認定したので、次にその理由を説明する。

須磨警察署長作成の素行調査表(但し、後述(5) の出所後の素行に関する部分については次節に述べる所と対比して措信しがたい)及び前科照会回答書、判決書謄本、略式命令書謄本三通によると、被告人は従前(一)昭和二七年六月一一日神戸地裁で傷害致死罪により懲役三年(二)同三一年三月六日神戸簡裁で傷害罪により罰金五千円(三)同三二年七月一一日神戸簡裁で暴行罪により罰金五千円(四)同三六年九月一八日神戸簡裁で暴行罪により罰金三千円(五)同三七年九月八日神戸地裁で公務執行妨害罪により懲役六月(六)同三八年一〇月二一日神戸簡裁で傷害罪により罰金八千円に処せられていること、右いずれも飲酒中の喧嘩に基づく所為であること、本件各所為も判示認定のとおり飲酒時の所為であること等からみると、本件各所為は外形的結果的には被告人の常習暴力者としての飲酒時における習癖の発現とみられないこともない。

しかしながらなお仔細に検討すると、被告人の当公判廷における供述、同人の司法警察職員に対する各供述調書、証人大浜一夫、尾崎敏子の当公判廷における供述、身上調査照会回答書、前歴指名手配回答受理書、前記前科照会回答書及び略式命令書謄本等を総合すると、前記(六)の事件は右(五)の判決前夜である昭和三七年九月七日懲役刑(実刑)の言渡しのあることを予期した被告人が拘置されると好きな酒も飲めなくなると考えてスタンドで飲酒中居合せた客と些細なことから口論となり、相手方(外国人)からコツプを投げ付けられ頭部に加療一〇日間を要する切創を負うに至つたため相手方を二階の階段より突落して治療一〇日間を要する傷害をさせたものである上に右(五)の事件以前のものであること、右(五)の事件により昭和三七年九月二三日入獄し、刑の執行終了により昭和三八年三月一二日徳島刑務所を出所して以来被告人は長男慎一(昭和三七年七月生)に対する愛情が芽ばえ、再び刑務所生活に陥ることがあれば子供の将来に暗い影を落すこととなることに思いを致し飲酒時における従前の暴力的振舞いを断ち切るよう努力を重ね、あれほど好きであつた酒を節酒してひたすら妻と子供中心の真面目な家庭生活を送り、右自制心により本件各所為に至るまでの四年間は折りに触れ外で酒を飲んでも昔日のように暴力沙汰に及ぶことがなく、警察沙汰になる所為、処罰の対象になる所為は一回だもしていないことを併せ考えると、被告人の前記(一)ないし(六)の事件当時に示された常習暴力者としての習癖は前記出所後は被告人の長男に対する愛情に基づく自制心により殆ど拭い去られ影を潜めるに至つていたと認められる。更に、本件各所為に至つた経緯をみると、被告人は昭和四二年三月一一日午後六時頃妻と長男を一年保育の幼稚園に通園さすかそれとも二年保育に通園さすかにつき話合ううち家計の面から意見が鋭く対立するに至り逆上した妻から幼稚園には通園ささないことにするとまでいわれ、どもる癖のある被告人は妻を説得できないもどかしさで気持がいらだち、そのうつを散するため酒三合を飲んだところ久しぶりのこととて酔いが急激に廻り遂に外出して飲屋に赴き酔余些細なことから本件各所為を犯したものであつて、右過程を重視すれば本件各所為当時被告人になお多少常習暴力者の習癖が潜在していたとみても、本件各所為をその習癖の発現とみるのは、いささか厳かつ酷にすぎるきらいがあり、寧ろ、本件各所為はその実体において従前の常習暴力者としての習癖とつながりのないもので、家庭内のいさかいの際に父性愛がこうじ情緒不安定気味となつた際、はけ場を求めて飲酒したため酔余惹起せられた一時的、偶発的な所為と認めるのが相当である。

右次第であるから、本件各所為は暴力行為処罰に関する法律第一条の三の所謂常習性を欠く単純な傷害及び脅迫の所為と認定したものである。(なお、本件各所為は常習犯として訴因が構成されているけれども、常習性が否認された場合は二罪となることを当然予定しているとみるべきだから、訴因変更の手続は要しないと解する)

(執行猶予を付した理由)

被告人は本件各所為につき真摯に反省し、殊に神仏の加護の下に禁酒の誓いをたて愛児の育成に精魂を傾けている実情にあるのみならず、被害者に対しても慰謝の方法をこうじており、傷害の程度も軽微であつた上、被害者も被告人に対し寛大な刑を望んでやまず、両者は旧知の間柄でもあつたなど諸般の状況を綜合して特に執行猶予を付するのが相当であると認める。

そこで主文のとおり判決する。

(裁判官 矢島好信)

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